月曜の朝は
雪がチラつきましたが・・・

東京では最近、
ずっと天気がイイですね。


晴れ渡る青い空。

寒いけれど、
心がスッキリしますよね。


でも、空を見上げていると、
なんか不思議な気持ちになるのです。



空ってなんだろう?って。



空って・・・何だと思います?


要するに
「地球から見た宇宙」のことですよね。


アニメでは
宇宙と書いて「そら」って読んだりもします。


夜、星空を眺めていると、
宇宙を見ている気になります。


でも、昼間に見上げるのは・・・


ヤッパリ・・・宇宙というよりは、空です。


雲が浮かんでいるからでしょうか?

???今日は雲も見当たらない・・・(^-^)


雲はやっぱり、
宇宙ではなく、
空に浮かんでいますよね。


ということは・・・


途中までが空で・・・

どこかから・・・宇宙になるのでしょうか。


大気圏あたりで、
空が宇宙に変わるのでしょうか。

???

雲を見上げる時と・・・

空を見上げる時。


似ているけれども・・・

見ているところが・・・チョット違います。


空を見上げる時には・・・

雲よりも、
もっと、ずっと遠くを見上げている。


吸い込まれるように青い空。


それは・・・

最早、空ではなく、宇宙なのです。


それが・・・

宇宙であることは、冷静に考えれば解る。


でも・・・

私達は・・・

ヤッパリ・・・

宇宙ではなく、空を見ている。


ずっと、昔からそうだし・・・

これからも、きっと、そうなのです!


海は、
確実に存在するけれども・・・

空は、
曖昧にしか、存在しない。


物理的には、非常に曖昧な存在。


でも・・・

私達にとっては、確実に存在するもの。



愛とか・・・

勇気とか・・・

そんなようなものに・・・

空は、近いのかもしれません。


そこに、
存在するのかどうか、
ということよりも・・・

そこに、
存在すると、
感じることが大事なのです。

ブルース・リーみたく・・・(^-^)笑


世界が、存在するから・・・

私達が生きているのか・・・

あるいは・・・

私達が、
生きているから・・・

世界は、
存在するのか・・・


そんなことを考えているうちに・・・


日が暮れてきちゃいました・・・。

今日は、フットサル行ってきます(^_-)-☆

秋葉原の空は、とても穏やか・・・

昨日、安倍総理の所信表明演説がありました。

自信と誇りを持って・・・

イイですね。

さて・・・

就職できない人が溢れ出し、
日本人の給料が
下がり続けたらどうなるのだろう。

そのときは・・・

日本が新興国になるから問題はないのだと、
先日ある経営者の方が言っておられた。

???

なるほど、
そうなのかもしれない。

???

確かに・・・

様々な分野で後れを取り始めた日本だが、
ものづくりへのこだわりや技術力では
圧倒的に進んでいる分野がいくつもある。

法人税を下げることによる国際競争力の強化は
必要不可欠だろうが・・・

何と言っても、
最大の足枷になっているのは
人件費の高さだ。

法人税率が同じで、人件費も同じならば・・・

日本は
圧倒的に強い生産大国へと甦るだろう。

まあ、もちろん・・・

中国人の年収と
日本人の年収が同じになる日が・・・

そう簡単に訪れるとは思えない。

だが、現実として・・・

日本人の年収は
ここ何年も下がり続けているのに対し・・・

新興国の人々の年収は、上がり続けているのだ。

その先には・・・

いったい、
どういう未来が待っているのだろう???


アメリカに次ぐ、
世界第二位の経済大国というポジションを、
日本は長きに渡って守り続けてきた。


そして、ついに中国に抜かれた。

2025年にはアメリカも、
GDPで中国に抜かれると予想されている。

そもそも・・・

10倍近い人数がいる国に、
総生産量で勝ち続けるということに
無理があるような気がする。

先進国における、
国民一人当たりの生産性は確かに高い。

ハイパフォーマンスを生み出す、
環境と技術がそろっているからだ。

だが、それは、
何も先進国だけの特権ではない。

技術は、
かつてないスピードで国境を越え、
世界に広がっている。

先進国以外の国における、
国民一人当たりの生産性は・・・

この先上がり続けることだろう。

そうなった時・・・

先進国と新興国の境目は
無くなってしまうかもしれない。

いや、今でも・・・

その境目は曖昧なのだ。


先進国も新興国もない世界。


そこに人類が近づいていくのは
とても自然なことのように思える。

どこの国の人間なのかということに関係なく、
仕事ができる人は、
高い報酬を得ることが出来るし・・・

仕事ができない人は、
低い報酬しか手にすることが出来ない。


それが一番、
マトモなのではないかと感じてしまう。


この国を
何とかしなくてはならない。

そういう思いを
たくさんの日本人が抱いているのだと思う。

だが・・・

この国だけを何とかすることなど、
最早、出来ない時代なのではないだろうか?

