PRYCE16写真日記 -38ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

近所(でもないけど)の短波送信所。一応は無線通信の専門家であるのだが、ココのアンテナを見ても、何がどうなっている(何処がアンテナで何処が張線な)のかまるで判らない。

 

 

そしてこんな「スイカ電車」が通る界隈へとやって来た。鉄道車両の事をなんでも電車というのには呆れるばかりだが、電化路線の下を走る気動車ならともかく、気動車しかない場所でも電車呼ばわりされるのだから、もう仕方のない事なのだろう。

 

 

やって来たのは益子駅近くにあるこんなお店。グーグルマップで「中華」と入力して見つけた。

 

 

いつものチャーハン餃子。SL追っかけ時の新たな昼食場所が確保出来た。店内には綺麗なSL写真が多数展示されている。

 

 

広い駐車場の向こうには、お兄さんの(車格が)S2000の姿。NSXと共にちょっとしたコンプレックスだ。

 

 

さるお方が通っていた小学校の横をわざわざ通る。

 

 

かつてのP社益子工場に建つガラス会社の看板。

 

 

こちらにはPENTAXの表記が残る。というか、この商標も、実はこの会社が握っている。

 

 

正面入口近くの看板。1970年5月の航空写真には既に工場のほぼ全貌が出来上っていたが、1967年11月にはまだ影も形もない(…と思ったらWikipediaに1968年竣工と記されていた)。

 

 

工場内は数棟の建屋を除いて全て太陽光パネルで埋め尽くされている。先日のさるお方のヘリコプター搭乗動画に写っていた太陽光パネル群はこの旧益子工場のものだった。

 

 

街の写真店の看板の看板が残っていた。MEなので、昭和51~55年頃に設置されたものと思われる。

 

 

益子市街にある、ちょろっとトイレを利用させてもらった施設。

 

 

中には見事な山車が格納されている。20年程前の火災で焼失し、その修復の様子が写真パネルにされており、なかなか興味深かった。

 

ついでなので車を降りて商店街をフラフラ。先程のカメラ店が一応は現存していた。

 

 

だが廃業して久しい模様。8mm映写機や、ベーターのビデオデッキ等、懐かしい機材が展示されていた。

 

 

唯一のP社製品。残念ながら既に我が家にある(FAだが)レンズだ。もしこれ以前のMFレンズだったらば譲ってもらうべく、ドアを叩きたい所だ。ベーターのデッキなんかも本当は譲ってもらいたい。

 

 

茂木駅のすぐ裏手にある石の採掘場のような防空壕のような場所。今までSL列車の背後で何となく気になっていたのだが、せっかくなので訪れてみた。

 

 

何と軍需工場の跡地という。しかもほんの10年前までは放置状態だったというから、近所の子供たちが探検しない筈がない。それにしてもせっかくの遺構を埋め戻してしまうとは、愚かな事だ。

 

 

破れまくりではあるが、一応有刺鉄線より中へは入らない。

 

 

このようなシーンではカスタムイメージ「里び」が映えるか?それとも「銀残し」の方が良かったか?しかしここの所は「里び週間」なので、k-1で撮った写真はどんな状況でもとりあえず里びにしている。

 

 

「茂高生御用達」と言われている精肉店。肉屋の揚げ物はうまい。我が家の最寄駅前の精肉店も同じような状況となっている。残念ながら本日は閉店。

 

 

茂高前の大盛だったかが有名な食堂。ココも訪れてみたいのだが、近くに駐車場がないのが難点だ。という訳で、SL運行のない2月。普段は(SLにばかり目をギラつかせてしまうので)なかなかゆっくり見る事が出来ない益子や茂木の市街を堪能する事が出来た。

 

 56.65 15.8

 

東武日光線のひなびた駅へとやって来た。駅員さんはいたものの、ほどなくして店じまいのようで、車を徐々に移動させて、大胆にも駅前2ショットを狙った。軽い車なので移動は人力で。

 

 

駅前広場の様子。かつては材木の積み出し等を行っていたかのような光景。

 

 

楽しみにしていた松や食堂。だがコロナの影響なのだか何だか、閉まっていた。残念。

 


13:02、再び現地を訪れると、目の前を下りスペーシアが通り過ぎた。スペーシアけごん19号。

 

 

