龍谷ミュージーアム
親鸞上人の祥月命日である1月16日で、
大遠忌はフィナーレを迎えるようです。
そして昨年その遠忌にあわせて
西本願寺の東側に龍谷ミュージアムがオープンしました。
とてもりっぱです。
中もとてもきれいです。
無料で音声ガイドが借りられます。
地下から入ります。
2階3階と展示室がありました。
2階はお釈迦様、3階は主に親鸞上人についての展示でした。
2階は普段あまりお目にかからない、ガンダーラや西域の石像やレリーフです。
3世紀ころのものが多かったのですが、その彫り物の細かいこと。
そして、仏像がイケメンなんですね!
ギリシャ彫刻の流れをくむものなので、彫が深い。
時間になったので、シアターに行きました。
本願寺の障壁画の複製についてでした。
西本願寺の虎の間や、先日の二条城で
「なんや複製か」と思っていたのをちょっと反省しました。
その複製を作るのに現代の絵師が3年かかっていたのです。
これから複製画もちゃんと見ようと思いました。
ポスターの後ろにあるのはベゼクリクの壁画をデジタル複製したものです。
狭い廊下の両面がこの壁画になっていまして、異空間に来た感じです。
新疆ウイグル地区のもので、いろいろな人種が描かれていて、
髪の毛は黒いけれど、碧眼だったりします。
ちょっと行ってみたくなりました。
22代門主(門主が西本願寺で、門首が東でしたよね?)大谷光瑞氏が
組織した大谷探検隊も実に多くの遺物を持ち帰っています。
その資金集めのために保険会社を設立し、建てたのがこの建物。
現 伝道院
仏具屋さんが立ち並んでいます。
法衣屋さんも。。。仏教は法衣で、神道は装束なんですね。。。
平安神宮や湯島聖堂を設計した伊東忠太の作品です。
上部の窓は花頭窓を模しているそうです。
無料で入れたのですけど、子供がお腹をすかせて待っているので、
通りすぎて帰途につきました。
大遠忌はフィナーレを迎えるようです。
そして昨年その遠忌にあわせて
西本願寺の東側に龍谷ミュージアムがオープンしました。
とてもりっぱです。
中もとてもきれいです。
無料で音声ガイドが借りられます。
地下から入ります。
2階3階と展示室がありました。
2階はお釈迦様、3階は主に親鸞上人についての展示でした。
2階は普段あまりお目にかからない、ガンダーラや西域の石像やレリーフです。
3世紀ころのものが多かったのですが、その彫り物の細かいこと。
そして、仏像がイケメンなんですね!
ギリシャ彫刻の流れをくむものなので、彫が深い。
時間になったので、シアターに行きました。
本願寺の障壁画の複製についてでした。
西本願寺の虎の間や、先日の二条城で
「なんや複製か」と思っていたのをちょっと反省しました。
その複製を作るのに現代の絵師が3年かかっていたのです。
これから複製画もちゃんと見ようと思いました。
ポスターの後ろにあるのはベゼクリクの壁画をデジタル複製したものです。
狭い廊下の両面がこの壁画になっていまして、異空間に来た感じです。
新疆ウイグル地区のもので、いろいろな人種が描かれていて、
髪の毛は黒いけれど、碧眼だったりします。
ちょっと行ってみたくなりました。
22代門主(門主が西本願寺で、門首が東でしたよね?)大谷光瑞氏が
組織した大谷探検隊も実に多くの遺物を持ち帰っています。
その資金集めのために保険会社を設立し、建てたのがこの建物。
現 伝道院
仏具屋さんが立ち並んでいます。
法衣屋さんも。。。仏教は法衣で、神道は装束なんですね。。。
平安神宮や湯島聖堂を設計した伊東忠太の作品です。
上部の窓は花頭窓を模しているそうです。
無料で入れたのですけど、子供がお腹をすかせて待っているので、
通りすぎて帰途につきました。
卒業文集
冬休みが終わりましたが、ずっと家にいます。
初日に挨拶だけ行くと、担任は休み
代わりに教務主任と教頭先生に挨拶して帰りました。
そのときたまたま、担任から電話があり、
教務主任が取り次いでくださったので、
お話することができましたが、冬休みに入院していたそうです。
そして、昨日家庭訪問に来られ
卒業文集の原稿をおいて帰られました。
「がんばったこととか、思い出とか、将来の夢を書いて下さい。」
眉をひそめる子供。
将来とか、そういうことに対して不安を抱いているようです。
兄ちゃんはどんなこと書いたのかな
と、ひっぱりだしてみると、
二人とも修学旅行のことを書いていました。
それもまったく書き出しが一緒!