人類全体が
豊かになることを考える。

その結果・・・

日本人の生活は、
もっと豊かになるかもしれないし・・・

今までのようには、
豊かでなくなるのかもしれない。

だが・・・

それは
避けようのない道なのだと感じる。


地域の代表として選ばれる国会議員は、
本当は、地域の利益よりも
国家の利益を優先させなければならない。

なぜならば、
国会議員であるからだ。

国が滅びて、
どこかの地方だけが、
豊かになることなど、
ありえない。

だが、世界的に見ると・・・

人類全体が、
豊かとはいえない段階で、
私たち日本人は、
圧倒的に豊かな生活を手に入れていたのだ。


これからの時代には・・・

選ばれた国だけが、
豊かになることなどは、
ありえないのだろう。


世界人類が、
区別なく豊かに暮らせる時代が来たならば・・・

その中で、
日本人だけが
貧しい暮らしをすることも、
またありえない。

そして・・・

本当の意味のグローバル化へと、
世界は近づいていくんだろう。


私は昔から、
自他共に認める継続力のある人間です。

継続は力・・・大好きな言葉です。

でも・・・

本当は・・・

嘘です。苦笑・・・(´・ω・`)


中学生のときに入部した囲碁部は、
半年間でクビになりました。

半年の間に三回しか参加しなかったので、
当然と言えるでしょう。

元来、産地直送の純粋B型ですから・・・

やるぞ!と決意してから、
しっかり自分に言い聞かせないと・・・

三日と続いたことがありません。

とにかく・・・

続けられない、飽きる、というのが
私の最大の弱点で・・・

何もかも、続きませんでした。

まあ・・・サッカーぐらいですね。

サッカーのお陰で、
・・・周囲のお陰で、
皆さんからB型だとバレない生活を
おくれるようになりました。

感謝m(__)m

そして・・・そんな私が、
社長になってしまった訳です。


何故か・・・私の周りには
愛すべき大馬鹿野郎が、
沢山集まってきてサポートしてくれました。

感謝m(__)m

私が、
何か始めることを社内で宣言すると・・・

決まって、こう言われました。

「しょうがないなあ・・・どうせやるんでしょ・・・」と。

感謝m(__)m


私は一念発起して、
嫌いなことを最低二つは、
やり続けると決めました。

そのうちの一つが、このブログであり・・・

もう一つが、サッカーなのです。

サッカーは今年で丸43年・・・

ブログは十年近くも続けています。

継続力のない私が、
何故、このような事が出来たのだろうかと、
考えてみました。

理由は三つ考えられます。

1.歳を取った・・・

さすがに大人になって、
自制心が働くようになったのですよ。
歳を取るとは素晴らしい。苦笑


2.ルーティーン・・・

決められた時間に
決められたことをやり続ける。
これは、慣れてしまうととても楽です。
歯磨きや靴下を履くのと同じです。


3.無理しない・・・

サッカー(フットサル)は
週に2回以上は行きません。
ダイエットは、
週二回でないと効果が出ないと言われます。
週に一回だけだと、
筋肉も体力も強くはならない。
いや、緩やかに落ちていくのです。
でもかまいません。
私の目的は、続けることなのですから。

それと、怒られそうですが、
この「・・・」も・・・

毎回文章を考えるのが、
大変だから始めたのです。

無理したら続かないのです。

本当にすみません。m(__)m

で、前置きが長~くなりましたが、
本題は、
これからなのです。


現在の私は
かなりのルーティーン人生を送っています。

朝起きる時間・・・

顔を洗う順番・・・

コーヒーの淹れ方・・・

電車に乗る時間・・・

乗る場所・・・

駅での歩き方・・・

エスカレーターに乗る位置・・・

総て・・・

計ったように
同じ事を
毎日繰り返しています。

で・・・
そんなルーティーンな私が
最近感じることなんですけどね。

ごく稀に・・・

たまーに、年に何回か・・・

このルーティーンに
沿わないスケジュールになることが
あるのです。

いつも13時に行く練習に
14時に行かなくてはならないとか・・・

朝、一本早い電車に乗らなくてはならないとか。


たぶん・・・

皆さんにとっては、
そんなこと日常茶飯事なのでしょうが・・・

私は、本当に、
そのくらいルーティーンな生活をしているのです。

で・・・ルーティーンを守らなかった時に
気づくのです。

自分の居場所を取られていることに・・・(´・ω・`)


