日本にもいよいよと疫病の蔓延が始まりつつある様です。

ニュースを纏めてみました。

政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、週明けの3月2日から全国すべての小学校、中学校、それに高校と特別支援学校について、春休みに入るまで臨時休校とするよう要請を求めた。

方針転換で異例の措置に混乱が懸念されている。

卒業式とかの予定も決まっていただろうに親も教師陣もてんてこ舞いになっている様だ。

年間に必要な授業時数は確保できるのか。年度末のため休み明けに繰り越すことは出来ないが、首相は法令違反にはならないと言うが大丈夫か。

母子家庭や共働き世帯などでは低学年生の世話を誰が見るのか。

保育所は一斉臨時休園の要請対象ではないと明らかにした。

幼稚園とか高等専門学校は対象に含まれないという。

 

 

この先2週間は大きなイベントの開催を中止や延期するよう要請した。

この決定を受けて、急遽コンサートを中止するアーティストが続出している。

2週間で感染が封じ込められなかった場合、4月以降のイベント開催も危ぶまれる。

他にも通勤の満員電車やバスなどに乗っていたら意味無いんだとの声もある。

今後、国内でのさらなる感染拡大が懸念される。

感染の拡大が「労働環境」に影響を及ぼし始めて、テレワークや在宅勤務などを活用され始めた様です。

これなどは、非常事態の一歩手前であるとも言えるのだろうか。

何も大変な事態になり混乱を招き関係者は対応に翻弄されている様です。

 

これが何時まで続くか見当も付かず、企業は経済的な見通しが立てられなく、困っている様です。

現在の利己的な利益優先・競争市場原理の価値観による、旧社会システムは行き詰まり崩壊して、新しき時代の聖なる社会システムへ転換が始まる準備の状況が整ったとも言えます。

この病禍がトリガーとなり、これから雪崩の如くに移り変わり、世の中は変貌を遂げて行くと思われます。

幸福を掴む生き方シリーズ ビジネス・マインドシリーズ

当旧HP 2003/5/14~移転2005/3/31---2022/10/26 ブログへ掲載

 

生命の個表現と理想の実現(主に会報1992年10月号より抜粋)

 

 人間は表現された生命そのものです。

 生命(魂・霊)は人間と一体になり、肉体をまとい生命の表現をするための道具(有機体の宇宙服)なのです。

 それが「あなた」という存在なのです。ですから、あなたは生命にとって非常に重要な存在であるわけです。

 人は皆それぞれに誰とも違ったところがあります。

 容貌・容姿・性格も違い。思考方法や感情も、信念や信条も、声や話し方も行動さえも違っているでしょう。

 このように人は皆それぞれに世界中の誰にも真似が出来ない方法で、本来の神性や仏性なる生命を表現するための必需品を個々に授けられているのです。

 もし不幸にして、自分の生きる拠り所がよく判らない人は、これから「あなたの出来ること、すべき事を行う術を学ぶ」ことが必要でしょう。

 何事にも主体性を持ち、自ら解決して行こうとする気持ちで、自分の心を安静にし澄まして清らかにし、霊性な波動を高め自己が本当に心底にどういうことを望んでいるのか、じっと己れの心の奥を内観しましょう。

 そして、自己の内なる声に耳を傾けましょう。

 

 暫くすると高級な指導霊(ハイアーセルフ)からの、智慧(インスピレーション)が聞こえてくるはずです。

 そうすればあなたは真理に叶った道を進むべき方向が明らかになります。

 高級霊からの内なる声に素直に従えば、あなたは自分の運命を全うすることが出来ると共に、自己の存在する意義を自覚できるようになります。

 さらに人生に於ける自己の活動範囲を拡げ充足させることです。

 そうすればいかなる場所に於いても、常に自己の使命と重要性を感じ取ることが出来るはずです。

 人は自己の中にある神仏(無限なる知性)の特質と属性と能力とを発揮して、地上に理想的な生活を営む園を実現するため、想像力・思考力・理性・祈りの特性と機能、それに選択と行為する力を与えられています。

 宇宙の大生命は分霊した人間を通してその精力・活力・平安・愛・喜び、智慧の光輝に満ちた特質を余すところなく表現して、その存在を是認されたいと願っているのです。

 

 

自尊心と神性な己の目覚め(同上号より抜粋)

 

