PRYCE16写真日記 -37ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

EF65の最終全検が告知され、あともうどんなに頑張っても8年以内に姿を消す事が確定した。「国鉄機がなくなったら鉄道ファンをやめる!」と10ウン年前にはいささかネタ的な意味合いも含めて豪語していたが、いよいよ本当のカウントダウンが始まってしまった。

 

 

首都圏で、EF65がのどかな田園地帯を走るこの界隈。本当ならば超望遠レンズを構える所だったのだが、背後の方からクレームが入った為、急遽A50mmレンズをつけて手持ちで。どちらもイマイチではあるが、8年後以降にはお宝写真に変貌する事は、飛行機写真の世界で既に痛いほど体験している。

 

 

EF64無き鹿島貨物界隈がこれ程賑わっているのは、この「四季島」がやってくる為だった。流石に先程までの場所での撮影は困難な為、新たな場所を探して徘徊していた所、こんなまあまあな場所をみつける事が出来た。汽笛を鳴らしてもらったので、思わず手を振り返した。

 

 

去り行く四季島と、本日の(ココでの)使用機材。PENTAX K-1 DFA150-450mmを200mm付近で。

 

 

すぐ傍の駅で四季島と交換した上り1094列車を、何とP様(ホンダビート)の背景に使用してしまった。

 

 

普通に撮影したものを、カメラ内でリバーサルフィルム調、周辺光量補正オフにした。わざと周辺を下げたのではなく、レンズの性能通りの描写になった。果たしてどちらが良いのか。

 

 

この界隈に林立する飲食店の中の1つが、あわや廃業の危機に直面していた。

 

 

いつもの「あぐり庵」でのかきあげ大盛り。今や最も好きな蕎麦店の1つとなっている。

 

 

せっかくなので空港界隈にも立ち寄る。スカイライナーと飛行機がうまくすれば同時に収められそうなアングルを見つけたものの、実現は極めて困難そうだ。許容誤差はどんなに頑張っても3秒といった所だろう。16L滑走路への着陸頻度を1分半毎とすると、スカイライナーを30回撮影すれば2ショット写真が撮れる計算になるが、流石にそこまで待てない為、現代の科学技術の粋を集めて合成写真を作成した。2枚の時間差は1分程だった為、適当に繋いでもあまり違和感がなく、言われなければ判らない程の出来栄えとはなったものの、流石に気が引けるというか許せない感があったので、珍しく写真内にキャプションを入れた。450mm。

 

 

再び成田線沿線に戻って来た。いつもの場所であるが、周囲には人っ子一人いない。

 

 

ココでの飛行機と鉄道との2ショットも夢だが、タイミング的にも構図的にも難しいだろう。

 

 

17:00、いつもより20分程遅い通過。いつもながら、鹿島貨物は短いという事を忘れてしまい、左右に随分余裕が出来てしまった。200mm付近。

 

 

そしていつも正面姿を撮った所で安心してしまい、油断して後ろ姿と車との2ショットを撮り損じてしまう。

 

 

帰路ではかなりの大雨に見舞われる。危ない所だった。

 

 57.55 14.6

 

6:34、前回7時頃に訪れた所、既に飛行を行っている気球が多数あった為、今回はそれより少し早く訪れた所、各機が丁度立ち上げを行っている所だった。

 

 

6:36、左のマントヒヒのような機体は初見と思われるが、中央はClear Peace。右はB-SQUARE。どちらも昨年の渡良瀬大会に出場していた。

 

 

6:36、目がチカチカしそうなこの派手な機体が最初に離陸していった。

 

 

6:40、続いてはこの機体。木々の後ろには白雪姫の姿が見える。

 

 

6:43、左はMOEBIUS擬き。本物(?大会プログラム)では白いマス目の下に黄色、やまぶき色、橙、赤、紫と続いているのだが、この写真では山吹色と橙が共に黄色で、赤が橙になっている。これらが退色した訳でもなさそうな所が悩ましい所である。

 

 

6:44、機体が飛び立った跡地に、すぐにまた別の機体が膨らみ始める。

 

 

6:50、機体に文字が書いてあると識別が一発で出来る。右の機体のように言葉で表現出来ないカラーリングのものは非常に覚えにくい。「青い縦縞模様で、青でない部分は黄色か、赤と白の市松模様」とでも言えば良いのだろうか。おっ、覚えられた!(→これが「かくしゃく」)

 

 

6:56、「青と白の市松模様」というだけでも覚え易いのだが、更には球皮に機体名が大きく記されているという、誰でも一発で覚えられる山伏。昨年の大会出場機だ。

 

 

6:57、チーム白雪姫の姫りんご…ではなく、チーム姫りんごの白雪姫。いつか間違えそうで怖い(笑)。

 

 

7:04、山伏、離陸。

 

 

7:06、前回「新造機」と呼んでいたこの機体、昨年の佐賀大会に出場しているのを(レジを検索して)発見した。なので前回シェイクダウンだった訳ではなかったのだが、ではこれを以後何と呼ぼうか。

 

 

スカイダイビング用の大型セスナ機。この機体もレジ検索すると、過去の遍歴が見れておもしろい。熱気球の方々と入れ替えに、スカイダイビング用のお店が広げられる。

 

 

7:39、新赤麻橋へ移動。未舗装路を走ればすぐなのだが、遠回り。マントヒヒが低空飛行を続けている。

 

 

「白の縦縞ベースで、白以外部分が紫から緑まで捻りの加わった格子状になっている機体」がすぐ目の前(でもないが)に着陸していた。だが機体をたたむ気配はまるでない。

 

 

地上クルーとのやりとりがあった後、やがて再離陸。

 

 

長玉を構えていた所、パイロットに手を振ってもらった雄姿をクロップ相当位でトリミング。

 

 

こちらも(まだ)美しい機体。超低空飛行で何やら訓練中か。

 

 

すぐ近くに着陸。こちらはここで撤収。

 

 

例の新造機がほんの頭上を横断する。クロップナシ。DFA150-450mmが吠える!?

