車輪!
今日は祇園祭 後祭の山鉾巡行でしたが、
午前中は行けなくて。。。
というか、まだ大船鉾は見ていないので、
見に行ったら、もうすでに出発した後で。。。
帰りにまたのぞきに行きました。
さすがに今年復活しただけに、白木がぴかぴか
京都では★3回大きな火事があり、
★宝永の大火(1708年)天明の大火(1788年)禁門の変(1864年)
このあたりも禁門の変で焼けてしまい
大船鉾は150年ぶりに復活したわけです。
菊水鉾から車輪は提供されたそうです。
新町通りを北上しますと、
南観音山の車輪をはずすところでした。
「時計回り!」
とにかく垂直にしないと倒れてしまうので、
傾きに注意を配っておられました。
右手の会所に運び入れます。
北観音山
こちらも片側を残して、車輪をはずすところでした。
ジャッキ?アップされています。
フランス人留学生に
「祇園祭行った?」
とたずねたら
「去年行ったからいいです。
人が多いから1度で充分。」
"Tu ne sais pas!”
(何も知らないくせに!)
と、思ってしまった私です。
建築学をしているなら、こういうのを見せてあげないとね。
来年はもういないから、これこそ後の祭り
(祇園祭が語源だといわれています。)
今年もまた御神輿巡行は見なかったのでした。
午前中は行けなくて。。。
というか、まだ大船鉾は見ていないので、
見に行ったら、もうすでに出発した後で。。。
帰りにまたのぞきに行きました。
さすがに今年復活しただけに、白木がぴかぴか
京都では★3回大きな火事があり、
★宝永の大火(1708年)天明の大火(1788年)禁門の変(1864年)
このあたりも禁門の変で焼けてしまい
大船鉾は150年ぶりに復活したわけです。
菊水鉾から車輪は提供されたそうです。
新町通りを北上しますと、
南観音山の車輪をはずすところでした。
「時計回り!」
とにかく垂直にしないと倒れてしまうので、
傾きに注意を配っておられました。
右手の会所に運び入れます。
北観音山
こちらも片側を残して、車輪をはずすところでした。
ジャッキ?アップされています。
フランス人留学生に
「祇園祭行った?」
とたずねたら
「去年行ったからいいです。
人が多いから1度で充分。」
"Tu ne sais pas!”
(何も知らないくせに!)
と、思ってしまった私です。
建築学をしているなら、こういうのを見せてあげないとね。
来年はもういないから、これこそ後の祭り
(祇園祭が語源だといわれています。)
今年もまた御神輿巡行は見なかったのでした。
屏風祭 紫織庵
祇園祭 屏風祭では、有料で公開されているところもあります。
こちら新町通の紫織庵
江戸後期 荻野元凱が医院を開業した地で、
明治までその子孫と門弟の教育所として使用されてきました。
現在の建物は大正15年豪商井上利助が、ライト様式の洋間を加えて新築。
昭和40年かr平成9年まで川崎家本宅として使用されていました。
写真は撮れないと思っていたのですが、
帰り際に建物は撮ってよかったと聞いて少し撮りました。
玄関
奥のガラスは昔ながらの手作りのレトロガラスでした。
こんなに大きいのは珍しいですね。
祇園祭といえば、ヒオウギです。
これ生けるのがむずかしかった記憶が。。。
右手が武田五一設計のライト様式の洋間です。
格天井になっていて、暖炉もあります。
内装の木はチーク材
外から見たところ。
なるほどライトが設計した明治村の帝国ホテルっぽい。
この他
客間と仏間の間の欄間は竹内栖鳳作 東山三十六峰の桐の一枚板だそうです。
二階にも大きな洋間があり、床の寄木細工や昔の鏡のある暖炉が印象的でした。
また屋根の上には屋上が作ってあり、山鉾巡行をそこから楽しんだそうです。
屋上
曳初のときに撮ったものです。
京都市指定有形文化財。
この他長江家住宅も特別公開さていましたが、
ここのほうが見ごたえありました。
こちら新町通の紫織庵
江戸後期 荻野元凱が医院を開業した地で、
明治までその子孫と門弟の教育所として使用されてきました。
現在の建物は大正15年豪商井上利助が、ライト様式の洋間を加えて新築。
昭和40年かr平成9年まで川崎家本宅として使用されていました。
写真は撮れないと思っていたのですが、
帰り際に建物は撮ってよかったと聞いて少し撮りました。
玄関
奥のガラスは昔ながらの手作りのレトロガラスでした。
こんなに大きいのは珍しいですね。
祇園祭といえば、ヒオウギです。これ生けるのがむずかしかった記憶が。。。
右手が武田五一設計のライト様式の洋間です。
格天井になっていて、暖炉もあります。
内装の木はチーク材
外から見たところ。
なるほどライトが設計した明治村の帝国ホテルっぽい。
この他
客間と仏間の間の欄間は竹内栖鳳作 東山三十六峰の桐の一枚板だそうです。
二階にも大きな洋間があり、床の寄木細工や昔の鏡のある暖炉が印象的でした。
また屋根の上には屋上が作ってあり、山鉾巡行をそこから楽しんだそうです。
屋上
曳初のときに撮ったものです。
京都市指定有形文化財。
この他長江家住宅も特別公開さていましたが、
ここのほうが見ごたえありました。











