どうして私の言っていることが理解できないのだろう・・・

 そんな場面に出会ったことはありませんか?
 
 上司や部下との付き合い、お客さんとの交渉、家族との会話・・
 
 ビジネスがスムーズに運ぶかどうかは、

 コミュニケーション能力に左右されるといってもいいでしょう。

 私は、10数年間の管理職という立場で、

 常に“正確に伝える”ことを求められてきました。

 管理職の中には、難しい用語や特殊な言葉を使用する人がいます。
 しかし、それでは部下やクライアントは理解できません。
 理解できないから、結果も出ないのです。


 私の元上司曰く、

 「管理職は、小中学生でも分かるような言葉を使わなくてはならない」


 これは管理職だけではありません。


 どんな立場の人であれ、人とのコミュニケーションを行うには、

 解かりやすい言葉で、伝える技術が必要なのです。


 私元上司は、よく 井上ひさしさん の言葉を引用します。


 井上ひさしさんは、小説を書くときに、

 次の3つのことを心がけているそうです。


 1.むずかしいことはやさしく
 2.やさしいことは深く
 3.深いことは愉快に


 この3つのルールを守ることで、

 井上ひさしさんの小説は多くの人から好かれるものになったのです。


 元上司は、これは管理職の資質をまさに表現している、と言います。


 難しいことをやさしく。


 そして優しいだけでなく、より深く探求し、


 それを愉快にしていく・・・


 何事も、まずはやさしく表現することから始まります。


 やさしく表現するには技術が必要です。


 いかにして、あなたの言いたいことをやさしく表現するのか?


 それを常に意識してください。



考えるのが苦手という人は多い。


だが、はじめから思考が停止している人間などこの世にはいない。


「何も考えずに行動している」と言われているような人でも、
まったく考えていないというわけではない。


本人なりに精一杯考えて行動しているのである。


では、よく考えていると言われる人と、
まったく考えていないと言われる人の違いはどこにあるのだろうか?


その答えは、思考が停止する瞬間にある。


たとえば、何か行動を起こすときに、
「どうすればうまくいくのか」ということを考えない人はいない。


だが、答えが出ないままに「とりあえず」行動を起こしてしまうのが、
一般的に「何も考えていない」と言われる人たちである。


だが現実的に世の中を見渡してみると、このような人種は滅多にいないことが解かる。


どんなに考えが浅いと言われるような人でも、
どうすればうまくいくのかという「自分なりの答え」をもって行動を起こしているものである。


にもかかわらず、何も考えていないのに等しい結果しか出せない人が大半だということだ・・・


 

実は、答えが無いままに行動を起こしている人は全体の一割にも満たない。


ほとんどの人は自分なりの答えを持って行動しているのである。


だが残念なことに、その内90%以上の人たちは
「とりあえず」の行動と大して変わらない結果しか出せていない。


その原因は、

日本人の大半がある好ましくない習慣を身に付けていることにあると思うのだ。


小中学校を通して知らず知らずのうちに身に付けてしまった習慣。


それは、答えをひとつ考えると思考が停止してしまう習慣である。


私が小学生の時にはクラスに40人以上の生徒がいた。


教師はできるだけたくさんの生徒に答えさせるために、一人にひとつずつの質問しかしない。
生徒の側もそのルールがよく分かっている。
その結果、自分が指名されたときの答えをひとつだけ用意しておく習慣が身についてしまうのだ。


「好きな季節は?」「春」  「行きたい国は?」「イタリア」
「知っている鳥の名前は?」「すずめ」といった具合である・・・
 

 

実は考えるという行為に決まった着地点は存在しない。


ビジネスにおけるほとんどの事柄に決まった答えなど存在しないからだ。


正しい答えを求めるのではなく、数多くの答えを求めることがビジネスにおいては重要である。


はじめに思いついた答えがベストである可能性はかなり低いからだ。


ひとつの答えが見つかったとしても、さらに良い答えを求めて考え続ける。


そしてもう答えが出なくなったら・・・さらに考え続けるのだ!