 

 

先程の青い綺麗な機体と1番違いのレジ。今後見かける事があったら青新、赤新と(勝手に)呼ぶ事にししよう。

 

 

赤新が着陸。だがこちらは再び離陸し、かなり長い間遊水地内を彷徨っていた。青新の方は既にたたまれている。

 

 

朝一番に既に飛行していたお達者にゃん吉3号。長い間地上に滞在していたかと思えば、急に浮上したりと、一般人には理解不能な飛行を繰り返していた。

 

 

今日は15時からP社のオンラインイベントがあった為、早目の帰宅。とはいえ、早起きした事もあり、やや挟んだお昼寝で寝過ごさないかとヒヤヒヤしながらの参加となった。メーカー問わずの「一眼レフ(←ミラーレス一眼ではない)好き」なイベントの目玉企画「シャッター音選手権」は驚愕の結果に。これは悔しいが圧倒的に素晴らしかった。LXはすぐに判った(バネの音が筐体に響き、正直あまり恰好イイ音ではない)が、他にEOS5Dを当てられたのはうれしかった。12番は恰好イイ音だからK-3markⅢだろうと思ったら、あろう事かK-1だった。18番はミラーの音しかしなかった。 大好きだったF2が判らず、しかも順位がビリなのが残念。赤城先生もおっしゃっていたが、次回は巻き上げ音選手権を是非!緊迫した報道現場で、並み居る報道カメラマンを一斉に振り向かせた実績のあるsuperAモードラの圧勝だろう(笑)。

 

 58.25 15.6

 

 

昼の腹ごしらえにとやって来た、いつも通る道沿いにひっそりとたたずんでおり、ある時恐る恐る入った所、大当たりだった店。

 

 

冷やしたぬき蕎麦大盛り。幅広なの独特な形状の蕎麦。申し訳ない程度の量の天玉だが、出来立てなのか、少量でも非常にオイリーで、必要にして十分な量。普通盛りでもかなりの量だというのに、僅か100円増しで2倍盛りのような雰囲気だ。このおいしい蕎麦が、食っても食ってもなくならないという至極のひと時が延々と続く。素晴らしい!

 

 

店の前のたぬき。

 

 

ここの所しばらく、カスタムイメージをスタンダードにして撮影してたのだが、あの毒々しいまでのチューニングカスタムから比べると、まるで「里び」のようにすら見えてしまう。果たしてどちらが良いのか。

 

 

東武日光線の沿線で、スリッドカメラ風の編成写真を作ってみようと、ネタ動画をWG-30Gで撮影。しかしMOVファイルをJPEGにするようなソフトが見当たらなかった。動画や音声の編集が出来なくなってしまったばかりか、今や動画のコマ化すら出来なくなってしまった。

 

 

スリッドカメラによる鉄道の編成写真は、ボクが子供の頃に交通博物館で売られていた。列車の速度とフィルムの給装速度を一致させるのが困難だが、現代のデジ動画とコンピューター処理で(それはAIによる処理とは言わない)、高度にリアルなものが出来そうなのだ(勿論気合と根性があればこの動画からでも出来るが)。鉄道写真の愛好者が多いP社機で、そういったモードを追加してもらえないだろうか。

 

 

14:52、上り臨8072石油返空列車。ピントを合わせ直していないので、ほぼ全面ピンボケ。

 

 

14:56、いつもの下り4091石油列車。後ろ被りはまあ良いとして、全長がEF81よりも短いEF210にもかかわらず、後端部が架線柱にひっかかってしまった。これではあまりにもリスクが高い。やはりこの場所は77mmなら良いが85mmでは駄目という、何もかもが針の穴を通すような撮影地点なのである。

 

 

16:16、レンズを70-200mmズームに交換し、そのほぼワイド端という80mm付近を使用。いつもの鮫運用な4093列車は、この日だけだったのか時間が変わったのか、40分程遅れていた。何しろ本日ダイヤ改正なもので、詳細が判らない。僅か5mm程の焦点距離の違いで、同全長の鮫にこれだけ前後の余裕が出来た。黒くなった顔は後で画像処理で誤魔化そう(笑)。

 

 

16:28、上りのスペーシアきぬがわ6号がゆく。

 

16:32、上り貨物列車がゆく。まもなく本命がやってくる事もあり相変わらずピントは合わせていないが、この辺ならばギリギリ許容範囲内か。

 

 

16:43、お目当てのカシオペア紀行がやっとやって来た。他の写真と同じように、いつもの「里び」を無駄に使用。良い雰囲気なのは相変わらずだが、晴れた日の鉄道写真には流石に不向きなようだ。

 

 

なのでRAWで再現像(というか、里びもカメラ内で現像)。「覆い焼き」を最大限に生かして、前面の黒顔を少し修正。他の同業者の方がココで撮らない理由がよく解ったが、それはともかく、一番残念だったのが、編成のケツが切れてしまった事だ。この場所を知り尽くしているボクとしては痛恨のミスだ。そしてココでは80mmでもかなり苦しい事が新たに解った。やはり77mmでしか撮れない場所なのだ。

 

 

本日の使用機材。限定色の銀色な奴が、かつてない底値だった為ついポチってしまったもの。

 

 

16:54、直後にやって来た下り石油列車。本日からダイヤ改正だった為、貨物の通過情報サイトも当てにならないだろうとほとんど見ていなかった為、こんな場所からになってしまった。今日も色々失敗をしたが、また経験値が少し上がったと思われる(それを次回以降忘れないようにしなくては…笑)。

 

 58.75 15.4

 

 

11:47、早起き…は仕損じたものの、またもや北関東の観光地分岐駅へとやって来た。急行ではなく鈍行列車になってしまった為随分時間がかかったが、途中駅を一駅づつじっくりと駅を見る事が出来た。

 

 

11:58、時間があったので(というか列車がなかったので)東武日光へ。複雑でややこしい構内の一端に、まさか通勤に使用していた地下鉄直通車両が並ぶ(しか並ばなくなる)とは思わなかった。

 

 

少し離れた北側のホームにはSL列車の姿が。大急ぎで写真を数枚撮った後、とんぼ帰り。

 

 

下今市に戻ると、6050系リバイバルカラー車が止まっていた。これは懐かしい。

 

 

だが現実はこんな痛々しい姿。鋼体車の大変な所だ。

 

 

鬼怒川方面の列車まではまだ時間があったので、駅構内のSL展示館へ。展示内容はかなりの充実度で、家族連れからマニアまで存分に楽しめる。

 

 

何処かで見た光景がジオラマ化されていた。

 

 

先程のリバイバルカラー車が鬼怒川温泉方面への列車に充当される。

 

 

念願の6050系。観光列車として乗った事はなかったが(6000系はあった)、これも通勤電車としてつい最近まで時々乗っていた。通勤電車にしては優雅で詰め込み率が悪そうだが、観光列車とするとシートが直立し(それは最近リバティーに乗り慣れているからか)、テーブル位置が異様に高い。

 

 

この懐かしい光景を(東武線内で)見れるのも今日が最後。

 

 

12:50、わずか3駅先の新高徳で下車。

 

 

駅前から怪しく伸びる、かつての矢板線の跡。昭和34年という、遠い歴史の彼方の廃止。

 

 

徒歩数百メートル程の、目星をつけていた場所へ。だが撮影場所探しに難儀する。最初に目を付けた場所は、電車を撮影するには良さそうだが、爆煙を天高くあげるSL列車にはちょっと合わないか?!

