皆さん、新年 明けましておめでとうございます。
新しい年が明けてめでたい元旦の早々に、浄化と清算に伴う破壊の話しで何ですが。
今年は地球人類の全世界にとって、大規模な自然災害の発生とか世界大戦(自爆事故含む)へ突入して虚構な社会システムが破壊され、恐怖の転換点になり最悪の地獄社会になる可能性が高まっていますから、心して暮らして下さい。
見えない霊的な動向から現実的な動向へ移りつつありますから、私が事の成り行きや顛末を説明する必要も無い時期に差し掛かっていると感じます。
現在は既に突入しています過去に蓄積した、カルマの大浄化・大禊・清算による「審判の日・最後の審判」とか、「狭き門(針の穴)を通る」とかの超難関・大受難の大嵐が吹き荒れて、未曾有な事象が世界的に起きて来ています。
それは予知夢とかProject GAIAのメッセージにもある様に地球規模に及び、幾つかの段階を経て暴虐な軍事独裁政権とか、虚構に満ちた古い社会の体制・制度・柵を壊して、新しい体制を整える必要性から権力支配と金融と経済・産業に於ける「破壊と創造の働き」は、世界的に同時進行で本格的に移行して行く始まりの年になります。
地球と人類は、今回で7回目(過去に6回の失敗?)となる新しいサイクルが始まった時期の、1万2千年前に光の天使と闇の魔王・サタンとの間で、現サイクルが終わりを告げアセンションが始まると、闇・暗黒・邪悪な者は退去するとの契約が交わされています。
これにより、遂に人類は三次元領域の物質界である現象に基づいた金融・経済の生活は、魔手が仕掛けた誤ったマトリックス(ホログラム)の世界から目覚めて、虚構世界の拘束と呪縛から解放される年が始まりました。
虚構と狡猾な特権階級で貪欲と欺瞞と虚偽で権力の座に胡座をかいて、私腹を肥やす執着から何時までも居座って居る人たちには、貪欲で不浄と穢れとカルマの法により前以って各自へ、魂レベルで自主的な退席の勧告がなされております。
これは昨年12月の冬至迄という猶予の期間が設けられていましたが、既に終了していますから今年から始まる金融と経済で巧妙に収奪する、狡猾・虚偽・欺瞞な社会システムは破壊されて、金融・経済リセットになり収奪は止まり権力の座は消失し、引導を渡し終止符を打ち強制的な退去となるでしょう。
闇の残党たちによる人類の恐怖支配・統制を終わりにする、強制的な退去になるその日が近づいています。
大衆の多くは霊性が低く未熟で魂の赤ん坊の状態であり、審判の日が訪れて様々な災禍・病禍が襲い受難の大嵐が吹き荒れる、大艱難が到来しても訳が分からず混乱して恐怖が先走り、狼狽して右往左往して翻弄するしかないでしょう。
人類は現在、戦争と恐怖と混乱と欠乏と難民と貧困と飢餓に終始した、古い時代を浄化して破壊で終了して聖なる新しい時代の、宇宙文明を創造する夜明けを迎えようとしています。
利己的で過度の競争・市場制覇・争奪とか、軍事独裁政権の覇権主義の侵略・残虐・好戦や他者を犠牲にする、野蛮な恨み・復讐・暴力など欲望の充足を為す生き方は、遂に終焉を迎え始める年が始まりました。
これら人類の魂の体験学習とカルマの因縁果たしをする、二元性として目的と役割のプロセスは終わりを迎える時期に入りました。
世界を眺めれば、利己的な資本主義による虚構な自由経済主義と市場原理による、至上主義と拝金社会により市場制覇を目指して、争奪戦と利益追求の商魂に明け暮れている有様です。
資源の略奪や独占とかライバル社と競争・競合する暴虐な社会から、共存・協力・協調して互いの長短を補完するような、聖なる新しい時代・社会の時期に移行していることを認識しましょう。
過去の生存競争から始まった、限りない貪欲と穢れに塗れた人間社会の狡猾・欺瞞・暴虐・虚偽な既成概念は、神聖な優良星の新しき世界では一切通用しません。
貪欲と穢れは浄化と清算の時期が巡って来て、艱難・受難なる「最後の審判」の大嵐に巻き込まれて、「狭き門(針の穴)」を通り抜けられません。
これから自滅崩壊・瓦解・淘汰の道へ進むことは避けられなく、滅亡し終焉を迎え始める年が始まると言うことです。
今まで物質偏重の思想により、金品の獲得や出世等を煽る競争社会のマスコミによるプロパガンダで、人格・品性と比べて身分不相応にも虚飾して贅沢を謳歌しています。
文明の利器に囲まれた生活にとっぷりと浸かってしまった現代人は、自らを見失い誤った洗脳状態を解除して精神的な価値観を顧みる必要があります。
体主霊従の生活からは過度の競争を煽り利己主義に陥って、愛念・利他から遠ざかり近所の住民同士が支え合ったり分かち合う精神の連帯する道を拒否しています。
そして孤立し、互いに差別し合い階級とか序列に振り回されて競争や対立して、互いにライバルや敵と見なして利害関係や人間不信に陥り、精神は常に緊張し心身共に疲弊を齎します。
大衆は洗脳により、その様な意識・想念による「心の影」の世界を実在だと勘違いし、命を賭けて権力や財産や名声や地位を守ったり、それらを獲得するために他者を踏み付けて傷つけたり害したりして、自らの運命と大切な人生を知らない内に蔑ろにしてしまっていることに気付けないのです。
