渉成園枳穀邸③
通りすがり に入ったのに、
思いがけずたくさん写真を撮って
3回目の渉成園です。
京都タワーがよく見えます。
印月池に反映しています。
二階建て茶室は珍しいですね。
高台寺にもありますが、少ないです。
ここは煎茶席だそうです。
珍しい屋根の形の中門
茶室の庭 露地には灯篭、つくばい、飛び石があります。
お茶室の近くにはよくキリシタン灯篭がありますが、
これはどちらかというと、阿弥陀如来???
広大な庭です。
庭園南側から出ると、馬繋ぎがありました。(明治初期)
北側から入りましたが、南側が正式なお玄関なんですね。
とても大きいです。
1880年明治天皇が行幸されたとき、
大宮御所から移築を約束され、のちに移築されてきたということです。
私が初めて訪れたのは25年前
その時はまず東本願寺にお参りして
入場証みたいなものをもらっていきました。
受付でお参りされましたか?と、
念押しされました。
今は普通に500円以上の志納金で立派なパンフレットがもらえます。
その後2回来ましたが
前はもっとお支払いしたような?
ここの建物は結構傷んでいますが、
中もすばらしく持仏堂の襖絵は棟方志功(パンフで見ました。)
冬の旅とか、夏の旅で公開すると、
人が集まりそうです。
コロナの感染が広がる中
観光もなかなか回復しませんね。
渉成園枳穀邸②
京都駅から歩いて10分
東本願寺の別邸 渉成園です。
徳川家康から寺地を与えられたことから、
幕府要人がよく訪れました。
将軍家茂や慶喜は何度もお訪れたそうです。
ロシアのニコライ二世やヘレン・ケラーなどもひとときを過ごしました。
印月池と茶室 漱枕石(漱流枕石そうりゅうちんせき=旅路から
この場所は光源氏のモデルともいわれた源融の六条河原院の
旧跡と言われ、ゆかりのものが配されています。
源融供養塔(アオサギが乱舞していました。巣があるようです。)
どうもこの木の上に巣があるようで、
仲良くしているカップルに割って入ろうとしたが
入れなくて飛び去るアオサギ
塩釜
井戸ですが、塩をつくる塩釜に似ていることから
塩釜と呼ばれます。
回棹廊
段差があります。
藻で緑になっています。
小さな滝 獅子吼
渉成園の水はもともと高瀬川から引かれていましたが、
明治以降は琵琶湖疎水から本願寺水道が引かれ
今は井戸水だそうです。
長くなりそうなので、続く
渉成園枳殻邸
今日も降りましたが、幸い外出中は降られず。
久々にデパ地下に行きましたが
人は多く、盛況でした。
4月初に行ったときは、お惣菜があまりまくっていましたが、今は絞り込んでいますね。
山積みだった土産物は在庫をかなり減らしている感じ。
警備員さんが写り込まないようのいてくれました。(少し写ってます。)
名勝 渉成園枳殻邸きこくてい
天気が悪いから時間が遅い気がしていました。
警備員さんが気を遣ってくれなかったら
門だけ撮って素通りしているところです。
通りすがりに入園しました。
宣如上人が隠居所として渉成園が建てられ
生垣に枳殻カラタチが植えられたことから
枳殻きこく邸と呼ばれるようになりました。
ここの石垣の石の組み方がいいんです。
ハスの花は…。
ドライブスルー
今年も行ってきました。
城南宮のドライブスルー茅の輪くぐり
京都南ICのそばにあり
交通安全の神様として、崇敬を集めています。
京都の車は、
城南宮か、狸谷不動尊の交通安全ステッカーをはっていることが多いです。
通り抜けるとお祓いして、
お札をくださいます。
車を止めて、本殿にお参り
延暦13年(西暦794年)の平安京遷都に際し、都の安泰と国の守護を願い、国常立尊(くにのとこたちのみこと)を八千矛神(やちほこのかみ)と息長帯日売尊(おきながたらしひめのみこと)に合わせ祀り、城南大神と崇めたことが城南宮のご創建と伝え、城南宮とは平安城の南に鎮まるお宮の意味です。HPより
7月7日まで茅の輪とお神楽が行われていました。








