 凡ての人間は自尊心を持っています。自尊心には深い心理的、精神的な必要性があります。

 人は自分の中にある自己を是認し、神仏(無限なる知性)の特質と属性と能力とに敬意を表しているに違いありません。

 神仏の心は凡ての人間の中に潜在的な良心として生きており、各自の自己とは神仏の実在と能力を意味しているのです。

 人間がこの世に在るのは自己を完全に表現し、神仏との一体感における充足と安全の意識を感じるためであり、存在を認めるためでもあるのです。

 人間は魂・心と身体の自分自身を切り離して生きることは不可能なのですから、自分自身をもっと好きになるように努めなければなりません。

 自分の内にある神性や仏性なる自己(人格・品性)を高めない限り、人類共通意識という強力なイメージの渦巻く劣等感と無力感と不安感などにさいなまれ、おそらくは無意識の内に自分自身を罪人だと見なすでしょう。

 自分を罪人と見なす人間が幸福で居られるわけがありません。

 

 何事につけ恐怖心が起こるのは、自己の内に「劣等感」があるからであり、人間が悪を為す時は、潜在意識が「どうせ自分はダメな奴だとか悪である。善いことなど出来るものか」と、思ったり「人生には何の意義もないではないか、快楽・享楽の本能を追求する機会を与えられた肉塊に過ぎない」と、考えたりしている時に無意識の内に悪事を為すのです。

 このような事を繰り返して生き様が堕落して行き、遂に自分の生き方に行き詰まって絶望するのです。

 精神世界に目覚めない人は、地球が高次元へ波動を移行するに伴い精神的な不安や満たされない感じが強くなり、安心できる何かを求めようと現象界の物質的(金品・地位・名誉)なものを追求して、それを掴んだと思っても本当の安心や満足感は得られず、次々と奔走しますが虚しさは消えず絶望感や孤独感に襲われるようになるのです。

 ですから、自らの幸福生活を望むのに、現象界の物質的なものを追求してみても結局は不可能だという絶望感の果てに、心機一転し心眼を開き現象を越えた魂・霊的な観方で、自分の人生を方向転換する必要があります。

 罪や悪の意識は一種の精神的な病気であって、ごく一般的なものでもあり、心・意識の観点を高次元なる神仏の意識にまで変えることにより、潜在意識から払い除くことが出来ます。

 

自己を向上させる生き方と人生観

 

 常に私たち人間は「過去のカルマ」の中から少しづつですが立ち上がりつつあります。

 困難とか苦労は神仏が私たちに与えてくれた試練であり、自己向上のチャンスなのだと考えて感謝しつつ素直に受け、そのお陰で自分は一回りも魂・力量が大きく強く高まり、徳も積めるのだと思い、何事にもベストを尽くして対処するようにしますと、全ての事象がスムーズに進展するようになるでしょう。

 つまり、あなたの受けるべき運命を最高のものだと想像し、その最高なる運命が自己に近づきつつあると信じることです。

 この様に明るく素直な精神の根本的な心得と態度が、あなたを今よりも一層幸福に健康に繁栄へと知らずに導くことになるでしょう。

 ところが、マイナス的な発想をする多くの人は、困難な出来事に出合うと自分の目標を軽々と放棄して、自分の心底に渦巻いている信念や願望を易々と諦めて無理矢理に自ら目と耳を塞ごうとすることから、本来の神性や仏性なる自己が考えているよりもずっと低いレベルの生活に甘んじることになるのです。

 昔から「玉磨かざれば光無し」と言われるように、自己の存在的な価値が無くなったと知った(思った)時から、その人の心は内部から死んでいきますから、内在する秘められた脳力・才能・天分は当然に発揮できなくなるわけです。

 人間として地上に生れた理由は魂・霊の体験学習でありますから、各自各々の過程・修行レベルに応じて様々な事象を通して試練を与えられるでしょう。

 

 ですから、誰もが気楽で何もかも都合のいいように程よく用意されて、難無くて死ぬまで保証された人生なんてあり得ないわけです。

 つまり、人間として生きるということは日々の中で起こる事象に対して、何かを選択することから始まるといえますが、人間だからこそ大きく困難な事象を目の前にすると心が揺れるのは当然でしょう。

 その時に人生の指針となる真理や倫理を知っているか知らないかで、物事に対する観方から受け取り方を始め思考内容や判断が違ったものとなり、運命の分かれ道となってしまうのです。

