烏丸ママのブログ -342ページ目

横浜 三溪園④矢箆原家住宅加筆あり

体調がなかなかよくならないので、病院に行ったら、
CRPの値が高かったです。
ワクチンで炎症反応は出ないので、ワクチン打ってから
風邪でも引いたんじゃないですか。。。とのことでした。
「でも、脈拍は明らかにワクチン打ってからおかしいのですが。。。」
と言うと
「99までは正常範囲です。」
いや、普段安静時脈拍70台の人が90台っておかしいでしょ~?
かかりつけ医の先生は
教科書の数字でなく、本人比が大事と言います。
例えば普段血圧150の人が110とかになるとしんどいし、
90の人が120になってもしんどい。
その人にとってベストの血圧というのがあります。。。って。
たぶんこっちの先生の方がいい先生だなって思いました。
いずれにせよ、白血球の数は正常なので、快方に向かっています。
 
横浜の三渓園は野外の民俗博物館です。
大阪の緑地公園にも私の好きな民家集落博物館がありますが、
歴史的遺構としてはこちらのほうが貴重です。
鎌倉東慶寺の旧仏殿は修復工事中で見ることができませんでしたので
こちらはHPからお借りしました。
苑内ではいくつかの建物の葺き替え工事が行われていました。
京都では檜皮、杮専門業者もあるくらいですが、
関東では檜皮葺きやこけら葺きは珍しいそうです。
どこから業者はやってくるのでしょうか。

 

目の前に現れたのはとても大きな農家

画像で見るより実物は大きくて、

でっか~

と、驚きました。

重要文化財 旧 矢箆原やのはら家住宅

私たち一家が数えきれないくらい訪れた岐阜県高山市荘川町にある

御母衣みぼろダムの湖底に沈むところ、保存のため

昭和35年に移築されました。

移築前から重要文化財に指定されていたそうです。

有名な荘川桜も移植され、NHKのプロジェクトXにも取り上げられました。

矢の原家は飛騨三長者の一人で現存する合掌造りの中でも最大級です。

入母屋茅葺合掌造りです。

白川郷や五箇山と何か違うな~と思っていたら、

後者は切妻造で屋根の形が少し違うのでした。
明治期の合掌造りが多い中、こちらは江戸後期のものです。


火灯窓特徴です。

他の合掌造りには見られないのでは?



ここは唯一中に入られる建物で、飛騨から持ち込まれた道具類も

展示されています。

コロナでなければ、屋根裏にも上れたそうです。

お勝手

水屋

プライベートな部屋は主に板敷き

公的な部屋は畳敷きだそうです。

囲炉裏

写っていないけれど、この部屋には大きな神棚もあった気がします。

囲炉裏の役割は調理、暖房、乾燥、照明、接客。

台所

毎日火がくべられているそうです。

煙は屋根裏の伽や梁などの木材をいぶし、防腐防虫効果があります。

いろりの上に見える火天ひあまという棚は、

火の粉が天井に届くのを防ぎ、くんせいなども作るそうです。

ちょうだ

家長夫妻の寝室で、他の家族は中二階で寝ました。




右手の座敷はかけ湯に入るために着替える部屋で、

明治以降隠居部屋でした。

奥座敷

付け書院に違い棚があります。

欄間が扇になっています。

あ、やっぱり右上に神棚がありました。

ちゃんと榊が見えます。

奥の方の部屋はお座敷です。

左手に式台玄関があります。

座る場所が厳格に決まっていたそうです。

格子がきれいです。

上の格子は光を取り入れやすいように?幅が広いですね。

外から見たところ

ここが一番気に入りました。
屋根裏に上がれるようになったらまた行ってみたいです。

いただいたパンフレットを参考に加筆いたしました。

横浜の三溪園③

パラリンピックも終わりました。
開会式も閉会式もパラリンピックの方がよかったと思います。
女子マラソンの道下さんの笑顔がとても素敵でしたし、
伴走者の方との絆も印象的でした。
あとは決算が気になります😅
 
横浜三溪園まだ続きます。
聴秋閣は二条城に建てられ、のちに春日局が賜ったとされる建物です。
手がけたのは小堀遠州と同時期に作事方を務めた佐久間将監。
いったいいつまで二条城にあったのか、気になります。

いたるところにせせらぎがあるのも趣深いです。

待合

春草盧

月華殿とともに三室戸寺金蔵院から移築され

織田信長の弟織田有楽斎作というわれる三畳台目の茶室があります。

お茶室とかお庭とか、サインがないから、ほとんど伝です。

東大寺の伽藍石です。

東大寺の灯篭なども廃仏毀釈で各地に流出しています。

光悦垣が見えます。

石棺ですって!?