 

 

(ケツ打ちだが)、縦位置だと、結局こんな所か。同業者隣接。

 

 

13:31、先程東武日光駅にいた「SLふたら」がやって来た。普通の電車でも低速走行するこの区間。文字通り歩くような速度でやって来た為、見えてからココまで来るのに数分かかるような感じ。なのでMFでもまったく問題なく、何枚も撮る事が出来た。但し、本日は後補機があった為なのか、ココまで無音。この後突然ドラフト音が鳴り出した。という事は、補機ナシ時には更に壮絶な姿が見れるのではないか?

 

 

通過後かなりボーっとしていて、こんなに離れるまで、この(ケツ打ちだが)絶景に気づかなかった。

 

 

新高徳で離合した上り普通列車。多少雪をくわえてはいるものの、別段普通な車両を、別段普通に撮影。こんなつまらない普通の写真が、来週以降はもう撮れなくなる。

 

 

駅前のひと区画。何やら先程ジオラマで見たような光景が広がる。

 

 

駅構内の側線を、FALimited43mmをF2で使用し、しかも「里び」で処理。スマホのマイクロ画像ではなかなか良さが判らないが、パソコン全画面で見ると妙にゾクゾクする。この写真が良いか良くないかは置いておいてもなおゾクゾクする。これがP社のリミテッドレンズとカスタムイメージの「魔法」である。

 

 

同じセッティングにて、撮影場所を文字で説明(笑)。スマホでは撮れない写真なのではないかと思う。

 

 

絞りはちょっと絞ってF2.8にしたものの、それ以外は同じ。まもなく消えゆく6050系(実際には野岩車なので当面は活躍する)にピントが合ってない所が狙いなのだが、結構微妙になってしまった。F2のままの方が良さそうだった。当列車に乗って鬼怒川温泉方面へ。

 

 

13:56、先程のSL列車が到着し、機関車が切り離される。撮影時にもうすうす気づいていたのだが、かなりの雪に。

 

 

14:26、雪は降ったりやんだり。新造車の6050系が下今市へ向かうというので、これに乗る事にした。

 

 

今はたまたま雪が降っていないだけで、一寸先はこのような雪山天気。だが反対ホームに停車していた12系展望車を夢中になって撮影していた所、発車のベルやアナウンスもなく、発車してしまった。

 

 

なので先程訪れてみたものの混雑していた為諦めた、駅前の普通の中華料理店へと再度訪れてみた。

 

 

懲りずに例によっての炒飯餃子。羽根があまりにも巨大で、餃子本体がなかなか見えず。また本体にたどりつくまでにかなりの量の羽根を処理しなければならない。この自慢の巨大羽根は、餃子の個数や鍋の状態によって出来ない事もあるという。

 

 

15:16、再び雪が強くなって来た。こ線橋の上からGR3でぬくぬく撮影。

 

 

15:13、雪国からやって来た、先程とは違う野岩車が、どう見ても国鉄かと思えるDLと並ぶ。

 

 

しかも牽引するのは茶色い客車…。流石に旧客には見えないし、尾灯が光っている所が補機らしいが、それでも素晴らしい光景だ。

 

 

15]32、そこへ颯爽とやって来た、どう見ても北斗星っぽいカラーの凸型DL。こちら側のボンネットは本家DD51よりも長い。なので迫力を通り越してやや違和感もあったりするが(だが本家はDD51の重連だったのでエンジンの数は4倍。客車数も約4倍)、しかしそういった小言を抜きにして、とにかくものすごい光景だ。これが末期の国鉄の地方駅ではなく、21世紀も1/5が過ぎた、大手私鉄での光景である所が、すごいを通り越して凄まじい。まったく写っていないが、SLも普通に走っているのだから、本当に凄い事だ。

 

 

前回同様、会津マウントエクスプレスに乗って下今市へ。東武線内を気動車が走るのもこれで見納め乗り納め。だがものすごい湿気で、前方展望も側面も残念な結果となった。

 

 

SL到着の写真もなく、突如DE10が茶色い客車を引くものを採用。下手をしたらSLよりも先に絶滅しそうな程に急速に数を減らす国鉄車両群。

 

 

特急が到着し、併合までの賑やかな姿をこっそりと。この後に発車する20400系の急行で帰宅。車内は一部の車両で5ドア車が3ドア化されたのと、ドア開閉ボタンが設置された以外は、まったくもって都心を走っていた地下鉄車両そのものなので観光列車感は皆無。まだまだ走れそうな6050系をわざわざ廃車にする程のものでもないような気がするのだが、もう時は待ってくれない。

 

 

帰着後、降雪で微妙に濡れた本日の使用機材をストーブの前で乾かす。本日は防水レンズが皆無だった為、小雪の振る絶景を撮るのにもかなり躊躇し、今回もまた、悪天候時の撮影スタイルに関して考えさせられる事となった。WG-30Gは常時携帯するには問題がある(画質が恐ろしく悪い)為、ほとんど実戦使用はしていないものの、次期機種への代替が視野を過るようにもなった。

 

 58.90 15.7

 

近年度々訪れている渡良瀬遊水地で「ヨシ焼き」が行われるというので、丁度近所を通る用事があったのでついでにフラリと立ち寄ってみた。思った程の爆煙ではない。当地を訪れる途中に2件の火災現場にも遭遇したが、そちらの方がはるかに凄かった。一部白く上がる煙は、住宅火災によるもの。

 

 

近くにやって来た為なのか、調子よく燃え始めて来たのか、かなりの煙となって来た。

 

 

写真の撮り方を工夫すると、それらしい雰囲気になる。

 

 


 

 

 

 

 

白い煙は消火作業によるものか?