 つまり、どういう人生観と思いで毎日の生活を送っているかが大切なわけです。

 中には、霊能者が観ると本来は小さな器(人格・品性が低い)であるのですが、無理をして恰も大きな器になったつもりや、大きな器であるように振る舞う人もおられます。

 しかし、所詮は小さな器なのですから、時が経てば何時か化けの皮も剥がれて、やがて二進も三進も行かなくなるのが落ちです。

 ですから、急場凌ぎで自己を何とか取り繕ってみても意味はなくなります。

 先ずは自己の器である人格・品性として魂・霊的なレベルを知り、それに見合うような生き方で魂の進歩向上を目標に努力しましょう。

ワクチンを巡って怪しい話題の憶測や噂が飛び交っていましたが、漸くと多くの正しい情報が明らかになりつつあり、とんでもないことになっています。

詳細については下記のサイトを参照して下さい。

当ブログでは敢えて説明したりコメントを付ける必要もないでしょう。

indeepmもepochtimesも的確に調査しています。

 

コロナ重症化のメインが小さな子どもの世代に移行している。これ以上の大量死を避ける方法は「接種を拒否すること」のみ(子どももそのお母さんも)2022年10月3日

 

感染しても死んだり重症化しなかった子供たちに、ワクチン大規模接種後、感染と重症化が拡大している

日本では80%以上の人が2回、60%以上の人が3回のワクチン接種を済ませ、ほぼ100%近い人が常にマスクをした生活をしているのに、感染対策を全く止めた国よりも多いこの新規陽性者数というのは、今まで行っていた感染対策がすべて間違っていたからだとは思いませんか。

すでにワクチンに感染予防効果がない事は周知の事実で、オミクロンBA.5株は既存のワクチンによる抗体をすり抜ける免疫回避(逃避)が特徴であるにもかかわらず、いまだに行政はテレビを中心(主に高齢者がターゲット)に周りの人のために、大切な人のためにといわゆる ”思いやりワクチン” と感染予防効果があるかのように宣伝しています

ワクチン接種によるコロナ後遺症の軽減などというデータは存在しません

現在コロナ後遺症として扱われている人のかなりの数が実はその後に接種したワクチン後遺症ではないかと言われています。

 

 

医師たちがWHOに反論 mRNAワクチンが損傷を引き起こす「反論の余地のない証拠」

 

 

2人の微生物学者が『mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンによる血管・臓器障害:因果関係の否定できない証拠』と題する研究論文を発表したところ、Health Feedbackは異論を唱える記事を発表した。これを受けて、微生物学者らは追記した論文を発表し「提示した証拠に実質的に触れることを避けている」と論じ返した。

 

劣化したmRNAワクチンから「長方形と逆ピラミッド型」の物体を発見

 

ダニエル・ナガセ博士(Dr. Daniel Nagase)は、走査型電子顕微鏡を使って、数週間あるいは数ヶ月間室温にさらされたファイザー社とモデルナ社のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを分析し、奇妙な物体を発見した。エポックタイムズに語った複数の医師によれば、ワクチン成分の劣化後であっても検出されるべきものではないとしている。

ナガセ氏が撮影した画像には、結晶状や繊維状の物体が確認されたほか、「長方形や逆ピラミッド型」の物体もあった。

 

他にもワクチンで副反応が確認された患者の94%から「金属のような物質」=報告書

遺体から長い「繊維状」の血栓が相次いで見つかる ワクチンが原因か

 

ファイザー幹部「発売前にコロナワクチン伝染予防のテストしていなかった」

 

米製薬大手ファイザーの幹部は11日、新型コロナウイルス対応に関する欧州議会の公聴会で、自社の新型コロナウイルスワクチンが昨年市場に出回る際、伝染を防ぐことができるかどうか把握していなかったと述べた。

 

「ノーです…」 : ワクチンが市場に展開される前に「感染を予防するかどうかの試験はなされなかった」ことを、ファイザー社幹部が欧州議会の公聴会の宣誓の下で認める

 

欧州議会議員 「世界中の何億人もの人々がこの製薬会社にだまされました」

 

新型コロナワクチン接種後に死亡 遺族会を結成 弁護士「集団提訴を検討」

 

新型コロナウイルスのワクチン接種後に親族が死亡した遺族と支援者らが20日、都内で記者会見を開き、予防接種の健康被害を救済する申請手続きの支援や情報共有のための遺族会を結成したと発表した。担当する青山雅幸弁護士は、遺族の要望に応じて国に対する集団提訴も検討していると明らかにした。

 

モデルナワクチンの有効性、数カ月で「マイナス」に=研究

 

米国有数の保健維持組織カイザー・パーマネンテ(Kaiser Permanente)の研究者らが行なった研究で、モデルナの新型コロナウイルスワクチンの有効性は、時間とともにマイナスに転じることが明らかになった。

今年は人類に厄年となるか

 

