ランチ会
パリオリンピックが終わりました。
ニュースしか見なかったけれど、
メダルダッシュで驚きました。
次はロサンゼルス?
前のロサンゼルスオリンピックは40年前と聞いてびっくり。
カール・ルイスが活躍しましたね。
自分が年をとったこを痛感www
春に会社の同窓会があって、
そのときに再会した先輩と後輩でランチ会。
前に京都でランチ会をしましたが、
「うちにいらっしゃい」
先輩が自宅に呼んでくださいました。
そこは大阪城にもほど近い谷町筋。
地下鉄を出てびっくり~
マンションばっかり~。
学校事情はどうなっているのだろう?
京都も町中の小学校が統廃合が進んだところに
マンションが建ち始め、教室が足りなくなって
廃校がまた再開という展開になっています。
このイタリア国旗のあるお店でパスタランチ。
向こうにはインドの旗も見えていますね。
オフィスも多く、食べるところがたくさんあります。
私はベーコンとキノコのペペロンチーノ
お土産に北大路 吉廼家よしのやさんのプチ和菓子を持っていきました。
1個1個がコインの大きさ。
1人で全部食べられそう。
夏バージョンでスイカとか、ありますね。
立命館小学校のお向かいです。
清水寺千日詣
清水寺では8月9日から16日まで千日詣が行われています。
1日で千日分のご利益があるそうです。
この日にお参りすると、普段非公開の内々陣に入り、
お札がいただけます。
去年は行けず、古いお札を返していないので、
あさイチに行きました。
あの坂登るの嫌だから、もう車です。
とはいえ、境内も上り坂なので
結局2千歩歩きました。
この期間は三重塔が開扉され、大日如来もお参りできます。
柱も極彩色です。
拝観券も千日詣り仕様。
バックに写るのは恒例南部風鈴
9時からですが、15分くらい前に着くと、
すでに人が並んでいました。
20分くらい待って参拝できました。
三十三間堂と同じく、内陣には千手観音(お前立)と
二十八部衆がいます。
随求堂の胎内巡りは地下に下りて真っ暗だけど
横から見るとこんなふうになっているんだ。
濡れ手観音。
水をかけると、観音様が笑っているようですね~
と、隣にいた人と話しました。
駐車料金が気になるので、舞台からUターンして、
久しぶりに月照、信海上人の供養塔をお参り。
ともに清水寺成就院の勤王僧で、
安政の大獄で追われた月照は西郷隆盛と入水し、
上人だけが亡くなられます。
信海は月照上人の弟で、江戸で獄死します。
その横にある忠僕重助碑
境内には大槻重助の子孫が継ぐ忠僕茶屋があります。
京都市の歴史サイトより
| 忠僕重助碑 碑文の大意 |
| 大槻重助は丹波国何鹿郡綾部村字高津の人。 若いころから清水寺月照上人に仕えた。 上人は重助の忠実素朴な人がらを愛し,尊王 運動で身分ある人々に接触する時には 常に重助が従った。 安政戊午の年(5年)に上人と わたし(碑文撰者海江田信義事有村俊斎)と 西郷南洲(隆盛)はともに九州へ落ちのび 重助もこれに従った。 この時重助ははたちであった。 上人と西郷南洲がともに投身したあと 重助は帰京し半年ほど六角獄舎に入れられた。 その後30年以上にわたり上人の墓を守り 供養を絶やさなかった。 明治二十六年四月六日没,享年五十六。 重助の八回忌にあたり, 西郷南洲の弟侯爵西郷従道とわたしは, 同志と碑を成就院内に建立し, 其の忠節を顕彰しようと企画し, 西郷侯は碑のタイトルをみずから書き, 碑文をわたしが執筆することになった。 重助は寺の下男にすぎないが, 維新の変革に遭遇し, 節を守り毅然として危難にあたり, その節操はますます堅固なものになった。 そして月照が亡くなった若いころから没するまで 生者に仕えるようにその供養を続けた。 世にまれな忠義であり後世に伝えなければならない。 維新の際の同志はみな世を去ったのに, わたしは髪がまっ白になりながらかろうじて 生を保っている。 その頃のことを思うと涙を禁じえない。 ここに重助の事を略述し後世に伝えようとするものである。 |
壬生六斎念仏
お盆の季節に入りました。
壬生寺では9日から16日まで万灯会が行われています。
9日には壬生六斎念仏、16日には中堂寺六斎念仏が行われます。
京都各地で六斎念仏は行われていますが、
私はいつも小山郷しか見ていないので、
壬生寺までやってきました。
日が落ちて涼しい風が吹きます。
智積院の桔梗
今度は神奈川県で地震!
人が集まるところで、遭遇した人はいっせいにアラートがなって
驚かれたことでしょう。
私は雨の日でしたが、大雨警報が出るたびに
みんなの携帯がいっせいになるのでびっくりでした。
妙蓮寺の芙蓉
地震の影響を受けた地域の方々は大丈夫でしょうか。
南海トラフ臨時情報が発表され、
その響きだけで不安になります。
南海地震から東南海地震に連動するとも言われています。
帰省先が海に近く海抜5mです。
太平洋戦争中に東南海地震があったらしく、
家が傾いたから、引っ張って元に戻した。。。
と、義父が言ってました。
あれから80年。
来る来ると言われていますが、
大事に至りませんよう祈るばかりです。
買い物ついでに妙蓮寺の芙蓉をのぞいてみました。
緑色の蕾のようなものは実ですね?
お花が咲いたあとは切った跡が見えます。
お手入れがあってこそ、きれいなお花が見られるんですね。
盛りは過ぎた感じでお花は少なかったです。
植物もお疲れの猛暑です。

























