さて、T司側の言い分はなんだったのか、と考えた。
保険屋の上司からの情報しかわからないんだけど、早い話が彼ら在日でも、反日教育を受けた場合、日本人を見下すらしい。
ましてT司の家は、特にそれが祖父母からの影響で強かったという。
その祖父母も(特に男性側)は、すでに高校生の頃には祖父父共に亡くなっていた。
祖母も高1の時に亡くなっている。
両親はどちらも在日2世同士と聞いていて、創価には祖父母の時代から入信しているので、反日感情も半端じゃないらしいのだ。
だから?と思うけど、どんなに仲良くても住所も電話番号も教えてくれず、いつもS司君(幼馴染)やT久経由でしか連絡が取れなかった。
たぶん、S司君も同じ在日なんだけど、帰化して日本国籍だったと後で知った。
T司の家も教えてくれたので知っていたけど、家に呼ばれたことがないのに、逆に私の家には遊びに来ている。
つまり、私のことは話してあって、あの子達は知っているわけ。
でも、T司たち兄弟は三世になるので、その反日感情がどこまであったのか、よくわからないけれど、少なくとも私は避けられてはいない。
その証拠?に、家の中には入れてくれなかったけれど、家の前まで連れて行ってくれたから。
そこにこだわりと抵抗を感じていたので、無理に上り込んだりしなかった。
で、なぜか数日後にS司くんちに連れて行かれた。
私には「暇ならS司んちに付き合ってよ」と言ったのに、一緒にいたK生には「きたかっったら来れば!?」と言う言い方していた。
K生は、言い方にムカついていたけれど、私が行きたいというと思ったらしく「行くよ」とムクレっ面で言った。
それがT司には精一杯だったんだと思う。
だから、私の卒業に抵抗したんだと思うけど…
「卒業させない」というT司に「現実を受け入れて大人になれ」という私…平行線のまま、何度もぶつかった。
「M川の時は、みんな(私も含めて)アッサリ見送ったのに」という私に対して、「私は違う」といって聞き入れない。
さんざん抵抗されて…冷たく突き放すしかなかった。
あの日、恨めしそうに私を睨んで「裏切り者…」とつぶやいたあの子が忘れられない。
可哀そうだと思ったが、いつまでも馴れ合ったまま、子供でいるわけにいかなかった。
別れは必ず来ると、準備ができていなかったのはどうしてなのか…
夏休みが終わって、体育祭の準備と並行して本格的な就職活動に入っていた。
彼らの前で、履歴書書いたり面接日の日程をS野に報告している。
そんな私を見て、あの子たちの抵抗が始まった。
学園祭の時、すでにクラスで1番最初に就職先が決まっていた私に、部活でそのことで何度ももめて喧嘩になった。
私の活動は「これが最後」と言っても、彼らは聞き入れない。
私は卒業試験の真っただ中にいて、正直邪魔されイラついた。
けれど、私は構わず試験が終わると自動車学校に行くことを決め、学園祭後から通うことにした。
部活には一切顔ださず、自動車学校に通ていたある日、S野に呼び出されて「逃げるな、たまには顔を出してやれ」と。
逃げてるわけではなくて、避けていた?(一緒か(笑))だけで、自動車学校もあっさり卒検まで1ヶ月で行ってしまった。
で、暇になった私は冬休み直前のある日、顔を出すことにした。
当然、彼らは私の存在を無視するので、面白くないし不愉快なので途中で「帰るわ」と言って部屋を出た。
私はまさか後追いされると思わなかったので、後を追いかけてきたT司に「卒業なんか、辞めちまえ」と背中越しに怒鳴られ驚く。
私は階段を駆け下りるとき、踊り場でチラッと振り返り、泣きそうなT司の姿が目に入ったけれど、何も言わずにその場を後にするしかなかった。
でも、仕方がなかった、馴れ合いを続けていくのはお互いのためにならないと思ったので。
それでも私は、心の中で後ろ髪を思いっきりひかれていた。
そして、数日後にS野の準備室に再び呼ばれた時、この時のことだと思い気が重いまま部屋に入った。
その時、あの子たちが部屋にいて「1年ダブって…」とごねられたのだ。
さすがに我慢ならず、人の気も知らないでわがまま言う彼らに「大人になれ」と、マジ切れしたっけ...orz
冷たく突き放すしか、振り切る方法が思い浮かばず、結果、T司が恨めしそうに…
だから、憎まれて当然なんだけど、その後のT司の狂気までは想像つかなかったわ。
ただ、T司が他の学校の女子を孕ませて中絶させたり、私と特別な約束もないまま勝手に結婚話を勧めたり...orz
そんな行動に出るとは思わなかった。
S野が何より怖れたのは、私がT司に会いに行けば…あの子に傷つけられることだったようだ。
心も体も傷つくと思ったようで、会わせなかったと。
それについては、保険屋の上司も同じ意見。
傷つくのは私なので、絶対に会いに行くなと言ったらしい。
その結果、T司が発病したのであって、「お前のせいじゃない」という理由はそこにあるらしい。
どうしてわかってくれなかったのだろうか!?
