遥か昔…人類にとって宝石はもっと身近なものでした。
宝飾品として珍重されたのは中世に入ってからの事。
それまでは、シャーマンと呼ばれる祈祷師がお祈りや占い、また直観を得る為に、メディスンマンと呼ばれる今で言う医師の様な人達が身体の不調を良くする為に、病人に粉にして処方したり患部に当てたりしていたんです。
※シャーマンが治療にあたる事もあります。
王様などリーダー達はお守りや直観力を得る為に…いづれも、身を飾るだけではなく、もっと生活に密着していたんですね。
ううん、生活もそうだけど、もっと命とか根源と密着していたんです。
その後、中世の時代に入り、宝石を研磨する技術が発達するとその美しさに魅了された富裕層によって、権力の象徴となって行ったのだそうです。
一方、日本では縄文時代に既に、翡翠や貝殻、動物の骨や木等に穴をあけ、お守りや装身具として身に着けていた様です、それも、権力や階級の差も無く、誰もがね
縄文時代と言うと、何だかコーヒー豆の袋の様なガザガザの布を身体に巻き付けたり、動物の毛を身体に巻き付けるといった、昔懐かしのアニメ「はじめ人間ギャートルズ」(あ~、年代がバレるなぁ)の世界を連想するでしょう?
でも、縄文時代には、既に人は定住して木の実を植えたり、穀物の採収もしていたのだそうですよ。
服も大麻で出来た柔らかい着心地の良い布を使っていたとか…。
大麻と言うと、ちょっとドキっとしちゃうけど、私達が思い浮かぶ大麻とは少し違うみたい(この辺は良く分かりませんが)。
また…
西洋の人達は移動型の生活スタイルだったので、野生動物や厳しい自然から生き抜く為に、強いリーダーを必要とした為、自然と縦型の社会が出来上がったのに対して、日本は、定住型の民族だった為、皆で協力し、誰もがそれぞれの特技を生活の中で活かしながら、ヒエラルキーのない横型の生活をしていたんですって
縄文時代はそんな平和な世の中が1万年以上も続いたので、デザイン性の高い縄文土器が作られていったんですね。
…と言うと以外でしょう?
定住とか麻布の服って弥生時代の間違いじゃないの?…学校の教科書では、確かに弥生時代の話でしたよね。
でも、弥生時代は大陸から沢山の人達が移動してきて、日本は国際社会となっていったのだそうですよ。
どちらかと言うと、大陸の人達によって住むところを奪われ、大陸文化が横行していったと言う報が正しい様です。
で話を宝石に戻すと、そんな穏やかな縄文時代だったので誰もが思い思いの宝石を身に着けていたのでしょうね
それに、今より当時の人達は感度も高かったでしょうし、化学物質で汚染されていなかったから、宝石のエネルギーの恩恵に預かっていたのでしょう。
…って、何故そんな話をしているかと言うと、先日、宝石を何気なく眺めていたら、改めて「こんな綺麗なモノが土の中に埋まっていたんだなぁ」と感慨深くなってしまったんです
勿論、私達が普段目にする宝石は、人の手で研磨するからこそキラキラと美しいんだけど。
でも、地中に赤とか緑、青やピンクと言った色のついた原石が埋まっていると言う事自体、地球って凄いポテンシャルの高い星だなぁって思うんです。
そして何より!
その原石を見て「綺麗だなぁ」と価値を見出した人間の感性って凄いと思わない?
地球には色々な動物がいるけれど、色のついた石を見て「美しい」と認識できる存在って人間以外にはいないんですよね
私、改めてその人間の感性って凄いなぁって、ちょっと感動しちゃいました。
もしかしたら、無意識の部分で、宝石から発せられるエネルギーを受け取っていたのかも知れませんね。
価値あるものとして認識する意思とその価値が分かり使って欲しいと思う意思との出会い。
欲しいと思う意思と見つけてほしい意志。
そんな2つの意思との出会いが有史から今に続いて、現代になって、ただ美しいだけのモノから、宝石が本来持つ宇宙の意思、ガイアの意思を私達が受け取って活用する時代に戻ろうとしている。
人間と言う小宇宙と宇宙のエネルギーが凝縮した宝石の融合。
今この時期に宝石を求める人が増えているのは、きっと多くの人が統合の時代に向けて何か微細なるメッセージを受け取っているのかも知れませんね。