ナグです。
「七夕」を過ぎて、少し落ち着いて過ごしている時に、振り返って想いを巡らせていました。
僕は兵庫県姫路市で生まれ育ちました。
そして、高校卒業後は山口県の大学に入学し就職し結婚をし、離婚を経験しました。
今から15年前、前の結婚生活を送った山口を離れ、東京へ引っ越しました。
山口県からジムニーで東京🗼まで走りました。
まさに『リスタート』という感じで、わずかな荷物で出発したことを思い出します。
「人生の転機」の序章とも言える、とある本との出会いから5年、プリマリアと出会ってから2年と少し経った頃のことでした。
自分の中に残っていた違和感、未消化な感情、そのほかいろいろな自分の影の一面と向き合うことになっていった。
それは当然のこと、と今振り返ると思うけれど、当時はそれはそれで“新しい体験”なので、自分でも試行錯誤を繰り返して、という感じだった。
振り返ると、魂の変容の最終段階とでもいうような、「総棚卸し」のような時期でしたね。
占星術的にはちょうど、僕のネイタル(出生図)の太陽の上にトランジット(現在進行中の天体)の冥王星が重なるという時期。冥王星は公転周期が250年という長い年月を要するので、人生の中でこの
「ネイタルの太陽とトランジットの冥王星がコンジャンクション」
という状況を経験するのは、だいたい3人に1人くらいの割合になる。
冥王星は、深く内側に入っていく、破壊と再生の星なので、自我を象徴する太陽との合一は、そう、ちょうど一度自分が崩れるような、そういう体験となった。外側の環境の変化も確かにあったけれど、自分の「内側の設定」というか、「自分に対する定義」を根底から塗り替えるような体験だった。
自分と向き合う、ということはそれこそ2006年あたりから本格的に取り組んでいたし、生来、幼少の頃から、「自分って一体何?」という問いは持ち続けていたので、霊的な理解はある方だと自負していた。(育ってきた家が、信心深い一家で、僕の父は客観的にみて、精神的に、そして霊的にも成熟した穏やかな人だった、というのもスピリチュアルなことを受け入れる下地になっていたのだろう。)
スピリチュアルな話においては「赦し(ゆるし)」が大切だと言われる。人は、自分自身を裁き、他者を裁き、永遠に戦いを繰り返しているから。スピ界隈一般では「ジャッジを手放す」と言われる、アレである。
僕は「穏やかに振る舞うこと」や「寛容であること」や、そうした相手を受け入れることが愛だと、その時は思っていて、それは赦しであると考えていた。
でも、それは間違いだったのです。
自分の感情を素直に表現することをよしとせず、相手に不快な思いをさせないことに重きを置いていたので、表面的な振る舞いとしては穏やかに見えるかもしれないけれど、心の内側では納得していなかったり、少し斜に構えた面もあって、苛立ちや憤りを心の奥深くにしまい込んでいたのです。(もちろん、それは「今」だからわかることで)
本音、というものがもはや自分でもよくわからなくなっている、というところがあったと思う。
相手からすると、穏やかな笑顔ではあるけれど、感情表現に乏しい『何を考えているかよくわからない人』に見えていただろう。
(ときどき、不機嫌になっているのも周りにはバレていただろうし)
「怒り」や「悲しみ」を未熟な感情のように捉えていた自分が、一番自分を許していなかったのです。
「自分は本当はこう感じている。」
良い悪いを抜きにして、それをそのまま認め受け入れることから「赦し」は始まる。
相手がしたこと、しなかったこと。
自分がしたこと、しなかったこと。
(自分がしてしまったこと、できなかったこと、
という方がわかりやすいかも)
それらすべてをいったん、丸ごと受け入れて認めること。
それに取り組み始めてようやく、赦しの意味が分かり始めるのだと思う。
東京へ引っ越す。という決断に至るまでの間、プリマリアとの関わりの中でその愛に心を開きつつある一方で、同時に抗う自分もいた。
彼女の真剣な思いに、自分の隠してきたものを暴かれるような感覚、否定されているような感覚から、逃れようとしていたのかもしれない。試されているような焦燥感や、このままの自分ではダメだという感覚。
それは、間違いなく「僕自身の影」だった。
ツインソウル/ツインレイは、自分の内側を丸ごと映し出す鏡。
相手を通して、忘れていた思いや自分に対する制限が浮き彫りになっていくのです。
でも、その「見方」を知らないうちは、相手を拒絶することで自分の安定を保とうとしてしまうことがほとんどだろう。
なぜなら、「自分のこと」として、受け止めるということの意味が、最初はわからないからだ。
このツインの鏡と向き合うことは、燃え上がるロマンスのような甘美なものではないけれど、自分との関係が良好になるにつれて、パートナーとの関係もよくなっていく。
前の妻との最初の13年間の結婚生活では、残念なことにこの段階へ僕自身の気持ちが開かれることはなかった。ただ、求められる役割に忠実であることを最優先にして、「いつかわかってもらえるだろう」と、自分が自分を理解することを後回しにしていたのだ、ということが、今でははっきりとわかるのです。
「自分の気持ちに素直になること」
ぶつかることがあるかもしれないけれど、それを2人の関係において丁寧に表現すること。
そして、それを同じように相手にも向けること。
感謝の気持ちを無理に持とうとすると、そこには必ず自分と相手に対する嘘が紛れ込んでいく。
むしろ、素直になれさえすれば、感謝は自然と湧き上がってくるものだし、それは深く、そして穏やかな感謝だと、実感しているのです。
こうして、今、自分の想いを表現できるのは、自分自身の体験があるからだし、それを受け取ってくれる人たちがいる、与えられている場、機会があるからだと思う。
禅の公案にこういうものがある。
『誰もいない森で、木が倒れたなら、音はするか?』
自分の側だけでなく、こうした場や機会、関わってくれる人たち、という「与えられているもの」に気づくことができれば、自分の今までの在り方を見つめ直すことができる。
ツインとの関係も同じこと、というかもっと濃いものだろう。
「わたし」が「わたし」でいられるのは、「あなた」がいるから。
お互いがまったく違うように見えるし、まったく同じようにも見える。
その矛盾の中に、自分という姿、愛する相手の姿のすべてが隠されている。
すべての出会いは、単に過去を振り返るためだけのものじゃない。
どんな自分であったか?を教えてくれるし、そんな自分で在りたいか?を問いかけてくれる。
自分自身へと還る(かえる)道を見せてくれる。
誰にとっても、「そのとき」は訪れる。
“この人に出会えてよかった。”
心からそう思えるとき、静かにその言葉が紡ぎ出されるとき
おそらく、あなたは自分自身の輝きの中に、その人と共にいることだと思う。
そしていつか、その出会いを分かち合うことができるだろう。
あなたが自らのうちなる光と再び出会いますように✨✨
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