ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
マイヤーリンクの心中事件⑧
ヴェッツェラ家は裕福だったが、宮廷での地位は高くない。
男爵夫人はやりてな女で、少しでも皇帝家に近付こうとガツガツしている事から、皇帝夫妻からのおぼえも良くなかった。
男爵夫人は娘を少しでも良い所に嫁がせようと、積極的に社交界に連れ出していた。
そんなある時の事だった。
桟敷席に居る皇太子を一目見てマリー・ヴェッツェラは恋に落ちた。
ヴェッツェラ嬢はルドルフに熱を上げており、何とかルドルフに近づこうとしていた。
「ねぇ、君。君は僕の為なんら何でも出来る?」
「ええ、何でもするわ! 貴方の為なら死ぬのも怖くないわ」
「えっ、死?! ホント~!! じゃ、僕と死んでくれる? 皆には内緒だよ、いいね。手筈はこっちで整えるから、君は言われた通りにやればいい」
「ええ、分かった。 二人だけの秘密ね」
恋する乙女は、好きな相手の為に役に立てる事が嬉しく、「死」さえもロマンティックな響きに感じられ、その甘美な余韻に酔いしれる。
オランダ王女を妻に持つルドルフとは現世で結ばれるのは無理だ。
あの世で結ばれる…なんてロマンチックなのだろう。憧れの王子様を独占出来る…マリー・ヴェッツェラはルドルフと秘密を共有出来る嬉しさに夢中になる。
そして、ルドルフの用意した馬車でマリー・ヴェッツェラはマイヤーリンクの猟館に向かった。
ルドルフはこの日舞踏会が予定されており、一旦宮廷に顔を出し、夜更けにマイヤーリンクに向かう予定だった。
深夜遅くマイヤーリンクに到着したルドルフは、既に到着し恋人の到着を今や遅しと待ち焦がれていたヴェッツェラ嬢とシャンパンで乾杯をする。
「二人の未来に乾杯」
これから死ぬと言うのに、その様な気配すらない。
まるで、密会を楽しむかの様に暫く二人はふざけ、笑い転げる。
未明
(夜が明ける前に済まさなくては…)
ヴェッツェラ嬢をベッドに寝かせ、銃口を充てる。
「それじゃ…。さようなら、可愛い人」
「さようなら。一足先に待っているわ」
パン!
小さな音の後、マリー・ヴェッツェラは息絶える。
ルドルフは遺書を書く。愛する母へ、妹ヴァレリーへ。
そう、ヴァレリーはこの家の犠牲にさせてはならない。そして、友人達…有難う。君達のお陰でこんな人生でも楽しかったよ…。
早朝…
(まずい!)
そろそろ夜が明けようとする。
(一気に片付けろ!)
ルドルフは男爵令嬢の隣に腰をおろし、ベッドに寄り掛かる。
銃口をこめかみに充てる…が、引き金を引く勇気が出ない。
(やるんだ! もうお前には未来はないぞ!!)
覚悟を決めて、ルドルフは引き金を引く…パン。
皇太子の心中事件はマイヤーリンクの管理人とルドルフの友人によって発見された。
息子の死を知らされたシシィはショックでその場で気を失ってしまう。
つづく