妹マリー・アントワネットの非業な死の知らせは、マリア・カロリーネの精神をずたずたにしました![]()
フランスでは恐怖政治が頂点に達し、人が人を信じられなくなり、陰謀がはびこっていました。
最愛の妹は、フランスの啓蒙思想を支持する人達によって殺された。
その啓蒙思想は、マリア・カロリーネもまた、ナポリで奨励していたものだったんです![]()
そして、カロリーネは陰謀を警戒してスパイを放つ様になったんです。
ナポリに嫁して以来、数々の改良を行い、成果が上がった時に褒められるのは、いつも夫のフェルディナントで、どんな場合でも非難されるのは外国人であるカロリーネ。
しかし、それでも王妃は国民1人1人に愛情を注いで来たのです![]()
それなのに、最愛の妹は民衆に殺されてしまった…。
精神的に酷く痛めつけられたカロリーネは、独りよがりな計画を立てては実行していく様になってしまったんです。
そして、国庫を空にしたと非難された王妃は、ますます、冷静な判断力を失ってしまったのです。
とうとう王妃は、物事の全てを白か黒かでしか見れなくなり、国内では裏切りばかりが目につき、国の外に目を向ければ、そこには恐ろしいフランスの圧力が…。
やがて混乱したフランスをナポレオンが制圧し、ヨーロッパ統一に向けてナポリにも軍隊を進めて来ると、王妃は最後までナポレオンに服従しようとはしませんでした![]()
アントワネットの死はフランスでは1人の外国人の死として歓迎されたかも知れませんが、ヨーロッパに君臨する王族達を震撼させました。
それはそうですよね。
それまでは、王族が民衆から処刑される事なんてなかったのですから。
ハプスブルク家では身内が惨い最期を迎え、そのショックは如何に大きかったか・・・・。
長い事、誰もアントワネットの名前を口にする事は出来ない程だったのです![]()
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中でも一心同体の様にアントワネットの事を案じていたカロリーネが、ナポレオンの事を憎きフランス人と思っても当然です。
王妃の強情さは、ナポレオンへの抵抗という形で現れたのですね。
ナポリ王妃の抵抗に辟易した
フランス軍は、ナポリを征服する為、宮廷をシチリアヘ移したのですが、フェルディナントはシチリアでの生活には馴染めませんでした。
そこに付け込んだ廷臣達が、国王がこんな惨めな思いをするのは全て王妃のせいだとフェルディナントに入れ知恵した為、カロリーネは宮廷を追われる身になってしまったんです![]()
各地を転々とし祖国に身を寄せたカロリーネでしたが、ここも居心地の良い場所ではありませんでした。
帝都では2人の兄ヨーゼフもレオポルトも亡くなっており、兄レオポルトの息子フランツ・・・カロリーネにとっては甥っ子が皇帝になっていました。
兄のポルドルとヨーゼフ
フランツ帝…こいつが無能なばかりに…
カロリーネは甥っ子にあたるフランツの元に、王女マリア・テレジアを嫁がせていました。
従妹同士の結婚です。
その結果、カロリーネは、そのマリア・テレジアとフランツ帝の間に生まれた、孫のマリー・ルイーズをナポレオンに降嫁させられるという屈辱まで味わねばならなかったんです![]()
これは、マリア・カロリーネにとって、相当な悲劇だった事でしょう。
後に、ナポレオンが流刑となり、祖国に帰ってきたマリー・ルイーゼがカロリーネを表敬訪問をした時の事です。
「一度嫁いだからには最後まで添い遂げるものです」とチクリと一刺ししたと言います。
別にマリー・ルイーゼが悪い訳ではないけれど・・・勿論、それはマリー・カロリーネ自身分かってはいたけれど、あんな酷い男の所に嫁いだくせに、と言う思いと、私だって屈辱的な結婚だったけれど、必死ですやって来たのに
と言う、遣り切れない思いがあったのでしょうね。
ハプスブルク家の一員としての誇りと自覚が強いマリア・カロリーネは、母マリア・テレジアからハプスブルク家の大公女として何物を恐れてはいけないと、厳しく育てられた通りに、数々の困難を乗り越えて来ました![]()
その後生涯を通じて3度の結婚をした、現代っ子のマリー・ルイーゼにとっては、耳の痛い、少々口やかましいお祖母様に映ったかも知れません。
マリア・カロリーネも時代と国の犠牲となって翻弄された生涯でした。
最後はウィーンの片隅でひっそりと淋しく暮らしましたが、ハプスブルク家の女性として強い自覚を持ち、地道な努力を積み重ねて、祖国や国民の為に尽くす強さを持ち合わせた女性だったのです![]()
さて、次回最終回は、ハプスブルグのお姫様達から、現代の真面目さん達に向けてのメッセージです。
・・・・to be continued


