ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
マイヤーリンクの心中事件⑨
帝国の継承者が自殺…このスキャンダルが世間に知れたら一大事だ!
しかも、カトリック教徒のハプスブルク家。
自殺が禁じられているカトリックでは、カトリック教徒としてお葬式を出して貰えない。
フランツ・ヨーゼフもシシィもルドルフの自殺は受け入れなかった。
そうだ!きっと恋愛のもつれからヴェッツェラ嬢に殺されたんだ!
それでもハプスブルクのスキャンダルだぞ!…どうもみ消そうか。
ヒステリックになったシシィはヴェッツェラ男爵夫人に詰め寄る。
「貴女の娘がルドルフをそそのかしたんだわ!」と。
しかし、検視の結果、淡い期待さえ打ち砕かれた。
ルドルフは心中したのだ。
この2人はいつも原因を自分の外に見る。
自分達がルドルフにどんな事をしてきただろう。
一度として、ルドルフの声を聞いた事があっただろうか。
表向きには病死と何とかごまかしたが、ルドルフの死は皇帝夫妻に深い影を落とした。
シシィは夜遅く、誰もいなくなった頃を見計らい、ルドルフの遺体を安置した霊廟に赴く。
「ルドルフ…ルドルフ…」何度も息子の名を呼ぶが、もう、その声は届かない。
そして…
フランツ・ヨーゼフは息子を失ったと聞かされた時、別の苦しみを味あわされていた。
息子は自分にだけ遺書を残さなかった…父親にだけ。
「ルドルフ…お前は、そこまで父が憎いか? お前とは分かり合えなかったのか? 答えてくれ! どうしてお前は父の気持ちが分からない!!」
直ちにマイヤーリンクの猟館は閉鎖され、皇太子の鎮魂の為の修道院に建て替えられた。
修道院に飾られた聖母マリアの顔はシシィに似ていた。
ルドルフの死を境にハプスブルク家は死神に魅入られてしまったかの様だった。
黒衣の天使は笑う。
「お前達の愚かさに気付くまで死者は続くぞ。
ハプスブルクよ、寛容になれ。」と。
ハプスブルク家に弔鐘の鐘は鳴り続ける。
「神よ、一体私が何をしたというのだ?」
これ以後、フランツ・ヨーゼフの手から大切なモノは全て失われて行く。
マイヤーリンクの心中事件・完