 

 

 

 

これらの写真だけを見るとものすごい光景のように見えるが、実際はそうでもない。

 

 

突然だが当地でレンズの描写テスト?!

 

 

谷中村や赤麻橋方面へのいつもの入口も閉鎖されていた。

 

 

車中からコンデジ(GR3)で撮影。普通に撮れば、せいぜいこの程度(?)な感じだ。

 

 

遊水地内を横断出来ないので、ぐるりと回って、熱気球渡良瀬大会の会場外ターゲットが設置された付近へ。風向きの関係か、燃えカスがあちこちに散らばっていた。

 

 

桜つづみ付近。最近K-1に実装されたカスタムイメージ「里び」を使用すると、まるで戦場のようなものものしい色合いとなった。

 

 

 

 

この付近は既に燃えた後。という事はもっと早く訪れれば、目の前でボーボー燃える様子が見れたか?

 

 

 

 

 

 

くすぶっていた箇所が急に燃え出し、爆煙をあげ出す。ただ燃えているだけだと思ってうかうかしていると、撮影機会を逃がしてしまう。

 

 

 

 

目の前でくすぶっていた炎がにわかに活気だつ。しかしすぐ立ち消えてしまった。このようにして微妙な「燃え残り」が各所に発生するらしい。

 

 

特に意味はないが、本日の使用車両。本日の使用機材は、M80-200mmF4.5。小さいのに良く写る。それもその筈、40年前に90000円もしたシロモノだ。大卒初任給で比較すると今の倍弱位なので、現代のスターレンズ程ではないが、70-200mmF4位には相当する。当時の望遠ズームの相場は4~5万位。当時ボクがやっとこさっとこかろうじて購入出来たのは、ギリシャ文字系のレンズメーカーの、河童のような名前のついたもの。定価で35000円のものを「ケースはいらない」と2000円引いてもらい、更には「中坊特価」的に、実質半額程にしてもらった。写真機材というものは今も昔も高価なものだ。

 

 

13:35、道の駅かぞわらたせ。この時間になると、ほぼ終了状態。遠くの方に少しだけ煙が残っていた。

 

 58.35 16.0

 

乗っていた列車がスペーシアに追い抜かれる所を、高速シャッターで狙ってみた。1/640sec。

 

 

そして訪れたのは、最近流行りのリバイバル塗装の原型となった東武のかつての豪華特急DRC車が展示されているこんな所。車両後端がカットされているので、それが目立たないように撮影。

 

 

こちらも1720系の先祖である5700系(の生首)、晩年はそれでも6000系よりは優等な扱いとなっていた。その6000系もリバイバルカラーとして6050系の一部に採用されている。

 

 

昔は時々見かけたED級の電気機関車と、ボンネットバスのボンネット上まで車体を延長したような構造のバス。現在のバスでいう料金機の付近にエンジンを覆う膨らみがある。意外なお宝の山である。

 

 

古い路線図に、先日訪れた葛生付近の線形が残っていた。ボクが訪れたのは上白石から更に左に向かう路線で、東武鉄道ではなかった為に、ココでは記されていない。

 

 

こちらは新高徳から分岐していた矢板線。昭和34年廃止。遠い遠い昔だ。

 

 

これは以前にもとりあげた事があるが、熊谷線が本線系統とあともう少しでつながりそうだった証拠。

 

 

現役時代の最後を見届けた長野電鉄の自社発注特急車両である2000系がこんな所に。

 

 

東武DRC車と共に好きだった西武5000系。DRC車は200系に化け、5000系は一部が10000系に化けた。

 

 

近年当ブログで多く見かけるスペーシア。ぼーっと見ていると本物と見まごう精密さの大型模型。駅ホーム下をほぼ全てが館内となっている為、文字通り奥が深い展示となっており、軽い気持ちで入館すると、思いの他疲労する程の充実ぶりである。

 

 

本日の昼食。駅前に中華店があったので飛び込み、いつもの組み合わせ。

 

 

店の全貌。本当に普通の中華店なのだが、暖簾にボクの好きな二品が記されていたのが決定打に。

 

 

電波塔の最寄り駅で車外に出て、大急ぎで電波塔とステンレス車との2ショットを撮影。この程度の鉄道写真(?)ならば今も昔も撮れるが、一時期はホーム先端部に意地悪な柵が設けられた事もあった。

 

 

浅草で下車し、ごくたまに実行する事がある「放課後徘徊」ルートを日中に逆走する。

 

 

日没後に偶然通った事のある味わい深い集合住宅。短期間で良いので住んでみたい。

 

 

フィルム時代の社外製標準ズームレンズを、テレ端開放と同じF5.6で使用。怪しげな雰囲気が漂う(?)。

 

 

この辺はいつもの放課後ルートに近いものがある…のだろうか。(あまり)酔ってもいないのに、「ココは何処」状態である(笑)。以下しばらく同。

 

 

 

 

 

 

上野駅ガード下のこの…何やら(何?)は、昼でも夜でも非常にフォトジェニックだ。

 

 

以前SG9型の痛車を見かけた場所の向かいにあった銭湯。今も昔も泥酔状態で訪れている為、正確な場所が未だに判らない。

 

 

この廃景(?)も、一体何処なのやら…。

 

 

この錆びた箱は見覚えがある。

 

 

北千住駅にて。まもなく貨物列車が通過するというので、JRホームに移動。地下で繋がっているので助かる。にもかかわらず、かつて通勤で使用していた時にはわざわざ改札を出ていた。その方が(はるかに)近いからだ。



高架化工事がたけなわの竹ノ塚駅でも途中下車。新しいコンコースに既に灯が入っている。

 

 

この光景もあと僅か。工事完了後、この場所は一体どうなるのだろうか。

 

 

本日使用したTokina AF 28-70 1:3.5-4.5。SFXnと組みで1000円だったので、レンズ単体では500円といった所か。推定90年代中半頃の製品。当時既に珍しくなっていたと思われる金属筐体が魅力。カメラと共に大変綺麗だったのだが、ただ前群の中に僅かなカビがあるのが大変残念。本日の撮影では影響を感じなかったが、絞るとどうなるか…

 

 

