ガイドをガイド?
丸太町で通訳ガイドをしている知人にばったり。
なんでもバスツアー客を御所に案内するとかで、下見に来たそうです。
私は歩いて帰ろうかどうしようか思案していたところで、
彼女と一緒に御所の中を歩いて帰ることにしました。
(写真は昔撮ったものを使っています。)
バスツアーなので、駐車場からのルートを確認するとかで
まず駐車場に向かいます。
駐車場の南側にあるのが蛤御門
江戸時代の大火で門が開いたので、焼けて口をあく蛤にたとえられています。
門には戊辰戦争時の弾丸のあとがあります。
「御所内に入らないと、何もないんだよね。
たぶんそれを外国のエージェントがわかっていないと思う。」
と、ガイドさん。
注。御所は宮内庁管轄で許可がないと入れません。
我々が普段歩いているのは京都御苑という環境省管轄の国民公園
とりあえず説明するものがないので、門の説明をするとのこと。
ここが天皇だけが出入りされる建礼門
たとえ皇后といえど、天皇と御一緒でなければ通ることはできません。
(一般公開の際、内側から撮ったもの。)
こちらは一般公開のときにあけられる宜秋門
貴族が使われた門
御車返しの桜と清所門
こちらは通用門です。
清所っていうのは台所(配膳所)のことだと皇宮警察の人が教えてくれました。
この北側に皇后門というのがあるのですが、
そちらも地味な門で通用門だそうです。
同じ護衛官の方にお聞きしたことによると、
建春門より、むしろ朔平門が女院御所に一番近い門として
皇后さまが利用されたそうです。
(こちらが建礼門に対して北に対するいうことです。)
御霊祭を朔平門から明治天皇がごらんになったというのは、
そういうことですか。。。
最後に知人は
「まず着いたら地図で説明するから、
地図を撮っていくわね。」
と、中立売門前の地図を撮影。
「あれ、京都御苑って、Imperial Parkじゃなくて
Kyoto National Parkだったんだ」
私も間違っていました。。。
それにしても、日本国中ガイドで飛び回っている人は
下見(自費)から何から大変なんだなあ。。。
と、改めて思いました。
なんでもバスツアー客を御所に案内するとかで、下見に来たそうです。
私は歩いて帰ろうかどうしようか思案していたところで、
彼女と一緒に御所の中を歩いて帰ることにしました。
(写真は昔撮ったものを使っています。)
バスツアーなので、駐車場からのルートを確認するとかで
まず駐車場に向かいます。
駐車場の南側にあるのが蛤御門
江戸時代の大火で門が開いたので、焼けて口をあく蛤にたとえられています。
門には戊辰戦争時の弾丸のあとがあります。
「御所内に入らないと、何もないんだよね。
たぶんそれを外国のエージェントがわかっていないと思う。」
と、ガイドさん。
注。御所は宮内庁管轄で許可がないと入れません。
我々が普段歩いているのは京都御苑という環境省管轄の国民公園
とりあえず説明するものがないので、門の説明をするとのこと。
ここが天皇だけが出入りされる建礼門
たとえ皇后といえど、天皇と御一緒でなければ通ることはできません。
(一般公開の際、内側から撮ったもの。)
こちらは一般公開のときにあけられる宜秋門
貴族が使われた門
御車返しの桜と清所門
こちらは通用門です。
清所っていうのは台所(配膳所)のことだと皇宮警察の人が教えてくれました。
この北側に皇后門というのがあるのですが、
そちらも地味な門で通用門だそうです。
同じ護衛官の方にお聞きしたことによると、
建春門より、むしろ朔平門が女院御所に一番近い門として
皇后さまが利用されたそうです。
(こちらが建礼門に対して北に対するいうことです。)
御霊祭を朔平門から明治天皇がごらんになったというのは、
そういうことですか。。。
最後に知人は
「まず着いたら地図で説明するから、
地図を撮っていくわね。」
と、中立売門前の地図を撮影。
「あれ、京都御苑って、Imperial Parkじゃなくて