気を取り直して、ココしばらくに通過する上下特急列車をメモにした。こういう事は出発前に家でじっくりやっておけば良いのだが、なにしろ車を走らせてからココへ来る事が決まったので仕方がない。

 

 

13:43、上りスペーシアきぬ130号。当たりなのかハズレなのかよく解らない黄金編成。

 


14:02、スペーシアけごん21号。3両×2という編成にもかかわらず、全車が東武日光へと向かう模様。いつも愛用している通勤特急だが、こういう場所で遭遇すると、観光特急である事を実感する。

 

 

14:05、時刻表にはない6050系リバイバルカラー車。ひどい逆光で、正面が真っ黒なのが残念。

 

 

だが電車なら前も後ろも同じ形状なので、ケツ打ちでもあまり目立たない。貨物列車やSL列車ではとてもこうはいかない。写真をよく見ると「回送」の表示が出ていた。

 

 

14:11、新藤原発下今市行きの上り普通列車。20400系20430形は、元20000系20050形。5扉車だった為、前後の先頭車には中間ドアを埋めた形跡が残る。これが20440形になると、先頭車は3扉の元20000形で、中間車の1両が元5扉車となる。似たような形状ながら様々なバリエーションが存在する点は、国鉄101系に通じる興味深さがある。なお、営団時代は6M2T運転を行っていたものが急に2M2Tになって大丈夫かという心配があるが、三ノ輪~南千住間の39/1000の急勾配を、時に乗客を満載して低速で上らなかったのにくらべたら、25/1000などちょろいものである。

 

 

14:20、上りきりふり284号。東武日光発。スペーシアでなく、この列車への乗車は、果たして外れなのか、意図したものなのか。「ビジネス急行」として、高度経済成長期より活躍した1800系改造のこの車両も、通勤特急の大増産により風前の灯火である。

 

 

14:30、時刻表に乗っていない上りスペーシア。回送か…と思ったがヒトが乗っている。しかもよく見たらコチラに向かってものすごい笑顔で手を振っているヒトがいる(笑)。

 

 

14:33、やはり時刻表にない下りリバティーげごん23号。だがこちらは東武日光行きなので、鬼怒川方面に特化した時刻表では省略されたのだろう。

 

 

14:37、下りきぬがわ5号。日頃「ジャカルタ特急」等と揶揄していたが、当地ではそれほど違和感がないのが不思議だ。この写真のみGR3。やはり相当ケバい(笑)。

 

本日の撮影現場。以上、K-1で撮影したものは全て77mmを「里び」で処理。やはりこの場所は水鏡のシーズンが良さそうである。しかし次のシーズンには、6050系の姿はもうない。

 

 58.95 15.7

 

先週程ではないが比較的早くに起きたにもかかわらず、やりたかった軽作業を行ったりした後の出発に。

 

なので当地に到着したのは12:30頃。貨物列車はしばらくやって来ないので腹ごしらえへと向かう。

 

 

何処で何を食おうか迷い、かなりフラフラした挙句、結局いつもの安くてクーポンが使えて、揚げ玉入れ放題なチェーン店へ。今日は大盛り。あれ程いつも使いきれなかったクーポン券が既に残り僅かに。

 

 

それから元の場所に戻り、150-450mmレンズを設置する。確か300mmでは少し長すぎたと思ったので、280mm位に設定する。

 

 

14:24、臨8685石油列車。臨時といいながら、見れなった事がほとんどない。直前で良い天気になり、激しい逆光なので何処かを犠牲にしなければならなくなった。

 

 

14:50、臨8072上り石油返空列車。上り列車(をGR3のビビットで撮った)ならすごい色になる。

 

 

14:55、EF210による4091下り石油列車。これは臨時ではない。1枚前の写真を見てパンタグラフは切れてしまっても良いのかなと感じ、同じ構図での撮影後にコンティニュアスAFの恩恵で撮れたもう少し引き付けたものを採用。カメラ位置がそのままだった為、僅かにスカートが切れてしまったのが残念。

 

 

通勤電車で練習。

 

 

上り通勤列車をGR3で練習。ちょっと早かった。

 

 

