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下がったり、あがったり。。。

ずいき祭 2

10月4日に行われた北野天満宮 ずいき祭の還幸祭です。
八乙女さんがやってきました。
花街のおねえさんにも負けませんね。
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知り合いを見つけたのでしょうか。

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牛車です。

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ここの牛童は男の子ですね。
お祭りによっては女の子が引いています。

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こちらの神社ではお神輿ではなく、鳳輦(ほうれんは天皇の乗り物)と記載されています。

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担いでいるのは地元高校生かな。
腕章してカメラを持った先生らしき人が同行していました。

最後に行くのは神職さんの馬車
梅のご紋がついています。
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今宮祭りや御霊祭りに比べるとお神輿の小さい分人が少なかったです。
このずいき祭りを皮切りに、京都各地でお祭りが始まります。





仏像はんこ着きました~

ブログのお友達 仏像はんこの愛子さんが
東北のチャリティーTシャツに続き、
台風18号の被害にあわれた方へのチャリティはんこを販売されました。
早くも到着!
はやっ!

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とっても丁寧に包んであって、
感謝状も入っていました。
愛情たっぷりの仏像はんこ

奈良の薬師寺の水煙とそこにいらっしゃる笛吹き童子です。
水煙というのは、塔の九輪くりん)の上にある火炎状の装飾金具。
火事の連想を避け、同時に水難をおさえる意味もこめて名づけたといわれる。

現在 薬師寺では61年ぶりにおろされた水煙の特別公開をしています。
この展覧会でも愛子さんの仏像はんこは販売されているそうです。
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私はぱっとみたかんじ唐草模様状のものを想像していましたが、
水煙には飛天の透かし彫りがあり
はんこにもちゃんと再現されています。
小さいはんこなのに、細部まで表現されていてすごいと思いました。

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興味のある方は愛子さんのブログ まで。。。



ずいき祭

菅原道真をお祀りする北野天満宮のずいき祭りがおこなわれました。
道真公が大宰府で彫られた木像をお祀りし、
秋の収穫時に野菜や穀物をお供えしたのが始まりだそうです。
ずいきはご存知ですか?
サトイモの茎です。
赤ちゃんが生まれたときに、
おっぱいがよく出るように食べさせられましたが、
下処理がなかなかむずかしいようですね。
と、話は戻りまして、ずいきみこし

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HPより
北野祭(例祭) にお供えとして奉られた野菜を、慶長の頃から一基の大型御輿として作り飾りつけるようになり、屋根はずいき芋(里芋の茎〕で葺き、神輿の各部はすき間もな く穀物や蔬菜(そさい)・湯葉(ゆば)・麩(ふ)などの乾物類で覆われている。

ここから見るとずいきがよくわかりますね。
それにしても、あのいったんもめんみたいな顔のは何でしょうね?
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ここから花街で、芸舞妓さんがごらんになるのですが、
人がいっぱいだったので、あきらめました。

本列がやってきました。
列の先を行くのは、祓えということで、獅子
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導神の猿田彦さま
天狗と同一視されたりしますね。
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悪を祓う鉾が京都のお祭りでは必ずといっていいほど出てきます。
松鉾、梅鉾とありましたが、見たところ松鉾のようです。
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まだまだかわいい人たちが続きますよ。。。

祇園閣2

登録有形文化財 祇園閣です。
もとは大倉財閥(ホテルオークラなどが有名)の大倉喜八郎が
昭和3年御大典記念に、祇園祭の山鉾を模ったものを建てました。
鉄筋コンクリートで高さ36メートル
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見た目には石造りということで、
私はなんとなくフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルを連想しました。


てっぺんには、鶴が輝いています。
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内部はお寺の移転時に阿弥陀如来様を安置
中は敦煌の壁画の模写が描かれています。
伊東忠太デザインのガーゴイルみたいなオブジェもおもしろいです。(未撮影)
この方そういうゴブリン系がお好きと見えて、
伝道院のぐるりにもありますよね。
築地本願寺にもあるそうです。

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祇園閣入り口の阿吽の狛犬さん

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扉のレリーフ
『祇園閣』の文字は公望って書いてあったと思うのですが。。。
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とても眺めがよかったのですが、
ご近所から苦情が来るということで、
特別公開の楼上からの撮影はすべて禁止になったそうです。

そして、石川五右衛門のお墓がありました。

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五右衛門というのも伝説的な人物で
本当にいたかどうかははっきりしなかったそうですが、
宣教師の記録にも出てきたらしく
きっと実在の人物だろうということです。