7月16日の夢、外にいて歩いていました。
暫く歩いて行くと学校の校庭か、何処かの施設の空き地なのか分かりませんが、広い場所に行き当たりました。
右の奥の方には大きな建造物が立ち並び、右手前から前方にかけて広大な広場が見えて右側にはユンボが稼働しており、水道工事か水路作りなのか細長く掘削工事をしていて、前方から続く細長い穴が見えました。
前に進んで歩いていると、前方では工事が終わっているのか、細長い穴の先では土が被せてありました。
よく見ると、土の被せ具合は均一ではなく地面とほぼ同じ高さの所と、地面より少し盛り上がっている所が、交互に連なっていました。
更に奥には幾重にも列を成していて、同様に土の盛り上がり部分が同じ具合に凹凸が連なっていました。
その時、イメージ的に埋葬・土葬をしたばかりの真新しい墓地の様だと感じ、掘削工事で掘った細長い穴は連続し連結した墓穴だと思いました。
夢から覚めて考えてみると、これは大災害とか新たな戦争とか新型のウィルスのパンデミックとワクチンなどにより、社会的な現象となる多死や超過死亡のビジョンを指していると感じました。
それと言うのも、週刊誌の様に世間のよもやま話やゴシップ記事は人気がありますが、当HPの時代から続く当ブログの様に真理の話しや、正しい生き方の話しにはあまり人気がないからです。
2024/12/25「以前に宜保愛子氏のテレビ番組で韓国は地獄の入口と発言した意味」などは、案外と人気がある様ですが、私から見れば例えの付随的な事柄であり、本当に必要なのは自らの人生と運命を左右する真理の話しと学びと体験から正しい生き方を知り、様々な試練に直面して大切な教訓を得ることを伝えている訳です。
他にも、2025/08/27「人間は何時も指針を求めたがるが得られても実践は困難な場合が多い-1/2」と、09/20「同、2/2」で紹介しました事柄から、格差と歪と不公平が蔓延る世知辛いこの世の中で真面目に生きていても、自分だけが我慢をして何だか損をしている様に感じて出世も幸せも豊かさも叶わず、邪悪で狡賢く要領よく生きている者が地位や富を早く掴む事が多いものです。
殆どの人々は文明の利器にとっぷりと浸かって今さえ良ければと刹那的に生きていたり、世知辛い世の中で糧を得るために、日々の仕事と生活に追われて霊的に未だ眠っている人々は、目先の損得に目が奪われて利己心から真理や得られた有益な指針に従えなかったり忘れたりして、行わない不心得な者が多いのが現状です。
社会が混迷・混濁して生存競争の激しい状態では、古今を問わず上から下の者まで正面な生き方は困難で無理というものでしょう。
殆どの人々は人格(品性)は低くて徳が乏しく、魂が未熟・幼稚であり折角と宇宙の高次元から魂・霊で飛来して、地上で身体を纏い人類を導かれた世界の諸聖人が示されて共通する、素晴らしい宇宙の秩序と摂理の真理に触れても無知・偏狭な思考なるが故に、真髄に気付けず信じられずに見逃したり理解も困難で、実践も侭なりません。
世間はこの様に、大衆は学びも生き方も無頓着で未熟・幼稚(魂の赤ん坊)で意識は利己的で、独断と偏狭と排他的な思考なるが故に実践も侭ならず安心や幸せや豊かさは程遠いものです。
この様な状況ですから、大衆は無知から正しい人生観も生き方も分からずに誤り、皆が心から望み求める平和も安心も豊かさも幸せも遠く、本来の寿命より短命にして死を迎える事になります。
大衆は「無明」から日々に於いて、精神・意識の情緒・感情・言動は、真理から逸脱して殆どが使い方を誤っており、この場で戦争やテロや災害や事件や事故などに遭ったり怪我をしたり病気を患ったりと、様々な危機・滅亡に瀕しているものであります。
またそれらは各自身の思考・想念や情緒・感情のネガティブなエネルギーを、「己に背く」如くに知らない内に自己に向けて発し自らを傷つけ害して、破壊・破滅するための爆弾・砲弾・諸刃の剣なる非創造のエネルギーとして、「自己処罰と浄化清算」の作用として働いていることに今こそ気付き認識しましょう。
