フェルディナントとの結婚生活で、20年の間に17人の子宝に恵まれたマリア・カロリーネ。
実は、母と結んだ契約条項の中に、男の子を産んだら閣議に参加しても良いと言う1項が付け加えられていたんです。
その為、マリア・カロリーネは男の子が生まれるまで、7年も裏方に徹しなくてはなりませんでした。
ただでさえ、王妃にとって世継ぎを産む事は至上命令です。
女帝とアントワネットとの往復書簡でも、「今度は男の子が産まれるといいのに」と心配される程、カロリーネには、中々男の子が授からなかったんですよ。
アントワネットは、余り仲が良くなかった姉アマーリエに男の子が産まれると「ああ言う人のところに、何故、男の子が産まれるのかしら?神様は不公平だわ
」と言ったり、「子供が出来る可能性があるんですもの、次は男の子よ
」と一向に自分には懐妊の兆しも見えない事に、少し羨ましく思いながらも、大好きな姉を案じていたのです。
いずれにしろ、新しい家族の誕生を待ち遠しく思うところは、私達と変わらない様ですね。
母マリア・テレジアがアントワネットに宛てて「姉達は貴女の様に贅沢が出来る立場にはいないんですよ。ナポリ王妃は財政的にも貴女の様に恵まれていないのに頑張っています」と戒めた様に、式典こそ豪華でしたが、カロリーネはいつも簡素な服を着ていました![]()
同じ姉妹でも、恵まれた生活をしている子とそうではない子がいる。
真面目に頑張っているカロリーネの事を思うと、女帝は不憫で仕方がなかったんでしょうね![]()
カロリーネが質素な生活を心がけたのは、質実剛健なオーストリアの気質を持ち込んでいたからでしょう。
若くて魅力的な王妃の周りには、魅力的な廷臣も多かったのですが、媚を売るような態度や服装をする事もなく、極めて簡素な服を着用し、決して肌が露わになる事が無い様にスカーフを羽織っていたんですって。
女帝の指導で道徳観念が厳しかったオーストリアと真っ向反対の道徳観念がいたってルーズなナポリの性格もあったのか、夫のフェルディナントが、もう少し胸の開いたドレスを着るように勧めても(もうっ、どこまでもお馬鹿!)聞き入れなかった様です。
↑フェルディナントはこう言うのがお好み?
それでも、カロリーネには若い廷臣達とのスキャンダルはいつもついて回っていたのだそうです![]()
女帝も廷臣と密談をしては、夫フランツをやきもきさせた事がありましたが、国事となれば決して外部に漏れないよう、水面下で行われる動きはありますよね?
カロリーネも夫から、忠臣と何かあるのでは?と疑われた時は、夫と2人だけで部屋に籠もり、納得行く迄話し合った様です![]()
カロリーネが男性の目を引かない様な服装をしていたのも、無用なスキャンダルを避ける為だったのでしょうね。
周囲が流す悪い噂とは裏腹に、王妃はそれ程恋愛には興味も時間もなかった様ですが、どこの国でも外国人には意地悪なもので、魅力的で優雅な王妃にとって、所謂、根も葉ない噂は、有名税の様なものだったのでしょう。
自分は質素に。
個人的な事には国庫を使う事はなかったカロリーネですが、他人への贈り物には大盤振る舞いをした様で、この点についてはフェルディナントや宮廷から叱責をされる程![]()
限りのある財政の中でも、自分の事よりも周りの人が喜ぶ事を優先したいと言う、カロリーネの優しさなのでしょう。
日頃お世話になっている家臣達に大盤振る舞いをする性格は、女帝とそっくりで、母を手本にお嫁入りした国を立て直そうと努力したのかも知れませんね。
しかし、カロリーネの数々の改革を快く思っていなかった人も大勢いたのです![]()
カロリーネを支持したのは裕福ではない国民達。
彼らは、苦しい生活を変えてくれる人を待っていたので、王妃は圧倒的に支持されていました。
しかし、古くから宮廷にいるスペイン派の廷臣等は王妃の事を良く思っていなかったので、成果のあったこと等、良い事はすべてフェルディナントの政策としていたのです![]()
スペインから引離し、オーストリア宮廷のやり方を取り入れようとするマリア・カロリーネを敵視していた、その急先鋒が宰相のタヌッチで、王妃がナポリに嫁いで暫く経った頃、このような事がありました。
その日は、オーストリアから兄のヨーゼフがナポリ宮廷に来ていた為、軍艦の甲板で夕食会が行われていたんです。
久しぶりに故郷のお兄さんと会えて、カロリーネはどんなに嬉しかった事でしょう![]()
晩餐会や舞踏会など宮廷行事に興味がないフェルディナントは、この日も御多分に漏れず早々に引上げてしまったんです。
後に残ったカロリーネは、積もる話しを楽しんだご様子。
そして…
ほろ酔い気分のカロリーネは兄達と冗談を言い笑いながら甲板を降りていたところ、足を踏み外して、オーストリア皇帝共々海の中へ落っこちてしまったんです![]()
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慌てて、司令官や水兵達が海に飛び込み救出した為事無きを得たのですが、この話は意地の悪い宮廷で、尾ひれが付いて格好の噂話となったんですって![]()
そして、この場に居合わせた宰相は、お転婆で軽率な王妃など、大した敵ではないと見くびっていたのですから、宮廷でのカロリーネの影響力が強くなっていくのは、面白い筈はなかったのでしょうね。
確かに、マリア・カロリーネは強情で、性急に事を急がせようとする欠点も持ち合わせていたんです。
例えば、フランス革命が始まると、フランスから逃れてくる避難民を助けるために、いくつもの事前事業を行い、国庫に負債を作ってしまった様に、後先を考えなかったり…。
でもね、基本的には人の善意に沿って…困っている人には、手を差し伸べずにはいられなかったのでしょうね![]()
しかし、そんなマリア・カロリーネも、愛する妹の惨い最期を知らされてから、理性を失った人間になっていった様です
。
・・・・to be continued