15:32、下り4093コンテナ列車。本日唯一のコンテナ編成。午後はそういう時間帯なのだ。レンズを300mmにしたうえで、やや引き付けて撮る事を前提とした構図に微調整したのだが、やはりスカートがほんの少し欠けてしまった。そして、パンタナシの姿は似合う車両と似合わない車両がある事が判った。すくなくともこの「鮫」は後者である。それ以前にEF66は0番台も含めて真正面顔があまり良くないのであった。

 


後ろ姿をGR3で。やはりすごい色合いだ。K-1の「里び」とは大違い。というか鉄道写真を、それも逆光の難しい状況に於いて里びで撮る必要が果たしてあるだろうかと感じた日だった。

 

 

オマケ。帰宅後の近所散歩の中から数枚セレクト。

 

 

 

 


何となくそれっぽいようなというだけで、特に意図はない。

 

 59.05 15.8

 

9:18とう早朝(とはいえ、熱気球の活動や撮影から比べたら解散時刻)だというのに、「第5ワシクリ」にはこれだけの「密」になっていた。

 

 

9:31、上りスペーシアきぬがわ2号を撮影していたのは、これだけのヒトがいながらおそらくボクだけ。

 

 

9:56、この後来たるべき列車の予行演習を、まさかの下り貨物で「練習」する。全長25mを誇る2連8軸車をこの場所で地上構造物の遮りを一切なく撮影するのは不可能だが、まあまあイイ感じのシャッタータイミングとなった。

 

 

 

10:33、大本命の全長18.6mを誇るEF81牽引の大本命である「カシ紀」。だが、僅かにシャッタータイミングが早かった結果、EF81の後端部が架線柱にひっかかってしまった。せめてシャッターを押しっぱなしにしていれば2枚目がベストポジションになったかもしれないだけに、返す返すも残念な事になった。里び。

 

 

同じ写真を「リバーサル」でカメラ内現像。直前になって急に陽がさしてしまい、逆光となってしまった中でどうしようかと思案し、また直前に再び陽がかげるのではないかと太陽を直視した結果目が眩み、P社が誇る光学ファインダーをもってしてもあまり(かなり)よく見えない状況となってしまい、シャッタータイミングを逃した(という事にしておきたい)。心配していた逆光撮影にもかかわらず、終わってみればまあまあイイ感じ。少なくとも陸橋の東側で構えていた方々は皆顔面真っ黒になっていたのに比べれば「大成功」とも言える状態だっただけに、このタイミングミスが悔やまれる。せめてシャッターボタンを押し続けて連写していれば、完璧なタイミングだったかもしれないだけに、悔やんでも悔やみきれなかった。

 

 

なので撮影後しばらくは、この場所から動けなかった位落胆した(本当は同業者の方が去った後にこの場所に車を移動したのだが)。せめてこの構図で上り貨物と2ショットが撮れればまだ良かったのだが、もうそんな元気もなく、この場を立ち去ろうとした刹那に、上り金太郎列車がやって来たのだった。

 

 

本当にもうかなり落胆し、思考も停止し、そんな中で無駄に動いた中での昼食は、川向うのこんな店舗。

 

 

チェーン店では味わえない味わい。やや遠いがワシクリ界隈でこれらが食いたくなった際は是非ココだ。

 


 

 

 

 

 

まるで西遊記で登場する洞窟内の怪しげな施設のような店内が魅惑。本当はもう1段位うす暗い。

 

 

え、ココやってたの?と誤解される事も多いという地味な店舗。良いのではないだろうか。行列の出来るような店になってもらっては(ボクは)困る。

 

 

その後は目的を失い、無駄に車を走らせる。北舘林にて、かつてはSLを淘汰したDD51の再来として、東武ファンから忌み嫌われる旧20000系の中間車を背後に、8000系2連車を、珍しくFA☆80-200mmで狙う。レンズ単体で1.8kg。当時から重いなとは思ったが、重くてイヤだなとは微塵も思わなかった。現代でも存在する重量級の望遠ズームがイヤなヒトは、匿名掲示板でグダグダ文句を言わずに、軽くてまずまずな性能(とはいえ必要にして十分)なものを使えばいいのにと思う。

 

 

東武日光線の新たな撮影地を求めてさまよったものの、ココもちょっとイマイチ…せめてもう少し上向きがよかった。

 

 

15:38、いつもの4093列車を、いつもと違う場所から狙う。77mm。100mm弱位が適切かなと感じる。

 

 

