夫と祖国の板挟みになり、次第に精神が不安定になって行くファナに対して、相変わらずフィリップはファナに寄り付きもせず、疎ましい妻に激怒し罵声を浴びせた後は、欲情に任せると言う様に飴と鞭を使い分るのに対し、夫に対する不満とそれ以上に激しい夫への愛の狭間にファナの神経は耐えられなくなっていました。
ある時、女官の1人がフィリップと関係がある事を本能的に嗅ぎ付けると、鋏でその女官の美しいブロンドの髪を根元からバッサリと切り落とし、恐怖に泣きじゃくる女官を薄っすら笑いながら見下ろしていたと言います。
騒ぎを聞きつけてやってきたフィリップは大勢の面前で「お前とは二度と寝室は共にせぬ!」と言い捨て、一大スキャンダルとなるのです。
夫婦の不仲は有名になり、ファナは時々虚ろな目をする様になりますが、それにも関わらず、10年の結婚生活の間に6人の子供を設けましたが、ファナは妊娠する度に、宮廷は自分をフィリップの跡継ぎを生む道具としか見なされていない事に激しい憎悪を感じ、ますます自分の殻に閉じこもって行くのでした。
スペインにいる母イザベラの元にも、フィリップの横暴さや娘の常軌を逸した様子が伝えられる度、イザベラは、自分のが近親結婚を繰り返したポルトガル王家の出身で、イザベラが幼い頃発狂し、苦悶の末亡くなっていた事を思い出し、我が子に限ってそんな筈はないと打ち消すそばから、我が子だからこそ「もしや・・・」と不安になるのでした。
後継者を失ったファナの実家スペイン王室に対して、フィリップはファナをそそのかし、継承順位を無視して、自分が次期後継者に名乗りをあげた為、この暴挙にスペイン両王は怒り心頭に達するのですが、不運にも呪われた様に、スペイン王室の相次ぐ継承者の死によって、王冠は次の継承者ファナの元へ廻ってきます。
母イザベラと父フェルナンドはファナにスペイン継承にあたって、一度里帰りをしては、この機会に、ファナの容体を確かめ、祖国でゆっくりと静養させる事を考えていました。
そして、出来る事なら娘婿フィリップと和解をしたいと考えていたのです。
・・・膝付合わせて話し合えば、通じ会えるのではないかと期待するなんて、あんな男に優し過ぎます!
ファナは6年ぶりに別れた両親に再び会えると喜び、再び活力に目覚めました。
両親に家族を紹介し、早く両親の顔を見たいと願ったのですが、「苦労せずとも王冠が手に入るとわかった今、あえて煩わしい思いをする事もない」とフィリップが拒否。
加えて、またもやファナが懐妊した為、一旦は祖国への帰郷は取り止めになったのですが、立続けの不幸に憂慮したスペイン両王は1日も早く継承認証式を行う必要があるとし、フィリップを説得し、ここにやっと、スペイン訪問が相成ったのです。
6年ぶりの親子の再会に懐かしい両親の温もりを期待していたファナ。
しかし、ここでもスペインの習慣を無視し、フランドルのやり方を持ちこみ、わざとフランス語だけで会話をしようとする夫と両親との溝が深まるばかり、そして、スペインの習慣を馬鹿にするフィリップの行動は、プライドの高いスペイン国民の心に怒りの炎を呼び覚まし、その板挟みとなったファナの精神は休まる事が無かったのです。
それでも議会でファナの王位継承が承認されると、フィリップはこの時も妊娠していたファナを残してさっさとフランドルへ帰って行ったのです。
2ヶ月後、ファナは男の子を出産しましたが、この子さえいなければ夫と一緒に帰れたものをと思うと、自分を置いていった夫への憎悪と恋慕が身体中をかけめぐり、子供の存在を無いものとし、両親にさえ心を閉ざし、その瞳は虚ろとなり奇行が始まるのです。
ファナが完全に正気を失ったのはフィリップの死でした。
イザベラ女王は自身の死の直前、あくまでもファナを継承者としたまま、ファナがカステリアに不在、また行政不可能の際は、孫のカールが成人するまで夫フェルナンドを摂政とすると遺言を書き換え、その遺言を書き終えた3日後、女王は53歳の生涯を閉じました。
しかし、夫フェルナンドは自分の死後フィリップに宮廷を乗っ取られるならば、どこかの王女と結婚し、自分の血を継ぐその子に継がせたい!とフランス王の姪と結婚することにしたのですが、これに反発した宮廷人とフィリップが手を組み、フェルナンドを退け、フィリップを王座に就かせてしまったのです。
王位について半年、人を人とも思わないフィリップに鉄槌が下される時がやってきました。
球技に汗を流していたフィリップは、咽喉の渇きを覚え冷水を飲んだところ、にわかに悪寒を感じ、夜にはおう吐や下痢が始まりました。
苦悶の末、6日後に息を引き取ったフィリップ。
宮廷に戻ったフェルナンドはファナとフィリップの子カールが成人となる迄、宮廷を守り続ける事となるのです。
フィリップの死によって、完全に常軌を逸したファナはフィリップの遺体を埋葬させる事を拒み、伝説では夜な夜なフィリップの遺体に向かって話しかけ、まるで生きている人間を扱う様に寄添っていたと言われています。
父は狂気の世界に旅立った娘の処遇に、妻の遺言通り継承者としてカスティリア女王とする約束を履行する為、トルデシリヤスにある城塞に幽閉する事にしたのです。
人が近づくと暴れ、着替えさえさせない状態になったファナは、トルデシリヤスの城塞で皮膚病の為ボロ布の様な状態となり、獣の様にうずくまったまま長生きし、幽閉後46年間、この城塞で生きるのです。
17歳でスペインに渡り、スペイン王カルロス1世として即位したカールは、広大な領土を統治する為、旅また旅の生涯を送りますが、母が亡くなる迄、スペインに戻った時は必ず、息子の顔さえ分からない母ファナを見舞ったと言われています。
次回は、ファナとマルガレーテ2人の生涯から、私達が実り多い人生を送る為には、また私達の恋に執着はないか、この点を振返っていきたいと思います。
・・・・・to be continued