お彼岸
青岸渡寺
花山天皇が定められたという
西国33箇所の第一番札所 青岸渡寺せいがんとじ
如意輪観世音像は、仁徳天皇の時代(4世紀の頃)、
インドから那智に渡来した裸形上人が、那智滝の滝壺で見つけ
本尊として安置した言われています。
仏教伝来とされる時期より前ですね?
このお堂は豊臣秀吉が建てたものです。
神仏習合の影響が色濃く残る熊野ですが、
明治になり那智大社と無理やり線引きされたのが
よくわかりますね。
お隣が那智大社の本殿です。

ここまでも結構なのぼりですが、
上から下りてくる人もいます。
三重塔と瀧のコラボが撮れるフォトスポット
1972年の再建
左手下に痛々しい土石流の傷跡が見えます。
たくさんの家屋、土産物屋さんが流されたそうです。
あちこちでまだ河川の工事がされています。
熊野那智大社
熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社を合わせて熊野三山といいます。
奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、
神仏習合が色濃く残っています。
古来熊野本宮大社からは速玉大社まで川を下ったそうです。
こちらは那智の滝をご神体とする飛龍神社ひろうじんじゃ
那智大社の別宮です。
神武天皇東征のおり、那智の浦におつききになると、
輝く山をみつけられ、その山をめざしたところ、滝があり
その滝を大己貴命(おおなむちのみこと)の現われたるご神体と祀られました。
落差133mは日本一だそうです。
300円納めると、もう少し近づくことができます。
(お守りを授与いただけます。)
近づくと、虹が見えました。
普通右手下の鳥居からお参りします。
下のほうを見ると、洪水の爪あとが感じられます。
重機の音が響きます。
この綱を張るのはどうやってるんでしょうか!?
飛瀧神社からさらに上に行くと那智大社
中華圏の方が多かったです。
神武天皇はヤタガラスに導かれ、大和橿原の地に行かれますが、
役目を終えたヤタガラスは戻ってきたそうです。
さらには、ヤタガラスは下鴨神社の賀茂建角命の化身だという話ですから
熊野と京都は昔からつながっていたのですね。





