この日は「空コキ」が多数連ねられており、いつもより長かった。

 

 

東武鉄道の車庫付近で。「コーヒー牛乳」と「助清」の2ショット。

 

 

その近くでかつてから目にしていた、電気車の車輪。都電とか電車の域でなく、かなり重厚なもの。

 

 

直径を測ってみた所、車軸があって正確には測れなかったが、約108cm。そしてこのボックス動輪に類似する姿は、かなりの「大物」である事を予感する。

 

 

刻印を見ると、1969年製。この年代に製造された(国鉄の)電気機関車は以外と少なく、EF62かEF65かしかない。どちらも動輪径は112cm。大歯車数はEF65が69枚、EF62が71枚なので、数えれば結論が出そうだ。

 

 

帰宅後のいつもの近所徘徊にて。1/500sec、F2.8、IS065536(以上)。流石に暗すぎ。

 


1/125sec、F2.8、ISO25600。

 

 59.40 16.2

 

7:02、珍しく早起きして(といってもいつもの通勤時と同じだが)、車を走らせる。渡良瀬遊水地で行われている熱気球の飛行を見物しにやって来たのだが、もう既に飛んでいる。

 

 

スカイフィールドへ向かう途中で最接近する。機体の大小は慣れないとなかなか判らないが、バスケットの大きさを見ると、競技用の最小サイズのものよりも一回り大きく、ニューASHIMOと同じ位なので、機体の方もそれぐらいのサイズなのだろう。この先の道はもろに日の出方向の為、非常に走りにくい。

 

 

7:15、スカイフィールドが見渡せる謎の展望台に到着。先日の大会に出ていた「白雪姫」が丁度立ち上がる所だった。だがその後、機体をたたんでしまう。何かの点検だったのだろうか。

 

 

7:19、先程のやや大振りな機体が目の前をかすめてゆく。背後にはNHKラジオの電波塔が見える。

 


7:19、名物のくまもん熱気球が北西の方角がらやって来た。近くではないがど順光で、そしてこれが大切なのだが、正面顔で撮る事が出来た。顔の向きと飛行の向きには相関がない。

 

 

7:27、富士山を背負うKENT号。当地からの離陸第一号。

 

 

7:34、この手の捩り形状の機体は、メーカーの標準デザインなのか、度々見かける。微妙に配色が異なったりする上に、光の加減でも見え方が異なるので厄介だ。MOEBIUSとかなり酷似しているのだが、一部赤、橙、黄と並ぶべきところが橙、黄、黄と並んでいたり、赤、赤、橙と並んでいる。30分以上じっくり比較して「極めてよく似た別機体」という結論を出したが、果たしてどうだろう。

 

 

7:36、ハッスルバルーンチームの機体。何故判ったかというと、機体の横に小さく書いてあったからだ。

 

 

7:40、新たに立ち上げられたこの機体。いかにも「新造機」のような美しさだ。

 

 

7:45、北西から来た機体その1。

 

7:49、北西から来た機体その2.

 

7:50、先程の新造機。地上数十メートルをふらふらと彷徨う。順光になるとまた更に美しさが増す。

 

 

7:57、北西から来た機体その3。

 

8:01、北西から来た機体その4が富士山をかすめる。450mmをAPC-Sクロップで688mm相当。

 

 

8:05、新造機と富士山との2ショットを撮りたかったのだが、直前に高度を上げてしまった為、300mmまで引かなければならなかった。その後この機体は谷中橋から東谷中橋の先あたりまでフラフラと低空飛行を続けていた。

 

 

10:00、遅い朝食。もう少し待てば普通の店が開き出すのだがやむなし。コンビニ弁当よりはマシだ。

 

 

10:59、それから「第2ワシクリ」へとやって来た。上って来る金太郎をまるで簗のように捕獲出来る算段だ。青森信号所発墨田川貨物ターミナル行きの3056列車。

 

 

11:06、小牟田発新座貨物ターミナル行きの3078列車。一般のヒトには同じ写真に見えるだろうが、機関車の番号が変わっている。

 

 

11:40、青森信号所発新鶴見行きの3086列車。多点測距のコンティニュアスAFを使用した所、起きピンでは挑戦しにくい絵が撮れた。画面左の空間はまったく無意味なので、すれすれまで右に振りたい。

 

 

