7月28日の夢、何処かのビルで事務所があるフロアーにいました。
様子を見ていると、デスクなどの配置替えなのか皆が慌ただしく動いており、デスクを始めパーティションとか棚とか調度品や什器や備品などを移動させていました。
暫くすると配置替えが終わり、前と比べるとデスクなどは90度の向きが変更になり、雰囲気も変わり刷新された様です。
その後、通常の業務に戻りパソコンを操作して何かの書類を大型のカラープリンターに出力して、出来上がり具合を確認していました。
書類は見込み通りのプリントアウトが上手くいったのか、大量プリント作業に入った様で次々とプリントアウトが大量に続きました。
夢から覚めて考えてみると、これは人々へ真理などの話しを伝える私のブログを始め、精神世界で活動するライトワーカ・スターシード皆さんのブログなどの活動とか、世界中にある各宗教団体の活動などは、これから転換期を迎える時期に入る様です。
それは、各自が個々の立場で活動する時期は終わりを迎えて行き、世代交代とも言える様な激変する状況に移行して、新たにNPOなどの組織による若者が活動を始める時期に入ると感じます。
次元の上昇は螺旋状に続いて幾つものステップアップも起きてきましたから、五次元世界へは限りなく近づき此の儘の状況では多数の大衆は取り残されて瀕死しますから、悠長に個人が細々と個々の立場で活動していては間に合わないと天界では判断している様です。
かと言って、巷の各宗教団体の活動では独善排他的で偽善的な面が多く、中には聖職を忘れて巧妙な話術で真理に疎い大衆の目を晦まして信者を獲得したり、或いは信者を惑わしたりして何かと信仰心に訴える方法であり、信じない無宗教の人も多く献金などの問題もあり広く知らせるには無理があります。
これからは科学的な根拠と解釈に基づいた、真理とか倫理とか哲学の徳育・学問として教育や学習の体制が必要になり、神意に適う組織という集団が既存の教団や各自に代わって、既存の枠や方法に捉われない革新的で新たな活動を始める必要がある様です。
真理を学び実践することで誰もが、人格を高め品性を備えて徳を積むような真理(法則)を教える、光明思想の聖なる目的であります。
ここで注意する点は、真理を学ぶことで因縁を解脱をして各自が救われるための絶対的な条件ではなく、大切なのは心(精神)の在り方を第一に考えなければならないのです。
真の解脱とは、歴史、時代、人種、民族、場所を越えた普遍的な真理(経典・聖典・神理・正法・倫理)を基準とした、科学的な原理の教義を学びつつ実践して体得することです。
次元の上昇に伴い、世間に蔓延る偽善的で独善排他的な虚構の宗教はやがて崩壊し、革新的な動きが始まって形態(教義や布教活動など)を変えて行き、神意に適う真の信仰だけが宗教の壁を越えて残ることになり、超宗教の新しい道を開く様になり科学的な解釈に基づいた、真理の教義や学習の教育を行うNPOなどの組織が興り始めます。
宇宙の愛と天の道を逸脱した、虚構な巷の偽宗教団体や怪しい精神世界は浄化の嵐に逢い、その活動はそれぞれの使命と役割を終えて、偽りの信仰と組織はやがて崩壊して消滅することになります。
他には、地球外知的生命体の存在が公に明らかになる時期を迎えつつます。
それは、やがて世界中の各政府や自治体をも巻き込んで、ヤハウェ・アシュレも近い内(来年頃か)に地上に降りて来て、公式に人類の前に現れてから準備を整えて活動を始める時期に入りました。
宇宙の法則として真理を科学的な体系に基づいて学問とした教育を推し進め、人類の大衆はテレビ放送とネット配信と新聞と聖典と学校など、あらゆる方法で徳育の学習を余儀なくされる時期へ近づきつつあります。
人々は今まで彼らを神々や天使として誤って認識し理解を深めて来た世界の諸宗教が、今は神々や天使とは地球外知的生命体であったと「心機一転」して、新たな認識に目覚めて真実を理解し直すことが重要になります。
現在、世界中で行なわれている様々な神事の祭り・儀式・行事・風習の殆どは、アヌンナキ一族に由来する出来事から由来しており、中には形式化したり変容したり勘違いしたりしていますから、真実が明らかになれば宗教的な拠り所を失い取り止めになり、偶像崇拝と言う偽りの信仰と虚構の宗教の団体は崩壊することになるでしょう。