昨今は何だか嫌な感じが新たに湧き上がり、新型肺炎とは別の何かが次に遣って来る様な気配を感受して、さらに人類の恐怖と混乱などを引き起こす様です。

一方で、嫌な感じは新型肺炎の病禍に苦しむ多数の人々で、惨禍が集合した想念を感受しているのかも知れません。

どうやら今年は相次いで災禍・災厄が幾つも遣って来る様に感じて、人類にはターニングポイントでもある厄年となり得る様です。

現在、皆さんの多くが直面している大災害・疫病の蔓延などの事象は、過去に類のない事態に至り、政府や関係者の想定を越えた社会的な現象の展開となり、霊的に未だ眠っている人々は動揺して恐怖と混乱から狼狽してパニックに陥り易く、政府や有識者さえも戸惑い翻弄し勝ちでもはや人智では計り知れない規模に拡大しています。

これらの大災禍・大変化・大崩壊は高次から観れば、人類には社会的な虚構の浄化・清算であり、好転する過程の善い兆しが現れているとも言えます。

今は、聖書に記されている過去から続く、カルマの総決算である「審判の日」に入っていることと、過去に原因となる種を蒔いていますから、それらの結果となる「刈り取り」の時節に入って来ているのです。

 

この様な大艱難時代を生き抜くには、在り来たりの経験や知識や対策では役に立たず、人智を越えた高次の「大なる智慧」を得る必要あります。

同時に、現象的な夜明けの時期に入っており、人類の未熟な文明・文化は古い殻を破り進化する岐路に差し掛かり、文明史的な大転換が伴う「地球維新なる黎明期」の最中にあり、「新しき世界の秩序」を生み出す前人未踏で未知の領域に進みつつあります。

霊的な夜明けは2012年3月に闇・魔の冬が終わりを告げて、朝の光明が空に射し始めて早春の兆しを迎え氷が溶け始め、2014年3月に春の陽気に包まれて新しき時代への萌が躍動し始めています。

人類の支配体制が終了して催眠が解除され皆は我に返ると、集合意識の作用で大衆は本来の人間性を取り戻して行き、各自は正しい人生観や初心や良心に戻る方向に働き、皆の意識は利己から利他へ切り替えが始まり、今までの誤った固定観念や認識と価値観に気付いて共有され、奉仕の精神に移り変わって行きますから、今こそ思い切って観の転換という、頭を切り替えるという心構えが必要になって来ます。

 

 

天命を活かす人生指針と目的意識より一部抜粋

旧HP2003/7/17~HP移転2005/3/31

目的意識と夢を描いて行動する 会報 1994年10月号より一部抜粋し加筆

 

アイデンティティが確立されている人は、自分はどう生きるべきがベストかと言う事をよく考えているもので、霊的に見れば目覚めて自覚しているとも言えます。

人には個々に天から与えられた「如意宝珠」とも言うべき、他者とは異なる天分の持ち前・役割に伴う貴い個性・才能が授けられて、誰にでも内在されており自己の魅力に気づき明珠在掌の存在を認識して表現しましょう。

自己の感受性を常に磨き、自分の置かれている現状をよく見つめて、日頃から自分の好みや個性や適性をよく知ることで、自分にしか出せない天分の才能を一生懸命になると、見出せて最大限に表現することが出来ます。

人には個性があり画一ではないのですから、他者には真似が出来ない方法で躍動する生命を各自に表現すれば良いでしょう。

何事も自分の歩むべき道である「目的や目標」を心の奥底に意識していないと、何時まで経っても目指すところに到達できないでしょう。

人は心に曇りがあると、自分の運命である境遇の立場にも気付けないでしょうし、刹那的に今さえ楽しく良ければそれで良いと思えてしまったり、小さなことで満足して過ぎ行く日々を何となくボーと生きてしまうものです。

 

ここで、昨日よりは今日、今日よりは明日へと、少しでも自己を向上するような志を抱くべきでしょう。

今から5年後や10年後の自分の姿が、どうなっているか考えたことはありますか?

