「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


1/27の日経新聞のスポーツ欄に、

面白い記事がありました。


それが・・・


「ドリームキラー」。



何でも・・・


第三者からの


 「そんなの無理でしょ」 みたいな発言が・・・


アスリートのレベルアップを妨げるという事です。



確かに・・・


日本人って、色々と理由を付けては

勝手に限界を決めちゃうところがあるような・・・



プロ野球では・・・


「30歳超えたら、そろそろ引退」とか・・・



スプリント系では・・・


「黒人選手と体型が違うので、100mで9秒台は日本人には無理」とか・・・



日常生活においても・・・


 「あなたの頭では、東大なんて無理」みたいに・・・


親が

ドリームキラーになってるケースも

まま、ありますよね。



もちろん・・・


実際に達成困難な事に挑戦するわけですから・・・


「言ってる側の方が、本当かも?」なんて・・・


思わせてしまう事が

多いようなのです。


まさに・・・


これこそが、

このドリームキラーの

一番の難点と言われているようです。


ただ・・・


こうした人々の考える限界をぶち壊して、

進化しているのも、

また事実。


ダルビッシュや香川、本田、長友、錦織、石川遼・・・


夢を実らせて欲しいですね!!



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」

最近、白髪が増えました。


最近でもないか・・・


増え続けています。苦笑


白髪というのは

根元から全部白いのですが・・・


あれは

どういう原理で

生まれるのでしょうか・・・


ある瞬間に、

一本の髪の毛が

真っ白になるのでしょうか・・・


よく、一夜にして・・・などと

言われたりもしますが・・・


昨日まで黒かった髪の毛が、

朝になったら白くなっている。


これは

錯覚なのでしょうか。


人間の細胞は、

たった3ヶ月で
そのほとんどが

入れ替わってしまうそうです。


つまり・・・


三ヶ月前の自分と、

今の自分は・・・


肉体的(細胞的?)には

別人という事になります。


別人ではあるけれど・・・そっくりなコピー?・・・


人間は

それを繰り返しているのです。


細胞は

DNAの情報に基づいて、

コピーされますが・・・


何回も、何回も、コピーしているうちに・・・


原版であるDNAが

磨り減っていくそうです。


だから・・・


「そっくり」とはいうものの・・・


少しだけ

オリジナルとは違う・・・

ほんの少しずつ、

ずれたコピーに

なっていくという事になります。


と、いう事は・・・


私は

もう49歳ですから・・・


200回目程のコピー!

ということになります。


200回もコピーしていると、
オリジナルとの「ズレ」は

きっと大きいのです。


今回は

またちょっとズレちゃったなと、
自分を見ていて感じるわけです。


(嘘、解りません。笑)


白髪なんかもそうです。


前はなかったのに、

今回のコピーではある。


あるいは

前にはあったのに、

今回はなくなっている。


きっと・・・


そういうものが


きっと・・・


たくさん

あるのでしょう。


大人になったら、

肉体の成長は止まるが・・・


精神は

成長し続ける、変化し続ける。


なんて・・・


なんとなく

考えていましたが・・・


実は・・・


変化しているのは

肉体の方で・・・


精神だけが

同じなのかもしれません。


(暫し、黙考・・・)



精神なるものが

脳細胞の中の記憶なのだとしたら・・・


脳細胞と共に

その精神も入れ替わっているはずだと。


歳を取って

記憶力が悪くなるのは、
脳細胞のコピーが

劣化しているせいかもしれません。



いや・・・


きっとそうでしょう。



そうなると・・・


俺は・・・


いったい誰なんだ?ということになります。


俺は最早、俺で無く・・・


元の俺では無い・・・


???俺は一体???誰???



こんな事ばかり考えながら、

土曜日の閑散としたオフィスで

机に向かうのです。


「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


トップを走る人のレベルが上がれば・・・


その影響で

全体のレベルが上がる。


ボトムアップを考えるよりも

その方が効果がある。


そんな風に思っています。


しかし・・・


その考えは

基本的には変わりませんが・・・


それだけでは成り立たない!


