諸法無我を知る | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

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  ~ The Moon is always with us ~

諸行無常 諸法無我 涅槃寂静

仏教の三法印である。
意味だけなら、誰でも何とか分かる。
分かるわけだが…、腑に落ちて体感するには、
その理解に大きな隔たりがある。

例えば諸法無我。

この世界にそれ単独で存在しているものなど何もない。
すべてはお互いに拠っている。おかげ様。

<我々は育まれている存在である。>

瞬間、自我を消して、そう思えるだろうか。
大いなる自然世界からの視点で、
自分の在り様を見つめることができるだろうか。

まずもっては地球に根ざした存在であると、

気づけるだろうか。

難しい。

私もたまに調子がいいとき気づくだけである。
むしろ子どものほうが素直にピンと来るのかもしれない。

例えば自然世界にはお金なんかなくて、
すべて物々交換で回っている。

何でか上手くいっている!

そう、野の花や鳥たちは、紡ぎもしないし、
納屋に蓄えたりもしない。
それでも天の父はみなを養ってくださっているではないか。
(明日のことは明日自らが思い悩む 聖書)

それが人間世界にも成り立っているとしたら?

自然世界にはお金は存在しない。
貯金なんて概念もない。

お金がなくても物々交換で回る世界。
ありえるだろうか。人間世界で。

それぞれの人が自分の得意なことをやって、
それで回る世界。

夢物語・・・そう思えるわけであるが、

自分らしくエネルギーをアウトプットした分だけ、
またそれが自然に流れてくるような、そんな世界は、
自然世界では成立しているのである。何でか。

それが人間世界にも成り立っているとしたら?

我々も草花と同じく、この自然世界の存在物である。