刺青|賽のじ雑記 -240ページ目

刺青と医師法 - 其の参

第三回は医師法以外の刺青に関係する法律をみてみましょう
ここでは先ず現行法をみる前に少しだけ遡ってみます

昭和11年に発行された「文身百姿」を捲ってみると
(本書は以前取り上げましたね→記事はこちら
「文身と取締」という項で詳しく記述されています

必要部分を読み砕いていくと

文化8年8月
「輕きもの共ほり物致間敷旨」の禁令発布
罰則は「吟味の上それぞれ咎申し付ける」
という曖昧なものでした
これは実際には処罰された例はないとの事で
その後天保の改革の折などに
日常の様々な倹約令にあわせて
度々禁令が出されるも数年で弛み
処罰自体は行われなかったようです

この時代の刺青は他の奢侈や
表現、言論の自由などと共に
取締りの対象になっていました

それから施政者である幕府自体が倒されて
御一新と相成るわけですが
明治5年11月の「違式註違條例」により
刺青は今度は明治新政府から禁止され
罰則は75銭から1円50銭の罰金

そして明治13年7月に布告された刑法で
罰則が一日の拘留又は十銭から1円の科料

と、ここまでは非常に軽い扱いできましたが

明治41年9月に出た「警察犯處罰令」で
30日未満の拘留又は20円未満の科料で
時効が6ヶ月と少し重くなって
本書執筆の昭和11年を迎えています
この法律では実際に摘発が行われました

この期間の刺青の取り締まりは
開国にあたって諸外国の目を意識し
政府が市民達の文化や風俗などを
「野蛮」で「原始的、後進的」な
ものであると取締まっていたようです

そして大東亜戦争の敗戦に伴ない
江戸幕府が倒幕と共に社会を
掌握する力を失ったのと同様
当時の施政者である大日本帝国も
その施政権を剥奪されたことで
憲法を含む我国の法律全般が
見直されることになり
昭和23年の新軽犯罪法の公布と共に
それまでの刺青を禁止する法律が
廃止され現在に到ります



時代は流れて現在の現行法下では
青少年の保護と健全な育成を目的に
各都道府県で定めた条例と
平成4年3月に施行された暴対法にのみ
刺青(入れ墨と表記されています)に関する
項目があります

これらの法律は共に青少年の刺青に対して
その規制と刑罰を定めています
詳しくは以前の記事で取り上げていますので
確認してください

刺青と法律 - 其の壱(青少年保護育成条例を扱っています)
刺青と法律 - 其の弐(暴対法を扱っています)


次回以降では(刺青と医師法 - 其の弐)で取り上げた
医師法と今回取り上げた各法律やその経緯を合わせて
現在の刺青と日本の法律との関係を整理し
抱える問題や今後の善後策などを
考えていきたいと思います


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