もうこれ以上思いつかない、というその先にこそ、本当の答えは存在することが多い。


私は自社の社員に対して、一人の人間に同じ質問を連発することにしている。


「○○君はどういう答えですか?」

「他にはどんな答えが考えられますか?」
「他には?」と5~6回は続ける。


まるでイジメのようだが、
こうでもしないと身についた習慣は、なかなか自分では変えられないと思うのだ。


「思考が停止する瞬間。」


それは、自分の意思ではなく習慣が作り上げているものである。


私は36年間のサッカー生活から、考え続ける習慣を身につけたのだ。

刹那ごとに変わる状況にあわせてポジションを細かく変動させる・・・

相手のFWの位置、ボールの位置、ゴールの位置、味方の位置、各々との距離、

自分達のレベル、相手のレベル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




そのことを強く意識したとき、人間の脳は再び動き出すのだ。

あなたは、どう思いますか?


totoが随分と買いやすくなりました。


JRAに学んだようで、カード決済および賞金自動振込みになりました。

最初からやっていれば、もっと盛り上がったろうにねえ・・・


そんなこんなで、昨日のナビスコ杯予選リーグ5試合のミニtotoを購入。


リバイバル購入2回目にして小当たりです。

(3,205円、投資対比500%オーバー)


なんか今年中には、toto1等が取れそうな気が?????


気のせいかしら・・・


『私は「あせった時は時機を待つ」と言うよりは
「迷った時は時機を待つ」と言った方が正解かもしれないと思っています。


何かこれをやりたいと言う明確な目標はあるのですか?


それをやり遂げられると言う勝算はあるのですか?


もし、

それがないのであれば、いてもたってもいられないぐらい
行動に移したくなるまで時を待ちます。


私の経験上、そういう風にならないということは、
まだ本気になれない理由が、どこかにあるはずなので、
まずは、その理由の排除をどうしたらできるかを考えます。 』

皆さんも「こうしたい」「ああしたい」という自分の願望があるにもかかわらず、
一歩踏み出せないでいることがあると思います。


足踏みをしていては前へは進みません。


しかし、

勝算もないのにただ能天気に物事を前へ進めていくのも 、どうかと思います。


孫子の兵法で

「勝つべくして勝つ」「負けない勝負をする」 「戦わずして勝つ」と言ったような表現があるように、
人には上手く説明はできなくとも、自分なりの勝算はしっかり持った上で
物事に取り組むことが大事だと思います。


そのために、まずはできることから始めると言うスタンスで、
一歩踏み出せない障害になっていることを探り、
それを取り除くために何をしたらいいか考え、
まずはそこから行動に移すのです。


何事も指をくわえてみていないで、
まずはできることからはじめてみませんか?


でも、無理は禁物です。

「無理」と言う字は「理が無い」と書くのですから、
「理」の無い行動には「無理」があるのです (笑)


随分前に、あるサッカー指導者の先生に


「選手が思った通りになかなか動いてくれないことがある
と思いますが、先生はそういう時にどうされていますか?」


と質問をしました。


そうするとその先生は、


「人を動かすなどチャンチャラおかしい。

選手が自ら動こうと思える環境を提供することが

指導者の大切な役目です」


と言われた時に、バットで後頭部を殴られた気がしました。

それまで私は、

知らないうちに部下を思い通りに動かそうとしていたことに気付きました。


部下はロボットでも奴隷でも兵隊でもありません。


自らの意思を持ち、自らの考えを持って動く人間なのです。


仕事を円滑に遂行していく上で指示・命令をすることはよくあります。


しかし、
思ったように動いてくれない部下には以下3つの要素が考えられます。


1.不安  2.疑問  3.異論


です。


動かない人は、動かないなりの言い分があります。


何が障害となって前へ進むことが出来ていないのかをよく聞いてあげて、
取り除いてあげることが大切です。


上司は部下のヘルパーであってはいけません。


あくまでサポーターであることが大切です。


マネジメントは相手や直面している物事によって変化するものであり、
段階があることを付け加えておきます。


1.ティーチングの必要な人(物事)


2.コーチングの必要な人(物事)


3.委任の必要な人(物事)


以上桜の季節がやってきましたが、

明るく・元気良く・爽やかに・・・

今週も張り切って頑張りましょう!


「ラ・ボエム」というイタリアンのお店があります。


チェーン展開していて、青山、白金など都内各所にお店があります。


最近はテレビなどで紹介されることもよくありますが、
有名になる前からたまにパスタを食べに行っていました。


行き始めたのは10年ぐらい前でしょうか。


このお店の特徴は、とにかく店員さんが、
お客様を楽しませようという気持ちに溢れているというところにあります。


カルボナーラを注文すれば、運んできたときに

「今日は気持ちを込めて黒胡椒をふっておきましたから。」


カクテルを注文すれば、

「このカクテルを飲むと、情熱的になりますよ。」


それを皮切りに会話が弾むわけです。


当時から研修の仕事をしていましたから、人材育成には興味がありました。


それで、仲良くなったひとりの店員さんに聞きました。


「みなさん、すごくサービスいいですよね。会話がすごくうまいし。
 なんか研修とかしてるんですか?」

答えはこうでした。


「いえ、研修は特にないんです。
 ただ、お客様のテーブルに行ったら、必ずなんでもいいから、
 お客様に楽しんでいただけるような話をしてきなさいとは言われてます。
 だから考えるんですよね。どうすれば、楽しい会話ができるかなって。」


