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旧柳川藩主邸宅 御花①

旧柳川藩主の邸宅 御花です。

1738年柳川藩5代藩主が家族と過ごすため

この場所に屋敷を設けました。

 

洋館は1910年西原吉治郎の設計により建てられました。

左に行くと宿泊受付です。

宿泊したかったのですが、思ったより博多から遠く

諦めました。

 

この日は結婚式が立て込んでたようで、

もうすぐ見られなくなるとかで急かされました。

手すりの意匠とアーチのある玄関

 

階段

 

天井の放射状の模様がきれいです。

 

洋館は窓の形とか、マントルピースがアクセントなんですね。

 

結婚式の準備がされていました。

天井

 

マントルピース

 

天井いろいろ

 

近況

北原白秋 生家・記念館

あっちこっち記事が飛びますが、

九州の続きです。

一之宮から

 

 

福岡県柳川を目指します。

明治、大正、昭和に生きた詩人 北原白秋の生家です。

北原家は酒造業を営んでいました。

一時取り壊しの危機にありましたが、1969年修復、一部復元され

一般公開が始まりました。

 

3月16日に訪れたので、

柳川一帯は「さげもん」と呼ばれる雛飾りで華やかでした。

柳川藩の奥女中が着物の端切れで作ったおもちゃが始まりだそうです。

 

茶の間

 

白秋のデスマスクが展示されてました((;'∀')

座敷です。

 

お雛様が飾られています。

こちらはお内裏さまが左。

 

鶴と松の欄間が美しいです。

 

外側から見たところ

 

正面は白秋の書斎です。

手前にカラタチの木。

カラタチの花が咲いたよ、白い白い花が咲いたよ♪~

 

柳川畳。

前に畳屋さんが言っていた通り、

いぐさの産地のほとんどは九州だそうです。


 

水郷柳川ですので、昔はここに舟がついたのでしょうね。

 

なまこ壁の土蔵です。

資料室になっています。

白秋はたくさんの学校の校歌を作詞していて、

私の母校もその一つ。

ウワサではスイッチを押すと、校歌が流れると聞いていたのですが、

そういうものはなく、楽譜が展示されていました。

それだけでも来た甲斐がありました。

小網神社(東京銭洗弁天)

明治座に向かいます。

少し時間に余裕があり、

最寄りの人形町駅に程近い小網神社に参りました。

行列の出来る神社です!

せっかく来たので参拝します。

神紋の稲穂の通り、主祭神はお稲荷さんです。

社殿は戦禍を潜り抜け、昭和4年の建築で彫り物が立派です。


が、狐さんではなく狛犬さん。

愛嬌があり、かわいいです。

赤い前掛けがお似合い💕


この横に福禄寿がいらっしゃいました。

撫でるみたいなので、なでなでして帰りました。

ザルにお金を入れて洗っている人もいましたが、

先を急ぎます。

それにしても、お稲荷さんなのに、

弁財天に福禄寿?

と公式サイトをチェックしました。

こちらは、もともと弁財天と福禄寿を祀る庵でした。

悪疫が流行した時、

翁が網にかかった稲穂を持って庵に来ました。

ある夜、翁を稲荷大神として祀ると、悪疫が鎮まると、庵主の夢枕に開基の恵信僧都がたちました。神社を創建して祈願すると、たちまち悪疫は収まりました。


明治座までの甘酒通り、老舗がいっぱい面白かった。


ツツジも満開


このあたり、芝居小屋も多かったそうです。

人形浄瑠璃の人形のバネは鯨のヒゲだったとかで、クジラ。

読んでね。

会社の入り口のキリシマツツジ?

ほうじ茶のいいお茶の匂いが漂い、

お茶屋さんでお茶を買いました。

高い!

と、思ったけど、せっかくなので茶葉を購入。

味も大したことなかったです。

夫「そりゃお茶は京都の方がうまいで。

今度買っといて」

とのことでした。

むさしの森珈琲で豪華ブランチ

夫の車に乗って東京に来ています。

夜中に走ってきた上、狭い部屋でゴソゴソするから、全然眠れず。

安眠できない人💦

道中チケット救済サイトでミュージカルのチケット購入したけど、

眠らずに見られるのだろうか?


前に来た時は桜が咲いていました。 


刈谷ハイウェイオアシス


お気に入りの三和の親子丼

梅干しが美味しい


むさしの珈琲でブランチ

京都にはないけど、すかいらーくなんですね。

コメダみたいに珈琲頼むと

サービストーストありましたが、

昼を兼ねるので、意外といいお値段でした。

ビスクスープ美味しかった。