ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
王位継承戦争⑧
ハンガリー貴族は広大な土地を持っている所謂荘園貴族で、そこから上がる収益はオーストリアのそれと比べ物にならない程莫大だった。
しかも、彼らは騎馬民族であり、かつてはオスマントルコと手を組んでオーストリアに攻め込んで来た程、戦い方を心得ている。
オーストリアにとってこれほど心強い味方はいなかったのだ。
ハプスブルクに敵対心を持っているハンガリー貴族に助けを求めるだって?
確かに正気の沙汰とは思えない!!
しかし、今のオーストリアにはハンガリーにしか道は開かれていなかった。
常識では考えられないかも知れないけど、やるっきゃない!
テレーゼは自分の信念だけを頼りに、来る日も来る日も乗馬の練習を続ける。
テレーゼを習って宮廷に集まる貴族の奥方達も乗馬に夢中なものだから、男たちは機嫌が悪い。
「まったく、うちの嫁と来たら乗馬に夢中さ。女のくせしてあんな格好で目も当てられないよ」
「うちの奥さんもそうさ。文句を言ったら、女王様もやっているでしょ!!って言い返しやがった」
「あぁ、早く飽きてくれればいいのに・・・・フランツ様、女王に乗馬を止める様に言って下さいよ〜。女王だってフランツ様の言う事なら聞くんじゃないですかぁ⁈」
「ははは…。僕はレースルの好きにすれば良いと思ってるよ。きっと彼女なりの考えがあるんだろう。聡明な彼女の事だ、心配はいらないさ。僕はそう信じてる」
かくしてテレーゼは生まれたばかりの愛児をつれてハンガリー議会に乗り込んだ。
ブレスブルクの険しい坂道をモノともせず、優雅なたずなさばきの美貌の女王の姿にハンガリーの人々は酔いしれた。
「おい、ハプスブルク人の癖して、大したたずなさばきだな」
「あぁ、あんな足元の悪い急な道を顔色一つ変えず、優雅に微笑んでいられる奴なんて、そうはいないぞ。しかも、それが女なんだからなぁ」
「どうやら女王陛下は今までのハプスブルク人とは違うようだな」
「あぁ、もしかすると、あの方なら上手くやっていけるかも知れないぞ」
テレーゼのハンガリーに対する敬意は、凍り付いたハンガリー人の心さえも溶かしてしまった。
「女王様万歳!!」
首尾は上々。
こうしてテレーゼはハンガリー女王としての戴冠式に成功した。
翌日から、ハンガリー貴族を相手にプロイセンとの継承戦争に軍隊と資金を提供して貰う為、ハンガリー議会に乗り込んだ。
だが、
昨日、あれだけ「万歳、万歳」とテレーゼを称賛したハンガリー貴族だったが、交渉となると難航を極めた。
しかし、
テレーゼの美点の1つに「忍耐強さ」があった。
どんなに事が急を要していても、急がば回れで、性急に事を急かせるような事はしなかった。
しかも、相手は昨日までハプスブルクの事を敵とみなしていたハンガリー人だ。
「そう安易と交渉に応じる訳ないわよね。」
テレーゼは相手の心情に寄り添い、尊重しながら、ゆっくりとゆっくりと相手の懐が開くのを待ちながら、ハンガリー人の心に訴えかけた。
頑なハンガリー貴族を相手に、流石にテレーゼでさえ、何度心が折れそうになった事だろう。
幾度、イラついた事だろう。
だか、この窮状を打開する道はハンガリーしかない。
テレーゼは焦る気持ちを抑えながら、来る日も来る日も交渉を続ける。
ある日、テレーゼはハンガリー貴族達の前で涙ながらに心情を吐露した。
「どうか、哀れな女とこの子供を守って下さい」テレーゼは生まれたばかりの赤ん坊を抱いて窮状を訴える。
そして…
とうとうハンガリー人はテレーゼの為に軍隊と資金を提供する事に応じたのだった。
テレーゼはこの後も、ハンガリー人に対しては常に彼らの心情を尊重し、どんな時も彼らに優位になる様優遇措置を行う。
そして、ハンガリー人達も「テレーゼの為ならば」と、この機を境に、ウィーンの女王を守る有能で忠実な近衛兵となる。
つづく