少し前の事ですが、ふと思ったのですが、「ネガティブ」って波動が重いんだなぁ、って気づきました(←いまさらかいっ!)
波動とか周波数って言葉を使うと、なんだか怪しいなぁと思われるかも知れませんが、コレちょっと便利なんですよ。
と言うのもね、例えば、良い人なんだけど自分とは合わないなぁ、っていう人いませんか?
私は、いますっ!(って、自信もって言うな!)
でも、それって、どっちが悪いと言うことじゃないんですよね。
その人と自分とは周波数が違うだけ。質の違い…かな?
そんな感じで、波動とか周波数と言う言葉を使ったり、感じたりして頂くと良いかと思います。
それで話をネガティブに戻しますが、私達って、どうしてもネガティブな事が✖でポジティブが〇って〇✖をつけちゃうじゃない?
でも本来、物事には〇も✖も無いんですよね
陰と陽が対になっているように、物事は全て対になっています。
二極に分けてしまうから、ついつい、どっちが上でどっちが下って優劣をつけてしまうんだけれど、例えば、インフルエンザの検査を例にとってみれば、陰性と陽性のどっちが良いかと言えば陰性の方が良いですよね?
この様にマイナスの方が良い事だってあるんです。
それに…
鬼ごっこを例にとれば、誰だって鬼になるのは嫌だけれど、鬼がいないと遊びは成立しない事を思うと、やはり両極に優劣は無いのだと思います。
まぁ、つい習慣で優劣をつけちゃいますけどね
でも・・・・
全てにおいて「中立」が一番良いとされている様に、物事、どちらか一方に傾き過ぎるのは良くない。
つまり、「悟り」とは差を取る事。
物事を切り取って分けて見るのではなく、「中立」「中庸」の状態の事を言うんですね。
これを「空」とも言います。
この中立の立場にいれば、360度あらゆる可能性を見渡せるのですが、人間、どうしてもネガティブな方に引っ張られやすいんですよねぇ。
だから、ネガティブって波動・周波数が重いんだなぁって…。
引っ張る位だから、相当、重いよ〜
だって、ネガティブの方向に転ぶのは簡単だけど、ポジティブに向かうのって意外と難しいでしょう?
だから、ネガティブな気持ちになっても、「これじゃ、いけない」とか「私ってダメだなぁ」なんて落ち込む事はないと思います。
そして、もっと言うと、ネガティブな感情は脳が作り出しているだけで、ネガティブな感情に心が奪われている時も魂はネガティブともポジティブとも感じていないんじゃないかと思うんですよ。
脳って人間の幾つかある臓器の1つにしか過ぎないじゃない?
で、脳って精密なコンピューターの様なもので、起こった出来事に応じて「好き」「嫌い」「嬉しい」「怖い」と言う感情をスタンプを押すようにはじき出しているに過ぎないって思うんです。
私達は生まれてから今まで、色々な事を経験してきますよね。
例えば、両親から叱られた→怖い。悲しい。お母さんが笑顔になった→嬉しい。
こんな小さな体験から、こういう時は嬉しい、こういう時は嫌な感じ、と言う様に物事と感情がプログラミングされていく。
だから、例えば上司から注意されたら、嫌だなぁという感情が自動的に起きるんだと思うの。
で、問題は、その「嫌だなぁ」と言う感情に支配されちゃうから、辛くなっちゃう。
そんな風に考えて行くと、意思の力で「嫌だなぁ」と思う世界から何とも思わない世界に移行する事も出来るし、ネガティブな感情に浸る自由もある。
でも、同時に、ポジティブな世界に移動する事自由もあるんだよ~
勿論、そこには意思の力が必要になるけどね。
ただ、ネガティヴなエネルギーって波動が重たい。
ほら、簡単に引っ張られちゃうからね。
だから、気持ちが浮上するまで、じっくりとネガティブを味わってもいいし、気分が上がる方法を沢山みつけて強い意志の力で方向転換をするのもいい。
ただ・・・・
ネガティブがいけない事とだけは思わないで欲しいんだぁ。
ネガティブでいる自分が辛くなっちゃうからね。
ネガティブで居続けるのは良くないけど、ネガティブを感じる事も大事。
だぁいじょうぶ!
人間、どっぷりとネガティブな感情を味わったら、大抵飽きてくるから(笑)
そうしたら、今度は浮上するのみ。
嫌でも浮き上がってくるからね。
そう、ネガティブは次のステップに続く扉みたいなモノ。
起こる事は全部◎なんです