毎日、
同じ時間の
同じ電車に乗っていると・・・

自分の居場所というものが出来ます。

柱の横とか・・・

前から三番目のドアの入口とか・・・

暗黙の了解で
お互いに譲り合うことにより、
みんな自分のポジションを
確保しているのです。

それが・・・

他の時間帯には、
他の人のポジションになっている。

当たり前の話なのですが、
とても違和感があるのです。


私の場所に、
他の誰かがいる。

一本早い電車では・・・

私の場所は、駅にも・・・

電車の中にも・・・無い。


電車を降りて、駅の中を歩くときも、
私のコースに他の人が入ってくる。

信号待ちでの私のポジションも・・・無い。


いつもの私のように・・・

駅の柱に寄り添っている人を見ていると・・・

もう一人
自分がいるような気になってきます。

他の時間帯には
自分と重なる人がいる。

他の時間帯に
自分と同じような行動を取っている人間。

それは・・・

まったくの他人ですけれども・・・

何故か
親近感を感じてしまったりするのです。

チョット、変ですかねえ・・・(^^♪

死角。

ある角度からは
どうしても見えない範囲を死角という。

車のバックミラーに写らない範囲とか・・・

狙い撃ち出来ない物陰だとか・・・


そして、もうひとつ・・・

物理的なものではない死角もある。


それは・・・

目の前に確かに存在するのだけれども、
自分の目には見えないもの。


無いと思い込んでいたり・・・

当たり前すぎて、
見えなくなってしまったりするもの・・・


例えば・・・

飛行機が
飛ぶことに対する疑問だとか・・・


携帯電話で
1,000キロ離れた人と話せる便利さだとか・・・

あるいは・・・

可愛い我が子の
バカさ加減など・・・も、見えなくなってしまう典型だろう。

人には
様々な死角が存在する。

その中で・・・

物理的な死角は
万人に共通するものだ。

ある角度から、物理的に見えないものは・・・

人間であるならば
誰にも見ることはできないだろう。

だが・・・

価値観や先入観による死角は・・・

人によって、まったく異なる。

誰かにとっての死角が
他の人からは、クリアな視界であることは・・・

至って普通のことである。

先述のバカ息子も、
自分だけがいい子だと思い込んでいるだけで・・・

周りの人間や、
当の本人でさえも
そのバカさ加減を、熟知しているだろう・・・ということだ。


 
この価値観や先入観による死角は・・・

親のひいき目だけでなく、
色々な場面で登場する。

おそらく・・・

このような精神的死角のない人間というのは
きっと、存在しないだろう。

物理的な視界に、必ず死角が存在するように・・・

精神的な視界にも、例外なく死角は存在する。

精神がある、ということは・・・

そこには
何がしかの価値観が存在するとうことだ。


生きていれば、何らかの経験をする。


経験が
価値観を作り上げる。


そして・・・価値観には、必ず先入観という影が伴う。


先入観というのは、他人から見た言い方であって・・・

本人にとっては、正常な価値観なのだ。


価値観と先入観に、明確な境目などない。

どんな人間にも、精神的な死角は存在する。

そう自分に言い聞かせながら、
仕事や生活に取り組んでいれば・・・

問題は
最小限に抑えられる。

だが・・・実際にそうすることは、
とても難しい。


どう見ても・・・自分にはリンゴに見えるもの。

それを
ミカンだと言われても、
「まあ、そういう見方もあるよね・・・」

とは・・・なかなか、いかないものなのだ。

だからせめて・・・

自分の精神的な死角が
どのような傾向を持っているのか、ぐらいは・・・

自覚しておいた方が良いと思うのだ。


私の経験から言って、
精神的死角には明らかに傾向がある。


物理に反することを
絶対に信じないという傾向や・・・

神や幽霊は存在すると、
100%信じている傾向などだ。

 
世の中には、
騙されやすい人と・・・
騙され難い人がいる。

そんな風に、
思い込んではいないだろうか。

振り込め詐欺などに、
自分ならば、
絶対に引っかからない自信があると・・・

だが、そういう人に限って、
まったく違う種類の詐欺には
簡単に引っかかってしまったりする。

人間は、
みんな何かの分野においては
騙され易い・・・

つまり、
そこに死角があるということだ。

例えば・・・

常識というのは、大多数の人たちが
「それは真実だ」という・・・

共通認識を持っているものだが、
私は、
その常識というものの死角には強いと思う。

元々ひねくれた性格で、
あらゆるものに対して疑り深いからだ。

だが・・・

その一方で、
私は人に対して、非常に弱い。

社長、講師、監督、コーチ、などなど、
名乗っているにもかかわらずだ。

私には
明らかに人を見る目に、
死角がある。

一旦、
その人物のことを受け入れてしまったら・・・

どんなに突拍子のない話でも
信じてしまうという傾向がある。

「石山さん以外の人は、
 ずっと前から解ってましたよ・・・」

などと、よく言われる。