中身はどこよ?!

見晴らしのいいところに上がってきました。

松風閣という煉瓦造りの建物がありましたが、

関東大震災で倒壊し、今は普通の展望台になっています。

昔とはすっかり変わってしまった海岸線。


このあたりの地形って面白いですね。

海に近いのに衝立のように崖があったり。。。

隆起した地形なのでしょうか。

ブラタモリで横浜編やっていたのかな?

まだ紫陽花が見ごろでした。

初音茶屋

梅の季節ではありませんが、臥竜梅

寒霞橋

手前の灯篭の宝珠が変わっています。朝鮮灯篭???

この先にとっても大きい建物が登場してビックリしました。

つづく

まだ体調戻りません。夜はUBER頼みました。

おいしかったです。http://www.kushikura.jp/

まあブログ書いているくらいですから、大丈夫です。

横浜の三溪園②

久々に晴れましたが、ワクチン以来体調が戻りません。
今日も買い物に出た以外こもっていました。
明日あたりかかりつけ医に行ってみようと思います。
 
今日でパラリンピックも終わりですね。
あまり見なかったけれど、
テニスをちらっと見ました。
車椅子だとまっすぐ取りに行けない方向があったり、
サービスの位置も低くなるので、
健常者のテニスより難易度が高いと思いました。
またメダルは取れませんでしたが、
福知山線脱線事故で障がいを持たれた方が
アーチェリーに出場されていました。
そういうふうに紹介されるのは不本意かもしれませんが、
よくぞ生きていてくれましたと思います。
大きな事故や災害が起こったとき、自分がそのとき何をしていたか
覚えているものです。
私の友人たちが使う路線で、同志社大学行きの列車だったため
同志社の学生がたくさん乗っていて、とても心配しました。
彼女もその一人でした。
事故で人生がかわってしまったかもしれませんが、
新しい道を歩んでおられることを頼もしく感じました。
 
昨日の三渓園の続きです。
想像以上にたくさんの歴史的建造物が移築されていました。
まるで博物館のようです。
最初に現れたのが、原家の邸宅だった鶴翔閣
結婚式などもできるそうです。
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臨春閣(重文)
紀伊徳川家の巌出御殿だと考えられています。
造りは多少変わっているものの、狩野派の障壁画があるそうです。
中が見られないのが残念です。

数寄屋造りが美しく、東の桂離宮と呼ばれるのはこのへんかと

思いますが、お庭は本家の勝ちですね。

ちょうど今檜皮の葺き替えをされているようでした。

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結婚式の前撮りカップルが3組ほどおられました。

浴衣の女子二人組が撮りあいっこしていたので、

一緒に撮ってあげると、とても喜んでくれました。

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建物が多すぎて、覚えきれません。

月華殿徳川家康の伏見城にあった諸大名の控えの間と言われていて

(やたらと伝が多い)海北友松の筆による襖絵だそうです。

その海北友松の襖はよくわかりませんが、

欄干の透かしがきれいです。

正面にまわってきました。

三渓園には大正7年に宇治の三室戸寺金蔵院から移築されたそうです。

重要文化財 天授院
鎌倉 建長寺近くにあった心平寺の建物だといわれています。
原家の持仏堂で、天授院というのは原三渓の岳父 善三郎の法号です。
 

前撮りカップルと写る猫

 

苑内はいろんな花が咲いています。

あと3回くらい続きます。

 

