ウィーン観光の目玉となるが、ウィーン郊外にあるシェーンブルン宮殿。
代々のハプスブルク家の人々が好んだ夏の離宮です。
美しい泉と言う意味を持つこの宮殿は、元はテレーゼ(マリア・テレジア)の祖父レオポルト帝が猟館として使っていた小さな館でしたが、年々増え続けていく子供達で手狭になった為、増築に増築が重ねられ現在の大きさになりました。
しかし、このシェーンブルン宮殿が建設されたのには、こんなバックストーリーがあります。
父カール6世の急逝によって若干23歳の若さでハプスブルク帝国を継承したテレーゼですが、このブログでも何度も記した様に、跡継ぎが女性であると言う事で帝国崩壊の危機に直面する事になります。
敵と戦うにも、ハプスブルク領は広大なだけでなく、飛び地の様に領土は分散されている為東に何万人、北に何千人と言う様に軍隊を分散させて配置しなければならない為、どうしても手薄になってしまう。
テレーゼの唯一の味方はハンガリー貴族だけ。
しかも、そのハンガリーも、ハプスブルクとは長年敵対関係にあっただけに要求が多く、味方に付けた代償は大きい。
四面楚歌。
敵に囲まれているのに、お金も軍隊も無い。
どうしたら良いんだろう…。
きっと、初めの頃は何か良さそうな案を思いついても「お金がねぇ…」とか「もう少し軍隊があったらねぇ…」と無いモノばかりに行きついたかも知れません。
でも、テレーゼはこう考えたんです。
私の国にあって、他の国に無いモノは何かしら?
考えあぐねたテレーゼは、気付きました。
「そうだわ!私には愛があるじゃない!!」
テレーゼにとって家族は宝物。
幼馴染のフランツとは初恋を実らせて結婚し、子宝にも恵まれたテレーゼには、愛する夫と家族が自慢だったんです。
欧州広しとは言え、これほど愛に溢れた温かい宮廷は他にあるだろうか…。
テレーゼは如何にオーストリアが幸せな宮廷か国内をはじめ欧州中に広めようと決めました。
日曜日には、大きな子を先頭におむつをした小さな子が一列になって皇帝一家が教会に行く。
外国の大使等お客様を集めた宴会には、子供達が合唱をしたり覚えたての劇を披露する等、いつも笑いが絶えなかったのです。
「自国では考えられない…。なんてアットホームな宮廷なんだろう」
この光景を目の当たりにした大使達は「オーストリアはいつも笑いに溢れています。このような宮廷を私は見た事はありません」本国に報告をしたそうです。
瀕死の状態のハプスブルクの筈が笑いに溢れている。
これが起死回生への一歩となったんですね。
そして更に豊かなオーストリアを見せしめたのが、冒頭のシェーンブルンの改築と増築です。
暑さが苦手なテレーゼ。
蒸し暑いウィーンの夏に閉口したテレーゼは、夏の間だけ快適に過ごせる館を探していました。
そして祖父が猟館として使っていた、ウィーン郊外にあるシェーンブルンに白羽の屋根を立てたのです。
丁度、毎年の様に子供も増えて手狭になって行く。
どうせなら、ヴェルサイユを凌ぐ大きさにしましょう!とエアラッハに設計を任せました。
女王陛下の「ヴェルサイユを超えるお城にしてね!」の命令に「よっしゃ‼︎」とばかり長年温めてきた構想をここぞとばかりに注いだエアラッハ。
確かにエアラッハの設計はヴェルサイユを凌ぐ壮麗で優雅なお城でしたが、流石に予算が…。
その為、大幅に縮小されてしまったのですが、これには欧州中が大騒ぎです。
戦費すらない筈のオーストリアが城を作っている?
そんなバカな…。
そう、これこそテレーゼが狙った秘策だったんです。
「オーストリアには城を作るだけの豊かさがまだある!」これを知らしめたかったんです。
実際は、もう火の車で大変だったんですけどね。
でも、時には虚勢も大事です。
お城を建設するより、大砲を買った方がどんなに現実的だった事でしょう。
軍隊を揃えたり、お金をかける所は沢山あった筈です。
でも、大砲も軍隊も戦場で役に立つかも知れませんが、敵の大砲にあたれば無になってしまいます。
武器は買えば揃うけれど、人の命は買えません。
それよりもオーストリアの財政は潤沢で、戦争をやりながらでも十分お城を作る事が出来るのよ!とピーアール作戦に出たんです。
欧州の諸外国の王達は自分たちの皮算用が間違っていたのか?と焦ったでしょうね。
何しろ、カール6世はテレーゼにハプスブルクを継がせる為に領土を含めた莫大な賠償金を支払わざるを得なかった…ある意味、諸外国からすれば「これでカール6世亡き後は容易にハプスブルク潰しが出来る」と目論んだに違いありませんから。
でも、それでもなお財産が残っているとは…。
勿論、オーストリアを守る為には内政の改革や外交手腕など数々の秘策があった訳ですが、テレーゼの作戦は諸外国に「欧州にオーストリアあり!!」と言う宣伝効果はバツグンだったんです。
血なまぐさい戦いではなく、最も優雅な方法でテレーゼはやってのけたのですね。
さて、ここで何が言いたかったかと言いますと、テレーゼは「無い事」よりも「ある」と言う事に意識を置いたと言う事です。
実際には有効な切り札は殆ど無かったにも関わらず、テレーゼは「ある」世界を選択したんです。
そう、自分が持っているモノに洗いざらい目を向けたと言う事。
この「ある」と言う意識が、新たな「ある」を引き寄せて来る事を、彼女は知ってか知らずか、活用したんですね。
貧乏暇なしと言いますが、確かに寝る間も惜しんで仕事をしてやっと生活が成立つ環境の方もいらっしゃるかも知れません。
でも、無いながらも自分と向き合って、自分にあるモノをもう一度見つめ直してみると、どんなに小さな才能でも、自分だけのオンリーワンの才能があったりするものです。
その小さな「ある」でも、全部積み上げていけば豊かさに繋がります。
最初は、マイナスの方が多く感じるでしょうけれど、「ある」の意識で見て行くと段々プラスが増えて行くものです。
その内、テレーゼの様に思ってもみなかった秘策が生まれると言うものです。
豊かさは豊かさを生む。
豊かさは豊かさを連れて来るんです。
ゆめゆめ他の誰かと自分を比べない事。
自分だけの最高のストーリーは自分だけしか描けないのですから。