騙されたというよりは・・・

見えていなかったと、
言ったほうが正しいのだろう。


何かを強烈に信じ込むと、
他の何かが見えなくなる。

人間には
そういう傾向があるのだろう。

だからと言って、
何事も信じないという生き方は
絶対できない。


信じる力と・・・
疑う力は・・・表裏一体であり・・・

その両方が・・・

生きていく為には、必要不可欠なのだ。
『知恵ある者は知恵を出せ。
   知恵無き者は汗を出せ。
     両方無き者は黙って去れ!』


これは、昔お世話になった会社の研修で
叫ばされた言葉だ・・・苦笑

土光 敏夫さんの有名な言葉だが、
当時は・・・そうなんだ~・・・なんて思ってました。


松下幸之助さんは、この言葉を見たときに・・・

「まず汗を出してから、知恵を出さなあかん」

と、順番の違いを指摘したそうだ。

知恵を出すか・・・

汗を出すか・・・

あるいは、
汗を出してから、知恵を出すべきなのか・・・


私個人の意見としては、
バランスが大事なのだと思っている。

知恵と汗・・・

どちらかが100で、
どちらかが0というのはあり得ない。

それでは、
仕事として成り立たないからだ。

では・・・

どちらも
100というのはどうだろう。

それは理想かもしれないが、
そこを目指したとしても到達する人は稀・・・

というか、
一人もいないかもしれない。

最終的には
「知恵寄りの汗」パターンの人と
「汗寄りの知恵」パターンの人に
分かれるのだと思う。

成功する人間は
大概、このどちらかに属しているように見える。

エジソンは
「発明には1%才能と99%の努力が必要だ」
という有名な言葉を残したが・・・

この言葉が曲解されていると、
エジソン自身が語っている。

この言葉を聴いた人のほとんどは、
エジソンといえども
才能ではなく、
努力で事を成し遂げたのだと受け取ってしまう。

だが・・・

エジソン本人の談を借りれば・・・

「私はそんなことは言っていない。
 1%の才能も無い人は、努力しても無駄だ」ということらしい。

元も子もない話だが、
当たり前といえば当たり前。

私が如何に努力したところで、
アイドルやアスリートにはなれない。

適正と努力、
その両方が成功するためには必要なのだ。


空を飛ぶということに成功したライト兄弟にも、
もちろん
才能と努力が兼ね備わっていたのだろう。

飛びたいという情熱がエネルギーとなって、
99%の努力を生み出したことは言うまでもないが・・・

そこに
飛ぶための技術が加わってこそ、
初めて飛行が可能となる。

それまでにも、
数多くの人々が、
空を飛ぼうと羽ばたいたはずだ。

鳥のように羽をつけて
崖から飛び降りた人もいただろう。

そして
命を落としてしまったかもしれない。

どんなに恋焦がれようとも、
1%の才能なくして物事は成就しない。

エジソンが言うくらいなのだから
そうなのだろう。

だが、一方で
こんな疑問が湧いてくる。

鳥には
どのような才能があったのかと・・・

鳥の先祖は
恐竜だと言われている。

元々は・・・

地上を走り回っていた、
トカゲみたいな生き物だ。

そのトカゲが
どのような才能をもって
空飛ぶことを可能にしたのか。

走るのが、速かったのか。

あるいは、
突然変異で羽が生えてきたのか。


すべての突然変異は
必然変異なのだと
私は理解している。

高い木の上の
木の実を食べたいという欲求が
キリンの首を長くしたのだ。

なんの根拠もなく、
突然変異は起こらない。

だとしたら・・・

飛びたいという欲求が
トカゲを鳥に変えたのではないのか???

人間と同じように、
崖から何度も飛び降りて。

何度何度も
手をばたばたと羽ばたかせて。

羽ばたいているだけでは、
飛べるようにはならない。

そこに、
飛行するための技術が
無ければならない。

それが
人間の成功法則だ。

だが・・・鳥は、その法則を超えた。

何度も、何度も、崖から落ち続ける。

それを、
何世代にもわたって繰り返しているうちに、
手が翼へと変化していったのだ。


人間に才能が必要なのは、
生物としての進化を、放棄したからかもしれない。

何度も・・・

何度も・・・

世代を超えて羽ばたき続ければ・・・

人間の手にも
羽が生えたかもしれない。


だが・・・

それをやるには、
人間は頭が良すぎたのだろう。

もっと、頭が悪ければ・・・

私達は、
もっと自由に空を飛んでいたのかもしれない・・・


昨年2012年10月1日に、
ISOの新しいマネジメント規格ISO 39001
(道路交通安全マネジメント、要求事項及び利用の手引き)が発行されました。

道路交通安全(Road Traffic Safety)を略してRTSとも表記されています。
環境や品質のマネジメント規格が普及し、
労働安全衛生マネジメントシステム
(OHSAS18002:2000年発行、OHSAS18001:2007年改訂)も加わり(注参照)、
マネジメント規格の内容はよく知られるようになっており、
39001では、名正運輸が世界初の認証取得を取得したと報じられています。