その時の自分をイメージ出来ますか?今の現状に甘んじていてはいけないでしょう。

自分から確り考えて行動することって大切だと思いませんか。何でも他人任せにして生きるなんて詰まらないと感じませんか。

大きな夢を描いて向かって行くことで目的意識が芽生え、向上心も抱けるでしょう。

人生って「煌めくもの、時めくもの」を自分で見付けて、感動や感激をし、開拓していき収穫を手にして満足するという繰り返しであり、時めくことがあると、閃くことも出来るものです。

つまり、体験と感動が活力となり自己の秘められた能力を高めるのです。

ですから、困難があっても何事にも諦めずに死ぬまでトライして行くことで、楽しさや満足感や充実感や生き甲斐も見い出だせるのです。

一方では、理性が働いて世間体とか生活状態のことが気になったりして、チャンスを活かせずに自分の可能性を閉じこめてしまう人もあります。

 

自らの使命や天分を見い出すには今の立場で目の前にある人事や物事に取り組む

 

人は自分を省みて見直す時間を持てない時、精神が不安定になり些細な事に憤りを覚えたり、苛立ったり無気力となり何事にも消極的になるものです。

毎日、自分自身を省みる(瞑想と内観)時間を持つことで、精神(魂)の休息と安らぎが得られ、心の奥底から意欲や活力が湧いて来るようになるのです。

それには日頃から正しい思考を身に付けておくことが、心を純粋にして高次へ波長を合わせることが大切です。

殆どの人は肝心なアクセス法を知らず無駄な努力をしている訳ですが、心理(霊)的なトレーニングを積まないと出来ません。

願望を実現するにしても得意な才能でビジョンを描くにしても、人生に無駄などは無く無意識の内に自分の未来に来るべき、本来の使命である天職を達成するための準備として、今は無駄とも思われる経験学習するのに必要な環境や境遇に置かれて、様々な課題や試練や体験などを多く集めて来るのです。

 

あなたはその時点に於いて、その位置や眼下・目の前にある全ての人事や物事に対して、全身全霊をもって解決することが、今、あなたに与えられている身近な任務であり、使命や天分であると言えます。

自分の持てる力量で全てに対してベストを尽くすことが、速やかに真の使命や天職を見い出すことにもなり、達成するのに必要な知識・技術・財産・力量・地位・人脈・霊脈などが、知らず知らずの内に揃うことになる訳です。

これからの人生をさらに価値あるものとするには、先ず自己の適性を知り、自己に内在する個性的な本領(明珠在掌)を見い出して発揮するのがよいでしょう。

世の中へ仕事や貢献を通して多くの奉仕活動が出来る機会を持てるかは、「自己開発」の成果と想像力によって決まると言えます。

自分の人生に天職や天命を実現しようと欲するならば、「私の能力に適した丁度良い仕事をお与え下さり有難うございます。」と日々感謝しつつ、何か自分の手(知識・技能)に合う仕事・職業で誰かの為になる事から実践すると善く、遣り続けていると徐々に天職へと導かれて行くのです。

 

真の人間は精神的な高揚で魂のレベルを揚げる

 

精神的な高揚と素直で清浄な気持ちを育むことで、人格を高め魂の自在を得ることが出来ます。

魂のレベルを揚げることは、自分を肉体と見なす考えから脱却して、高次元の霊的な存在である自己の心を掌握して、自在に支配することの出来る状態であります。

本来は天(大生命)より与えられていた、自身の自治権を物質的な観方から忘却していたのを、霊的な目覚めから思い出して何時でも自在に、行使することが出来るようになるのです。

それが「真の人間」の姿であり、すでに成功も栄光も掌中にあると言えます。長い人生の中で起きる様々な事象は全て自己の内なるものが決めて行くのです。

自らの内なる声に素直に従えば、あなたは自分の運命を全うすることが出来ると共に、自己の存在する意義を自覚できるようになります。

私たち人間は肉体のみならず多層界からなる霊的実在であり、高次元から観れば完全に運命に対して自己支配権を持っているのです。

その根本を忘れてしまって環境や境遇とか時々発生する事件など、日常的な現象世界の移り変わりの状態に心を捉えられて振り回されていて、心が時には幸福になったり、時には不幸になったりすれば、心はふらふらするより他はなく、自主的な権利を放棄していることになるのです。

つまり、週刊誌などのゴシップ記事に載っている有名人とか、近所で起こった人々の噂話しにのみ感応するような、喜怒哀楽の人生では何も得ることは無いと云うものです。

もっと自分を高め向上させるような価値あるものを、見い出し取り組むべきでしょう。

 

内在の霊(ハイアーセルフ)から高次の大なる智慧を得る

 

私たちが住んでいるこの現象世界は、信ずる通りになる世界であり、心底に深く思い描き続けている事柄が、やがて実現する世界であることを知ることです。

希望の実現を願い望む人は、先ず「希望は必ず実現する」と断固として信ずることです。

内性を観ずれば宇宙生命が宿っているのです。

しかし、内部に満ちているからとて必ずしも現実的な力とはならないのです。

内部の霊的な「一層大なる力」と、現実の「有限なる力」とを、効果的に結び合わす働きは「心・意識」にあるのです。

瞑想で超意識とアクセスすることで「内なる声」を聴くのは、「大なる智慧」を得る事です。

内部に宿る霊は「一層大なる自己」であると共に、「一層大なる智慧」でもあります。

その智慧は必要に応じて「内なる声」として与えられるのであり、知らされた啓示に従って生活する者は、自然の流れに従って航海するような者で、速やかに目標へ進むことが出来る訳です。