その後、分解を試みる。レンズ回しがなかったので、小型ニッパーで掴んで強引に回した所、あっさりと回った。しかもカビは前群の最後部にあった為、簡単に掃除する事が出来た。先程ニッパーで掴んだ場所はこのような傷になってしまったが、おかげで以降は、手の爪をかけて簡単に回せるようになった。

 

 XX.X XX.X

 

毎度恒例の、大洗の回っていない回転寿司へとやって来た。やや早目に出た所、10時過ぎに着いてしまった。開店は10:30なので、先に隣接店での買い物を済ませる。

 

 

10:37、

 

10:37、

 

10:47、

 

10:48、サーモンは、養殖又は北欧産な為、少なくともココ大洗とも高級店とも関係がない。おいしいのだがココで食う必要はまったくなく、スーパーやチェーンの回転寿司店で食うべきである。

 

 

10:48、なので(かどうか)、マグロの味比べ3点盛り。大トロ中トロ赤身。流石に大トロはとろけるような味わいだったが、あとの2つはどうもよく解らない。スーパーのものよりはおいしいのだが、それは新鮮だからであって、部位による違いなのかは不明。なのでこの店で普通の部位のものも注文するべきだった。サーモンなんか食っている場合ではない。

 

 

10:56、白身魚の三点盛り。内容は当日の水揚げにより異なるという。説明してもらったのだが、忘れた。

 

 

11:00、終了。皿は7枚だが、3コ載っていたものもあり、高額な皿がない為に二重になっているものもあり、個数計算は難しい…という事もなく、写真も撮ってあるので一発だ。一皿2貫として7皿相当であるが、かつてない程の出費となった。

 

 

こちらも恒例の阿字ヶ浦駅。虎柄の車両が丁度やって来た。

 


古い線路で作られた鳥居。今までは車の中から眺めるだけだったので、これを見たのは初めてだ。

 

 

神社の「御神体」である、廃車となった気動車。荒れるがままにあったものが綺麗になったのは良いのだが、ホームに柵が設置され、近づく事が出来なくなってしまっていた。

 

 

左のキハ222がすっかり綺麗になっていた為やや見劣りしてしまっていたキハ2005も綺麗になっていた。

 

 

以前にも見た事のある骨董店というかガラクタ店というか、単なる骨董収集家の家だかの前を通る。

 


何やら見た事のないアンテナ。昔のVHF帯のTVアンテナの放射器がこのような形をしていた。

 

 

市街地や主要道からやや(かなり)離れた場所にある道の駅にも立ち寄った。

 

 

それからいつものSLの形をした建物が並ぶ界隈へ。SL運行期間だと列車の追っかけの方に専念してしまう為、なかなかゆっくりと訪れる事が出来ない。

 

 

残念ながらキューロクは運行を終え、車庫に入った直後だった。

 

 

旧型客車の特長的な台車の横に並ぶ豪華雛人形。前回訪れた時はハロウィン一色だった。いつも何かしらのイベントが行われていて、飽きる事がない。動く大型SLも見れるし、動く本物のSLとて(運行j期間中なら)見れる。それでいてタダなのだから、地元のちょっとしたレジャーにはもってこいな場所だ。

 

 58.50 16.6

 

渡良瀬遊水地の近くで中華料理店を探した所ヒットした2店のうちのもう一軒。藤岡駅前の大栄軒へとやって来た。駅前ではあるが、駅のこちら側には改札がなく、また住宅地のど真ん中にある事もあり、車ではなかなか訪れにくい。幸いにも一番乗りだった為、敷地内に停めさせてもらえた。

 

 

いつもの炒飯餃子。まるで半炒飯のように見えるのは気のせい。餃子とスープが逆に大きいのだ。話好きな女将(?)との楽しいひと時を過ごす。地元のヒトが来てくれないとボヤいておられた。渡良瀬遊水地観光のお供に是非!

 

 

店の外には野良でも家猫でもなさそうなネコの姿。別に入りたくて待っているという訳でもなく、入口前でゴロゴロしている。

 

 

じわりじわりと近づき、ノーファインダーで。こういう時は可動液晶が欲しくなるが、しかしGRには不要。

 

 

ココまでどうにか近づいたものの、触らせてくれる訳ではなく、数mの間隔を開けられてしまった。50mm。

 

 

ほんの思いつきで、葛生駅の先に廃線跡が多数存在する事を思い出して、フラリとやって来た。

 

 

この先は葛生駅。だが2つに分岐した線路は、どちらもこの先で分断されている。背後が廃線跡方面。左側の広大な敷地は太陽光発電所となっていた。かつては広大なヤードが広がっていた。

 

 

葛生駅を背にした状態。怪しげな細長い敷地が延々と続く。

 


その先には架線柱の立った築堤が続いている。

 

 

こちらはやや右寄りに続く別の路線跡。ココを歩いて良いものか迷い、断念。トンネルへと続いているものの、トンネルはわすか10数メートルでいきどまりとなっているらしい。その先が埋められたのか、熊野平駅の待避線のようなものなのか。詳細はこのネット社会でも不明である。

 

 

住友セメントの工場跡地と思われる場所。入口の門柱のみが残っている。

 

 

その更に先に、どう見ても廃線跡と思われる場所と遭遇。架線柱と、川を超える橋の橋台が残っている。

 

 

道路には、踏切の残骸と、先へと続く細長い空き地。

 

 

謎の敷地を更に辿ってゆくと、砂利道の上には架線柱がまた続いている。とはいえこれは、敷地を送電線の経路として使用されているものであり、鉄道架線用ではなさそうだ。

 

 

何やらA320っポイ絵(脚の長さとエンジンの形状より推定)の描かれた工場。

 

 

廃線跡と送電線はまだまだ続く。

 

 

どうやらココが終点な模様。車輪付きの茶色い「ワム」が見受けられる。(…と思ったのだが、後でしらべてみると、途中の信号所で、路線はまだまだ続いていたようだ)。

 

 

なんだかすごくよく知っている名前の会社があった。ただ知っているのは会社名だけで、何の会社なのかは知らない。

 

 

再び先程のセメント工場の傍に戻り、築堤の上に上がってみた。

 

 

橋台跡から、ココを跨いだ線は4本あったと思われるのだが、架線は3本しかない。

 

 