時代は、

また変化したとも感じます。



それは・・・


組織としての結束や一体感が
とても重要な時代になったからです。


そういう意味では・・・


ボトムアップの施策として

何がしかの手を打っておくのは

必要な事なのでしょう・・・


ただ・・・


全員に

奉仕的感覚を持たせる為に・・・


全員の一体感の為に・・・


などの全体教育については

チョット違和感を覚えますね。


会社と社員・・・


顧客と企業・・・


それらは
常に対等な関係であるべきだと

思っています。


なので・・・


社員に奉仕させるとか・・・


企業に奉仕させるというのは・・・


チョット違和感を感じます。


チーム全員が

積極的に何かに参加する事は

とても大事だと思います。


ただ・・・


それは、

自らの意思、

自らの感情で
行われるべき事だと思います。

では・・・


どうすれば

それが実現するのか???




必要な鍵は

三つあると思います。


まず一つ目は、

チームの存在目的を明確にする事。


利益以外の目的が無い会社では・・・


社員が

モチベーションを保つ事は

出来ない時代だからです。



二つ目は、

その存在目的を皆で共有する事。


目的がある事と・・・


共有されている事・・・は、まったく別です。

共有するべき事を言語化し、
共有するための時間を作らねばなりません。



三つ目は、

採用するべき人材の見極めです。


どんな人材でも、

やる気になるというようなビジョンは存在しません。


人は

一人ひとり違うからです。


で、あるならば・・・


そもそも

チームのビジョンに共感している人を

採用・獲得しなければ、
共有する事など、不可能な筈なのです。


では・・・


今いる社員が

価値観に共感できない場合には

どうするのか???


残念ながら、

辞めていく人は、必ず出てきます。

価値観を明確にするという事は、
合う人と、合わない人を、

明確にするという事でもあるからです。


恨まれる事もあるでしょう。


チームを変えたい!と、

本気で考えているのなら・・・


覚悟を持って、

取り組まねばなりません。

プラウドの各チームも

当然、精一杯もがいています。


頑張れ~

ブログを御覧頂いている皆々様!

喪中につき、新年の御挨拶は控えさせて頂きます。

昨年中は、
多大なる御指導・御支援・御協力により、
一昨年と売上は変わりませんが、
収支は大きく改善し・・・

ボチボチの結果を残す事が出来ました。

これは、
社員各位の業務改善や経費削減の結果と・・・

多くの御客様に信頼を頂いた結果によるものです。


2012年は・・・

・新たな御客様との取引開拓

・新事業の開発

以上2点に注力し・・・

2016年には、
収益構成を維持向上させつつ、
今の売上倍増を達成致します。


社会に求められる会社になろう!!

