横浜の三溪園②
久々に晴れましたが、ワクチン以来体調が戻りません。
今日も買い物に出た以外こもっていました。
明日あたりかかりつけ医に行ってみようと思います。
今日でパラリンピックも終わりですね。
あまり見なかったけれど、
テニスをちらっと見ました。
車椅子だとまっすぐ取りに行けない方向があったり、
サービスの位置も低くなるので、
健常者のテニスより難易度が高いと思いました。
またメダルは取れませんでしたが、
福知山線脱線事故で障がいを持たれた方が
アーチェリーに出場されていました。
そういうふうに紹介されるのは不本意かもしれませんが、
よくぞ生きていてくれましたと思います。
大きな事故や災害が起こったとき、自分がそのとき何をしていたか
覚えているものです。
私の友人たちが使う路線で、同志社大学行きの列車だったため
同志社の学生がたくさん乗っていて、とても心配しました。
彼女もその一人でした。
事故で人生がかわってしまったかもしれませんが、
新しい道を歩んでおられることを頼もしく感じました。
昨日の三渓園の続きです。
想像以上にたくさんの歴史的建造物が移築されていました。
まるで博物館のようです。
最初に現れたのが、原家の邸宅だった鶴翔閣。
結婚式などもできるそうです。
臨春閣(重文)
紀伊徳川家の巌出御殿だと考えられています。
造りは多少変わっているものの、狩野派の障壁画があるそうです。
中が見られないのが残念です。
数寄屋造りが美しく、東の桂離宮と呼ばれるのはこのへんかと
思いますが、お庭は本家の勝ちですね。
ちょうど今檜皮の葺き替えをされているようでした。
結婚式の前撮りカップルが3組ほどおられました。
浴衣の女子二人組が撮りあいっこしていたので、
一緒に撮ってあげると、とても喜んでくれました。
建物が多すぎて、覚えきれません。
月華殿は徳川家康の伏見城にあった諸大名の控えの間と言われていて
(やたらと伝が多い)海北友松の筆による襖絵だそうです。
その海北友松の襖はよくわかりませんが、
欄干の透かしがきれいです。
正面にまわってきました。
三渓園には大正7年に宇治の三室戸寺金蔵院から移築されたそうです。
重要文化財 天授院
鎌倉 建長寺近くにあった心平寺の建物だといわれています。
原家の持仏堂で、天授院というのは原三渓の岳父 善三郎の法号です。
前撮りカップルと写る猫
苑内はいろんな花が咲いています。
あと3回くらい続きます。
お知らせ
東の桂離宮と書きましたが、
本物の桂離宮の観月会が今募集中です。
桂離宮の話もオンライン講座で聞きましたが、
専門家に言わせると、やっぱりすごいと。。。
アメリカの庭園雑誌が毎年足立美術館を選ぶけれど、
比ではないとおっしゃいます。
確かに本を見ても、桂離宮は敷石だけ、建具の飾りだけで
本になります。
月の光で光る石も使われているそうで、本当なら見たかったな。
私は先約があり行けなくて残念。
お知らせ2
今日はエシレバターのセールだそうです。












