ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
フランツ・ヨーゼフ逝く⑥
80歳を超えた老帝。
この頃になると、高齢のフランツ・ヨーゼフは、シェーンブルン宮殿でひっそりと静かに暮らし、民衆の前に姿を見せる事はなくなっていた。
どうしても皇帝でなくてはならない謁見だけは行うものの、政務はもっぱら書類の確認のみ。
フランツ・ヨーゼフは、毎朝5時に起床し、デスクに山積みにされた書類に几帳面に目を通していた。
その生活はあたかも時計の様に、数分も狂う事はなかった。
老帝がほぼ引退状態となると、カールはフランツ・ヨーゼフの名代として歓迎会、謁見、練兵場への訪問など形式的な公務で埋め尽くされていった。
チタも精力的に病院や社会福祉施設の訪問を行っていた。
しかし…
カールに任された職務は、どれもそつないお飾り的なことばかり。
戦況が厳しくなっていくのに、自分はオーストリアの為に何も出来ない事を苦々しく思う。
「くっそぉ・・・・私は何をやっているんだ!チタや彼女の家族達は自分が出来る事で帝国の為に尽くしているのに。内閣が私に任務を与えないなら、私に出来る事で変えていくぞ!」
カールは数多くの前線を訪れ、戦略を研究し、時にはカール独自の情報網を使い、事前に危うい状況を察知して、僅かな戦力の中で成果を得る事もあった。
やがてカールの地道な努力はフランツ・ヨーゼフの目に留まる。
「カールも中々やるな。ワシの頼みだ。アレにもう少し活躍の場を与えてやってくれ」
やがてカールは皇帝の計らいによって、皇帝の名代で前線に赴く事となり、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世と会談を行う事となる。
程なくしてカールは皇帝の側近として影響力を持つようになる。
すると、フランツ・ヨーゼフもカールに相談を持ち掛け、カールと共に協力して政務を行う様になっていった。
しかしこれを良く思っていない連中がいた。
皇帝の取巻きの中にはカールを皇帝の側近から外せ、と思っていた人物もいたのだった。
「陛下、カール様も帝国の構造を変えようと言う危険な考えを持っているに違いありません」
「陛下、カール様には少し荷が重すぎるのではございませんか?ここは陛下の側から外した方が帝国の為かと存じます」
彼らはフランツ・ヨーゼフに圧力をかけた。
そして、彼らの圧力は次第に強くなり、とうとうフランツ・ヨーゼフも反カールの圧力に屈してしまう。
(しめた!これで皇帝とカールの間に距離を作る事が出来たぞ。さて、カールを何処に追いやるかな…)
宣戦布告をしていたイタリアと戦うと言う名目で、カールは新設のイタリア第20部隊に送られる事となる。
カールは内閣に自分の裁量で軍を指揮する事を条件にイタリアへ向かう。
イタリアで、カールは実力を大いに発揮し、武勲を飾った。
そのころオーストリアでは、オーストリア首相が社会民主主義の指導者の息子に暗殺されると言う事件が起きていた。
戦いは外部ばかりではなく、内部でも火蓋を切ろうとしていた。
しかし…
ハプスブルク帝国の屋台骨を揺るがせていたのは、争いばかりではなかった。
帝国には次の転機が訪れようとしていた。
それは、650年続いたハプスブルクの幕が閉じられ様とする程の転機だった。
つづく