実はハプスブルク家には地位を捨て迄も成就させた恋が幾つかあります。
フェルディナント大公とフィリッピーネもその一人。
フェルディナント大公はハプスブルク家の次男坊。ゆくゆくは、どこかの王女をお嫁さんに貰って、然るべき領地を治める身です。
一方フィリッピーネは豪商ヴェルザー家のお嬢さん。知性豊かで、当時の女性としては珍しく経理が得意な市民の娘です。
ヴェルザー家と言えば、洋の東西を言わず手広く商売網を持つ、今で言う総合商社。
古くからハプスブグク家は、多額の負債を用立てて貰っていた間柄ですが、身分違いの結婚も甚だしい決して許されない結婚でした。
王子様と市民の娘。一体どうして出逢ったのでしょう。
ある時、アウグスブルクに来た皇帝一行を館の窓から眺めていていると、じっと彼女を見つめる人物がいました。それがフェルディナント大公。
これが二人の出会いです。
暫くして、彼女の叔母であるロクサン夫人のサロンに招かれたフィリッピーネ。そこで、2人は再会するのです。
ずっと忘れる事が出来なかった女性が目の前に現れ、それを機に二人は度々会う様になります。
今まで自由を奪われる事を恐れ、結婚をせずにいた、大公ですが、ついにフィリッピーネに結婚を申し込むのです。
しかし、すぐさま「Yes」と答える様な浅はかな女性ではありません。
大公と貴族でもない自分との結婚が、大公や一族にどの様な事態を与えるか慎重に考え、何を犠牲にしても大公との結婚しか考えられないと言う結論を出しました。
勿論、皇帝が許してくれるとも思えません。
嵐の夜、少数の知人のみが立ち会って、ひっそりと結婚の誓いを立てました。ものの2~3分で終了簡素な結婚式でした。
では、皇帝に背いてまで大公が結婚を貫いたフィリッピーネとはどのような女性だったのでしょう。
彼女は自分の事よりも、まず大公の健康を何よりも大事にしたそうです。
料理上手な彼女はチロル地方の産物を使った料理のレシピを何冊ものノートに残し、栄養のバランスが行き届いた料理を自ら作ったそうです。
明るく料理上手な彼女の元には沢山の人々が集まり、楽しい集まりが開かれました。
また、医者も顔負けな程、ハーブや医療の知識があり、医薬品を入手する事も出来たので、近隣に病人がいれば薬を与え、けが人がいれば傷口を縫合し軟膏を塗り痛みを和らげました。
悩める者には助言を与え、貧しい者にはお金を与える等して、分け隔てなく困っている者には手を差し伸べる女性でした。
インスブルックの人達も初めは、大公に市民の娘との離婚を要求したものの、彼女の優しさに皆感謝し、その人柄を心から愛したのです。
やがて大公にポーランド王にならないかと話が持ち上がります。
しかし条件は「フィリッピーネと離婚する事」。
大公は迷うことなく、ポーランド王の座を辞するのです。
双子を出産してから、体調を崩したフィリッピーネ。
それでも、自分の健康より大公の健康ばかり心配し、どこへ行くにも同行する事は止めませんでした。
そして、二人の恩人ロクサン夫人が亡くなると、後を追う様にフィリッピーネも静かに息を引取るのです。
彼女が残した遺書には、彼女の遺産は子供達と恵まれない人達に与える様にと残して・・・。
彼女の生涯は、自分が出来る事を惜しみなく周囲に与える。
夫の助けにすがって生きるのではなく、自分で考え行動するタイプの女性だったと思います。
純粋で、優く、聡明で意志の強い女性。
それでいて、女性らしく優美で可愛らしい面も失わない女性。
こう言う賢い女性だったからこそ、大公は王冠より愛を選んだのかもしれませんね。