一方、先日あるスーパーマーケットの管理職の方と話していたら
こんな話が出ました。


「とにかく命令調で怒鳴っちゃう店長がいるんですよ。
 『元気に挨拶しろ!』って。
 そうすると、店員は怖いから、
 だれにもかれにも大きい声で挨拶しちゃう。
 でも違うと思うんですよ。
 下を向いてとぼとぼ歩いているおばあちゃんには、
 小さく語りけるように挨拶した方がいいかもしれないし、
 赤ちゃんや幼児に対しては
 にっこり微笑みかけるように挨拶した方がいいかもしれない。
 そういう臨機応変な接客ができなくなるんですよね。」


人の行動を生み出す要因は様々ありますが、中でも大きいのは、
内側で自分自身にどんな問いかけをしているかです。


朝会社に来るときに、重いトーンで

「今日の会議は何時間続くんだろう?」
「今日は上司に何言われちゃうんだろう?」

という質問を自分に投げかけている人と、


快活な響きで

「どうやったら今日は効率よく楽しく仕事ができるだろう?」
「今日周りの人たちに自分が与えられる影響はどんなものだろう?」

と語りかけている人とでは、


自ずと生まれる行動は違います。


ですから、上司、親、先生など、
人を指導育成する立場にある人に課せられる一つの役割は、
いかに肯定的な問いかけを相手の中に内在化させるかということになります。


スーパーの店長さんのように、強く指示命令を与えてしまうと、
おそらくそれを聞いた店員さんの内側には、
「大きな声を出さなかったら店長になんて言われてしまうんだろう?」
という否定的な質問が生まれてしまうでしょう。


結果として、画一的な、

どこか張り詰めたマニュアル対応を誘発することになります。


一方「ラ・ボエム」のような環境にいると、

「もっとどうすればお客様を楽しませることができるだろう?」


「どんな会話をお客様は望んでいるだろう?」


という肯定的な問いかけが店員さんの中に生まれる可能性が高い。


創造的で、場に応じた接客がそこには誕生します。


自分は相手の中に否定質問を創りだす存在か、
肯定質問を作り出す存在か、
どちらでしょうか?

根気良く自己変革を目指していきたいと思います。



先日、渋谷を歩いている時のこと。


東京の繁華街ではどこもそうだが、

ここにもキャッチセールスや居酒屋やカラオケ店等の勧誘が多く、

書店の閉店時間を気にしながら急いでいた私は、

声をかけられても無視をしながら、いわば、つっけんどんに歩いていた。


そんなところに向こう側から、2人の女の子が近寄ってくる。

その頼りなさに足をとめると、何かの本を指差しながら話しかけてきた。

(もちろんチョッと可愛かったのは言うまでも無い。)


その本は日本を紹介するガイドブックで日本語の前にハングルが書かれていた。

探している店はすぐ近くではあるが、道が一本違っていた。


今いる場所を説明し、店の方向を指さして説明していると、

ふと思いあたることがあった。


私自身がイタリアへ旅行に行った時のことだ。


看板や標識など何から何までイタリア語で書かれている街にとまどい
ガイドブックを見ながら友人と迷子になっていた時、

道を歩いていたイタリアの人が英語で声をかけてくれ、

お店に電話しながら案内してくれたのだった。


私もその人がしてくれたように、「一緒に行きましょうか?」と

彼女たちに伝え、探している店まで案内することにした。

彼女たちはとても喜んでくれたようだ。

(だからと言って疑われるようなことは、もちろんありません。)


これから暖かくなって旅行者を見かけるシーズンである。

旅先で受けた恩を返すチャンスがまたあるかもしれない。



各業界で

一番耳にしたくない言葉


女性でもっとも多かった回答は
『若いうちが花』

ちょっと変わって相撲業界では
『体力の限界』



ちなみに自衛隊では
『繰り返す!これは訓練ではない!』



さて、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦ですが、

海外組と国内組が今年になって初めて顔をあわせ、

しかもほとんど練習が一緒にできなかったということを考えると、

(ボスニアが様子を見ていた)