「株式会社プラウドは、総ての人々の働く喜びと、
 感動と感謝、そして・・・物心ともに豊かな生活を追及します。」

本年も宜しくお願いします。






$「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


大企業と中小企業とでは、

戦い方がまったく違う。


というよりも・・・


違う戦い方をしない限り、

中小企業は生き残れない。


その際たるものが、

広告戦略だろう。

大企業と中小企業とでは・・・


扱っている商品や

サービス自体も違うのだが・・・


問題なのは・・・


どんな商品を

売っているのかではなく・・・


どうやって

売っているのかというところだ。


大企業の販売戦略の柱は、広告だ。


マスメディアやイベントを通じて、

商品を認知して貰い・・・


そのイメージを高めることによって

マーケットを創出する。


これと同じ事を

中小企業がやることは資金的に不可能・・・


仮に資金を集めることが出来たとしても

リスクが高すぎる。


広告によるマーケットの創造は・・・


当たれば、

莫大な利益を生み出すことになる。


が・・・


必ずしも

成功するわけではない。


投資を続けることが出来る大企業なら

問題はないだろうが・・・


中小企業の場合は

一回の失敗が命取りになってしまうだろう。

大企業に比べ、

中小企業の広告投資が

遙かに少ないのは、その為なのだろう。

余程、

資金に余裕が無い限り・・・


中小企業の経営者は

広告にお金をかけようとは思わない。


それは、リスクが高く・・・


中小企業には向かない戦略だと

思い込んでいるからなのだ。


もちろん、

その考えが100%間違っているわけではない。


大企業と同じような広告戦略をやったのでは、
失敗する可能性の方が遙かに高いからだ。

だが・・・


広告戦略そのものを

放棄してしまう事自体は間違っていると思う。


広告戦略は、

中小企業にとってこそ、

欠かす事の出来ないもの・・・


いや、中小企業こそが、

大いに活用するべきものだと思うのだ。


私は・・・


知名度で

圧倒的に劣る中小企業にとって・・・


広告戦略こそが

経営の要だと確信している。


小さな会社は、

小さな会社にしか出来ない広告戦略を
撃たなくてはならないのだ。


大企業の広告戦略と

中小企業の広告戦略。


その最大の違いは

広告を撃つ場所にある。


大企業は

マスメディアを多用する。


それは、

大きなマーケットに対して

認知度を高め・・・


イメージを創り上げるのには

とても効率のいい媒体だからだ。


だが・・・


ターゲットが限定されている中小企業にとって、
マスメディアは

決して効率のいい媒体ではない。


では・・・


中小企業が

広告投資をするべき場所はどこか???


それは、

顧客との接点である。


大企業の最大の弱さは

顧客と「人」で繋がっていない事だ。


企業のイメージ、あるいは・・・


商品のイメージを

広告で創り上げるしかないだろう。


だが、

中小企業は違う。


殆ど、

全ての顧客接点に

自社の社員が絡んでくる。


例えば・・・


店舗での接客や、

営業現場での商品説明。


そこには

社員の存在が欠かせない。


では・・・


その場所で

どのような広告戦略を描けばいいのか?


店舗内広告や、

商品パンフレット、名刺に
メッセージを添えることも可能だろう。


だが、

最大の媒体は「人」なのだ。


自社の社員が

顧客に何を語るのか。

どんなイメージを

植えつけているのか。


それは

自社のブランドに直結するだろう・・・


問題は・・・


必要な引き合いを、

必要な分だけ確保する事。


そして・・・


その引き合いをキッカケに

自社のファンにする事が出来る「人」を確保する事。


大企業の広告戦略と

中小企業の広告戦略・・・


その違いは

とてつもなく大きい。



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


故ジョブズさんには、

怒られてしまいそうだが・・・


私は、

Appleという会社を大企業に分類していない。


もちろん、

私の独断と偏見による勝手な分類だ。


大企業と中小企業との境目は

とてもあいまいで・・・


法的には

従業員数や資本金で決まるのだが・・・


それも、業種によって、かなり幅がある。


そもそも・・・


一般的には、

そんな基準で、

企業を分類することのほうが少ない。


大企業というのは、

誰でも知っているような有名な会社・・・


あるいは・・・


東証一部に

上場している会社というイメージの方が強い。


従業員数や資本金の多寡で

大企業を定義している人など
まず、見当たらないはずだと思うのだ。

つまり・・・


マーケットから見た場合には
「有名な中小企業」は「無名な大企業」よりも、
より大企業らしいということになる。


そして・・・


そういう分類においては・・・


Appleは

正真正銘の大企業である。


 

誰が見ても、

大企業であるはずのAppleを・・・


なぜ?私が大企業らしくないと思っているのか・・・


それは・・・


その経営戦略が・・・


中小企業にとって、

理想的なものだと思っているからだ。


法的な定義や、

一般的なイメージが、

重要でないとは言わない。


しかし・・・


経営者にとって、真に大切なのは・・・


戦略的な意味においての

中小企業の定義だ。


なぜ?世の経営者は、

ミニチュア大企業を作りたがるのだろう・・・


戦略的に見た、大企業の定義は・・・


「大量仕入れ・大量生産・大量販売」


つまり・・・


「規模と資金力を最大限に活かした戦い方」 を、

実践している企業という事になる。


上記のような戦い方においては・・・


大きな会社が合併によって、

更に、

大きな会社を目指すことは、

理に適っている。


では、

戦略的に見た、

中小企業の定義は何か???