車を停めた場所。この先にセメント工場の門がある。この付近が上白石駅の跡だ。葛生駅から続いていた東武相沢線と大叶線は1986年に廃止となったが、先程辿った日鉄鉱業羽根鶴専用鉄道は当駅から分岐し、1997年まで運用された為、当駅も同年頃まで存在していた。なので鉄道の痕跡がより多く残ると言いたい所だが、35年前も24年前も今やさほど変わらない。もっともっと早く訪れておきたかった。

 

 

所変わって、とある陸橋脇の側道に停めたP様を450mmで。

 

 

有名な電車解体場の側線に止まる20000系。その多くが20400形となり、6050系を淘汰したが、これはその残党。車体番号は25855。CPが2台搭載されていたものだが、それ故に部品取りになったもの。

 

 

それとユニット(?)を組んでいたのは、何と24804。先程の25***車とユニットを組んでいたものだが、こちらは20000形である。その隣は25854車。1コ上の車両の1番違いの同型車。

 

 

その隣は万の位が消えているが、26803車。やはり1コ上の20000形の1番違い。奥のユニットは車番がまったく読めなかったが、前2ユニットを見ると、2480*と2585*がユニットを組んで留置されている。上信電鉄に譲渡される車両に関しては、その納期との兼ね合いから既に改造の真っ最中と思われ、こんな所にいる筈はない。この奇妙な組み合わせ。よりにもよって全廃する筈だった20000形の中間電動車が残っているという事は、チョッパー車の需要が何処かにあるという事だろうか。だとしても何故CPCP車を2580*にしなかったのだろうか。同じユニットを組んでいた2両の方が都合が良いのではないだろうか。

 

 

東北本線のあの歩道橋のように見える跨線橋。果たして意味があるのだろうか。東北新幹線開業前以前には開かずの踏切で、歩行者にとっては重宝していたのだろうか。

 

 59.05 16.3

 

◎1月12日(水)

一眼レフのパイオニアであり、普及機の雄であった旭光学。それ故にそれまでのスクリューマウントとの決別は遅くなり、バヨネット化を行ったのは昭和51年の事。だがマウント変更と、他者(O社)に遅れた大きなサイズが災いし、僅か1年程の短命に終わったKシリーズ。なので中古市場でも非常に希少である。松竹梅のうちの「竹」であるKX。本物を手にしたのは初めてだ。勿論不動機。安くはないが高くもなかったのでつい購入してしまった。

 

 

新春セールのつかみ取りで、本体以外にこれだけの品をGET。だが他社のレンズキャップは径がことごく合わず、N社の52mm以外は全て役立たず。だがこのPENTAXメーターが目当てだったので十分だ。ケーブルレリーズも新品同様の滑らかな動きだ。

 

 

◎1月25日(火)

1980年代後半に発売されたFSXシリーズの中でも最上位にして最後となるSFXn。我が家のP社機で唯一この時代のもの(及びMFのPシリーズ)が欠落している。ボディーレンズ共にプラスチック化が一気に進み、あの小さくて精巧な金属筐体が魅力だったPENTAXはいづこ?という時期だった。それは勿論他社も同様だったのだが、そんな中、学校の友人(T橋君)から、あこがれの高級機OM-2(黒)と、当時の便利ズームだったタムロンの35-135mmという組み合わせを格安で(新品比。中古ならばそこそこ)譲ってもらって大喜びしていた頃だった。

 

 

よく見たらファインダー周りのアイカップが砕けてはいるし、レンズメーカー製レンズなのではあるが、とにかく綺麗。とはいえ、フィルムカメラも標準ズームも沢山持っているし、無駄遣いだな~と悩んでいたのだが、輪ゴムで丸められていてよく解らなかったこのストラップに目が釘付け、即購入となった。1980年代初頭のMシリーズ全盛時代に発売され、90年代になってやっと購入する事が出来たこの恰好イイストラップが、ボクの所有しているものよりもはるかに綺麗だったというのが決定打となったのだった。

 

 

◎1月27日(木)

高度経済成長期の初めの頃、天体撮影の為(だけ)に父が購入したASAHI PENTAX SVが、僅か500円で転がっていた。あまり綺麗ではない(し、そもそもミラーが上がりっぱなしな為、ファインダーの汚れ具合も確認出来ない)と思い、昨日はスルーした。しかし、これを直そうとか、使おうと思うから悪いのである。バラバラに分解してみるだけで良いのだ。再び組み立てられればなお良いが、もし出来なくても部品は大量に集まるので、SVを修復する際のドナーになる。同型機を何台か集めてバラして組み立てる練習をして、いずれは父の遺品のSVを自分の手で復活させるという野望が芽生えた。僅か500円でココまで夢が膨らむのだから、ジャンク様々である。

 

 

人気機種のMXも、信じられないような値段で籠の中に転がっていたので、ついサルベージ(笑)。

 

 

手前は本日の戦利品のSV。奥は父の遺品(というかボクもかなり使用した)。残念ながらどちらも不動機だ。右上のメーターは先日つかみ取りで入手した外付け露出計だが、同型機が我が家のどこかにある筈。同型異色機が並ぶ姿も楽しいが、同型同色機の並びは更に魅惑度が増す。

 

 

背後は稼働機のMX。手前は今回その27分の1程の破格寝で今回入手したもの。白(銀)のMXもこの倍出せば入手出来るのだから、かなり買いなのだろうが…

 

 

このような値札(?)が貼られて籠に転がっていた。なので「サルベージ」という言葉がふさわしい。これを高いと思うか安いと思うかは本人次第。サイン券やチェキ券だと思えば、恐ろしく精密機器である(?!)。

 

 

◎2月2日(水)

中学生時代のP社純正ストロボ。AF190T。上位機種のAF280Tを、30年位前に中古で買って持っているが、これでまた当時モノのコレクションが増えた(笑)。

 

 

これでいて、LXのTTLダイレクト調光に対応しているのだから大したものだ。また外光オートもあるし、ガイドナンバーを4段階に変化させる事も出来る。そしてこの凝りに凝った計算尺もまた魅惑だ。社外のガイドナンバー20クラスが5000円位で買えた時代に14800円は確かに高価だった。

 

 

一方こちらは一体いつの時代のものだろうか。ただ光るだけのシロモノではあるが、外部電源端子が付いているのが特徴か。超高電圧の積層パックがつく訳ではなく、6Vが外部からかけられるだけのようだ。

 

 