 

大切な「内部の霊なる智慧」を導き出すのが「心・意識」の働きであって、瞑想の実践により精神を安静にして「心・意識」を調整し純粋にすることによって、意識・心境を高揚させ内在の霊(ハイアーセルフ)と波長・意思疎通が合い、内部に秘められた高次元の智慧が三次元の肉体面にまで、現実化して来ることになるのです。

世の中は台風や豪雨による洪水や河川の決壊とか、大地震とそれに伴う大津波とか火山の噴火とか、大規模なテロ事件とか、疫病・感染症の大流行という様々な災禍から身を守り、無事に生き延びるには日頃から超意識とアクセスすることで、ハイアーセルフからの「内なる声」を聴くことが、高次の「大なる智慧」を得ることになります。

直感や夢予知やインスピレーションで、知らされた啓示に従って生活する者は、速やかに危険地帯や領域から安全な処へ進むことが出来るわけです。

災禍から逃れ幸せを掴む良きインスピレーションは、守護霊を通して各自へ送られますが、煩悩から心が曇っていると受けられません。正しい道を歩んで心のレーダー・羅針盤を磨いておきましょう。

 

光の担い手は新しき世界の枠組みと秩序を創造

 

今、古い社会システムは行き詰まり崩壊して幕は閉じられて行き、透明で真に自由と平等と公正で、平和で安心と豊かな新しい銀河・地球文明への移行が、いよいよ本格的に開始され新しい幕が上がる時期に入っています。

皆さんは光の担い手として高尚な意識の言動と活躍・任務で大なる智慧を得て、高次元の法則に適合・調和する新しいシステムを切り開き創造・建設して、「新しき世界の枠組みと秩序と原理」へ切り替えて、改革・変貌の時期に本格的に突入して行く事になります。

天位昇格(アセンション)の時期に於いて世の中の現象的な展開は、一時的や一部地域にはセミハード的に起きて来る事もあるようです。

過去に蓄積したカルマの浄化・清算とか、文明の転換に於いて人々への気付きを促すために、虚構で古い社会システムとしての基盤である、政治や経済や金融とか災害・疫病などの事象は、セミハード・ランディングによる大激変・大激動や、大変革・大変貌する可能性もある様です。

私が、これまで当旧HPと当ブログを通して、皆さんへ意識・思考の魂的なレベルアップにと様々な指針・助言を行って来たのは、皆さん自身がどう心掛けて生きるべきかとか、希望に満ちた素晴らしい未来を思考・創造する為に必要であり、今正に皆さんの正念場であると言う事態に入っています。

 

 

自らの使命(任務)を受ける

 

当旧HP2001/11/16「私に与えられた使命(任務)を受ける」= 当ブログ2020-08-20「自らの使命に目覚め任務を受け開始して方策を見出す」で紹介しました様に、私は29才の頃、ある夜の夢に老人が現れて「調和」という花火文字を見てから、不思議な夢とか強いインスピレーションを受けるようになり、「今、心を大切にせよ!。これからは危急の時である、時間はない!。未来に起るべく地球規模の危機を人々に知らせよ!。その時期に備えて多くの人々に心の準備をする様に呼び掛けよ!。」

「そして皆でその時期を共に乗り越えるがよい!。その方法を自ら修行して見い出すんだ!。」との、夢に現れた老人の言葉を私は何とか曲がりなりにでも、やり遂げて思いに近づこうと決意しました。

そして、修行を始めて精神世界の研究と調査、及び受けた任務を出来る範囲から開始して、試練を乗り越え呼び掛けて知らせる方策を見出しつつ、相談室・研究会から当旧HPを始め、当旧ブログに於いて引き続き夢のビジョンや、直感・インスピレーションなどの内容を紹介して来ました。

 