中小企業は

スケールメリットや資金力で、

戦う事が出来ない。


故に・・・


中小企業がとるべき戦略は・・・


「ターゲット限定・付加価値創造」型しかない。


安く無い・・・


マーケットも

大きくは無い・・・


だが!


ある特定の人にとっては・・・


「なくてはならない、魅力的な商品」


あるいは、会社である事だ。


Appleは、

十分に大きいではないかと

言われてしまいそうだが・・・


Appleは、

規模を利用した競争力で

勝っている会社ではない、と思うのだ。


特定の人間にとっての付加価値を追究した結果、

意外と大きなマーケットが生まれた・・・


というのが、実態なのではないだろうか。



マーケットが大きくなるかどうかは

予測しようが無いし・・・


これほど

大きなニューマーケットを
意図的に生み出すことは

不可能だと思うのだ。


大きくなるかどうかは、

やってみなくては解らない。


だが・・・


小さなニューマーケットなら

無数にある。

そして・・・


そのような

小さなマーケットの創造こそ・・・


中小企業がやるべき事業なのだと・・・


私は確信している。

小さなマーケットには、

大きな会社は参入しない。

マーケットが十分に大きくなってから・・・


規模と資金の力で

マーケットを奪っていくのが、大企業のやり方だ。


小さなニューマーケットこそが
中小企業にとってのブルーオーシャンなのだ。



規模が小さく・・・


資金力もなく・・・


知名度もないのに・・・


なぜ?


戦略だけは

大企業を真似するのだろう。


マーケットの創造をせず、
既存のマーケットで価格競争を繰り広げる中小企業は・・・


ミニチュア大企業・・・


まるで、おませな七五三を観るような・・・自戒。



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」

日本のサッカーがツマラナイ。


という訳ではないのだが・・・



最近、

欧州のリーグを見ることが多い。


きっかけは、

やはり日本人プレイヤーが

増えた事だろう。


KAZUの頃は、

まだ日本で放映される欧州の試合は少なかったが、
やはり中田英、

そして本田・長友・香川・岡崎・内田等の存在が

大きいのだと思う。


スポーツは

御贔屓のチームが無いと

見ていて面白くない。


そして、

御贔屓のチームというのは
毎日試合を見ているところから生まれる。


かつて・・・


地方に行くと、

誰もが巨人ファンであったように・・・


同じチームの試合ばかりを見ていれば

ファンになる可能性は高い。



メジャーが好きな日本人は、
おそらくバルセロナやレアルのファンが

一番多いのではないだろうか。


プレミアやセリエAの試合も

たくさん放映されているが・・・





最近、

私が欧州サッカーをよく観るようになったのには、
もうひとつの大きな要素がある。


それは

解説者の存在だ。



おそらく・・・


いや間違いなく、そうだ。



欧州の試合に

日本人の解説が付いていなければ・・・


私は、

こんなに欧州の試合を見ないと思う。



試合も面白いが、

何と言っても、

その解説が面白いのだ。


日本で、

かつて一流と言われた選手たちが・・・


プロの目で、

欧州のサッカーを解説する。


それは、本当に面白い。


但し・・・


人によって、という事だが。 苦笑




かつては、同じように

一流の選手であったにもかかわらず、
解説者としての力量に、

なぜ?これほどの差が出るのだろう。


上手い解説か・・・


あるいは、

下手な解説か・・・


それは

実況担当者との掛け合いで決まる。



実況担当者は

実況をする事だけが仕事なのではなく・・・


解説者から

面白い話を引き出すという
重要な役割を担っているのだ。



彼らは、視聴者の代表として、
恐らく、こんな事が聞きたいのだろうなという質問を、
解説者にぶつける。


解説者の力量は、

実況担当者の質問に

どう答えるのかという・・・


その一点で決まる!