国内における運輸安全マネジメントは、
鉄道、道路などの運送事業者向けですが、
ISO 39001は、道路交通事故の削減を目標とした規格であり、
対象組織として、重大な道路交通事故の直接の加害者だけでなく、
交通事故の削減に係わる全ての関係者が対象になっており、
営業用車両だけでなく
自家用車両をはじめ、自動車メーカー、道路管理者や設計・施工業者、
荷主企業も含まれている点に特徴があります。

この対象組織の幅広さは、
既存の交通事故対策が、速度規制、ヘルメット着用、シートベルト着用、
アルコール・薬物対策、交通安全施設などの基盤整備、自動車の安全対策など、
多岐にわたっていることを反映しています。

ISO 39001審議のISO/TC241の議長国はスウェーデン、
日本の規格審議団体は、独立行政法人 自動車事故対策機構です。

TC241のメンバーは、40ヶ国と
世界銀行、WHO(世界保健機構)等14の国際機関を含んでいます。

また、マネジメント規格の開発にあたっては
ISO/IEC業務用指針
『Directives, part 1, annex SL, chapter 8 – Guidance on the development process
and structure of an MSS(management system standard)』を用いた、
共通の定義・手法が適用されています。

同指針には、PDCA(Plan Do Check Action)サイクルの10項目が含まれています。

特に計測可能な交通事故要因となるパフォーマンス要因を定め、
その改善を評価する内容は、実務的な改善の促進に大きく貢献すると思われます。

国内の運輸安全マネジメントも含めて、
安全対策に対する関係者の一層の取り組みを期待したいものです。

資料:ISO規格は日本規格協会の下記サイトから購入できます。
   http://www.webstore.jsa.or.jp/webstore/top/index.jsp

注:OHSASは、Occupational Health and Safety Assessment Seriesの略で、
  英国規格協会等を含む国際コンソーシアム規格です。
  他方、和訳は同じ名称となっていますが、
  ILO(国際労働機関)の OSHMS(Occupational Safety and Health ManagementSystem)
  があります。
  国内ではILOのガイドラインに準拠した厚生労働省の
  「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針(OSHMS指針)」
  (平成11年労働省告示第53号。平成18年改正)があります。
  詳しくは、中央労働災害防止協会の下記サイトをご覧下さい。
   http://www.jisha.or.jp/oshms/about01.html
今年は寒いですね・・・

娘と息子がサッカーをやりたいと言った。

サッカーをやりたい。

どこかでやりたいと・・・


何しろ私はFootballJunky。


メチャメチャ嬉しい。

が、しかし・・・

だからこそ・・・強制したくない。

普通なら、自分の親でなければ、
私に相談することなど絶対に考えられない。

何しろ私はFootballJunky。苦笑

だが相談された以上、私も考えなくてはならない。

サッカーをやっていくために
どこが良いのか、ということを。

Footballの才能や技術に関しては
ずーっと喋り続けられる。

だが・・・

良い選手に共通するものは
知力、体力、センス。

果たして・・・

客観的に「親」でいられるだろうか。

サッカーをやりたいという相談は初めてだが・・・

本を書きたい、会社をつくりたいという相談ならば、
今までにも、たくさん受けたことがある。

そして、
そこにはひとつの共通項があると思うのだ。

いいサッカー、いい音楽、いい本、いい会社、
そこに共通するのは「メッセージ」だ。

そのFootballや、
音楽や本、会社に触れたときに感じる
強烈なメッセージがあるか否か。

それが・・・全ての始まりなのだと思う。

フォーメーションやFootballの技術は
そのメッセージを伝えるための
手段に過ぎない。

文章の上手さや
経営のスキルも同じだ。

Football、音楽、本、会社。

それらは
単なる媒体でしかない。

そこには
発信したいメッセージがあるのか!?!

