
阪急茶屋町アプローズのクリスマスツリー
昨日阪急がオシャレと書きましたが、
コメント返しながら、いろいろ思い出しました。
阪急が初めてやったことを。。。
私が学生の時阪急はすでに自動改札でしたが、
東京に行くと、全然なかったのでびっくりしました。
切符切りを通過しようとして、叱られました。
1967年に導入され、1975年には関西圏の私鉄と地下鉄のすべての駅で
自動改札が設置されました。
これは小林一三を取り上げた番組で見ましたが、
今までの電車が都市を結んでいたのに対し、
阪急電車(の前身)は田園を走っていました。
お客さんを増やすため、ベッドタウンを作ったのも阪急が最初。
住宅ローンも最初。
宝塚温泉と少女歌劇(宝塚歌劇)を作ったのも乗客を確保するためでした。
ターミナルデパートを作ったのも阪急が最初。
今では当たり前の沿線開発を行ったのでした。
田園調布を開発したのも小林一三だったそうです。
また昨日コメントいただいて、阪急京都線が今の京阪だったと
初めて知りました。
ところで、
今日は義母の命日でした。
年末でみんなが集まりやすい時期でした。
晩年はずっと入院していて 本人も
しんどかったと思います。
QOLのことを考える機会になりました。
いろいろ性格的には問題がある人でしたが、
私はとても可愛がってもらったと思います。
ベルサイユのばら少女だった私
小学生でベルサイユのばらにはまった私。
その後宝塚歌劇で舞台化され
さらに宝塚にもはまってしまいました~
パリに行ったときのMUSTはもちろんベルサイユ宮殿。
グラントリアノン、プチトリアノンまで行きました。
そのベルサイユのばら展が
阪急百貨店で開催されていたので、
最終日にすべりこんできました~
1972年から1973年にわたって連載され、
今年で50周年を迎えます。
連載開始時 作者の池田理代子さんは24歳でした。
フランスにも行ったことがなく、ひたすら神田の古本屋や
出版社の資料室で資料集めをしたそうです。
歴史漫画など年少の読者に受け入れらるはずがないと
出版社からも大反対されました。
意外なことに、池田理代子さんを支えてくれたのが
あのモハメド・アリの言葉だったそうです。
アリさんはベトナム戦争に反対し、徴兵を拒否したため
タイトルやプロボクサーの資格をはく奪されました。
しかし信念を貫く姿に心を強く持ったそうです。
展示は原画から始まりましたが、
もうほとんどセリフは頭に入っています。
何度も読みましたし、
若い時の記憶はすごいです。
あとは宝塚やアニメのコーナーでした。
オスカルが一度だけ着たドレスを再現したものも
展示されていました。
このへんは撮影可能区域。
オスカルの衣装
オスカルとマリー・アントワネット
初めて宝塚を見たときは主演の名前も知りませんから、
「オスカルのハンカチをください。」と買って帰った記憶があります。
そのオスカルって安奈淳さんだったんですけど。。。
最近になって安奈さんが音楽活動しておられて、
今も歌がすばらしくて、また行きたいと思います。
昔のものを整理しようとフリマサイトに出していましたが
長らく売れ残っていましたが、この展示のせいでしょうか。
最近になって売れてしまいました。
売れてしまうとちょっと寂しい。
けど、古い割に状態が良いので、買った方は
喜んでくださったみたいです。
芸術新潮を買おうか、ちょっと迷っています。
劇場アニメも公開されるそうです。
これはどっちでもいいかな。
今年最後の伏見稲荷?
石清水八幡宮の帰り、
今年最後かもしれないので
伏見稲荷に参りました。
アジアからの団体客が相次いで訪れています。
まだ紅葉がきれいな白狐社。
唯一眷属の狐さんが祀られています。
人がいなくなるのが稀になってきました。
お店の方が、平日でも週末のような混み方だとおっしゃっていました。
熊鷹社の近くのトイレが新しくなったので
行ってみました。
汚かったです。
新しくなっても使う人のモラルが低ければ
汚いままです。
トイレにペットボトル捨てたり
日本人だけならこんなことはないと思いました。
(追記 六甲山麓のお寺が檀家さんが寄進したトイレを
ハイカーが汚く使うので、廃止することになったそうです。
海外の方だけに限らないですね。)
汚いで終わりたくないので
きれいな紅葉を一枚。
また新年に参ります。
石清水八幡宮 最終回
石清水八幡宮参道です。
灯篭がたくさん並んでいるのは、かつてあった坊のものだそうです。
石清水八幡宮の三つ巴紋は三祭神を表しているそうです。
参道がまっすぐ社殿に向かっていないのが有名です。
帰るときに神様にお尻を向けないためとか。。。
オガタマの木
一円玉の絵柄のモデルとも言われています。
その横の屋根はかつて阿弥陀堂だったそうです。
摂社には階段がついていて、
末社には階段がないそうです。
社殿をぐるりと取り囲む信長塀
八幡造りの屋根の繋ぎ目には信長が寄進した
金の雨樋もあります。
拝殿は回廊になっていて、本殿を取り囲む塀の彫刻は
左甚五郎一派のもので、とても美しかったです。
本人が刻んだという目貫の猿もいます。
抜け出すので目に竹釘を打たれています。
実際のものは見られませんが、摂社の彫刻でなんとなく
感じてください。
楠の巨木は樹齢700年
楠木正成が建武元年1334年に必勝祈願し奉納したと伝わります。
一時は南朝の後村上天皇は石清水八幡宮のある男山に入り
京都に迫ったのでした。
教科書に出てくる徒然草の仁和寺の僧のくだり
高良神社は一の鳥居の近くにあります。
仁和寺の僧が石清水八幡宮だと思ってお参りしていたら、
実は高良神社だったという話。
石清水八幡宮が国家鎮護の神様であるのに対し
こちらは氏神様のような神様です。
お土産は走井餅の鳩もなか
オンラインでも買えるみたい。
自分で餡子を詰めて食べます。
美味しかった!



























