熊野追悼シリーズ最終回 神内神社
今年2月1日に急逝されたブロ友の熊野案内人さんに
連れて行っていただいた南紀の神社の蔵出し記事の最終回です。
神社というか、自然崇拝の地をまわりました。
最後にご紹介するのは神内神社こうのうちじんじゃです。
ホントに2月1日(2017年)とは思えないいいお天気で
どこに行っても歓迎されている気持ちになりました。
このあたりは三重県と和歌山の県境で三重県紀宝町になります。
御祭神は天照大神、天忍穂耳尊あめのおしほみみのみこと、瓊瓊杵命、
彦火火出見尊(一般には山幸彦としって知られ、神武天皇の祖父)
鵜草葺不合命うぐやふきあえずのみこと(神武天皇の父)
北野武氏が取材に訪れ、人に教えたくない神社とコメントしたそうです。
参道です。
意外と普通の神社っぽい。
ここはまさに参道は産道
子安の神、安産の神として信仰を集めています。
この岩窟が子宮に例えられたりするようです。
神武天皇が祀られていますが、中には明治天皇という文字も見えました。
ホントは中が暗いのでしょうが、ちょうど光が差し込んできたのです。
御神体をお参りします。
階段の両脇にかわいい狛犬さん。
この階段を上がると御神体です。
階段の突き当りに見えていたのがこの建物
その後ろがご神体です。
岩はずっと上まで続いています。
神内神社の神域は広く7ヘクタールとか。。。
その樹叢は三重県の天然記念物になっています。
海岸から2キロの場所にある巨木
階段から下を見下ろします。
眼には見えないけれど、木霊がいるんでしょうね。
南紀が南方熊楠を産んだのがわかります。(いきなり話とぶ?)
和歌山は明治に合祀された神社が大変多く
鎮守の杜を守るため
熊楠が日本最初のナショナルトラスト運動を
したのは有名です。
雨にけふる神島(かしま)を見て紀伊の國の生みし南方熊楠を思ふ
昭和天皇御製
こんな場所に連れてきてくださった熊野案内人さんに感謝です。
新宮駅まで送ってくださり、私たちは大阪行きのくろしおに乗りましたが、
案内人さんがお弁当を持たせてくれました。
「社内販売もないし。道中長いから」
ホントにかゆいところに手の届く方でした。
このあたり単線区域のため、ベタベタに遅延し、
さらには大阪環状線まで遅れていて、結局5時間以上かかって到着。
案内人さんが持たせてくれたお弁当のおかげで助かりました。
新宮まで行って、熊野速玉神社、神倉神社、阿須賀神社には
参拝していないので、また近いうちに訪れたいと思います。
案内人さんがいないのだけが残念です。
追悼記事お付き合いいただきありがとうございました。
追悼熊野案内人⑤まないた様
急逝された熊野案内人さんをしのんで蔵出し記事の続きです。
2日でよくこれだけ回れたな、というくらいガンガン参りました。
花窟神社はなのいわやじんじゃは、伊弉冊尊イザナミノミコトの埋葬されたという場所でしたが、
花窟神社から1.6キロほどのところ産田神社うぶたじんじゃがあり、
伊弉冊尊が軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産んだ場所とされます。
その二社を結ぶ延長上にまないたさまがあります。
一応立て札はありますが、
普通に行ったのではわかりません。
道の行き止まりのようなところで、車を止めます。
途中に大きい磐座が見えていたと思います。
「まないたさままで10分」とあります。
杖が置いてありました。
こんな杉林ですが、よく手入れされています。
当時高校生の息子
今より若いです!
まないたさまとは、漢字で書くと真名井戸のようで、
水神様が祀られています。
天の真名井戸は全国にありますが、
真名井戸からまないたになってのではないかという掲示板
参道は産道と言われることもありますが、
どことなく子宮を感じたりして。。。
那智の滝の水しぶきにはあたれませんでしたが、
ここでは浴びることができました^^
追悼熊野案内人④丹倉神社
3年前熊野を案内してくださったブロ友さんの
急逝を知り、蔵出し追悼シリーズです。
社のない神社を中心に回っています。
熊野市駅から車で30分の丹倉あかくら神社です。
林道のそばに駐車スペースがあります。
その前を名古屋ナンバーが通り過ぎていきました。
大丹倉という修験道の岩場に行く車でしょう。
丹というからには、このあたりで水銀が採れたのかもしれません。
鳥居のところが林道です。
この巨石が磐座で、ご神体です。
こういうところでは祀られているのが誰なのか
あまり関係ないのでしょうね。
日本の信仰の起源を感じます。
この左手には手水所があり、水が流れているのですが、
信仰のない人が来ると、水が止まるということでした。
たくさん流れていて、ペットボトルに入れて持ち帰りました^^
追悼熊野案内人③花窟神社
熊野は奈良県と三重県と和歌山県の県境になります。
少し行くと三重県熊野市に入りました。
今の県境より、昔の国境の方が生活圏に合っていると
常日頃から感じています。
私の祖母は出身地を紀州と言っていましたが、
おそらく三重県尾鷲市あたりまでは
紀州(紀伊国)ではなかったでしょうか。
祖母の母は尾鷲出身だったようです。
花窟神社はなのいわやじんじゃは三重県熊野市にあります。
伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、
灼かれて亡くなった後に葬られた場所だといわれています。
(広島県庄原市の比婆山もそうだといわれていますが。)
ここは道の駅もあり、わりとアクセスは良いところです。
こちらがご神体
ご祭神は伊弉冊尊(イザナミノミコト)
ご神体から松のご神木に渡す大綱は
長さ170メートルあり、
例大祭におこなわれる御綱掛神事は三重県の無形文化財だそうです。
次の日が例大祭で、準備がおこなわれていました。
その向かいに軻遇突智尊(カグツチノミコト)が祀られています。
熊野は巨石が多く、信仰を集めています。
熊野の旅は巨石をめぐる旅でもありました。




