ポン炊き限定のようだが、それでもこの計算尺は何となく魅惑だ。縦軸感度、横軸絞りで、その交点に距離が記されていればそれで充分なのだが。ただ光るだけ、又は外光オートのみの時代のストロボは、どこのカメラメーカーもOEMだったのではないかと思われる。どちらも電池接点が微妙に錆びたり液漏れしたりしている。だが各100円ならばまったく問題ない素晴らしい掘り出しものだった。

 

 

◎2月16日(水)

いつもの中古カメラ店で、またもやとんでもない掘り出しものを見つけた。左はPENTAX S2の後期型…ではなくS2スーパー。それほどめずらしくはないが、お値段何と100円。付属していたホットシューだけでも数百円で取引されそうだ。右は更に珍しくもないMEスーパーの白…ではない。MEスーパーをベースとした、世界初のTTLAF一眼レフであるME Fである。こんな貴重な機種が、大して汚くもないのに500円だとは、一体どういう値段の付け方だろうか…

 

 

証拠の値札。どちらも値段を見た時には目が点になると共に、僅か0.1秒で購入を決意した。

 

 

左より、SV、今回入手のS2、以前にっしんのジャンク店で購入したS2前期型。よく似ている。

 

 

 

巻き戻しクランク部にあるセルフタイマーこそがSVの証だが、巻き上げ部のフィルムカウンターや1/1000secまであるシャッターダイヤルはS2superも同じだ。S2の改良型という触れ込みではあるが、中身はSVのセルフタイマーナシ版なのだろう。フォーカシングスクリーンはS2と同じ、やや廉価版なものとなっている。

 

MEスーパー三兄弟?。残念ながら後ろ2台は「ミラーアップ病」にかかり、現在不動。ME Fの方は、シャッターチャージが抜けてしまっているだけのように思える。が、致命傷を負っていたら夢がなくなるので、しばらくは開けない。

 

 

よく似た上面。巻き戻しダイヤル横に無理矢理詰め込まれたAF用のスイッチが何とも強引だ。印象の悪いマニュアルシャッター速度「ボタン」(それでも手動が使えたのだから素晴らしいではないか)は、輪郭が全体に渡って濃くなっている。

 

 

裏面はよく似ているようでものすごい変わりようだ。黒いフタを開ける(ボタンを押して開ける)と、LR44が4コ転がり出て来た。ワインダー用カプラーのフタがないようにも見えるが、この状態が標準。ゴミや湿気が間違いなく入りそうだ。ワインダーの電極も1カ所なくなっているように見える。

 

 

総勢12台のP社MFカメラ群(LXを除く)。うち稼働するのは2台のみ(MX1号とMV1!)。今年購入したのは5台(SFXNが写っていない)。今年といってもまだ始まったばかりな所が怖い(笑)。

 

 

◎2月28日(月)

マルチモードAE機キャノンA-1の鮮烈なデビューから遅れる事5年の1983年に登場したsuperA。レンズ情報をボディーに伝達する為の凄まじい数の電極。レンズ側マウントの窪みによる導通/絶縁という5ビットの情報により、開放F値と最小F値をボディー側に伝えるという何ともデジタルな、それでいてなんとも原始的な…あ、いや、接点の接触抵抗の影響を最大限に防げる安心確実な方法により実現した。ほぼ同じようなシステムを持っていたN社は一体どうやっていたのだろうか。発売当時には既にカメラへの興味は薄れ、90年代中半にモードラ付きの中古を25kで購入。報道現場(某宗教団体の総本山で発砲事件があった頃)でけたたましい巻き上げ音を奏で、並み居る報道カメラマンを一斉に振り向かせたという輝かしい功績を残したもののまもなく売却。それから四半世紀を経て、僅か1k円で入手。例によって値段の付け方に一貫性がなく、またもやものすごい掘り出しものとなった。勿論不動機だが、MEの系譜なので、動かすのは造作もない事だろう。

 

 

電池を入れたら普通に動いた。電磁レリーズな為に、MEシリーズと違いXやBも電池を入れなければ動作しない為、故障品と認定されたのではないか。よくみると小傷があったり、取り外し式のグリップがなかったりするが、これで1000円なら安いものだ。但し直す楽しみはなくなってしまった。

 

 

 58.45 14.6

 

かつて通勤に利用してた東武20000系が北関東を爆走する。その前面展望は、営団6000系~8000系に比べれば極めて快適だが、いざカメラを向けると、このような構図になってしまう。6050系のリバイバルカラーをかろうじて納める。

 

 

東武日光線をゆく列車の水鏡姿を撮影出来る有名な場所が、昨夜の降雪でうっすらと雪景色に。

 

 

下今市で乗り換えた500系リバティー(左)で鬼怒川温泉駅まで。この区間は特急料金ナシで乗車出来る。普通列車の少ない区間に於いては非常に有難い。しかし座席は満席で、デッキの窓際をなんとか。同じような事を日々の通勤帰路でも行っているので、セレブ感はまったくなかった(笑)。

 

 

駅前の観光案内書で、事前に申し込んでいたフリーパスをいただいた。

 

 

 9:14、会津マウントエクスプレスが到着。会津若松を2時間少し前に発ち、ココまでやって来た。

 

 

9:21、上り普通列車に乗って、下り列車がうまく撮れそうな場所まで戻る。フリー切符なので行き当たりばったりの自由気ままな行動がとれる。

 

 

9:54、沿線に大量の三脚があった場所がよく解らなかったので、行き過ぎてもいいやと思って乗車を続けていた所、本当に行き過ぎてしまってから降りた新高徳にて。駅周辺をちょろっと歩いてはみたものの、遠くから汽笛が聴こえて来たので、やむなく駅撮り。激しい逆光の為、流石にRAWを少しいじった。

 

 

後ろ姿。こうしてみると、国鉄のブルートレインそのものに見える。SLの機関士さんや客室クルーの方を初めとして、乗客の皆さんまでもが手を振ってくれる。何だかこういうアットホームな雰囲気が良かった。

 

 

駅前にあった昭和な風景。マツダキャロルは我が家の近所に動態車がある為、このような廃車体を見てもあまり感動がない。とはいえこれに比べたら我が家の平成生まれ車両群など、若造というかヒヨッコもいい所だ。果たしてどちらが良いのだろう。少なくとも雨晒しは避けた方が良いのではないだろか。

 

 