今こそ、宇宙の秩序と摂理に基づく真理・真実を学問として学び実践して、魂・霊性に気付き目覚めて神性にも覚醒しカルマを浄化し清算・解消しましょう。
アセンションに於いて、皆さんの本質である霊性進化は重要な課題の項目です。
人は何かの宗教団体に入って教義を受けて実践しているから、今回の次元上昇が優位になると言うものではありません。
それは、既存の宗教が示す教義は殆どが真理から逸脱して不完全であるからであり、心・魂は浄化されて救済されないからです。
次元の上昇に伴い、人類の原罪とも言われる堕落と腐敗に対する罪悪感・罪意識の封印・洗脳が解かれて、真実が明らかになり様々な宗教理念・教義の根幹を揺るがすこととなります。
さらに巷の各教団には霊的に上下の格差があり、私たちが教えを求めても自己の霊性レベルに相応しい宗教にしか触れられないのが実情で、より高い真理を含む教義の宗教に行って頭で解っても、心で理解は出来ず居心地が悪くなり居れなくなります。
暗黒面に陥った邪悪な教団の中には聖職者も信者も堕落させる教義もあります。
真理に基づく生き方からのみ意識を高尚に保ち、高揚する感覚から人間性を養い人格・品性の向上が始まります。他力本願の様に他者に依頼したり他者が代行する事は不可能です。
大半の人々は人格(品性)は低くて徳が乏しく魂が未熟・幼稚であり、折角と宇宙の高次元から魂・霊で飛来して、地上で身体を纏い人類を導かれた世界の諸聖人が示されて共通する、素晴らしい宇宙の秩序と摂理の真理に触れても無知・偏狭・独善な思考なるが故に、真髄に気付けず信じられずに見逃したり理解も困難です。
それ故に学びも生き方も無頓着で未熟・幼稚で限定と偏狭な思考なるが故に、目先の損得を優先させて実践も侭ならず平和も安心も幸せも豊かさも程遠いものです。
モラロジーでは、人格と品性を高めて徳を積むような真理(心の法則)や倫理(モラル)は教えても、因果律(カルマ)の作用と働きが呑み込めずに分からなく目先の利己心から、行わない不心得な者が多くて普及には極めて困難なものです。と言われます。
一般に多くの宗教家などの教えは、教祖や導師などが自分の考えるところや信じるところを以て、人間の実生活を示す標準としているとか、聖人の教えの一部から自分や教団の利己心に合う項目のみを選んで、それを自分も守りながら、且つその項目・事柄によって人をも導こうとするのです。
しかし、そのような教えるところは、やはり偏見と独断を免れない虚偽の教説に過ぎないということです。
従って一般的に宗教という教えの多くは、真理・真実から逸脱して歪曲し方便を多用し、人間の精神(思考)を標準とするようになっていますから、教える内容は実生活の標準が単に偏見・偏狭と独断であるばかりでなく、教えの中に多くの誤りを含んでいるのです。
ですから、そのような不完全の教えによって民衆や社会、国家は知らず知らずに害され毒されて、全ての実践者には真の安心も幸福も来ないのです。
ここで、宗教のみが精神修養の場所ではありませんし、多くの宗教団体としての組織的な活動そのものには、運営と維持の為に真理から観ると矛盾と虚偽も多く含まれているものです。
大衆の人々は利己心から無意識の内に危険な臭いのする人や団体へ惹かれるものです。
例えば、サリン事件を起こした(宗)オウム真理教(現アレフ)の麻原氏とか、旧統一教会の多額の奉納金や寄付金や献金問題など、及びそれらの信者になられた方々は、私から見ると大半の人々は真理に疎いと感じます。
それは、人生としての生き方である正しい基準となるべき、基本的な真理(倫理)を含む思想や思考の、正しい人生観を身に付けていないように見受けられるからです。
人間社会に於いて人として生きる為の最大の弊害の起こりは、何処の国でも政界とか特権階級(権力者・官僚)とか、財界や上流階級にある貴族や富豪の人々が、諸聖人の教えを無視して実質(人格、品性)を充実しなかった事です。
そして、身分不相応な事物の形式である見栄や金品とか権力などの立身出世・光明富貴とかを尊び、メンツを護持して金儲けに邁進することが生き甲斐だと考えて、これらに力を注いだ結果であり利己的で退廃的な精神であるのです。
このような見栄や金品とか権力などを尊ぶ弊害は、国や国民を統治するはずの政治家や官僚や、人の生き方である真理を説く宗教家にまで及ぶのです。