そうしていると、2016年3月下旬頃より「五次元世界へ移行する準備をする様に」との言葉が頭を過りました。

それで、5月より「五次元世界へ移行する準備」に関する、受けたインスピレーションの内容を編集し皆さんに紹介して、10月まで幾つもの記事を公開して来ました。

これは、これからの時代に「人間がどう心掛けて生きるべきか」を、移行に特化してある程度に纏める必要があったと感じます。

昨年(2019年)は、1月の中旬に集大成という言葉が頭を過ぎり、これまで紹介した当旧HPと当ブログの記事を纏めて編集し、「五次元世界へ移行する準備 入門編 pdf」を作成して完成の紹介をしたり、引き続き「五次元世界へ誘い幸せを呼ぶ心得 pdf」とか、その後、「五次元世界へ移行する準備 基礎編 pdf」を作成して完成の紹介をして来ました。

 

これらのpdf書類はその後に、8月下旬に霊的と次元的に臨界点に達してステップアップが決定され、人間社会に対して危機的状況を知らせる必要性から、国内の都道府県・市区の地方自治体を始め各種の業界団体や各種NPO法人など、各方面・各分野へ半年以上を掛けて千ヶ所以上に匿名eメールで簡単な説明と添付で送信して行き届き、そのファイルを知られ関係者に読まれて、政界や財界や行政などのニュースや政策などで反応が現れていますが、当時は当旧ブログを知らせてなく知る由もありません。

幸福を掴む生き方シリーズ

当旧HP 2003/3/15---2022/10/10 ブログへ掲載

 

自己の存在意義と魂の学習(主に会報1992年8月号より抜粋)

 

 人は社会人となり、一人前として仕事を与えられて働くようになると、様々な困難や苦しみ挫折などに出会い、昔の楽しかった学生時代のことを懐かしむものです。

 人として地上で生活するための存在意義は本来において魂の学習でありますから、自分に与えられた様々な苦労や苦難を通して創意工夫して、魂の向上する機会を与えられた試練であると思い、それを素直に受け入れて全身全霊を込めて自ら解決して行こうと決意し実行するとき、守護霊は良いヒントを与えてくれるものです。

 義務教育のようにたとえ及第点に達しなくても、出席さえしていれば1年毎に進級し、やがて卒業できることは常識でありますが、地上生活で人生に於ける魂の学習としてはそれではインチキであり、宇宙や霊界の掟として認めてもらえないのです。

 ですから、自分の魂に於ける各ステップでの学習や修養は、高校とか大学のような入学試験や進級試験があるように、今まで学んできた事柄について各科目が全てについて及第点に達しないと入学できなかったり、あるいは進級できないのと同様に、人生に於ける様々な魂の体験学習と試練についても一つ一つクリヤーしないと、次なるステップのレベルへは上がれないものです。

 

 人というものは、魂的に観ると物質的に恵まれていても精神的な進歩向上がない時は、退屈を感じ焦燥するものです。

 そのためには常に何か自分に適する目標を持ち、それに向かって方法を講じるのに思考・創意工夫して達成するために実践するのです。

 計画した目標が建設的であり、大きく魅力あるものならば意欲を駆り立てられるものであり、途中に起こるであろう様々な困難も左程は苦にならないでしょう。

 そして夢と希望に溢れて有意義で喜び多く感動と生き甲斐を感じ、心は明るく積極的になれるものです。

 人は何事につけ勇気と主体性に乏しいと、人生上において起こる様々な出来事の中で、苦難に出会うとすぐに挫折して絶望感を強く抱き、生きている意義と生き甲斐を失うものです。

 しかし、永い時の流れというものの中において、直面する色々な問題を試練であると素直に受け止めて、一歩一歩と前進し与えられた課題・課程を乗り越える努力を通して、自分の存在感と力量が少しづつ認識できるようになるでしょう。

 そして、確りした人生設計に基づいて有意義に且つ、生き甲斐を得られる様に生きられるような能力・才覚を身に付けていくものです。

 人は個生命が各自に表現されたものであり、人生に於いて様々な体験を通して魂の学習から自己の存在理由を知るに至り、自らの使命・役割と運命を全うすることが出来るようになるでしょう。

 

自由意志と思考の相違は文殊の知恵(主に会報1993年2月号より抜粋)

 

 あなたの意見や主張とか、信条や信念を他の者が仮に完全に理解できないとしても、それはそれで良いのです。

 何故ならば、人は皆それぞれに誰とも違ったところが必ずあるからです。

 顔つきにしても、容貌にしても、声や話し方、感情さえも違うでしょう。人は画一ではないのですから、他者には真似が出来ない方法で躍動する生命を表現すれば良いのです。

 今までの人生で経験した出来事の事実は事実として、自分が体得したことを述べるのは別にかまわないわけです。

 それを他者が信じるか、信じないかは相手側の課題であり、例え相手が信じなかったところで、あなた自身が傷つく事もないでしょう。

 それは、相手があなたの主張などをどう受けて、どう感じどう見るか、そしてどう評価するか、それ自体は相手が思考し判断する選択に係っているからです。

 ですから、こちらから一方的に、相手が信じるとか、信じないとかを予想して、そこまで見込んではならないのです。

 ましてや世間では往々にしてあることですが、他者に向って「自分の言うことが聞けないのか」と、怒っているようでは利己主義になるでしょう。

 