つまり・・・

それを創った人間が、
社会に対して投げかけたいメッセージを
持っているのか、
どうかが重要なのだ。


メッセージとは
自分の中に秘めた思い。

その思いが
どんどん大きくなっていくと、
発信せずにはいられなくなる。

そのとき、
目の前にあるものが
音楽ならば音楽を通じて・・・

あるいは
Footballというゲームを通じて・・・

本や会社という媒体を通じて・・・

社会に
自分の思いをぶちまける。

ぶちまけられた思いが
共感を生むものならば、
それはいいチーム、いい音楽、いい本、いい会社として
多くの人々から支持されるだろう。

だが、往々にして・・・

最初から共感を呼ぶことを
目的に作られたメッセージには力がない。

メッセージは
心の叫びでなくてはならないのだ。

チケット、音楽や本を売るための手段として
メッセージを利用したとしても、
受け手の側にはバレてしまう。

偽物のメッセージは
あざとく、鼻につき、白々しい。

本物のメッセージが
共感を呼ぶのは・・・

受け手の側も
少なからず心の叫びを抱えているからだ。


心の叫びは、心の叫びと共鳴する。


それは、音叉のように。


片方の心の振動が
もう片方の心の振動へと共鳴するのだ。

結局・・・

社会へのメッセージとは
人間、一人ひとりへのメッセージでしかない。

社会を意識したメッセージは
誰の心にも響かない。

反対に・・・

たった一人に向けて紡がれたメッセージが
多くの人々の共感を生む。

世界的ベストセラーになった「星の王子様」は、
ナチスの虐待に苦しむ、
たった一人の友人を励ますために
書かれたメッセージなのだ。


心の叫びは
目の前の小さな疑問から生まれる。

当たり前のように進行している日常。

繰り返される毎日。

その常識に
「なぜ?」という疑問が湧く。

どう考えても納得がいかない。

理不尽である。

だが・・・

そう感じているのは
自分だけなのか。

いや、違う。

本当はみんな感じているはずだ。

可怪しい・・・と。

だが・・・

みんな黙って、やり過ごしている。

面倒だし、
何の得にもならないから。

言われたとおり、
決められたとおりに生きた方が楽だから。

だが、自分には
そんな生き方はできない。

お前は間違っていると、
どんなに周りの人から言われようとも
納得できない。

自分の生き方は
自分自身で決めるべきなのだ。

その結論に達したとき、
人は発信せずにはいられなくなる。

だったら発信すればいい。

サッカーでも、音楽でも・・・

文章でも、事業でも、・・・


自分が、もっとも得意とする方法で
発信すればいいのだ。

ただし・・・

それは、
共感を生むことや
ヒット曲・ベストセラーをつくることが
目的ではない。

自分自身の・・・

心を解き放つことが
本当の目的なのだ。

・・・今日は固め打ち。笑

フェルマーの最終定理やら・・・

ダ・ヴィンチ・コードやら・・・

読んだ時に解ったんですが・・・

ニュートン・・・

そう・・・

万有引力というのは、凄いですよね。


離れていこうとする地球を
太陽が引きとめている。

太陽という存在がなければ・・・

地球は
宇宙をさまよい続けるしかない訳です。

そして
地球の重力も凄い。

地球は
大気を引きつけ・・・

人間や・・・車など・・・

地上にある全てのものを
地面にへばりつかせている。


私たちは
地球の中心方向に、
常に引っ張られて
生きている訳です。


ジャンプすると・・・

飛び跳ねているように感じますが・・・

実際は・・・

「地球の中心から離れようとして、また引き戻された。」

という状態な訳です。


高いビルから飛び降りたら
死んでしまいます。

私たちは・・・

「落ちた」

という表現を使いますが・・・

正しくは・・・

「強烈に引き戻された」

と言うべきですね。苦笑


高いビルに登るということは、
地球の中心から遠ざかるということです。

それは・・・

地球から離れようとする行為で、
高く登れば登るほど、
地球を裏切ろうとしているように
見えるのかもしれません。

アホですね・・・

だから・・・

高いところから落ちると
死んでしまうのです。

???

まあ・・・二階くらいだったら、
死にません。笑


そのくらいは
地球も大目に見てくれるのです。

アホです。
スイマセンm(__)m・・・


そう考えると・・・

重力は
地球の愛なのかもしれません。

あるいは
嫉妬とも言えます。


宇宙に飛んでいかないように
引き止めてくれている。

と同時に・・・

私たちの自由を
束縛しているのです。 笑


私たちは
地面にへばりついてさえいれば・・・

水平方向には
自由に動くことが許されています。

しかし・・・

垂直方向は、いけません。

それは・・・

地球への反抗・・・と、
取られても仕方のない行為なのです。ww


ロケットが
宇宙に飛び立つ時・・・

私たちは
「ワアー」と、歓声を上げます。

あれは・・・脱出の喜びなのでしょうか。

そのとき・・・

地球は
怒りまくっているのではないでしょうか。

だからこそ・・・

大気圏を出るのには・・・

あんなに
巨大なエネルギーを必要とするのです!?!