前半は十分合格点の試合をできたと言えると思います。

守備面では、中田、小笠原の早いチェックが効き、

じっくりとつないでくるボスニアの攻撃を寸断することができていました。


攻撃面では、中田選手がボランチに入り、

いつもの卓越した戦術眼ですばやい攻守の切り替えをつかさどる事で、

こちらも十分以上に対抗できていました。

特に、すばやく動き出す高原選手に対して、

フィールドを斜めに横切るサイドチェンジ気味のロングフィードを何本も通していましたね。


そこに起点を作ることで敵のDFラインを押し下げ、

敵をノン・コンパクトに、フィールドを広げてしまう。

そうすると、中村選手をはじめとする日本の中盤選手たちの技巧が生きる。

私はロジカルな中田英選手の最適ポジションはボランチであると以前から思っていましたが、

この試合でますますその感を強くしました。




さて、日本vsボスニア戦の翌日は国際Aマッチデーだったために、

各所で親善試合が行われましたが、その一つにクロアチアvsアルゼンチンがありました。


クロアチアが3—2と逆転勝ちしたために、代表サポーターの中に衝撃が走りましたね。

後半クロアチアが盛り返したのは、

ジーコ監督がいうようにアルゼンチンの攻め疲れが大きいと思いますが、

クロアチアが引いて守ることを徹底したこと、

前線からファウルすれすれのフィジカル・コンタクトを含むハイプレッシャーをかけるようにしたこと、

の2点も要因といえると思います。


ウクライナ戦やアメリカ戦でもまさにそうで、

この点はこれから日本が意識して向上していかなくてはいけないことでしょう。


ただ、ボスニア・ヘルツェゴビナもクロアチアも、もとは旧ユーゴスラビア、

「バルカンのブラジル」と呼ばれ、個人技を生かしたテクニック重視のつなぐサッカーをする国でした。

そして、そういうチームによくあることとして、プレスは実はそれほど整備されていないと見ます。

クロアチアvsアルゼンチンの後半も、ボスニアvs日本の後半も、

激しくはあるのだけど単発で、言うほど整備されたプレスをかけているわけではない。

さらに言えばクロアチアは、アルゼンチンを封じるためにはそれなりにプレスをかけていきましたが、

彼らからすると格下だと思っているだろう日本に対しては、あれはやってこないのではないでしょうか?


じっくりとパスをつないでいく現日本代表のサッカーともっとも相性が悪いのは、

アメリカがやっていたようなサッカーでしょう。


ヒディンク監督率いるオーストラリアは日本をスカウティングし、

ハードなフィジカルコンタクトを含んだプレスを整備してくる可能性があります。

しかし、「アルゼンチンに勝った」ことで自信を深めたクロアチアはそうせず、

自分たちの技術を生かして攻撃的に点を取ろうとしてくるのではないでしょうか?