といっても過言ではない。


まず、最低限の能力として、
相手の質問の意図が理解出来ているか、どうか。


これが出来ない人は、

次回からは、まず呼んで貰えないだろう。


解説者の仕事は

諦めた方がいいと思う。


次に、

その質問に何と答えるか。


これが

解説者の評価を決定付けている。


プロの解説者に求められているのは・・・


素人が知らない情報や

ものの見方だ。



つまり・・・


素人でも知っているような事しか話さないのでは
意味が無いという事だ。


「シュートは、枠に打たなければ、いけませんね~」などと

プロは言ってはならない。


なぜ、その結果が、

打ち方や、ラストパスや、相手などのプロセスに導かれ、

どのような因果関係があるのか・・・


素人は

そこが聞きたいのだ。



そして、もうひとつ・・・


プロの解説者は
プロにしか解らないような

答え方をしてはならない。


解説者とは、

プロにしか解らない出来事を・・・


素人にも解るように・・・


素人の言葉に翻訳して
伝えるのが仕事なのだ。



素人には見えない、早い動きが見える・・・


素人では解らない、駆け引きが解る・・・


それは

とても素晴らしい事なのだが・・・


大事なのは

解る事ではなく、解るように伝える事だ。

より解り易く、より面白く伝える事。


それが

解説者に求められる能力だ。


なんだか・・・


部下の育成のような・・・苦笑。




ところで・・・

「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


ブルーオーシャンという言葉が流行ったのは...

何年位、前だったろう。

競争が激しい
血の海(レッドオーシャン)から抜け出し・・・

競争の無い
ブルーオーシャンで生きていこう!というメッセージは、
当時、価格競争で疲れ果てていた経営者の心に
鋭く突き刺さった。

そうだ!
新しいマーケットを開拓すればいいんだ。と・・・

瞬間的に
心を躍らせた経営者は沢山いたと思う。

だが・・・

その思いは、
本当に一瞬で終わってしまったようだ。

言うのは簡単だが、
新しいマーケットを生み出すことは
簡単ではない。

何から手をつければいいのか・・・

どのくらいの資金が必要なのか・・・

マーケットが出来上がるまでには
何年くらいかかるのか・・・

そういう事を考えているうちに・・・

これは
無理かもしれないという結論に達するだろう。


既存のマーケットで、戦い続ける労力と・・・

新しいマーケットを生み出す労力・・・

どちらも
決して小さなものではない。


で、あれば・・・

今のままやっていく方が
リスクは少ない、ということになる。


そもそも・・・


新しいマーケットというものは、
どこから生まれてくるのだろうか?


私達、中小企業経営者の中で、
自らマーケットを生み出したと自負している人は
何パーセントくらい、いるのだろう。


おそらく10%・・・

いや、もしかすると
1%にも満たないのかもしれない。


既存のマーケットにおける商売と、
新しいマーケットを生み出す事とは、
まったく意味が異なる。

リスクが高く・・・

莫大な資金も必要である。


そして・・・

経営者にも
別のスキルが求められる。


したがって・・・

自分たちは既存のマーケットで
コツコツと真面目に戦っていくしかない。

そんな風に
考えている経営者が、ほとんどだと思う。

それは、
マーケットの創造=新規事業の立ち上げ、という図式が
頭の中で出来上がっているからだと思うのだ。


そう、本当は・・・

新しいマーケットは
新事業や新商品から、生まれるものではない。


マーケットは
常に顧客の心の中から生まれるものだと、
私は感じている。


マーケットは・・・

顧客一人ひとりの「欲しい」という気持ちから生まれる。

その「欲しい」が
元々持っていたものではなく・・・

「何か」によって
顕在化した感情であるのなら・・・

それは
立派なマーケットの創造といえると思うのだ。


たった一人でも構わない。

なぜならば・・・

「一人」にしか喜ばれない商品やサービスなど
この世の中に存在しないからだ。

たった一人の「欲しい」は、
必ず何人かの「欲しい」に伝播する。


そして・・・マーケットが誕生するのだ。

では、
そのマーケットは大きくなるのか?