この二人はホントに文章を書くのが苦手で・・・
でも
修学旅行のことなら書けそうです!
小さいころから画やお話を書くのが好きだった子供。
今でもその画をとっています。
4、5歳のころの画
(一時トムとジェリーにはまっていて、右はジェリー。怪獣にもオサオという名前がある。)
今は
「下手だから、描かない」
らしいです。。。
初日に挨拶だけ行くと、担任は休み
代わりに教務主任と教頭先生に挨拶して帰りました。
そのときたまたま、担任から電話があり、
教務主任が取り次いでくださったので、
お話することができましたが、冬休みに入院していたそうです。
そして、昨日家庭訪問に来られ
卒業文集の原稿をおいて帰られました。
「がんばったこととか、思い出とか、将来の夢を書いて下さい。」
眉をひそめる子供。
将来とか、そういうことに対して不安を抱いているようです。
兄ちゃんはどんなこと書いたのかな
と、ひっぱりだしてみると、
二人とも修学旅行のことを書いていました。
それもまったく書き出しが一緒!
この二人はホントに文章を書くのが苦手で・・・
でも
修学旅行のことなら書けそうです!
小さいころから画やお話を書くのが好きだった子供。
今でもその画をとっています。
4、5歳のころの画
(一時トムとジェリーにはまっていて、右はジェリー。怪獣にもオサオという名前がある。)
今は
「下手だから、描かない」
らしいです。。。
城郭としての二条城
二条城ってなんとなく御殿のイメージが強かったのですが、
よくよく歩いてみると、やっぱり城郭なんだなあって
思いました。
本能寺の信長があまりにもあっさりやられてしまったので、
家康は堅固な城を築いたようです。
まず外堀があります。
(夏に行くとカメが泳いでいます。)
東南角の櫓は修復中
堀を渡ると大手門があります。
内堀を渡って本丸に向かいます。
内側からみたところ
本丸の天守閣は雷火により焼失
また殿舎は天明の大火により焼失
その天守閣跡にあがってみました。
比叡山が見えます。
手前にまだ紅葉があります。
現在の建物は、御所から移築された旧桂宮邸です。
つがいのカモさんが泳いでいます。点なんでわからないかな。
結構遠くまで見えました。
もともと天守閣はこの上に五層あったそうですから、
そのてっぺんからの眺望はさぞかしよかったことでしょうね。
よくよく歩いてみると、やっぱり城郭なんだなあって
思いました。
本能寺の信長があまりにもあっさりやられてしまったので、
家康は堅固な城を築いたようです。
まず外堀があります。
(夏に行くとカメが泳いでいます。)
東南角の櫓は修復中
堀を渡ると大手門があります。
内堀を渡って本丸に向かいます。
内側からみたところ
本丸の天守閣は雷火により焼失
また殿舎は天明の大火により焼失
その天守閣跡にあがってみました。
比叡山が見えます。
手前にまだ紅葉があります。
現在の建物は、御所から移築された旧桂宮邸です。
つがいのカモさんが泳いでいます。点なんでわからないかな。
結構遠くまで見えました。
もともと天守閣はこの上に五層あったそうですから、
そのてっぺんからの眺望はさぞかしよかったことでしょうね。










