醍醐味
秀吉の醍醐の花見で有名な醍醐寺ですが、
本来は山岳の寺院で、そのルーツは山上の上醍醐にあります。
開山理源大師は山岳修験の修行をつみました。
山は清浄で生命力に富んだ場所であり、
山上はより天に近く、神仏に近いものと考えました。
HPより
醍醐寺は聖宝理源大師が貞観16年(874)に上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まる。
その先人に近づくべく、どんどん山を上ります。
ご神木です。
だれが置いたのでしょうか。
根元に手彫りのお地蔵様
1時間くらい上ったでしょうか。
そこに現れたのは、清滝宮拝殿 国宝 1439年
空海が長安の青瀧寺から勧請した守護神をお祀りした社
しとみどですか。
こちらの井戸からは今も水が湧き出ています。
醍醐水
ここが醍醐寺のルーツでもある井戸です。
醍醐寺の開山、聖宝理源大師は、笠取山(醍醐山)に沸く水をすくい飲み「醍醐味なるかな」と褒め、この地にて仏法を広めることを決意しました。
醍醐とは仏教でももっとも美味とするものだそうです。
これHPよりとりましたが、驚いたことにネット販売しています!
こちらのお堂で飲むことができます。
水の味を表現するのはむずかしいのですが、
超軟水ということで、柔らかい飲みやすい水でした。
さらに山を上っていきます。
だれか置いたのか、椿
五大堂にはまだ桜が咲いていました!
国家鎮護の祈願道場
五大明王がお祀りされています。
如意輪堂(重文)
やっとつきました。
こちらが開山堂
豊臣秀頼の再建
豊臣秀頼も北野天満宮など、いろんな社寺を整備しています。
ここまで来ると風が違います。
桜が遅いように、下醍醐とは気温差がります。
お天気はイマイチでしたが、お天気だと大阪まで見渡せるそうです。
寒々とした景色ですが、実際肌寒い一日でした。
それでも、ここではキツツキの音、ウグイスの鳴き声がしていました。
蛇をつかまえたおにいちゃんもいましたヽ(;´Д`)ノ
このあと私が筋肉痛になったことは、いうまでもありません。
本来は山岳の寺院で、そのルーツは山上の上醍醐にあります。
開山理源大師は山岳修験の修行をつみました。
山は清浄で生命力に富んだ場所であり、
山上はより天に近く、神仏に近いものと考えました。
HPより
醍醐寺は聖宝理源大師が貞観16年(874)に上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まる。
その先人に近づくべく、どんどん山を上ります。
ご神木です。
だれが置いたのでしょうか。
根元に手彫りのお地蔵様
1時間くらい上ったでしょうか。
そこに現れたのは、清滝宮拝殿 国宝 1439年
空海が長安の青瀧寺から勧請した守護神をお祀りした社
しとみどですか。
こちらの井戸からは今も水が湧き出ています。
醍醐水
ここが醍醐寺のルーツでもある井戸です。
醍醐寺の開山、聖宝理源大師は、笠取山(醍醐山)に沸く水をすくい飲み「醍醐味なるかな」と褒め、この地にて仏法を広めることを決意しました。
醍醐とは仏教でももっとも美味とするものだそうです。
これHPよりとりましたが、驚いたことにネット販売しています!
こちらのお堂で飲むことができます。
水の味を表現するのはむずかしいのですが、
超軟水ということで、柔らかい飲みやすい水でした。
さらに山を上っていきます。
だれか置いたのか、椿
五大堂にはまだ桜が咲いていました!
国家鎮護の祈願道場
五大明王がお祀りされています。
如意輪堂(重文)
やっとつきました。
こちらが開山堂
豊臣秀頼の再建
豊臣秀頼も北野天満宮など、いろんな社寺を整備しています。
ここまで来ると風が違います。
桜が遅いように、下醍醐とは気温差がります。
お天気はイマイチでしたが、お天気だと大阪まで見渡せるそうです。
寒々とした景色ですが、実際肌寒い一日でした。
それでも、ここではキツツキの音、ウグイスの鳴き声がしていました。
蛇をつかまえたおにいちゃんもいましたヽ(;´Д`)ノ
このあと私が筋肉痛になったことは、いうまでもありません。
ハンスくんの3月11日
女人堂のところから入山料を払って、ここから上醍醐に上がります。
西国三十三箇所十一番札所です。
修験道の地ですので、昔は女人禁制でした。
また2006年に准胝堂が落雷により焼失したせいか、入山料が必要です。
杖を借りて1時間ほど山道を登ります。
参詣のおともは、さわやか系ドイツ人のハンスくんです。
2ヶ月間日本に滞在するそうで、日本語を少し教えることになりました。
このハンス君3度目の来日です。
1度目は二年前
あの3月11日に松島で震災に遭ったそうです。
すぐに高台に避難するように言われて、
その日は車で夜を明かしました。
ホテルは壊れて帰れない。
ドイツ大使館は電話がつながらない。
やっとオーストリア大使館に連絡がついて、
ヒッチハイクをしながら、車を乗り継ぎ、青森空港に到着。
そして、青森から大阪に飛びました。
このときの日本人の態度に感銘を受け、
日本が大好きになったそうです。
そして、去年の3月11日また松島にやってきたそうです。
中断を余儀なくされた、旅の続きをやるために。
ジャパンレールパスを使って日本を縦断。
前回は移動ばかりだったので、今回は京都を拠点にあちこち行くそうです。
よく考えたら、この日は11日
なんか意味があったのかもしれません。
西国三十三箇所十一番札所です。
修験道の地ですので、昔は女人禁制でした。
また2006年に准胝堂が落雷により焼失したせいか、入山料が必要です。
杖を借りて1時間ほど山道を登ります。
参詣のおともは、さわやか系ドイツ人のハンスくんです。
2ヶ月間日本に滞在するそうで、日本語を少し教えることになりました。
このハンス君3度目の来日です。
1度目は二年前
あの3月11日に松島で震災に遭ったそうです。
すぐに高台に避難するように言われて、
その日は車で夜を明かしました。
ホテルは壊れて帰れない。
ドイツ大使館は電話がつながらない。
やっとオーストリア大使館に連絡がついて、
ヒッチハイクをしながら、車を乗り継ぎ、青森空港に到着。
そして、青森から大阪に飛びました。
このときの日本人の態度に感銘を受け、
日本が大好きになったそうです。
そして、去年の3月11日また松島にやってきたそうです。
中断を余儀なくされた、旅の続きをやるために。
ジャパンレールパスを使って日本を縦断。
前回は移動ばかりだったので、今回は京都を拠点にあちこち行くそうです。
よく考えたら、この日は11日
なんか意味があったのかもしれません。