巷の独善排他的で偽善的な多くの邪悪な宗教もあったりして、真理に疎い大衆の目を晦まして巧妙に信者を獲得したり、或いは信者を巧妙に惑わしたりして、必要以上に見栄とか偉大さや権威とかを示そうと、巨大で絢爛豪華な崇拝像や建造物を築いたり、人や金を集める為の大イベントを計画実行したりして、自己顕示欲や誇示が強く利己的だと言えます。
世界を眺めると、宗教同士とか宗教絡みによる紛争などが長年に渡り続いていますが、これは物質的な誘惑や罠に嵌り天命と聖職を忘れて、活動が他の宗教を受け入れず勢力や派閥争いを始め、教団の囲いや勢力の拡大とか偉大さの権威の誇示とかに傾いたからです。
聖典や念仏を唱えても利己心のお陰的な信仰では真に救われなく、さらに運命が改善される度合いは人格(霊格)や霊性の高低の格差から、各自により大きな相違があります。
人格としての魂的な心境が高まらないと真理とか倫理など、本当の真髄や摂理は心で理解できずに実践は儘ならないものです。
そのために私たちは、日頃から本ブログで紹介する諸聖人の共通した教えとか、サイ科学とか宇宙メッセージに基づいて、真理(倫理・天道)を参考にされて脳力開発や、人間性を磨く事に励み邁進して自己を高めて心眼を開きましょう。
そして巷の宗教は何が本当に真理の教えであり、何が偽りの教えであるかを見極める能力を備えるようにしなければ、自らも間違った道を知らずに歩むことになるでしょう。このようなことでは真の成功も真の富も真の幸せも、真の安心・平和も掌中には掴めないものです。
人格や品性を高める聖人の共通する教えに基づく真理の実践・実行は、同志と共同に行なうことはできません。
真理の話は皆と共同的に聴くことは出来ても、その実践・実行・愛行・感謝行・報恩となると、一人一人は個人的に魂・霊的なレベルを始め、財産や収入とか思考や習慣などが違いますから、愛行・法施・奉仕・献金などは他者と相談して行なうことなどは不可能です。
人は夫々に霊的なレベルと魂の学習や体験した期間の違いや試練と教訓の度合いより、真理とか自己啓発の内容を学び理解したり実践するに当たり、生活上や仕事上への応用を始め霊的な気付きとか目覚についても、皆は一様では有りません。
例え、真理とか自己啓発の内容を知識として得たとしても心に届かず、人格(霊格)や品性(霊性)のレベル的な相違から、親子・兄弟姉妹・夫婦・恋人・師弟・親友・仲間などであっても、他者とは同じ意識や心境に成れず言動(実践)を一様には行えないのが実情です。
一般の人々は、人生で夢が破れて希望や目的を見失って気力を失うと安易に考える傾向があり、自らの運命や運勢が悪いのは周囲の環境や境遇の所為だと勘違いして、家運や家相や地相が悪いとか属している国家とか社会が悪いと思い込みます。
本当は、自らの意識と言動が天意に叶っていないのにも拘らず、受難の物事を右顧左眄して迷い自らを顧みて反省をせずに自らの努力を惜しみ、安易に他者に頼ったりして無駄に過ごしているのが現状です。
この様な人は悪徳な霊能者や宗教団体に弱みから巧妙な話術で操られて騙されるのです。
今まで社会・世間や政治や他者が悪いと思い込んでいるのは、霊性が未熟で真理を学び正しい人生観と生き方の体得を等閑にして来たから、本当の原因が分からないのです。
習慣的に利己的な煩悩(心・感情・欲望の赴く)の侭に生きて、意識・言動が確りしてないから、外界の人間関係や社会・世間や環境の動向に流され支配されて来た人ですから、ここで思い切って心機一転して見方を変えなければならないでしょう。
あなたの一瞬一刻の心・意識の働きや言動が、あなたの一生の運命や境遇や幸福度を決定しているからです。現象世界は仏典にある様に流動的な「変化無常の世界」なのであり、且つ意識・五感に因る念(想い)の作用が具象化して、投影された「唯心所現の世界」なのであります。
それだからこそ自らの「心・意識」に依って、それを支配することを学び、「心・意識」によってそれを支配することを実証しなければならないのです。
真理に基づく正しい考えこそが正しい想いと、正しい知恵と正しい判断や選択が湧くようになり、そして正しい言動も出来る様になります。
私たちは、意識・感情と言動の在り方の重要さと方向性に気付いて、心(魂)の眼を覚ます必要があります。