人は誰でも心底に在る自らの良心に基づいて魂的な罪悪感から、人の道(自然の法則)に対して自己修正・是正のバランスを取る働きが起きて、自らを裁き「自己処罰と浄化排毒と清算」をする時期が来るのです。
貴方は望まない現実・境遇が現れて来て、まさか自分が好まないこんな現実を選ぶ筈は無いと感じるかもしれませんが、貴方の魂が発する波動・波長はその現実に見合い合致して、反映されているのだと理解する必要があります。
一般に、霊的に目覚めていない人というのは、真理に疎くて意志・信念・心得が確りしていませんから、ネガティブな人物の言動や社会の動静とか、潜在意識から湧き上がる想念から知らない内に突き動かされて、感情的になり己に背くが如くに自己処罰をする様に無意識に言動をしてしまいます。
人はカルマの作用・影響と結果を考えず、無頓着で利己的に生きて他者に責任を転嫁したり、人の罪を裁き報復する傾向がありますが、因果応報の理を知りその重大性を自覚して己の意識・思考と言動に責任を持つべきです。
釈尊は「一切の苦しみは無明から起こる」と説かれましが、「無明」とは人生を正しく生きる術、つまり知る智恵(真理、心の法則とか自然の法則である摂理と秩序)を持たないことを言いますから、人生観と生き方に対して正しい方法が分からず戸惑い迷うものです。
ここで「人生は魂の学習であり修行・体験」であって、神意である慈悲と真理を学び実践(体験)を通して体得すると「人心の救済と開発」がなされ、その成果として「意識の高揚」が伴い人格や品性が高まり、真の人間が完成して行きます。
全ては霊性の進化であり人間性を養う体験学習だと自分に言い聞かせて、自我の浄化として洗心により何事が起こり来て、どんな状況に置かれようとも感謝して平常心を心掛け、欲望・立腹・怒りを抑え御法度の心を起こさないことです。
心を鎮めて潜在意識にある良心の声に傾けて従い、分別ある前向きな思考と言動を行い、正しい生き方をすることです。
人格と品性が低い人は、霊的なレベルの波動が低くて魂・霊性は未熟で意識レベルも低く、意識・想念や魂から発する波動(バイブレーション)の周波数が下がるに連れて、情報(記憶)保持能力も比例して低下してしまいます。
それにより、低い次元の存在達は高次元の宇宙意識は勿論の事、地球人類に共通する潜在意識やハイアーセルフとの繋がり(疎通)を自覚する能力が弱くなります。
その結果、霊的な意識疎通として宇宙意識だけでなく潜在意識やハイアーセルフとの疎通もままならずに、他者の存在との意志疎通する絆や親しさも弱まり、正しい規律や基準となる人生観や生き方も知らないものです。
それで、偏狭で独善的な限定された思考・知恵しか浮かばず利己的な言動しか取れなく、内在する霊性に気付くまで過ちを繰り返して詰まらぬ人生を送ります。
人のゴシップに惑わされたりこれからや未来の世の中の動向を知った所で、自らの魂・霊性を高めようと真理を学ばなければ、自ら意識の高尚も侭ならず人格・品性が高まらずにいたのでは徳も積めません。
因って、生活や境遇は改善される事は叶わないばかりか、高次元の素晴らしい世界と超意識の「大なる智慧」とは波長が合わず、移行する事は困難となります。
何も努力をしないで、すんなりと高次元の世界へ移行出来ると、安易に考えるのは愚かです。
真理に基づく生き方からのみ意識を高尚に保ち、高揚する感覚から人格・品性の向上が始まります。他力本願の様に他者に依頼して縋ったり他者が代行する事は不可能です。
心の指針が得られなくても、心の羅針盤として宇宙の法則である摂理と秩序の真理を学び、実践して意識と言動を高尚にしていれば何が起きても人生の道を迷う事はなくなります。