卒業しても私が消えていなくなるわけじゃない。
遠く離れても、年に1~2回(盆と正月)には帰省する。
それじゃダメだったのか!?
でも、ダメな理由を聞いても、T司は応えてはくれなかったけどね...
どっちにしても、1年後には彼等も卒業して、それぞれの道を行く。
1年早いか遅いかだけのこと。
そう話しても平行線だった。
保険屋の上司は、「それが在日や同和なんだよ」と言った。
彼らの家族や身内に対する執着は強い。
そんな感覚だったのだろうと上司は言っていた。
家族の縁が薄い私にはわからない感覚だとも言われた。
そうなのかもしれないけれど、私の人生は私のもので私が決めること。
家族がいてもいなくてもそれは変わらないと思う。
ただ、相談したり協力者がいるかいないかの違い。
それは大きいことだと思うが、私にはないものねだりだ。
そんな話を保険屋の上司とした。
上司は身内(親兄弟が多い)大家族の寺の三男坊で、実家を継ぐかどうかは自由。
だけど、家族の多い煩わしさは一番よく知っている人。
だから私のことを心配して、T司の行く末を調べてくれたようだ。
最後に「何もお前は間違ったことはしていないから、何も心配することはない」と。
「ただ、それが彼等には通じないだけのこと」と言っていた。
それを価値観の違いというのだと。
「いずれ別れが来る関係だったので、卒業を機に別れの選択をしたのは正しかった」とも言ってくれた。
ま、気休めでも言ってもらえて、気持ちがいくらか救われたけれども…
つまり、T司は私を赦しはしないだろうということだけわかったかな。
保険屋の上司からの情報しかわからないんだけど、早い話が彼ら在日でも、反日教育を受けた場合、日本人を見下すらしい。
ましてT司の家は、特にそれが祖父母からの影響で強かったという。
その祖父母も(特に男性側)は、すでに高校生の頃には祖父父共に亡くなっていた。
祖母も高1の時に亡くなっている。
両親はどちらも在日2世同士と聞いていて、創価には祖父母の時代から入信しているので、反日感情も半端じゃないらしいのだ。
だから?と思うけど、どんなに仲良くても住所も電話番号も教えてくれず、いつもS司君(幼馴染)やT久経由でしか連絡が取れなかった。
たぶん、S司君も同じ在日なんだけど、帰化して日本国籍だったと後で知った。
T司の家も教えてくれたので知っていたけど、家に呼ばれたことがないのに、逆に私の家には遊びに来ている。
つまり、私のことは話してあって、あの子達は知っているわけ。
でも、T司たち兄弟は三世になるので、その反日感情がどこまであったのか、よくわからないけれど、少なくとも私は避けられてはいない。
その証拠?に、家の中には入れてくれなかったけれど、家の前まで連れて行ってくれたから。
そこにこだわりと抵抗を感じていたので、無理に上り込んだりしなかった。
で、なぜか数日後にS司くんちに連れて行かれた。
私には「暇ならS司んちに付き合ってよ」と言ったのに、一緒にいたK生には「きたかっったら来れば!?」と言う言い方していた。
K生は、言い方にムカついていたけれど、私が行きたいというと思ったらしく「行くよ」とムクレっ面で言った。
それがT司には精一杯だったんだと思う。
だから、私の卒業に抵抗したんだと思うけど…
「卒業させない」というT司に「現実を受け入れて大人になれ」という私…平行線のまま、何度もぶつかった。
「M川の時は、みんな(私も含めて)アッサリ見送ったのに」という私に対して、「私は違う」といって聞き入れない。
さんざん抵抗されて…冷たく突き放すしかなかった。
あの日、恨めしそうに私を睨んで「裏切り者…」とつぶやいたあの子が忘れられない。
可哀そうだと思ったが、いつまでも馴れ合ったまま、子供でいるわけにいかなかった。
別れは必ず来ると、準備ができていなかったのはどうしてなのか…
夏休みが終わって、体育祭の準備と並行して本格的な就職活動に入っていた。
彼らの前で、履歴書書いたり面接日の日程をS野に報告している。
