前回は、ディアーヌがアンリの教育係として、母性的な愛情を注いだお話しでした。
アンリは7歳の時に、パヴィアの戦いで敗れた父の身代わりとして、兄と人質としてスペインへ渡った経験があります。
人質としてスペインへ向かう道中、王太子の兄ばかりが大事にされる中、唯一ディアーヌだけが引き渡される直前、アンリに駆け寄り、「可哀想に。どうぞご無事で」と抱きしめてキスをしたのです。
陰気で内向的だったアンリは、この時のディアーヌの優しさを生涯忘れる事はありませんでした
ディアーヌは単に母性から咄嗟に出た行動に過ぎなかったのですが、アンリにとって、この時からディアーヌは生涯のただ一人の女性となったのです
家庭教師も付けて貰えず、ロクに陽の当たらない部屋に閉じ込められた過酷な人質生活。
そこで与えられた、たった1冊の騎士道精神を盛り込まれた物語に登場する姫君の中にディアーヌの影を投影し、無事フランスに戻ったら、ディアーヌを守る為に生る事を心の支えにして辛い人質生活を耐えたのです。
「この人」と決めたら生涯愛を貫く性格のアンリは、晴れてフランスに戻り、2人の王子の帰国を祝う馬上試合で、愛を捧げる女性に向け槍先を倒す際、アンリは迷わずディアーヌの前で止まり、愛の宣誓をする許可を乞うたのでした。
この時、ディアーヌは将来アンリが王位を継ぐとは思っても見なかった筈です。
幼い王子が愛の宣誓をする姿を可愛らしく思ったのでしょう。
ディアーヌは国王フランソワにアンリの想いを受取り、その後の教育を願い出たのです。
そして、この時からディアーヌはアンリの良き師となり、王家の者として進むべき道へとアンリを導いて行くのです。
アンリは父に疎まれていた為、機密会議に出席する機会さえ与えられませんでした。
その為、ディアーヌは先の結婚で得たノルマンディ大総督としての経験と前夫から受継いだ知性と教養を駆使し、それを全てアンリの為に注ぎ込んだのです。
兄の急死と父王フランソワ1世の死によって、フランス国王に戴冠する頃には、父王の持つ華やかさはなかったものの、王者に相応しい威厳と明るさ、判断力や知性を身に着けていました
母親が子供を慈しむ様な愛情でアンリを見ていたディアーヌが、どの様な思いでアンリを1人の男性として受け入れたのかは分かりません。
しかし、アンリは1人の青年として19歳年上のディアーヌを見返りも求めずに愛し、ディアーヌはアンリの愛を受入れると、全てをかけて大事に育んだのです
ディアーヌによって王者として、1人の男としても自信を身に着けたアンリ。
そこには、かつて父や宮廷から邪険にされた陰気で気難しい少年の面影は微塵もなく、押しも押されぬ王者としての風采を漂わせていたのです。
アンリは常にディアーヌに意見を求め、アンリの治世において、全ての書類は「アンリディアーヌ」と2人の名前が一体化された署名となり、そこに王妃カトリーヌの入る余地はなかったのです
そして、アンリはカトリーヌを儀礼上、丁重に扱うものの、宮廷内はもとより宮廷外へ行く時も、常にディアーヌを傍らに置き、王妃の扱いを受けるのはディアーヌ。
アンリの所有物に刻む紋章は、全てディアーヌを表す三日月や、2人の頭文字HDが絡み合った組み文字が刻まれ、身に纏う物は王家の伝統のではなく、ディアーヌの色である黒と白となったのです
これらは宮廷のシャトーだけではなく、王家の所有する全ての城のあらゆるところにHDの組み文字を付し、アンリはフランスの女主人がディアーヌである事を誰はばかる事無く公にしたのです。
ここに特筆したいのは、これらの全てをディアーヌは一度も要求したことはありませんでした。
ディアーヌはアンリが善政を行える様、人脈や必要な課題を敷設し、冷静さと的確な判断力を駆使し、アンリの為に自らの経験と知性を注ぐ事。これが全てだったのです。
ディアーヌの取り分があるとしたら、アンリは父王フランソワと違い芸術に興味を持たなかった為、芸術の庇護者としてディアーヌが前王と共に成し遂げたかった、フランス・ルネサンスを確立させた事だったかも知れません。
アンリ40歳。
占い師の予言通り、馬上槍試合の際、右目に刺さった折れた槍の穂先による傷が元となり、呆気なくこの世を去りました。
薄れゆく意識の中で、最後まで「マ・ダーム(私の貴婦人)」とディアーヌを呼び続けたのですが、王妃カトリーヌの命によりディアーヌはその枕辺に呼ばれる事はなかったのです
ディアーヌは自分の娘達をカトリーヌ側の側近に嫁がせる事により、アンリから貰った財産を守り、結果的に家領を大幅に拡大した事は、女としてまた実業家として成功したと言えるでしょう。
カトリーヌもまた美しいシュノンソ―城を明け渡す事でディアーヌを許しました。
そして、ディアーヌは前夫とアンリの思い出の残るアネの城で静かに余生を過ごしたのです。
さて、最終回は、 何故王妃を凌ぐ程、19歳も年上の女性が愛されたのか?
男性が女性に求める3つの役割について、解析します。
・・・・to be continued