ファナがフランドルの港に到着した時、ファナがいつ到着するか知らされていなかったフランドル側は、まさかこれ程の大艦隊が押し寄せてくるとは夢にも思わず、ファナの受け入れ準備は整っていませんでした。(°д°;)
この様な両国の感覚のズレはやがてはお互い相容れぬ大きな溝に発展して行きます。
何でも儀式や慣例を重んじる騎士道精神を旨とするスペインと優雅で放埓な生活を好む商業気質のフランドル。
両国の持つ生活習慣の違いに両者は戸惑い、激しい憤りを感じ、互いに憎悪を抱きますが、その怒りはその板挟みとなった16歳のファナに向けられ、次第に精神が蝕まれて行くのです。
ファナ達が到着した頃、フィリップは父マクシミリアンの名代でチロル州の会議に出ていました。
チロルとフランドルは、その距離800km。
フィリップは会議を放り出し馬でファナの元に向かいました。
しかし、この時フィリップが急いだのは、ファナへの労いや歓迎の気持ちでもなく、自分の花嫁となる女はどの様な女なのかと言う好奇心だけだったのです。
ガンの宮廷で、亡きお姫様マリアの一人息子として、多くの廷臣に甘やかされて育ったフィリップは、今まで自分の手に入らない物は何もなく、「美公」と呼ばれる美貌の王子は、これ迄、あまたの女性と関係を重ねてきたのです。
フィリップ程結婚に向かない男はなく、彼自身も父から結婚を告げられた時、少なくとも最初の数か月は1人の女性の元に縛られる事を思うと暗澹とした思いでいたのです。
そうとは知らず、ファナはこの自惚れの強い王子フィリップを一目見るなり、たちまち恋に落ちてしまったのです。
ブロンドの美女ばかり見てきたフィリップも、このエキゾチックな風貌をした異国の女性に欲情を掻き立てられ、今すぐに来ることが出来る司教を連れて来いと命令すると、その場で形式的な結婚を済ませ、すぐさまベッドに向かったのです。
真面目一本の母に厳格に育てられたファナは、これが自分に対する愛情故と思い込み、この日を境にファナの人生は夫なしではいられなくなり、後に、夫の女性関係に、身を引き裂く様な激しい嫉妬の波に苛まれ、夫への激しい愛情と嫉妬の間で、彼女のか細い神経はすり減っていくのでした。
美しい夫に夢中になったファナは、戦争をしかけろと催促する父の手紙もヘンリー7世からの要求の手紙も机の中にしまったまま、未だ船の中で待機させられている多くの追従達は、フランドルの寒さと飢えの為次々に倒れ、15,000人程いた兵士や船員達は9,000人にまで減っていたのです。
生き残ったスペイン人達は、自分達をこの様な状態にしたまま何の手だてもされず、加えて祖国の敵フランスへ傾倒している我らがお姫様の夫フィリップ対する怒りは、そのままファナにぶつけられたのです。
そこへ来て、ファナとフィリップの結婚生活に早くも陰りが現れました。
最初の数か月はフィリップもファナが求めるのと同じ激しさで応えていたのですが、元来、1人の女性に落着けないフィリップは、次第にファナに飽き、彼女の夫に対する愛情が疎ましくなってきたのです。
美しい女性はファナ1人に限った訳でも無く、宮廷にはブロンドの髪をした美しい女官が大勢いるし、ファナが連れて来た女官達の中にも美しい女性は事欠かなかった。
フィリップは理由をつけては妻の元を抜け出すと、一夜限りの恋の冒険に出て行くのです。
すると、翌朝になるとファナは夫をなじり、次第に激しい口論となる。
寝室を別にすると床板を叩きフィリップを求める。この繰返しに、フィリップの心は益々妻から離れてゆくのでした。
ファナを愛憎の渦から現実に引き戻したのは、逼迫した経済困窮でした。
結婚の取決めの際、ファナにはそれ相当額の婚資金が支払われる事になっていました。
しかし、フランドルの宮廷はファナが請求すると上手く言い逃れて支払おうとせず、ファナは自由に使えるお金が無いまま、ファナを取巻くスペイン人達への支払にも困窮していたのです。
これらのスペイン人の怒りと憤りは直接ファナへぶつけられる事となり、終日自室に閉じこもっては、明るい祖国の太陽や家族を思い出しては、寂しさと心細さに一日中泣き暮しかなかったのです。
・・・・to be continued