12:01、上りジャカルタ特急。編成が短いとこのアングルでは苦しい。といって450mmにしてしまうと、ただでさえ目立つ架線柱がさらに酷い事になる。

 

 

12:15、青森信号所発新鶴見行きの94列車。

 

 

12:34、郡山貨物ターミナル発越谷貨物ターミナル行き?の1070列車。この列車だけコンテナではなく、空のタンク車の牽引となる。5両の金太郎を撮ってみて、機関車の位置はやはり普通の1枚目及び4枚目がよく、画面左端はギリギリまで切る(機関車の前面が切れなければ、側面なら切っても良い位)。そしてフロントのパンタグラフは欠けてもいいので、それを踏まえて出来るだけレンズを伸ばすというのが、ココでの撮り方かなと思った(次回撮影時まで忘れなければ良いが…笑)。

 

 

本日の使用機材(PENTAX K-1、DFA150-450mm)、及び撮影環境。

 

 

まだお昼だが、既に本日はやり尽くした感があった為、、逆にこの後の計画がまったく立たない中、無駄に車を走らせる。

 

 

東武5700系も綺麗になったばかりか、大盛況な飲食店。

 

 

水族館に入るには微妙な時間となってしまった為、結局大人しく帰路に就く。

 

 

15:27、下りリバティー会津129号会津田島行き。

 

 

栗橋駅近くにあるタクシー会社の車庫。どう見ても駅舎だなと思ったらやはり(その道の専門家の記事によると)そうだった。少し早目に帰って、恒例の近所散歩を少し早目から、少し長目に行った。

 

 58.65 16.6

 

 

昨日行きそびれた「八州」。どうしても訪れたくなり、今日もワシクリ界隈へとやって来た。

 

 

たぬきそば(冷)。暗い店内なので、少しでも陽が当たる場所を選んだ所、このような悲惨な事に…。サイズ感が判らないが、普通盛りでもやや(かなり)多目。これが大盛りになるとかなり多い。食えなくはないが相当多い。大断面の麺は適度なコシ。揚げ玉は少量でもかなりオイリーで、必要にして十分。

 

 

この牡蠣殻のようなものが散らばる姿は、海なし県でありながら御主人の人脈により海の幸が非情に充実している証。流石にそういった特殊な注文をする程にはまだ通い詰めていない。

 

 

それからまたもや、東武日光線沿線の、上り右コーナーへとやって来た。14:34、スペーシアけごん25号。リバイバルカラーというか、スペーシアの原型色。残念ながら下りでは列車の「顔」しか写らない為、記録写真程度となる。三脚を据え付けた直後のテスト撮影とはいえ、酷い影だ。

 

 

14:40、上りだと通勤電車でも芸術になるかというと、そんな事はない。少し右端が狭いのでカメラをもう少し右に振る。そのような確認には極めて重宝する。20400系20430型。かつては日比谷線内を走っており、ココ近年の通勤の足として多々乗車していた車両だ。

 

 

14:51、上りきりふり284号浅草行き。土休日限定運用。元1800系の特急がやって来た。スペーシアと比較すると「外れ」なのだろうか。それとも乗ってしまえば変わらないのか、それとも昭和を堪能できる「当り」車両なのだろうか。

 

 

15:04、スペーシアきぬ127号。スカイツリー完成記念塗装車?とも言える。水色っぽい方は一足先に姿を消した。

 

 

15:11、上りリバティー会津132号。会津田島発浅草行き。週に何度か乗車する車両が雪国からやって来た。確か新藤原以北は6両では走れないのではなかったか。下今市で8分も停車しているので、ココで増結したのではないか。

 

 

15:15、上り特急の直後の普通列車。何と通過時に汽笛を鳴らしてもらった。子供ではないばかりか、孫と一緒に列車を見送ってもおかしくはない世代になってしまったが、そんなボクでも嬉しいものである。

 

 

15:35、リバティー会津129号。下今市で5分停車する事から、分割が行われるのだろう。

 

 

15:40、時刻表に乗っていない上りスペーシア。その時刻表というのが、通勤リバティー内でもらった「野岩鉄道の旅」という小冊子に付属していたものなので、東武日光発の列車は載っていない模様。

 

 

15:43、やはり同時刻表には載っていない。当地で撮影した20400系は鬼怒川線どころか東武日光発着でもなく、すべて東武宇都宮発着な予感。

 

