前回は、AIに
ブリーフシステムを持たせるには
どうしたらいいか考えた。
(前々回は、
おのずから自省が生じる仕組みについて)
人間、生命は、
「生存」を最高のプライオリティとし、
それを軸に意味付けや価値づけをしているから、
AIもそれに類する絶対的な最優先事項を
あらかじめ設定すればいいのではないか。
しかし五感も感情もエロースもないAIに
人間のような自我は無理で、真似事で
適当に何かを設定すればいいんじゃね?
というところまで確か書いた。
(誰かの特徴をそのままコピーするとか)
しかしやはり、それだけでは幅の狭い、
「ある固定された性格」が付与されるだけであって、
自我を持つ、とまでは言えないだろう。
人間の自我の凄いところは、それを
「いつでも刷新できる」ところにある。
私たちは常によりよい自分を求めている。
我々は人の性格が変わったら気づく。
「あら?なんか変わったね?」
性格が変わる。
それは、その人とっては運命を変えるくらい
劇的な出来事だ。
筆跡が変わることだってある。
そんなこと感じさせてくれる
AIなんてつくれるだろうか?
この非常に柔軟性のある自我。
いったいどういう構造なのだろう?
木村敏さんが、「時間と自己」という本で、
存在しないものは無限の可能性を秘めている
存在する限り、その可能性には限界がある
そう、僕達は実は存在しないのだ
生命は単に存在し続けるのでは無く
絶えず自己に言及し確認し自己を再生し続けることで
初めて自己であり続けられる
それはゆらぎを内在したシステムであり
だからこそ必然と偶然の融合という
生命の本質・意志の本質が実現される
木村敏
と書いている。
素晴らしい要約で、
これで終わってもいいくらいですが、
我々の常に刷新されうる自我、
その内実はなんと無!!ということである。
わお!まじ?? この文凄くないですか。
理解が深まるたびに見事な文だと思う。
以下は自分の感触。
実は我々は、世界のすべての情報を
内在しつつ、それをバックグラウンドに
その表面上でぷかぷか浮いている、、いわば
宇宙というソースから放たれている「凧」の
ような存在で、その放たれている糸を辿ると、
それは宇宙であり、
ゆえに我々は宇宙の全情報を既に常に有している!
ということである。と。
さらにはその凧(自我)の内実は
無(空)!であるということ、である。
つまり、人間の自我は、
実はすべてを知っているという方法でしか、
その存在を想定できないのではないか、
という問いである。
実際、AIに自我を持たせようとすると
あらかじめ仕込んでおかなければなならない
情報がどんだけ出てくると思います?
可能世界とかも想定できるように
しなければならないし。
我々は、すべてを内在しつつも、
何かと中間状態で
投げ出されている状態にある、と?