バンジージャンプは、どうでしょう。

あれは地球、
怒ってますよ・・・きっと。

高い所から、飛び降りて・・・

地球に
思いっきり、
引き戻されそうになっているのに・・・

地面にぶつかる手前で・・・

ビヨ~ンと・・・止まるのですから。


「なーんちゃって」・・・

と、地球を騙しているようなものです。笑


でも・・・

足にゴムひもをつけているんだから・・・

結局は
地球とは離れられない訳で・・・


だから・・・

地球も
大目に見ているのかも知れませんね。



地球は
決して私たちから
手を離さない。

不自由に見えるけれども・・・

宇宙に飛び出したら、
生きていけない私たちを
地球は守ってくれているのでしょう。

危ない所へ行かないように。

そっと・・・手をつないでいるのです。


やはり・・・

愛とは
束縛することなのかもしれません。


相手には
決して気づかれないように・・・


でも、力強く・・・


そっと・・・


お粗末様でした・・・m(__)m 笑

欧米諸国を中心とする、
全ての先進国にかげりが見え始める中・・・

中国やインドを中心とする新興国は
発展の一途をたどっている。

これは・・・

いったい、どういうことなのだろうか。

ただ単に・・・

「主役の交代」が起こっているということか。

それとも
人類全体を巻き込んだ
「何か」が進行しているのか・・・

今、何が起こっているんでしょうか・・・

まず、日本を含む先進国では
例外なくデフレが起きている。

人件費の安い新興国に生産拠点が移り、
モノの値段が下がった。

仕事が激減した国内では
国民の年収が下がり、
安いものしか売れなくなった。

消費が減り、
企業の業績が悪化し、
社員の年収が下がる。

更に消費が減り、
更に業績が悪化し、
更に年収が下がる。

この
終わりなきデフレスパイラルが・・・

かつて、
人件費の高かった先進国の中では
起きている。


いっぽう・・・

新興国では、
これと反対のことが起きている。

人件費の安い新興国には
生産拠点が増えてゆき・・・

国民の仕事も増える。

生活が潤う。

企業は利益を上げ・・・

更なる生産拠点の拡大や
新しい技術への投資を行う。

ただ単に、安いだけの製品が、
安くてよい商品へと変化してゆき・・・

世界中で支持を集めて
売れ続ける。

更なる利益が生まれ、
更なる投資力をもった新興国は
更なる発展を繰り返す。

国民の年収は増え続け、
物価は上がり続ける。

先進国とは
まったく逆の
インフレスパイラルが起こるという訳だ。

では・・・

この・・・
正反対の特徴を持ったスパイラルは、
いったい、
何時まで続くのだろうか。


収入も・・・物価も・・・
まったく変化しない世の中。

それは
つまらない世の中なのかもしれない。

なにしろ・・・

同じことの繰り返しが
延々と繰り返されるだけなのだ。

では・・・

収入と物価が
5%ずつ上がり続ける世の中はどうだろうか。

結果的には
何も変わらないのと同じことなのだが・・・

脳は
成長と・・・変化を・・・
感じるだろう。

反対に・・・

収入と物価が
5%ずつ下落し続ける世の中はどうだろうか。

こちらも
結果的には何も変わらないのだが・・・

私たちの脳みそは
衰退というイメージを抱き続けるだろう。

先の見えない不安と・・・閉塞感。

まさに
今の日本がこの状況である。

片や、
全てが上がり続ける新興国と・・・

片や、
全てが下がり続ける先進国。

この先・・・

この関係は
どうなっていくのだろうか。

普通に考えれば・・・

いつかは
新興国の人件費は上がり続けて
先進国と変わらなくなるはずだ。

日本人の収入が
欧米諸国に追いついたように。

では・・・

新興国の人件費が
先進国に追いついたらどうなるのだろう。

また・・・

新たな新興国が生まれてくるのか。

だが・・・

中国やインドほどの労働人口を持つ国は
他にはない。

仮に出てきたとしても・・・

その新興国の人件費も
いつかは高騰するはずだ。

かつての私たちのように。

そして
現在の中国のように。

同じ仕事をしているのに
給料が違う。

これは
同じ国の中では
許されないことだろう。

男女による
収入の格差が問題になっているように。

だが・・・

国が違えば
その理不尽なことが
成り立ってしまう。

日本人は
給料が高いから、
中国人を雇おう。

そのような発想が・・・

この状況を招いたのだ。

だが・・・

いずれは・・・

国を越えても
「同じ仕事は、同じ収入」というルールに・・・

