リベラルアーツとセンスオブワンダー | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

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リベラルアーツ。

Liberal Arts.

 

ざっくり現代的に言えば、

「人間が学ぶべき基礎教養科目」

の事を指すが、

私ははじめ、「自由の矢?」の事だと思っていて、

それらの学問を修めることが、

自身の心の自由」を獲得することに

繋がるのだ、といった風に捉えていた。

(本来的に意味は間違ってはいない)

しかし何で矢だと思ったのだろう。

ダーツと間違えたのか?

 

…まあ、それはいいとしてリベラルアーツ。

日本ではあまり重要視されていないようだが、

なんとなく直感としては

プラトンが自身の学校、アカデミアの門の前に

「幾何学解せざる者、この門くぐるべからず」

と書いたのと同様の意味合いに思える。

つまり

愛知精神(フィロソフィア)を保持・育成する為に

有用な学問をいくつか列挙したのかな、

といった感想を持った。

 

「学び」とは、とかく誰かにやれと

言われたからやるというものではなく、

知りたいから探す。求めるもの。

それは宝箱の紐をワクワクしながら

解いていくような、「わぁ!」っていう感じで…。

 

本来「学び」とはそうあるのが自然であり、

その心を持っているなら自ずと手が出る教科が

リベラルアーツなんじゃないかな?

 

といっても調べてみると…

リベラルアーツってちょっと小難しい。

論理学系がちょっとね。。

大学の基礎教科であるようだが、

大学になってからやっても遅いしー。

 

そこで私が推奨したいのは

レイチェルカーソンが書いた

「センスオブワンダー」の精神。

→ 参考 過去記事

 

 

自然世界の美しさ、見事さに触れて

沸き起こるそれ自体が目的である好奇心。。

どうなっているのか知りたい。

その神秘に触れてみたい。

それは、キラキラと流れる

きれいな水に触れてみたいと思う

欲求と同じであると思う。

そんな自然な欲動で、知を獲得していく

自然なプロセス。

 

「教育とは、そこで何が起こっているかを見守ること。」

 

ある大学の学長さんが昔そんな事を言っていたそう

なのであるが、教える立場からすると、

そうなるのだろうと思う。

 

プラトン風に言えばこの世界の善美性との機縁である。

(実はそれは自分の世界を見ているともいえるが…)

 

指揮者の佐渡さんが、棋士の羽生さんとの対談で、

子供たちとオケの合宿をした際、

 

「みんなで寝っ転がって満点の夜空を眺めたのが

子供たちとの一番の思い出になった。」

 

みたいな事をおっしゃっていて、それに羽生さんも、

大きくうなずいていたが、私もそういうことだと思うんだな。

 

天文学なんて実学としては二の次だという人がいるけど、

そういう人はセンスがないんだよね。

自然世界の神秘に胸をときめかせる気持ち、

それが自然な学びへと突き動かすのだ。