この間・・・
秋葉原駅のタクシー乗り場近くで・・・
「努力、努力・・・」と・・・
自分に言い聞かせながら
歩いてくる若者を見かけました。
24~25歳くらいのビジネスマンでしょうか・・・
チョットうつむき加減に・・・
「努力・・努力・・」と、呟きながら歩いてました。
本人は
言葉に出している自覚が
無かったかもしれません。
まあ、
そう硬くならずに生きていきなよ!!
と、心の中で声をかけてしまいました。
皆、自分でも知らないうちに
努力しちゃってますもんね。
まったく・・・
現代人は大変だ。
あ、そう言えば・・・
私も
こんな努力をしています・・・
私の努力は・・・
小難しく言うとですね、
「社会と自分のルールで関わる」という事です。
簡単に言うと、こうです。
ツマランTVを見ない。
テレビ依存症には、ならないぞ!
という努力です。
では、
何をやっているかというと・・・
録画した番組やDVDを
ひたすら見ているのです。
な~んだ、
同じじゃないかという人もいます。
でも、
そんなことを言う人は、
テレビ依存症の
本当の怖さをマッタク解っちゃいないのです。
テレビ依存症の本当の病名は、
社会依存症です。
テレビを消した瞬間に寂しさを感じるのは、
画面が消えて暗くなる、
音が消えて静かになるという
物理的な寂しさではありません。
その瞬間に
社会と遮断されてしまう、
自分だけが置き去りにされてしまうという、
寂しさなのです。
だから・・・
テレビを消せない人は、
暗いのや静かなのが嫌なのではなく・・・
社会と遮断される事が
耐えられないのです。
もし、そうじゃないとしたら・・・
部屋を明るくして、
音楽をかけたって同じはずです。
パソコンも同じです。
インターネットの登場によって
社会とのつながりが生まれました。
もし・・・
社会とつながってなかったら、
ネット中毒にはなりません。
ネット中毒も、
突き詰めていけば
社会とつながっていたい中毒なのです。
そこで私は・・・
観たい番組を録画して・・・
自分のルールに適うコンテンツを
自分の意思で、
自分の思う時間に観る事にした訳です。
ケーブルテレビに加入しているので、
わざわざDVDを買ったり借りたりしなくても
色々な番組を観る事はできます。
また、
ザッピングする楽しさも否定はしません。
しかし・・・
私は
観ると決めた番組に拘ります。
いや、
拘らなければならないのです。
ケーブルテレビや
地デジで放映され、
「流されている」番組と・・・
「録画をして」観る番組では
まったく意味が違います。
途中で止めてトイレに行けるとか・・・笑
そういう違いではありません。
放映されている番組・・・
流されている番組は、
放映している人間の意思というものが
反映されています。
何曜日の・・・何時に・・・
どんな
番組を流すのか。
つまり、
番組を通して、人とつながってしまう・・・
社会と
つながってしまうのです。
しかし、
「録画された」番組は違います。
いつ、どんな番組を観るか。
それは
100%自分の意思なのです。
大げさだと思うかもしれませんが、
やってみれば解ります。
タバコを止めるときに
ニコチンパッドが有効であるように・・・
テレビ依存症を克服するには
DVDや録画された番組が有効なのです。
人は
社会とつながっていたい。
私は
それを否定する気などありません。
但し・・・
社会と
つながりっぱなしという状態は・・・
社会を拒絶しているのと
同じくらい不自然だと
感じるだけです。
社会につながっていることも・・・
社会を遮断することも・・・
どちらも
同じくらい重要である。
社会に
つながっているけど・・・
社会とのつながりに
依存してはいない。
自分の意思で
社会とつながり・・・
自分の意思で
社会を遮断する。
現代人にとって、
自立するというのは・・・
そういう事ではないでしょうか。
だから・・・
私は
今日もまた、
録画したFootballの試合や
ゴッドファーザーのDVDを観るのです。