そうなればむしろ日本にとってはチャンスですね。

一泡吹かせてやりたいですし、またそうできる可能性も十分あると思います。



ボスニア・ヘルツェゴビナ戦に話を戻しましょう。

前半終了間際に中村のCKから高原が得点を決めたこともあり、

後半になるとボスニアは立ち上がりから攻撃的に来ました。

特にサイドバックが積極的に上がり始め、中盤と絡みながらサイド攻撃を活発化、

日本は数多くのクロスをあげられてしまいました。

しかもその際、中でクロアチア選手をどフリーにさせていて、

自由にヘディングシュートを打たれることが何度もありました。

ボスニアがW杯に出られないのは、この決定力不足が原因か、と思わせるほどでしたね・・・


この問題に関して、サイドバックの三都主と加地を攻める意見が多く出ているようです。

もちろん、サイドの守備を第一に見るのは彼らですから、彼らの責任は大きいと言えます。

しかし、より大きな問題は、チーム全体での守備のやり方が、

「久しぶりに組む面子だと、戻ったところから話し合いのしなおし」になるということにあるのです。


また、DF加地は試合前、

ジーコ監督から「サイドの選手につけ」と指示されたことを明かした上で

「ハームタイムには外に張りすぎだと言われた」と、位置取り自体に混乱していたことを吐露・・・


敵がサイドチェンジを含めたサイド攻撃を活発化したことで、問題は顕在化してしまいましたね。


例えば後半開始直後、日本の右サイドでキープされてサイドチェンジされたシーンでは、

左サイドで中村選手が後追いの守備になってしまい、それを見た三都主が飛び出て守備をしようとし、

クサビを入れられてダイレクトで外に展開され、

2本のパスで二人が完全に守備において無効化されてしまいます。

これによって、14べジュリアに自由にクロスを上げられ、

中央では8グルイッチがフリーでヘディングシュートを放つ・・・


これはフォーメーションの問題、選手の適性や能力の問題もありますが、

「このように攻められたらどうするか」に関する選手間の考え方が、

まだ統一されていないからだと考えるべきでしょう。

サイドで人数をかけて崩しに来られた時の対応は、サイドバックともう一人、

OMFが見るか(この試合では中村、小笠原)、

ボランチ(福西、中田)が出るか、センターバックが出るか、

ということになります。


ここを詰めておかないといけませんね。


プレミアリーグなど、欧州でよく見る中盤をフラットにした4-4-2はそこが明快です。

また流行であったらしい(笑)4-2-3-1でも

「3」の両サイドがそれを重点的に対応することが多くなるでしょう。

4-3-3でも、4-3-1-2でも、そこはかなりはっきりしています。

この日のような、中盤をボックス型にした4-2-2-2は、

4バックの中でも「人数をかけたサイド攻撃への対処」がもっともあいまいになりやすく、

連動性、共通理解が必要なフォーメーションですね。


もしこれでいくならば、W杯までにはさらに意識統一を図っておいて欲しいものです。



もう一点、中田選手は

「全体をコンパクトにし、高い位置からプレスをかけるというサッカーをするべきだ」と考えている選手です。

そして、

それを自らも実践し、周囲にも強力に求めていく・・・


例の福西との意見の違いも、それで発生したものだと言えるでしょう。

ボスニア戦でも、中田選手が、がっと「行って」しまい、

福西選手はバイタルエリアを空けないために残っている、というシーンがよく見られました。


そうなると、

チーム全体での守備の約束事が再整備されていない現状では、

一箇所でのプレスはできるのですが、その逆に展開されると一気に苦しくなります。

中田選手が「行く」ならばチーム全体がそれに呼応してポジショニングを修正、

DFも距離を開けないようにしてコンパクトを維持すれば、

サイドチェンジされても距離が近いために対応ができます

(実際そうしているチームはよくあります)。

しかし、

私は日本代表ではもうそうするべきではないと思います。

この3年間でそれを整備できなかったのですから、

今から急にやろうとしても、穴が開くだけではないでしょうか?


私は、

「敵ボールになったらいったん下がって、

 ペナルティエリアのやや外くらいにコンパクトな陣形を敷いて待ち受ける」という

ブラジル戦後半のやり方を、できれば4バック3ボランチにして、採って欲しいと思います。

それならば、

今回のようなサイド攻撃、サイドチェンジの多用にも対抗できるでしょう。




W杯前に海外組がそろう最後のチャンスだったボスニア・ヘルツェゴビナ戦。

多くの課題と教訓を残してくれましたね・・・

選手一人一人がそれを認識できただけでも収穫です。

それを胸に抱いてこれからのリーグ戦を戦い、

再集合した時には、それにしっかりと取り組んで、

よく話し合い、解決していって欲しいですね・・・


ガンバレ!日本!!

「会社は、何をするところですか?」

学生は、よく「仕事をするところ」と答えます。

次に
「その仕事は何ですか」と聞いてみると、
例えば、営業なら
「外回りをして注文を取ってくること」、
経理なら
「伝票を起こしたり数値の入力をすること」等と答えます。

まだ就職前の学生や新入社員は、
仕事や会社というと、上記のような実務面しか頭に浮かばないようです。
しかし、実際に会社という組織の一員としての仕事は、
こういった日々の業務を行うだけでしょうか?


会社という組織をサッカーや野球等スポーツのチームに例えると、
メンバーにはそれぞれ異なるポジションが与えられています。
一人が欠けても試合はできないし、
サッカーでいうFWがただシュートするだけ、
キーパーはボールを受けるだけの仕事をしていたら
勝つどころか試合にもなりません。

会社の組織はそう単純ではありませんが、
全体が活発に運営できるか、
組織のチームワークが取れているかが重要な点では、
チームと同じといえるでしょう。

選手一人一人の技量や頑張りが勝負を左右しますし、
全員のチームワークが良くなければいけません。

そして、
作戦を練った監督からの指示を選手が受け取り、
チームとして作戦が遂行できることが重要です。

このサッカーや野球でいうポジションが、
新入社員でも会社に入るとすぐに与えられます。
このポジションのことを職務といいますが、
会社は社員の日々の職務と実務の両方に対して
給料という対価を支払うことになるのです。

組織の一員となって久しい私たちにとっては当たり前のことですが、
こういった説明ひとつで、
学生や新入社員の仕事や会社に対する意識は変わるようです。

プラウドでは如何でしょうか?