ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
マイヤーリンクの心中事件⑤
シシィの希望が通り、ゴンドルクール伯爵はルドルフの教育係かは外された。
シシィが選んだ教師はゴンドルクール伯爵とは全く正反対のラトゥール伯爵だった。
彼は、思いやり深くルドルフの立場に立って物事を考える人だ。
多方面にわたる教養を身に着けており、旧来のハプスブルクの身分制秩序をもはや時代遅れであるとの考えを持つ先進的な人物だった。
しかし・・・・
死ぬほどの恐ろしさから、突然、真逆とも言える緩やかな環境に措かれても、人の心は変化に着いていけないものだ。
この極端に振り幅の激しい人事は、少なからずルドルフの精神に影を落とした。
やがて、ルドルフはラトゥール伯爵の啓発的な指導で学問に関心を持つ様になる。
12歳の時には4か国語をほぼ完璧にマスターする程学問の才能が豊かだった。
敬愛する母の好きなモノをルドルフもまた愛する様になる。
ルドルフは動物学に興味を持ち、その道の権威ある人々とも親交を深める程の知識を習得した。そして、自身も小型犬を可愛がった。
尤も、シシィは大型犬をペットにしていたが…。
小型犬…ここにも、ルドルフの臆病さや繊細さが現れてはいないだろうか?
ルドルフは成長するに従い、もっと学問の研究をしたいと思う様になる。
自分の好きな道を極めたい。
自然科学の世界で貢献したい。
ルドルフはルドルフなりの夢を持っていた。
その為にも大学に進学し、もっと広い視野を持って専門的に学びたい、とフランツ・ヨーゼフに希望を告げる。
しかし
「大学だと? ハプスブルクの人間が大学で学ぶなど身分に相応しくない!そんな事より優秀な指揮官になる様に軍事に専念しろ」
と無残にもルドルフの夢をへし折られてしまう。
「くそっ!」
結果、ルドルフはいやいやながらも皇室歩兵隊の監督将校の任に就くより他なかったのである。
(何故、父上は僕の事をわかってくれない・・・いや、分かろうともしないのだろう。)
ルドルフは母の愛を求めた。
幼少の頃、軍隊の教練で、今にも殺されるのではないか、と常に恐怖を感じていたルドルフは、軍事訓練から救ってくれたシシィを「命の恩人」として慕っていた。
しかし
敬愛する母はいつも家にいない。
そればかりか、自分は明らかに愛されていない。
気まぐれなシシィはハンガリーが独立すると、独立のお祝いとしてマリー・ヴァレリーを出産した。
ヴァレリーだけはハプスブルクに取られず、自分の手元に残す事が出来た。
シシィは、初めて自分で育てた子供としてヴァレリーを熱愛した。
だが、シシィはヴァレリーを熱愛する余りルドルフの事を危険視した。
ルドルフが嫉妬してヴァレリーに危害を加えるのではないかと危惧したのだ。
元々、シシィはルドルフとギーゼラはハプスブルクにくれた子として考えていたから、ルドルフが幾ら母親の愛情を求めても、シシィは母親らしい愛情で応える事はなかった。
そして…
ヴァレリーの誕生を機に、シシィ―は益々ルドルフを遠ざける様になる。
つづく