自然と近づいていくのだろう。

そして
インフレも
デフレも
無くなるかもしれない。

安定しているけど
変化のない世界。



間違いなく・・・

そこに
向かっているような気がする。


世界は・・・

無意識に
それを望んでいるのだろうか・・・( ´ー`)y-~~
資本主義が
何を意味しているのか。

利潤を追求するのは
何のためか。

ふと・・・冬の午後に考えてしまいました。

私は学者ではありませんし、
大企業の経営者でもありません。

無責任な私の能書を・・・


まず・・・

私は資本主義が
向かうところ敵無しであるとは思いません。

むしろ・・・

市場経済にも限界が来ているなあと感じます。


人件費の安い国へ仕事が流れていく・・・


欧米→日本→中国 と流れてきた経済発展は、
最終的に、どこに落ち着くのでしょうか・・・


人件費の高い欧米から、日本へ。

日本よりも、人件費の安い中国へ。

そして、東南アジアへ・・・

なぜ?日本の人件費が上がったのか。

それは・・・

労働者の収入が増えたからです。

利益が出たら、
労働分配率も高めねばならない。

そうしないと・・・

他の会社に
優秀な社員を取られてしまいます。

更に・・・

労働分配率を上げないと
消費が増えません。

だから・・・

いつかは
人件費が上がるのです。

いずれ・・・

東南アジアやインドでも、
人件費は高くなります。

反対に・・・

デフレが進んでいる欧米や日本では
人件費が下がります。

これは・・・

いつか再逆転するのでしょうか???


そして・・・

必要以上にモノが溢れる。

資本家が
最大の利益を享受できるのは、
数の優位性が有効に働くからです。

大きな工場を建て・・・

大勢の人を雇い・・・

大量に物を仕入れて・・・

大量に販売する。

そうすれば・・・

価格競争力が生まれ・・・

大きな利益を
生み出すことが出来る。

でも・・・

永久には、続きません。

そう・・・

モノが溢れてくるからです。

物が足りなければ・・・

消費者は
買わざるを得ない。

しかし・・・

大量生産する会社が増えれば
モノは余り出す。

企業はより安く・・・

より良いものを
提供しなくてはならない。

新しい技術、
新しいアイデアを出し続けたとしても・・・

競争は
激化するばかり。

利益は、減り続ける。


そして・・・

豊かさは、格差でしか測れない 。


労働者全員の
給料が増え続ければどうなるか。

消費が増え・・・

経済は発展するが・・・

物価は上がり続ける。


給料が10%増えて
物の値段が10%上がった状態と・・・

給料が10%減って、
物の値段が10%下がった状態と・・・

いったい、何が違うのだろう???


まあ・・・

下がるよりは
上がる方が気持ちがいいので・・・笑

どちらも
3%くらいずつ
上がっている状態がよろしかろう。

しかし・・・

実態は
何にも変わらないのではないか???

もしも・・・

世界中の人が
一人残らずお金持ちになるか・・・

あるいは・・・

物の値段が下がり続けて
何不自由ない、
という状態になったとしよう。

たぶん・・・

誰一人、
大きな家は建てなくなる。

なぜならば・・・

掃除をしてくれる人が
いないからだ。

全員が
豊かになってしまったら・・・

自分のことは
全て自分でやらなくてはならない。


生産性が上がり・・・

世界中の人件費が均衡し・・・

情報も・・・流通も・・・

限界まで、
発展したとしよう。

どの企業の、

技術にも・・・

人件費にも・・・

競争力にも・・・

大きな差がなくなる。


そうなったら・・・

すべての企業の利潤は
限りなくゼロに近づく。

差がないのだから、
限界まで値段を下げるしかなく・・・

赤字にならない
ぎりぎりまで価格が下がれば・・・

企業の収益は、ゼロに近づく。


結局は・・・

どこで働いても
同じ給料で・・・

どこの企業も
利益が出ない状態。


実際に・・・

そういう未来が訪れるかどうかは、
解らない。

だが・・・

自然の力学は・・・

間違いなく
そこに向かっていくだろう。

川の水が、
高いところから低いところへ
流れていくように。

その時・・・

先行者利益を抱える人間は
どこまで抵抗するのだろうか???


誰一人、
生活に困らなくなったら・・・

お金持ちだというだけでは
誰も手伝ってはくれない。

「あんたは嫌いだから、パン一切れ10万円だよ~」

なんて・・・言われる時代が
来るかもしれない。

・・・嫌われないようにしよう!苦笑