10:04、元NEXな下り回送列車。都心で見ると「何だよ変な色に塗りやがって!ジャカルタかよ!長野電鉄を見習え位よ!」等と思ってしまうのだが、ココで見ると妙にしっくりきてしまう。一気に好きな車両となってしまった。ケツ打ちとはいえ順光で撮るとまた美しい。何故か「里び」にて(K-1写真は同)。

 

 

10:45、普通列車に乗って鬼怒川温泉駅まで戻って来た。駅前SL転回ショーには間に合わず、やむなく駅前をプチ散策。猫が逃げないギリギリの距離からGR3で撮影。

 

 

10:57、上りSL大樹2号の出発姿をホーム上から見送る。フリーパスの良い所は、該当区間の列車に自由に乗れるだけでなく、ホームに自由に出入り出来る所にもある。この純白の白煙は石炭が燃えたものではなく、蒸気駆動の空気圧縮機の廃蒸気がそのまま大気開放されたものである。給水ポンプを備える大型機の場合、各所で使用された蒸気(走行用の排気に加えて空気圧縮機、給水ポンプのものも使われる)はまとめられた上で給水加熱器へと導かれる為、停車中にこのような白煙がけたたましくあがる事はなく、空気圧縮機の作動音がどんでんどんでんと鳴るばかりである。

 

 

11:05、出発直前のSL大樹が煙突から黒い煙を吐く。風向きの関係でもろに煙を浴びる。普段ならうれしい限りなのだが、流石にちょっと機材が心配になる。なので風向きが少し変わった所しか撮れない。

 

 

11:43、上り列車で後を追う。大桑駅での離合待ちの光景。連結器付近を撮りたかった少年の姿の撮影は許可済。だがそれは下今市で存分に撮れば良いのでは?

 

 

12:55、下今市駅前のスーパで大盛りナポリタンを購入し、ホーム及び下り列車内でたいらげた後、小佐越駅で下車。駅前のかかし?群を横目に、先程まで三脚が林立していた場所まで移動。約1km弱。

 

 

13:17、上りスペーシアきぬ130号で試し撮り(豪華だ!)。既に多くの方々の三脚が林立している中、それをふまえた上での針の穴をつくような構図を探すものの、やはりイイ場所には既に先客の方がおられる。

 

 

13:37、予定よりやや遅れてのSL大樹5号。手前の手すりが残念。ボクがもう少し背が高ければ…。1枚上の変な塗装のスペーシアはと同じ露出だが、直前に陽が陰ったり、黒い車体という事もあり、やはりRAWを少し(かなり)いぢった。今回は練習とはいえ、こんな大逆光の中、一体どう撮れば良いのだろうか…(曇天狙いとか、夕刻狙い?!)。

 

 

14:22、コーヒー牛乳とゆであづきのようなカラーリングのリバイバルカラー6050系に乗って再び鬼怒川温泉駅まで戻って来た。乗ってしまうと当たり前だが別段普通の6050系だ。

 

 

14:35、駅前を43mmで、F2.8という比較的開いた状態で、しかもP社独特の色合いである「里び」で。

 

 

駅前の何気ない光景を、FALimited43mmをF2で使用し、やはり里びにて。

 

 

やはり「転回ショー」には間に合わなかった、駅前に不自然に設置された転車台を、今度はF2で使用。たとえ当ブログ程度のサイズでも、誰が如何見ても、明らかに怪しげな雰囲気となる。P社Limitedレンズが「魔法のレンズ」と呼ばれる所以だ。絞れば普通に抜けの良いレンズとなる。

 

 

14:48、かつて真岡鐡道での復活の様子を見守ったC11 325と、同じ栃木県ながらこんな観光地で、しかも東武鉄道の線路の上で再会しようとは思いもしなかった。真岡鉄道時代に比べると、車掌車ヨ8000に搭載されたATS機器とのデーターやり取り用のジャンパ栓や、東武の列車無線用のアンテナ、運転席にも小型にまとめられてはいるものの、現代の保安システム用の計器類が増設されるといった「魔改造」が施されていた。だがしかし、真岡鐡道復帰時に50系客車のドア開閉用の為の元空気溜め管が前後に設置された時点で既に魔改造の歴史は始まっていたのである。山口線のC57とて古くは集煙装置、近年では窓枠がステンレス化されたりと、この手の改造は今に始まった事ではなく、古えより行われている。

 

 

15:21、出発準備を始めたC11を駅撮り。どうしても逆光になってしまう。こうなるとどんなカメラで撮っても単なる記録写真にしかならない…まあそれでも別にイイかなとも思う。

 

 

15:37、SL列車の少し前に出発する会津マウントエクスプレス。豪華特急列車であるが、見た目は普通。だがおかげでこの素晴らしい前面展望。やる気になれば前面窓の前にへばりつく事も出来る。この前面展望ならば、用もないのに雪の中を会津若松まで無駄に乗車してみても良いような気がする。

 

 

15:57、下今市到着。見た目はごく普通の地方路線を走るディーゼルカーである。

 

 

16:14、後発のSL大樹が到着。こんな事を言っては非国民扱いされるかもしれないが、国旗が結構(かなり)邪魔である。



なので真横から撮影。こうしてみると、国旗も誇らしげに見えるから不思議だ。

 

 

16:25、リバティーが到着。ココで併結作業が行われる。隣には元NEX。いつの間に到着したのか。

 

 

16:31、C11と並ぶ。今や3両のC11を運用する当地においてはこの表現ではどの個体なのかを特定できない。とはいえ、C11 325と記すのもやや長い。どうしても真岡鐡道のC11と呼びたくなってしまう。

 

 

 

転車台に乗った蒸気機関車を「背景」としてボカすという、何とも贅沢な世の中に。

 

 

下今市の駅前スーパーで購入した飲料を手に、帰路に就く。またもや20400系である。やはりボックスシートで味わいたかったような気もする。

 

 

本日の使用機材。PENTAX K-1とFA43mmLimited。ついほんの少し前まで、カメラなんて写れば何でもイイやというスタンスだったのだが、K-1を使うようになってから一転。他社の機材はもうイイやという感じとなっている。我が家の大型防湿庫の半数を占めるC社機材も処分してしまいたい所なのだが、もらいもの(しかも遺品)な事もあり、安易に扱えない所が目下の悩みだ。

 

 58.25 14.9