もしもスイッチを切るように
ボタン一つで自分の
生命活動を止めることができたとしたら。
安易に死を選ぶ人は結構いるかもしれない。
もしも痛みが無かったら。
スイッチ一つじゃなくとも、
死を試す人はそれなりにいるかもしれない。
しかし我々の生命はそうではない。
デフォルトで生を維持するようにできている。
私の身体は私を生かすために必死だ。(妙な表現)
何でか環境も整っている。
リンゴの木はなぜなっているのだろう。
捻くれて言えば、
生きることを促されているし、
落ち着いて捉えれば、
生かされている、と捉えられるかもしれない。
とかく生きようとしているわけでもないのに
生きてしまっているこの現状。
そう、私は自分の生というものを
措定した覚えはないのである。
いつの間に…。
気がつけば「ある」世界。
見渡せば恵みの世界。
縁ある世界。
えにしありしこの世界。
わたし、なんて無かったのかもしれない。