それは
やってみなくては解らない。

だが・・・

例え、小さなマーケットで終わったとしても・・・

それは
歓迎すべきことだ。

なぜならば・・・

小さなマーケットを沢山生み出す戦略こそ、
大きな会社が
最もやって欲しくない事だからだ。


大きなマーケットは
いずれ・・・競争のレッドオーシャンになる。

小さなマーケットこそが
ブルーオーシャンであり続けるのだ。


では・・・

一人の「欲しい」は
何によって生み出されるのか?

それは、
売る側の「意思」だろうと思っている。


「こういうサービスを提供したい!」

「こういう人に喜んで欲しい・・・」

そのような意思が
顧客の心を刺激するのだ。


但し・・・

売る側の「意思」は、
意思のままでは、顧客の心には届かない。

心に届ける為には
意思を「言葉」にする事が必要だ。


「心を刺激する言葉」・・・

それこそが
マーケットを生み出す源泉なのだ。



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」

 

人間は・・・


理性ある生きものとして

特異な社会を形成している。


本能と・・・


それを

抑える理性とを持ち合わせ・・・


常に

その狭間で苦悩しながら

自分の居場所を見つけ出して
生きていかなくてはならない。


なぜ?


人間にだけ理性というものが

存在するのか・・・


私には、知る由も無いが、
最早、人は

理性なしには、生きていけない。


そもそも・・・


社会が成り立たないし、

家族も

友人関係も成り立たない。


いや・・・


自我でさえ

成り立たないだろう。


そう考えれば、

人間に理性があるのではなく・・・


理性そのものが

人間なのだと言えるのかも知れない。


理性という言葉は・・・


本能と戦って勝利する、

強い人間をイメージさせるが・・・


人生は

そんなに単純なものではないだろう。


何をやるべきで、

何をやらざるべきかという判断は・・・


法律やルールに

違反しないことが目的ではなく・・・


自分という人間の

存在意義を問う事こそが、
目的であるべきだ。


ルールを破らないという事は・・・


社会を形成する上で
とても重要な事ではあるが・・・


それだけを基準に

生きていく、というのであれば・・・


プログラムされたロボットと

なんら、変わりがないだろう。


そいつは

御免蒙りたい・・・


 

そもそも、本能とは・・・


動物としての

体の欲求であると同時に・・・


人間としての

心の欲求でもある。


だから・・・


抑え込めばいいというものではなく、
上手くコントロールして

付き合っていくことが重要だと思うのだ。


開放してばかりいると、

堕落した人間になってしまうし・・・


押さえ込んでばかりいると、

自我が崩壊して、鬱になってしまうだろう。



抑えなければならない欲求と・・・


従わなければならない欲求。



その両方があるのだということを

先ず、認めるべきなんだろう。


では・・・


抑えるべき欲求とは、何か?


そして・・・


従うべき欲求とは、何だろうか?


たぶん・・・


その境目の大半は、
議論する余地も無いほど

明確だ。


違法な行為はやってはならないし・・・


たとえ

違法ではなくても、

やってはならないことはある。


ルールには

違反していないからという理由で・・・


良からぬことをする人間は

どこにでもいるが・・・


ほぼ、100%近くの人間は

そのような判断を好まない。


人として

間違っているという判断を・・・


人間というのは

意外としないものだと思う。


 

本当に重要なのは・・・


残りの

「ほぼ100%から漏れる、一部の例外について」

判断である。


合法か、違法か・・・


正しいか、正しくないか・・・


そのような基準では

判断しようのない欲求。


その欲求を

抑えるべきか・・・


あるいは、従うべきか・・・


そこで・・・


人生が、

大きく分かれていくのだと思う。



例えば・・・


私は

楽曲や小説を書いてみたいと思っている。


誰にも迷惑をかけない、

従ってもいい欲求には思える。


だが・・・


その欲求の根源には、

またしても、いくつかの欲求がある。


有名になりたい・・・


印税を稼ぎたい・・・


スゴイ人間だと思われたい・・・


というような、

あまり美しくない欲求だ。


あまり褒められたものではないが、

まあ、人間らしい欲求だろう。


そして・・・


そのような欲求を抑えて、
純粋に、何かを表現したい、

という欲求もある。


そこで・・・


私は、考えるのです。



書くか、書かないか、ではなく・・・


何を、書くのかを。



前者の欲求に従うならば、
私は

売れる小説や、ヒットソングを

書かなくてはならない。


後者の欲求に従うのならば、
そんな感情は

抑え込まなければならない。


どちらが

正解というものではない・・・


しかし、間違いなく、

この欲求に対する選択で・・・


私の人生は

違ったものになるだろう。


さてさて・・・


私の欲求って何だろうか?