皆さんが自らの目を始め五感で認識している世界は、現実・実体ではありません。
この社会で現実・事象と見える幻影・幻想が本来は実体なのではなく、幻影・幻想を創りだした(潜在)意識・想念が実在しているだけです。
「皆さんが所有している力の源は皆さんの精神・意識の中に存在している」のです。
この世は仏典にある「唯心所現の世界」や「マトリックスの世界」なのであり、皆さんが認識している世界は皆さんの精神・(潜在)意識に因る、想念の集合・集積・総意の反映である幻影・幻想に過ぎないからです。
皆さんが認識している世界はただ皆さんの精神・意識に因る想念の集合・集積の反映に過ぎないため、皆さんが現象的に認識しているものを変化させるためには、「皆さんの精神・意識を変化させる必要があります」。
皆さんが現れた幻影に驚いて恐れ意識を集中させればさせる程、その総てが皆さんの現実性の中で拡大して行き収拾されず手に負えなくなります。
ここで現れた幻影は過去の精神・意識に因る想念の反映・作用に過ぎず、現れたら消えて行く過程にあると知る必要があります。
実在する様に見えるもの総ては、生成を続ける幻想・幻影(マトリックス・ホログラム)に過ぎず、永遠という時間のスケールの中では瞬間的に生じては消えていく、変化の、幻想・幻影であるのです。
これから皆さんが次元的と霊的な何処の階層領域に属するかにより、世界の動向と情勢など事象の程度には地域や時期に大きな格差と相違が生じて来ます。
皆さんの夫々が上位の階層領域へ向かうグループに属するのか、或いは下位の階層領域の侭で停滞するグループに属するかにより、事象に対する認識と価値観の相違により情景・映像・幻影は、夫々に異なった感覚・実感のリアリティーを伴うことになるでしょう。
皆さんの属している階層領域と霊性の低い他者とでは、双方の階層領域(パラレルワールド)とは、世の中の動向とか潮流とか情勢の様子は、体験している事象とか共有する空間・情報とか、情景・時間の疎通が徐々に靄(もや)が掛かった様に薄れて行きます。
双方に分離しているパラレルワールドに於いて、互いの距離は離れるに従い出来事の見たり聞いたりする認識とか、空間・時間・情報を共有することさえ徐々に失われて行き、出会いとか対話も邂逅も往来もなくなる隔離の世界へと、益々と進展して遠ざかって行くことになります。
双方は月日と時間と共に社会・世界の様々な分野と方面において、五感で認識している現実(事象)の動向・情景・情勢は格差と相違が大きく現れ始めて、少しづつ大きな変化が起こり始めて私たちを取り囲む社会の構成・構造とか環境とか、境遇さえも変化して来るでしょう。
今年4月22日は一つの節目に当たりそれ以降は、互いの空間・時間・情景・情報は霞や霧
が掛かった様にして徐々に薄らいでいき、認識も対話の疎通も邂逅もなくなる乖離する夫々の世界へと遠ざかって行くでしょう。
上位の階層へ向かう領域に属する人々は、光明に共鳴して繋がり必然的に呼び寄せられる様に、次元的・霊的な階層の領域に集まり始めて霊性レベルやテレパシーとか、光のネットワークなどで繋がっていると感じます。
人と自然への配慮と愛の価値が飛躍的に高まり個人の尊厳と自由と平等な、利他主義の世界観と価値観に向かう時期に入っています。
利己的な煩悩から来る貪欲と穢れと驕りとか憎しみや恨み怒り悲しみを始め、虚構な金品や地位・名声・権威に振り回されず、真実の価値や人との愛や繋がり絆なの利他に気づき、過度の依存や執着・未練を潔く精神的に断ち切り人を許すことから始めましょう。
皆さんはネガティブな感情から来る暗黒面の克服をして光明思想に焦点を合わせて、利他の心で未来への希望や期待に溢れて心が踊る様にわくわくしている事が、高揚心から自らを高めて波動も高まり良い方向へと向かいます。
霊性への気付きと神性への覚醒・自覚を促し、過去から続く負のカルマの浄化排毒による、清算に伴う粛清・粛正の受難を受け入れ克服して、真の人間に新生するチャンスを与えられた自分探しの旅でもあるのです。
日頃から事ある毎に真理を学び実践して意識と言動を高尚にして来た修養・精進が、これから訪れる大禊ぎの大艱難な最後の審判が始まれば大変な試練に遭い、その培って来た心遣いと高尚さの成果が試される年となり、人生観と生き方を天に示す事となります。
皆さんが現世で真理を学び実践を通して魂を磨き霊性を高める努力をしていると、やがて心身ともに高揚感が得られて次元上昇が起こり始めます。
今に生きていると何が起こって来たとしても自らの人格と品性と高尚さから、事象を正確に見極めて把握し対処方法を見出し正しい選択の判断を下す事が出来るでしょう。
地上生活は魂が修練する学びの場所であり、全ての事象と人との出会いと関わりは学びの教材であり、魂・霊性の進化向上する機会を与えられた過程ですから、何事にも試練であり無駄はなく何かを学び教訓としているのです。