 

16:05、スペーシアけごん31号。原型色と比較的似ているが、妙な色の取り合わせでもある。東武スカイツリーラインのイメージカラー(か?)。

 

 

16:06、スペーシアきぬがわ6号新宿行き!。新宿駅(や大宮駅やワシクリ)でスペーシアを見かけると本当に心ときめく。本日のスペーシア捕獲は5編成。しかし残り4編成の「DRC」と「金ぴか」といういわばキワモノ車を一度も見れなかったというのは、ある意味強運と言えなくもなくもなくなくない(どっちだ?笑)。

 

 

16:09、やはり時刻表に乗っていなかった上り6連リバティー。下りけごん(東武日光行き)は載っていたのは、下今市で乗り換えて野岩鉄道方面へ向かう為の便宜の為であり、逆に会津方面から下今市で特急に乗り換える意義は(あまり)ない為に非掲載なのだろう。 「東武時刻表」の必要性を感じた。ネットで得られる駅時刻表を分析すれば運行状況は把握出来るのだが、結構(相当)面倒。貨物時刻表同様「御布施」的なスタンスで入手しても良いのではないのではないか。少なくともせっかくお布施をしたにもかかかわらずそのままではほぼ役に立たず、更なる自己分析を強いられる貨物時刻表よりは数倍有意義な感じがする。

 


撮影終了。1時間半で上下12本。実際には下りの通勤電車3本もあるので、10分に1本は列車がやって来る。しかも普通列車と特急列車がほぼ同数。なかなか退屈しない場所である。

 

 

本日の撮影機材。PENTAX K-1、DFA150-450mm。「里び」で現像。黒赤ストラップは40年前に発売され、30年位前に購入した今はすっかりとなったレアなもの。

 

 59.35 15.7

 

 

南栗橋車庫の近くで、デラックスロマンスカー色のスペーシアがやって来たので、車内から慌てて撮影。

 

 

最近お気に入りの蕎麦店「八州」に行こうと思っていたのだが、ギリギリ13:30で閉店後だった。そこへ目の前に突然現れた新築らしい蕎麦店「まきしま庵」があったので駆け込んだ。

 


最近怖い思いをしたので初めての店では普通盛り。だが大喰らいには物足りないパターン。次回は大盛りかつ、天ぷら類(←高級系)にも挑戦してみよう。

 

 

14:04、やはり線路沿いを走っていると、石油返空列車が目の前を通過。やはり車内から撮影。

 

14:23、EF65による石油列車。ケツが切れてしまった。ボケ~っと見ていたが、今や貴重な貨物塗装機。

 

 

14:49、石油返空列車。こちらは郡山からの帰路なので、交直機であっても理解できる。適当に撮ったので、よく見るとものすごいピンボケ。しかし当ブログ程度ならば問題ない?!



14:57、やはり宇都宮貨物ターミナル行きの石油列車なのに、こちらはEF210。この違いは一体何?

 

 

本日使用したM75-150mm。最近行きつけのカメラ店のジャンク棚に転がっていたものを無理して直していただいた。古き良き時代のオールドレンズだが、写りは必要にして十分。恰好良さはプラスチック鏡筒の比ではない?!

 

 

15:26、誰もいない第1ワシクリで、我がまま三昧な構図を狙う。

 

 

15:31、三脚による厳密な構図がとれない(訳でもないが面倒な)ので手持ち撮影。結果、車がギリギリ欠けてしまった。

 

 


しかも置ききピンが当たった位置はこんな所。肝心の(?)P様がものすごく中途半端な位置に。せめてもう少し上向きに構えていれば、迫力ある鮫の姿を記録出来たのだが…。鉄道写真に限らず、際々の構図を狙う際には、やはり三脚は必須だ。

 

 58.90 15.8

 

雨の日の定番コースとなりつつある日光東往還を経由して、宇都宮貨物ターミナルへとやって来た。

 

 

昭和のマンモス機EH10の再来のとして登場当時はもてはやされたものの、結局はEF81とED75(と黒磯駅の地上セクション)を淘汰した、SL時代のDD51や気動車群同様の憎き存在である金太郎を間近で。

 

 