そんな私を見て、あの子たちの抵抗が始まった。
学園祭の時、すでにクラスで1番最初に就職先が決まっていた私に、部活でそのことで何度ももめて喧嘩になった。
私の活動は「これが最後」と言っても、彼らは聞き入れない。
私は卒業試験の真っただ中にいて、正直邪魔されイラついた。
けれど、私は構わず試験が終わると自動車学校に行くことを決め、学園祭後から通うことにした。
部活には一切顔ださず、自動車学校に通ていたある日、S野に呼び出されて「逃げるな、たまには顔を出してやれ」と。
逃げてるわけではなくて、避けていた?(一緒か(笑))だけで、自動車学校もあっさり卒検まで1ヶ月で行ってしまった。
で、暇になった私は冬休み直前のある日、顔を出すことにした。
当然、彼らは私の存在を無視するので、面白くないし不愉快なので途中で「帰るわ」と言って部屋を出た。
私はまさか後追いされると思わなかったので、後を追いかけてきたT司に「卒業なんか、辞めちまえ」と背中越しに怒鳴られ驚く。
私は階段を駆け下りるとき、踊り場でチラッと振り返り、泣きそうなT司の姿が目に入ったけれど、何も言わずにその場を後にするしかなかった。
でも、仕方がなかった、馴れ合いを続けていくのはお互いのためにならないと思ったので。
それでも私は、心の中で後ろ髪を思いっきりひかれていた。
そして、数日後にS野の準備室に再び呼ばれた時、この時のことだと思い気が重いまま部屋に入った。
その時、あの子たちが部屋にいて「1年ダブって…」とごねられたのだ。
さすがに我慢ならず、人の気も知らないでわがまま言う彼らに「大人になれ」と、マジ切れしたっけ...orz
冷たく突き放すしか、振り切る方法が思い浮かばず、結果、T司が恨めしそうに…
だから、憎まれて当然なんだけど、その後のT司の狂気までは想像つかなかったわ。
ただ、T司が他の学校の女子を孕ませて中絶させたり、私と特別な約束もないまま勝手に結婚話を勧めたり...orz
そんな行動に出るとは思わなかった。
S野が何より怖れたのは、私がT司に会いに行けば…あの子に傷つけられることだったようだ。
心も体も傷つくと思ったようで、会わせなかったと。
それについては、保険屋の上司も同じ意見。
傷つくのは私なので、絶対に会いに行くなと言ったらしい。
その結果、T司が発病したのであって、「お前のせいじゃない」という理由はそこにあるらしい。
どうしてわかってくれなかったのだろうか!?
卒業しても私が消えていなくなるわけじゃない。
遠く離れても、年に1~2回(盆と正月)には帰省する。
それじゃダメだったのか!?
でも、ダメな理由を聞いても、T司は応えてはくれなかったけどね...
どっちにしても、1年後には彼等も卒業して、それぞれの道を行く。
1年早いか遅いかだけのこと。
そう話しても平行線だった。
保険屋の上司は、「それが在日や同和なんだよ」と言った。
彼らの家族や身内に対する執着は強い。
そんな感覚だったのだろうと上司は言っていた。
家族の縁が薄い私にはわからない感覚だとも言われた。
そうなのかもしれないけれど、私の人生は私のもので私が決めること。
家族がいてもいなくてもそれは変わらないと思う。
ただ、相談したり協力者がいるかいないかの違い。
それは大きいことだと思うが、私にはないものねだりだ。
そんな話を保険屋の上司とした。
上司は身内(親兄弟が多い)大家族の寺の三男坊で、実家を継ぐかどうかは自由。
だけど、家族の多い煩わしさは一番よく知っている人。
だから私のことを心配して、T司の行く末を調べてくれたようだ。
最後に「何もお前は間違ったことはしていないから、何も心配することはない」と。
「ただ、それが彼等には通じないだけのこと」と言っていた。
それを価値観の違いというのだと。
「いずれ別れが来る関係だったので、卒業を機に別れの選択をしたのは正しかった」とも言ってくれた。
ま、気休めでも言ってもらえて、気持ちがいくらか救われたけれども…
つまり、T司は私を赦しはしないだろうということだけわかったかな。