ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
プロローグ、ハプスブルク現る①
ハプスブルク家と言えば約700年に亘り王朝を継続し、一時期とは言え世界地図の1/3以上の領土を独占した王家であり、この様に長きに亘って1つの王家が脈々と続いたのは、ヨーロッパ広と言えハプスブルク家をおいて他にはない。
では、ハプスブルク家とは財政潤沢な巨大な王家だったのか?
否。
ハプスブルク家はスイス東北部からアルザス地方一帯を拠点とする小貴族に過ぎなかった。
ハプスブルクの先祖たちは、スイスの外れにある小さな領地を拠点として、十字軍遠征で没落した騎士や継承者なくして途絶えた家系を吸収する等によって、細々と領地を増やし、時には神聖ローマ帝国の皇帝に忠勤を励み、皇帝軍の一員として戦いで手柄を立てる事で、貴族社会で生き残っていた。
そして、時は13世紀。
その男は戦っていた。
名はルードルフ。
今はまだ、スイス北部にあるバーゼルとチューリヒの町から程遠くない居城「ハプスブルク城(鷹の城)」の城主、ハプルブルグ伯の地位にしか過ぎない。
ルードルフは居城にほど近いバーゼルの町を包囲していた。
機は熟した。
そろそろ攻撃を仕掛ける頃合いだろう、と時を見定めていた時だった。
何やら遠くの方でルードルフを呼ぶ声が聞こえる。
「ったく、戦の最中に、どこぞの馬鹿だろうか?」と声がする方向をみると、その「どこぞの馬鹿」は我がハプスブルクの家臣ではないか。
ルードルフは呆れかえってのけぞった。
そして、よくよく「うちの馬鹿」を見て見ると、その家臣の隣には見知らぬ男が、これまた息せき切って駆け寄ってくる。
「お館さまー、お館さまーっ!!」
ただならぬ様子の家臣のすぐ後ろを、見知らぬ男は今にも倒れそうになる身体を何とか立て直し、荒い息を吐きながら後を追ってくる。
「なに事だ、この非常事態に。空気を乱すものではない」と慌てふためく家臣をたしなめるルードルフを制する様に、家臣は慌てて言葉を続ける
「お館さま、大変です!! お、お、お館さまが神聖ローマ帝国の皇帝になられましたっ」
思わず家臣は今さっき聞いたばかりの伝令を漏らしてしまう。
「…あっ、言っちゃった」
隣の男の仕事を奪ってしまった、と慌てて知らせを伝えに来た男を見ると、その横で、ぜいぜいと肩で息をしながら男は家臣をにらみつけている。
この見知らぬ男こそ、帝国の使者で、ルードルフに選帝会議によって神聖ローマ帝国の皇帝選挙の結果を伝えに来たのだった。
「おいっ、なんで、お前が言うんだよっ!! このボケがぁ!!何のために、休む間も惜しんで早馬を蹴って来たか・・・・俺の、俺の苦労が・・・うっ、うっ」
使者はルードルフの喜びの瞬間を見届けたかった。
神聖ローマ帝国皇帝となると、誰もが皇帝になりたがった。
一族の名誉の瞬間だ、きっとルードルフ様だけではなく、軍師・家臣ならずとも歩兵に至るまで狂喜乱舞する筈。
(フフフっ・・・・幾らご褒美が貰えるかなぁ。)
国で待つ母ちゃんに土産を買って・・・あっ、途中に在った居酒屋で豪勢にパーッと飲んじゃおうかなぁ。
んっ?!でも、待てよ。この殿さま見るところ余り羽振りが良さそうもないからなぁ、精々、チョット良いビールに鹿肉を食べる位かな、と伝令の使者は貰えるであろう褒美を期待してニンマリする。
「お館さま、苦労の甲斐がありましたねぇ。自分、皇帝の部下になる日が来るなんて…ホントお館様に就いて良かった」と家臣が喜びの涙を流している。
が、その瞬間・・・・
ルードルフは怒りで顔を真っ赤にしながら一喝した。
「人を馬鹿にするにも程がある!その様な戯言などおっしゃるものではないっ!!」
ひいぃぃぃ・・・・
家臣と使者は慄いた。
普段、人情味があり温厚で知られるお館様が、こんなに怒るなんて・・・・。
「おっ、お館さま、落ち着いて!落ち着いて!!
これはドッキリでも、馬鹿にしているのでもありません。この者は選定議会より遣わされた使者であります。長きに亙る国王不在の「大空位時代」に終止符を打つ為、お館さまが皇帝選挙で皇帝に選ばれたんですってば」
家臣の説明で、どうやら冗談でも敵の芝居でもない事が分かったルードルフだったが、なぜ、この自分が皇帝になぞ選ばれたのか訝しく思い、考え込んでしまう。
「お館様、どうしたんっすか?嬉しくないんすか?」
「確かに、これ程名誉な事はない。嬉しいよ、身に余る光栄だ。でも、何故私なのだろう、
そうは思わんかね?私より、ボヘミア王のオットカルやバイエルン公等適任者はもっといるだろうに」
「確かに、そうですよね。こう言っちゃなんですけど、お館さまは、どこからどう見ても皇帝って柄じゃないですよねぇ。風采の上がらない貧乏貴族って感じだし、はははっ」
(くそっ、黙っていればこいつ言いたい放題いいやがって、一度しばいたろか? だが、しかし・・・)
うーん…
うーん…
ルードルフを初め、その場に居合わせた皆が首をかしげる。
そう、実は、ルードルフの皇帝推挙には裏があったのだ。
つづく。