 人は大生命より与えられた個々の自由意志を持っています。

 前世から続いている性格とか運命、生まれ育った環境などにより習慣を始め考え方や価値観は自ずから違ってくるわけです。

 ですから、それぞれの意見の相違があろうとも互いに争うような気持ちにならず、心を広く持って、このような考え方や観方があったのかと思うようにするのです。

 特に聖人の教えに基づく真理の話は皆と共同的に聴くことはできたとしても、各自は人格により各々の先天的な徳の分量に応じてしか理解は出来ないものです。

 さらにその実行となると、一人一人は個人的に霊的な進化の段階(ステップ)レベルを始め、生き方や人生観とか習慣や思考などは互いに違いますから、同志と相談して共同に行なうことなどは不可能なのです。

 昔から3人寄れば「文殊の知恵」と云われるように、様々な発想法から奇抜や独創的な良い考えを得ることもあります。

 個々の意見や考え方に相違があろうとも夫々を尊重することで調和を図り、その中から優れた点を取り上げることが大切でしょう。

 それを課題としてさらに飛躍した奇抜な発想を求めるようにすると、あらゆる問題の道は開けて良い方向へ展開して行くのです。

 

人の価値は生き方と思考と能力の発揮で決まる(主に会報1994年2月号より抜粋)

 

 人はどんな生まれ方をしたとか、幼少時に両親と死別して孤児だったとか、幼少の時代から少年の頃に貧困でろくに食べてなかったり、学校も休みがちで衣服は綻びひどい格好をしていたとか、辛く苦しく哀れな生活を送っていたからとて、現在の立場における価値に変わりはないものです。

 つまり、人の価値は過去において、どんな環境だったとか境遇を送って来たのかではなく、その人が今までにどのような人生観で思考を続けて、どんな心構えで生き方をして来たかが重要なのです。

 それはその人の未来は、その人を取り巻く環境とか境遇という周囲が決めるのではなく、本人の思考とか意志である「心」という内なる想いが人生を決めていくからです。

 例え今が堪え難い苦しみや辛い境遇にあろうとも、自己の志しによって人生の流れ・運命を変えて行くことが出来るものです。

 人は先ず心・意識が動いてこそ、思考も行動も全てが動き出すわけですから、自己の「心・意識の中に何を受け容れるか」が重要な問題なのです。

 未来を豊かで実り多くバラ色に輝く人生にしたいのなら、自己のみでなく他者にも恩恵のある建設的な夢や願望という利他的な目標を定め、真理を学んで実践し光明波動に心の波長を合わせて自己の適性を知り、個性的な得意とする分野の才能を伸ばすようにすることが懸命でしょう。

 

 

 つまり例え過去はどうであれ、今の「心境・心得」が大切なのです。

 自らの存在意義に気付き、これからの人生をさらに価値あるものとするには、自己に内在する個性的な本領を見い出して発揮するのがよいでしょう。

 それには常日頃から自分の生き様や性格を把握して、適性とか子供の頃から得意とする分野を見い出すようにしたり「内なる声」に耳を傾けて、天分としての個性・才能を開発することが望ましいのです。

 自分に秘められた能力を信じることも大切です。

 ただ表面的に現れたところの学問とか知識、技術や技能のみに頼ることは、本質である霊的な存在を見失うことにもなりかねません。

 それは卒業証書とか免許・資格や認定書が決して、自分の代わりをするものではないからです。

 しかしながら、現実の社会は学歴偏重で免許・資格が重宝されて、学問とか技能を優先させていますから遺憾なことです。

 本当をいえば霊的な人間とした立場から見れば、それらは魂の器量を表現する枝や葉に相当するものに過ぎないわけです。

 真理から言えば学問や技術の能力が人一倍優れていても、人格が低いと人柄に現れて必要な人材が集まらなかったり追て来なくて、チャンスに恵まれず能力を発揮できず実社会で生かせないのです。

 今の世の中は唯物的な練金術が蔓延っていますから、一般の考え方に偏見・偏狭があることもいたしかないでしょう。

 ここで、精神世界に目覚めた人々は自己の存在を霊的と自覚し、霊格・霊性を高めるように努めることが、真の幸福を得る近道であることを知るのです。