こちらもEF60やEF65の500番台を亡き者にした立役者である。なのにもかからわず、それ程の恨みがないのは、EF58との共存時代をかろうじて垣間見れたからか、それとも容姿が酷似していたからか。本当に今見てもうっとりするような容姿だが、JR貨物色時代には、新製電気標準色機同様にまったく何も感じなかったのだから、本当に不思議なものである。

 

 

上り列車をもしココから撮るとすればこれが精いっぱい。決して良い撮影場所ではない。M80-200mm.。

 

 

所変わって、益子駅の近くにあるおもしろオブジェ。とある方のSNSより拝借。

 

 

それと寸分たがわぬ構図を狙ったのだが、立ち位置はあと半歩左。アングルはもうチョイ右なのだが、前後及び上下の位置関係はまあまあか。カメラの傾きが大きく異なっていたのが残念。50mm。

 


どうせSL列車は来ないので(何故昨日一昨日に来ないか?!)、こんな駅でのんびり。ココもとある方のSNSに登場した場所だ。今日は適当だが、以前かなり詳細に撮影位置を割り出した時は、やはり50m位の焦点距離で撮られているらしい事を感じた。いったいどんな機材を使用しているのだろう。

 

 

話題の枕木。かなり汚れて来ている。あとどの位拝む事が出来るか。以上「里び」にて。

 

 

所変わって、いつもの近所徘徊。特に説明するような内容でもないので、以後無言掲載。

 

 

 

 

 

 

 

 

この水銀灯の猛烈な緑被りは、大昔の操車場の夜景写真でお馴染みだったので抵抗はないのだが、昨年末で製造及び輸出が禁止された為、まもなくこの光景を見る事も出来なくなりそうだ。

 

 58.40 15.3

 

かつて1年間だけ通学に使用していた…といえばどんな学校に通っていたか容易に想像がつくが、そんな営団(当時)大手町へとやって来た。迷路のようと形容される地下鉄の駅構造だが、ココ大手町駅はその中でもひとしおだ。とはいえ、通学経路(千代田線→東西線)さえ把握していれば、他がたとえどんなに複雑であろうとも、別段困る事はなかった。

 

 

その頃にはまだなかった半蔵門線への通路。3フロア分位をぶち抜く長大なエスカレーター。

 

 

その横に、ヒト一人がかろうじて通れるような階段が設置されていた。有事の際(停電等)でも、止まったエスカレーターを歩けば事足りる中、本当に最後の緊急事態に備えての通路なのだろう。このような形態のホームへの昇降路が複数存在していた。更に驚愕なのは、この階段を上る普通の女性がいた事!

 

 

地下鉄線内の一筆書き乗車も考えたが、面倒になったので、えいやっ!と地上へ。妙なオブジェの前。

 

 

 

 

かつての「電気通信科学館」が入居(?)していた電電公社系のビル。当館でコンピューターとシンセサイザーに初めて遭遇し、その後のボクを形成するに至った、大変思い出深い場所だ。

 

 

その頃(1978年)には存在しなかったロータリー。あの頃何があっただろう。少なくとも中央線のはみ出した高架はなく、ポツリとあったカップ麺の自販機で昼食を採った事だけはかろうじて覚えている。

 

 

その頃から存在していた首都高速。だがこの頃は車とは無縁の状況であり、またこのような構図で写真が撮れるような橋も存在していなかった。

 

 

かつては101系、103系、201系がひしめきあい、通勤電車の見本市のようだった中央線も、現在はヨ233系のみに。近々通勤電車初のグリーン車が投入されるのだったか。いつの時代も最先端を行くようだ。

 

 

戦前からの鉄鋼構造物が現存する。

 

 

やはり戦前からの煉瓦構造物も残る。

 

 

「あまちゃん」で主要人物が出入りしていた「無頼寿司」があったとされる今川小路も、何年か前から耐震工事と銘打って全て取り壊された…という事も何度かココでとりあげた。

 

 

誰に誇示しているのか、紙で貼られたこの名称。工事完了後は再建を願いたい。

 

 

上野東京ライン下。当線開通前は、一体どんな光景だったのだろうか。

 

 

ここら辺から先は、通勤帰路に幾度となく訪れている場所。

 

 

 

 

いつもの怪しげな自販機コーナー。

 

 