Kyoto National Parkだったんだ」
私も間違っていました。。。
それにしても、日本国中ガイドで飛び回っている人は
下見(自費)から何から大変なんだなあ。。。
と、改めて思いました。
寺町通下がって下御霊神社
ちょっと用事があって、寺町通りを
下がります。
京都では北に行くことを上がる
南に行くことを下がるといいます。
住所で四条上がるxx町ということは、
四条通を北に行ったところにあるxx町
ということになります。
御所の一角にある梨木神社
すごいことになっています。
一見、わかりにくいのですが、
鳥居の向こう側は緑の塀に囲まれています。
塀の中はマンション建設現場で更地に。。。
広告が入っていましたが、50年借地の高級分譲マンション。
心がいたむのは私だけではないでしょう。
もう少し南にいくと、久々の下御霊神社
御所より北にあるのが、上御霊神社(御霊神社)
南にあるのが下御霊神社
どちらも御所や公家町を氏子区域に含むため
皇室や貴族に崇敬されてきました。
奥にある本殿は 御所の内侍所仮殿を寛政3年(1791)に移築したもの。
門もたいへんりっぱです。
下御霊神社の大祭は5月の日曜日に行われていますが、
今年は上御霊神社と同じ5月18日に行われました。
江戸時代の祭を描いた絵のこコピーが掲示されていました。
もともと上下御霊神社の大祭は8月18日に還幸祭が行われていましたが、
今では東遊が行われています。
さて、こちらの手水所のお水ですが、とってもおいしいんです。
フレーバーウオーターはここのお水をいただいて、
作らせていただきました。
以前も書いたのですが、有名な梨木神社の染井の水と水脈が同じ。。。
という話ですが、ちょっと味が違う気がいたします。
HPより
江戸時代の明和七年(1770年)の秋は京の市中が旱魃(かんばつ)に見舞われました。
当時の神主(第三十八代) 出雲路定直が夢のお告げにより境内の一か所を掘らせたところ、清らかな水が沸き出でて涸(か)れることなく、万人に汲ませることができ、「感応(かんのう)水」と名付けられたとのことです。
下がります。京都では北に行くことを上がる
南に行くことを下がるといいます。
住所で四条上がるxx町ということは、
四条通を北に行ったところにあるxx町
ということになります。
御所の一角にある梨木神社
すごいことになっています。
一見、わかりにくいのですが、
鳥居の向こう側は緑の塀に囲まれています。
塀の中はマンション建設現場で更地に。。。
広告が入っていましたが、50年借地の高級分譲マンション。
心がいたむのは私だけではないでしょう。
もう少し南にいくと、久々の下御霊神社
御所より北にあるのが、上御霊神社(御霊神社)
南にあるのが下御霊神社
どちらも御所や公家町を氏子区域に含むため
皇室や貴族に崇敬されてきました。
奥にある本殿は 御所の内侍所仮殿を寛政3年(1791)に移築したもの。
門もたいへんりっぱです。
下御霊神社の大祭は5月の日曜日に行われていますが、
今年は上御霊神社と同じ5月18日に行われました。
江戸時代の祭を描いた絵のこコピーが掲示されていました。
もともと上下御霊神社の大祭は8月18日に還幸祭が行われていましたが、
今では東遊が行われています。
さて、こちらの手水所のお水ですが、とってもおいしいんです。
フレーバーウオーターはここのお水をいただいて、
作らせていただきました。
以前も書いたのですが、有名な梨木神社の染井の水と水脈が同じ。。。
という話ですが、ちょっと味が違う気がいたします。
HPより
江戸時代の明和七年(1770年)の秋は京の市中が旱魃(かんばつ)に見舞われました。
当時の神主(第三十八代) 出雲路定直が夢のお告げにより境内の一か所を掘らせたところ、清らかな水が沸き出でて涸(か)れることなく、万人に汲ませることができ、「感応(かんのう)水」と名付けられたとのことです。