どんな選択肢があるのだろうか?


齢、五十に近づいてきたけれども・・・


それは

自分でも解らない。


欲求、欲望、夢、大志、希望・・・


ますます

解らなくなってきた・・・苦笑。




「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」

暑さ、寒さも彼岸まで・・・


昔の人は、よく言ったものです。



毎年、この時期になると、

急に秋を実感します。


私は

8月生まれなので・・・


当然ながら、

寒いのが苦手です。


そして・・・


なぜか・・・暑いのも・・・苦手。


ワガママなだけですね。苦笑



寒風が吹きすさぶ中を歩いていると、

耳が痛くなり・・・


・・・顔が痛くなり、おなかが痛くなります。


だんだんと、体が固まってきて・・・


このまま

凍え死んでしまうんじゃないかとさえ

思えてきます。


大げさかもしれませんが、

本当に苦手なのです。


それでも、若い頃、

スキーに行った事はあります。



スキーぐらい出来なければ・・・


・・・という

当時の常識を信じていたからです。


死ぬような思いをしながら、

リフトに乗りました。


しかし、

寒さに耐えられず・・・


1本滑っては

レストハウスで1時間休憩という体たらく。


1日パスポートが

黒字になったことがありませんでした。


・・・イイ時代になりましたよね。



価値観の多様化というヤツです。



スキーやスノボーが出来なくても

彼女が出来るんです。


もう少し、遅く生まれれば良かった???


モチロン!


私は

もう二度とゲレンデには行かないでしょう。


多分・・・


絶対に行きません。



ところで、

素朴な疑問なんですけど・・・


そもそも・・・


女性は

寒さに強いのですか?


それとも

弱いのですか?


会社にいると、

女性は冷え性の人が多く・・・


夏でも

設定温度を高めにする

傾向があるようなのですが・・・


しかし・・・


街に出ると女子高生などは
足を丸出しにして歩いてますよね。


お洒落は

我慢だなんていいますけど・・・


暑さ、寒さが

致命的に苦手な私からすると・・・


あれは

もう命がけのお洒落に見えるのですが。


ホントのところは

どうなんでしょう???


死ぬような寒さを

我慢しているようには見えないんですけど。


ヘッチャラなんですか?



一方で・・・OLさんになると・・・


これでもか、というほど

厚着をして通勤してるじゃないですか。


モンペとは言いませんが、
お洒落を犠牲にして

分厚いストッキングを穿いてます。


あれは

まともな姿です。


お洒落に我慢が必要だとはいっても、
命まで懸けるわけにはいきません。


少なくとも・・・


足を丸出しにしているOLさんは

あまり見かけません。


高校生までは

寒さに強くて・・・


OLさんになると

弱くなる。



それが女ってもんだ。


そういう生き物なんだ。


・・・ってことで

いいんでしょうか?



夏の

日焼け回避ファッションの件も含めて・・・


誰か

教えてください。



女子高生が

命がけで足を出しているのに、
OLさんになったら

いきなり厚着になるという・・・


その図式が

私には理解できないのです。



いや、もしかしたら・・・


こんなことは・・・


聞いては

いけないのかもしれませんね。


男には絶対内緒の

暗黙のルールみたいなのが・・・


女同士には

あるのかもしれませんから。


トイレとかでは

そんな話をしているんですよ・・・きっと。


男には・・・


そんなもんは、

ひとつもありませんけどね。


ほんと、

女ってのは

愛すべき不可思議な生き物です。