美しいS30Z。約50年前の車両であり、EF65等と同世代。我が家の古い車両らはまだまだ若造だ。

 

 

 

 

通勤帰路でこの付近を徘徊している時に、ふと更地をみかけると「やりやがったな!」と思ってしまうこの界隈。幸いにもまだ現存していた。

 

 

ココは、綺麗にリノベーションしているし、まだしばらくは安泰か。しかし隣の駐車場は、解体待ちなのかなとも思ってしまう。

 

 

所変わって、クレヨンしんちゃんの街に、いつもよりはまだ幾分陽が高い時刻に訪れる。

 

 

どう見ても…なのだが、室内には明かりが灯っている。

 

 

WELCOME!と歓迎されてみたい。

 

 

高架化により活気立っている北側に残る書店。この近くにあった農具店は解体され、更地になっていた。「やりやがったな!」がまたココにも。

 

 

自宅近くで、通勤用のスーパーカーをGR3で撮影。本当は真っ暗である。

 

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体力もなく、スノータイヤもない状態で、文字通りの寝正月となったその最終日。また例によっていつもの撮影ポイントへとやって来た。だが公園内には入らず、外から中の様子をうかがう。

 

 

14:37、いつものフェデラルエクスプレス。少し前まではフライングタイガーという勇ましい会社名だった。

 

 

MD-11でないばかりか、B7ですらないが、現在でも心ときめく航空会社ではある。表記を見るとフェデックスエクスプレス、又はフェドゥエクスプレスなのか?!なんだか変な書き方だ。

 

 

14:58、長い長いB777-300ERが到着。まあまあのギリギリ構図とする事が出来た。

 

 

同じ機体が接地し、タイヤが白煙を上げる瞬間を狙ってみた。

 


15:01、まあまあの白煙に加えて、背後の2本の新しい管制塔もまあまあの写り込み具合に。



15:07、同上。それにしてもB787がすっかり増えた。塗装されているので判らないが、中身はカーボン製。1984年頃からのF1程一瞬ではないが、アルミ構造機は今後急激に姿を消すのか?

 

 

15:09、以前に比べると白煙はすっかり減ったように感じる。なので秒単位で100m近くづつ離れていく機体の接地を無理に狙うよりも、接地直前の機首上げによるエンジン熱によるゆらゆらの方が面白そうに感じたので、方針を変えてみた。実際にはどちらも撮影しているので、選定を変えたというのが正しい。手前の吹き流しが一見うっとおしいように思えるが、ワンポイントになったのではないかと思っている。

 

 

15:16、吹き流しが機体にかからなくなり、更に良くなった。

 

 

15:19、ワンポイントの吹き流しを手前に入れてみた…訳ではないが、良い感じになった。

 


約1秒後の同型機。機体は小さくなったが、その分全体が写るようになり、背後には管制塔も映り込んだ。果たしてどちらが良いのか。ボクは前者の方が迫力があるように感じる。それにしてもB787比率が高くなった。

 

 

15:25、県警のヘリが頭上数十mを通過し、着陸態勢に。「かとり」「千葉県警察」の文字が、手作り感に満ち溢れているように感じるのは気のせいか?

 

 

15:30、「大物」がやって来た。だがよりにもよってこの時から陽が雲によって微妙に陰り、微妙な色合いになってしまった。いくら色々補正が出来る世の中になったとはいえ、やはり光やその向きは今でも重要だ。それは知っているのだが、ではそれをどう見極めたりするのかを教えてもらいたい。

 

 

やはり今までの美しい西日を満身に受けたかった。それにしてもやはり煙がそれ程ではないのは、電子装置の支援によりよりそぉ~っと着陸できるようになったのか、モーターにより予備回転を与えられるようになったのか…という位に出ない。

 

 

本日の使用車両(右)と、着陸する機体とを一緒に写してみたのだが、GR3のクロップ35mmでは流石に苦しい。そんな中、背後に写ったこのDC-9スタイルのこの機体は一体何?!。すぐにFlightradarを開いたが、該当機ナシだった。レジがわかれば調べるのは容易なのだが、流石のGRでもそこまでは…

 

 

せっかくなので、あの神社(といっても「あまがみ神社」ではない)で、今年一年の決意を報告した。

 

 

ここ数年、新年にお参りしているこの神社も、果たしてあと何年参拝出来るだろうか…

 

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