お知らせ

東の桂離宮と書きましたが、

本物の桂離宮の観月会が今募集中です。

桂離宮の話もオンライン講座で聞きましたが、

専門家に言わせると、やっぱりすごいと。。。

アメリカの庭園雑誌が毎年足立美術館を選ぶけれど、

比ではないとおっしゃいます。

確かに本を見ても、桂離宮は敷石だけ、建具の飾りだけで

本になります。

月の光で光る石も使われているそうで、本当なら見たかったな。

私は先約があり行けなくて残念。

 

 

 お知らせ2

今日はエシレバターのセールだそうです。


 

横浜の三溪園①

今日は元気と思っていましたが、
オンラインのオリエンテーション受けたり、
ずっと座っていたら、腰が痛くて、今日も1日こもってました。
蔵出し記事です。
結構長くなると思います。
7月東京に緊急事態宣言が出る前
ワクチンの接種予約をしていましたが、よもやのドタキャンに遭い
そのために開けていた日程を次男の下宿の掃除に使いました。
もういい年の息子ではありますが、
どの子も汚い。
次男は本人の弁では一番きれい好きだそうですが、
お風呂を決して洗わない。
毎日浴槽のお湯を抜くだけ。
もう浴槽ヌルヌルですよ。
放置したら大変なので、長期休暇の前に掃除に行きます。
今までは新幹線最寄り駅は東京でしたが、
引っ越したので新横浜になりました。
横浜といえば、
どうしても行ってみたかったのが三渓園。
横浜を代表する生糸貿易商として大きな財力を誇った原善三郎の別荘を
娘婿の富太郎が造園に着手。
その雅号の三渓から三渓園と呼ばれます。
思っていたより、はるかに広大で、
今日はホンのさわりだけです。
入るといきなり大きな池
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池の向こうには三重塔
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蓮は今年は遅れていたそうです。
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半夏生
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前にちらっと書きましたが、
今は無き大徳寺塔頭天瑞寺の遺構があるとかで
それが見たかったのでした。
秀吉のお母さん天瑞院の寿塔の覆屋です。
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大徳寺といえば、今も黄梅院という塔頭があります。
こちらの臨春閣の玄関は戦災で焼けてしまい、再建になりますが
黄梅院の門が移築されたものだったそうです。
黄梅院の門は秀吉が建てた唐門と、

小早川隆景が建てた

表門が今もあるので、いったいどこの門だったのだろう???
 
 
 
まだまだ続きます。

ワクチン2回目の副反応はしんどかったです。

一昨日2回目のワクチン(ファイザー)を接種して
高熱は出なかったものの、昨日は1日寝込んでいました。
今日は午後になり(48時間経過して)回復しました。
考えてみると、今までにワクチン接種してこんなにしんどくなること
まずなかったですよね。
コロナだから打つけど、インフルエンザでこんな副反応なら
みんな打たなくなると思います。
夫は職域接種2回接種済み。
三男は大学で1回済。
長男次男は国産が出るまで打たないそうです。
若い人ほど副反応が大きい傾向にあるので、
国産ワクチンの副反応は少ないといいですね。
どこも行っていないので、
今週撮った鴨川の景色
百日紅がきれいです。

紫式部の墓所ではコムラサキの実が色づき始めました。

あと今日は国際宅急便で乳製品が着きました。

バターの半額セールをしていたので、パリから直送してくれる
ハイ食材室で注文しました。
以前はエシレバターを注文しましたが、
最近は近所のスーパーでも買えるようになりました。
あと成城石井で時々買うカットされた白カビチーズが1キロで買うと、結構お得に。。。
モッツアレラチーズも5個1500円てことは雪印のより安いかも。
みんなチーズが好きだから、100gだとすぐになくなってしまいます。
チーズ好きというと、大正生まれの伯父さんを思い出します。
伯母さん曰く
「この人この年でチーズが好きなのはね、
インドネシアで捕虜になったときに、オランダ軍にチーズを食べさせられたから」
と。
南方で戦った人は食糧事情がかなり厳しかったようです。
捕虜になったから生きて帰って来られたのでしょう。
90過ぎで亡くなられるまで、ほとんど病気をしない方でした。
 
まとめて買うと日本で買うより安いかも。