どの様な存在であっても自然の法則を無視して逸脱すれば、バイオ・フィード・バックという超巨大サイ情報網系を通して循環の法則が働き、バランスを取るために自然界に於ける秩序・調和・浄化・是正・清算の作用が動き出します。
人類の長い歴史に於いては文明の栄枯衰勢として、自然の法則に反する存在は淘汰され、自然の法則に適合・調和する存在は発展と繁栄が約束されます。
全ては道を正そうとする摂理の働きで自然治癒力が発動されて、自壊作用として表面に現れて来ます。
一方、闇・魔手の勢力の残党たちは案外しぶとく、人々を道連れにと悪あがきをしている様です。
しかし、決められた期日が迫っていますから、それまでにはすべてが実施されて地球の浄化と人類の生活は変貌します。
現代文明の栄枯盛衰を表す文明史的な転換期が差し迫っているのであり、その時を迎えて遂に始まって激動と激変の時期に入っています。
私たちは、観の転換をして自らの意識を高めないと三次元で観ると、想像を絶した災禍・病禍の様相が展開するでしよう。
此所だけは、自分だけは大丈夫とか安全と勘違いして思い、人間の怠慢、驕り、慢心、傲慢さから不正や虚偽や欺瞞がまかり通り様々な製造物に不備・不良があり、人の命も巻き添えにして自らの運命をも虚構な文明に操られるのです。
大衆は自らの内側の価値に気づかず、内面の心・魂・人格を高めないで、外側・外面の虚栄・虚像の幻想を抱いて求め羨望して翻弄し勝ちですが、これは霊性の低さとそれに伴うコンプレックスから来るとも言えます。
アセンションに於いて皆さんの本質である霊性進化は、煩悩の誘惑から困難で重要な課題の項目です。
利己的で勝手気ままな煩悩の侭に生きたり、物質的に便利と快適で豊かな生活に溺れて満喫し依存・執着しているのではなく、人間性を高める霊的な学びに気付き高尚で利他的な思想・想念により、高次元と波長を同調させることで意識・心が先行して行きます。
そして、感謝・愛念・平和・利他のポジティブな言動の繰り返しにより魂は浄化されて、やがて身体も同調して移行が出来る様になれるのです。
人生とは地上に於いて魂・霊の体験学習・体得をする過程を指し、様々な課題・試練を乗り越えてクリアーして教訓を学び、人格(霊格)とか品性(霊性)を高めて進化向上により次元上昇を果たすことが、本来の目的・目標だと言う事を再考し再認識しましょう。
つまり、人類は霊的な目覚めから真の人間である神性に覚醒するに従い、順次に五次元世界へと移行する局面に入ろうとしている、終盤のプロセスの時期にあると言えます。
私たちは自由意志と因果律や法則を与えられた条件の中で、日々の意識・思考・想念・言葉・行動から、様々の必要な課題・教訓を学び責任を持ち、あなたの人生の体験を創造して来て正しい生き方を知るのです。
特に人間は本質に於いて霊性・神性として高尚な精神を持ち合わせる存在であり、自ら努力をして真理・真実を学び実践して体得し意識を高尚に保ち、言動は法則と利他に沿う必要があります。
やがて、私たちは自分の霊的なバイブレーションに近い人々に益々と引き寄せられて、同じ関心・興味を分かち合う友人や仲間の特別な輪の中に移行します。
編集後記
各ご家庭を訪問されて旧約聖書に基づく教義を伝導される多くの皆さんへ、当ブログは参考になりましたか、猛暑の中ですからお身体を労ってください。
旧約聖書に記述されています最後の審判について、現在の状況がそれに当たるとの認識は双方で一致しています。
次に起こるであろう事象はヤハウェ(エホバ)が地上に降りて来て、公式に人類の前に現れる時期に入る事です。
世界の情勢と動向は刻一刻と激動と激変により展開していますから、聖書の記述だけでは限界があります。
世間の大衆は生きるのに精一杯で今が楽しく良ければと、文明の利器に振り回されて刹那的な生活を送って真理に疎く、ヤハウェ(エホバ)の事は眼中にありませんから、現れたらパニックで狼狽して政界や財界でも同様に陥り、思考停止の人も出て騒然となるでしょう。




