私は共産主義者ではないが、
資本主義的経営とはつまるところ搾取ではないのかと、
考えずにはいられなかった。
億単位の年収を取っている経営者の中には、
確かに
その年収に見合うほどの仕事をしている人もいる。
だが、そのほとんどは・・・
経営者であるという立場によって
収入を得ている人たちだ。
労働による収入ではなく、
権利による収入。
実際・・・それこそが、
「金持ち父さん」が標榜する
成功のイメージなのではないのか。
働かずに、高収入を得ることこそが、
資本主義経済における究極の成功者なのだと・・・
しかし・・・
とても違和感が・・・
社員の生産性を高め、
出来るだけ高い労働分配率で、
払える限りの給料を払う。
その結果、社長よりも
給料の高い社員が現れてくるかもしれない。
だが、それこそが
社長の目指すべき究極の姿なのだと、
考えるようになった。
その結果・・・組織は機能しなくなった。
一代で大企業を築き上げるような、
偉大な経営者から見れば、
何とバカなことをするのだろうと
笑われてしまうだろう。
だが、
私は試さずにはいられなかった。
何よりも・・・
搾取の無いシステムこそが
究極なのだと信じていたのだ。
若かったのか・・・
バカだったのか・・・
その両方なのか・・・苦笑
いずれにしても、私はやってしまった。
そして・・・
それが間違っていることを確信した。
リーダーは全ての労働者から
搾取しなくてはならない。
(搾取という言葉が適切ではないだろうが・・・)
特に・・・
よく仕事ができる稼ぎ頭からは、
たくさん搾取しなくてはならない。
それが、
私の行き着いた結論である。
一生懸命に働いて、
出来るだけ多くの成果を上げる。
その成果を下回る給料しか、
リーダーは与えてはならない。
それが
リーダーの仕事なのだ。
自分が出した成果よりも
少ない報酬を得る。
そうすると、そこに余りが出る。
その余りの積み重ねが
会社の蓄えとなり、再投資の原資となり、
働いた人の増収となり・・・社会の貯金になるのだ。
考えてみれば、当たり前の話だが・・・
全ての人類が、
働いた以上の報酬を受け取ると、
社会の貯金がどんどん無くなっていく。
働いたとおりの報酬だと、社会の貯金は増えない。
社会の貯金を増やすためには、
受け取った報酬以上の労働を積み重ねるしかない。
社会の貯金とは何か???。
それは、
橋や道路であったり、
学校・病院であったり、
その他様々な施設やシステムだ。
もしも・・・
我々の祖先が
労働に見合う収入を
受け取り続けていたならば・・・
今現在の社会には、まったく貯金が無く、
橋も、信号も、ビルも、消防署も・・・
何もかも無い状態だったと思うのだ。
それは、
現在の日本を見てみればよく解る。
国民のほとんどは、
払った税金以上の見返りを求めている。
もっと年金を・・・
もっと安心を・・・
もっと充実した社会保障をと・・・
損をしないことに躍起だ。
払った以上に受け取れるのなら、得。
払ったものよりも、受け取りが少ないのならば、損。
だから払いたくない。
それが国民の心理だろう。
だから、この国の財産は、
減り続けているのである。
こんな私が言うのもなんだが・・
国のトップは
国民からもっと搾取しなくてはならない。
搾取することが悪いのではなく、
問題はその使い方なのだ。
搾取したものをトップの懐に仕舞い込むのなら、
それは本当の搾取である。
だが、
それを社会全体の貯金にすれば、
社会はどんどん豊かになっていく。
リーダーとは、
嫌われながらも社員から吸い上げ、
それを会社の豊かさに変える人。
国民から吸い上げ、
社会の豊かさに変える人なんだと思う。
この豊かな国を冷静に眺めていると・・・
私たちの先達が、
いかに偉かったのかを実感できる。
適切な搾取を望む・・・笑