ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
フランツ・ヨーゼフ逝く③
カール26歳、チタ22歳。
そう遠くはない将来、二人の頭上に皇帝と帝妃と言う王冠が被せられる。
チタは婚約の報告をした時、教皇ピウス10世が何度も「次期皇帝カール」と言った事を思い出す。
最初は間違えかと思い、チタがそれとなく訂正したが、それでも何故かピウス10世は「次期皇帝カール」と明言した。
それは、まるで今日の皇太子夫妻暗殺を予言したかの様だった。
カールはふと思い出す。
1年前の冬の事、フェルディナントはベルベデーレ宮にカール夫妻を招待した時、暗殺をほのめかす様な事を言った。
「私は、近いうち暗殺されるかも知れない。カール、君も知っている通り、アルトシュテッテンに墓所も用意してある。近い内にそこに運ばれる事になりそうだ」
「やめてくれよ、叔父さん。そんな縁起でもない事・・・」
カールは悪い冗談のつもりで聞いていたが、フェルディナントは現在のオーストリア=ハンガリー二重帝国に加えてスラブ民族による三重帝国を設立しようと言う施政計画をカールに伝え、関係書類はボヘミアの狩猟館コノピシチュにあると打ち明けたのだった。
しかし、これらの書類は政敵によって皇帝に渡されてしまった。
やがてフェルディナントと大公妃ゾフィーの亡骸はオーストリアへ無言の帰宅を果たしたが、ハプスブルク霊廟に葬られる事なく、夫婦並んで生前フェルディナントが用意した墓所に埋葬された。
暗殺後、1914年7月、オーストリアとハンガリーの閣僚はセルビアに対する処置を検討した。
ヨーロッパは戦争に向けて沸き立っていた。
ドイツ、ロシア等戦争突入も辞せずと言う意見は多数あったが、オーストリア議会は、まずこの事件の背後で暗躍している人物の逮捕が先決だとした。
「何としてでも、戦争突入だけは回避したい!」それがフランツ・ヨーゼフの姿勢だった。
戦争に介入したがる国は、正義を掲げながらが裏では搾取や侵略を狙っているものだ。
フランツ・ヨーゼフも、この戦争に踏み切った先にはハプスブルク帝国の終焉が待っている事を予想していたのかも知れない。
しかし、自体は一向に進展する気配はない。
7月19日、オーストリアはセルビア側に期限付きの最後通牒を渡す。
一度は、フランツ・ヨーゼフの希望が叶い、何とか戦争は回避された様に見えた。
しかし、「サラエボ事件の捜査にオーストリア側が参与する事を認めよ」と言う要求にセルビアは断固抵抗し、結局、オーストリア側の納得する答えは得られなかった。
そこで、7月25日オーストリアは外交関係を断絶。
セルビアは戦闘準備を開始した。
フランツ・ヨーゼフもオーストリア政府に迫られ、対セルビアへの動員令を発令する。
一方、ロシア帝国も29日に部分動員令を、翌30日には総動員令を発令した。
一触即発!
ついに、戦争開始か?!
ヨーロッパ中に緊張が走る。
ドイツ・オーストリア同盟国の行動は迅速的確で、先ずはロシアに、続いてフランスにそれぞれ宣戦布告した。
つづいて、ドイツ軍がベルギー侵入後イギリスに宣戦布告。
その後8月に入り、フランス、イギリスがそれぞれオーストリア=ハンガリー二重帝国に宣戦布告してきた。
それによって第一次世界大戦の幕は切って落とされた。
つづく