誰も知らない小さな会社の社長のアメブロ

誰も知らない小さな会社の社長のアメブロ

独り言や愚痴・文句や悪口・時々前向きな思想・幸せな出来事など

 

 『石丸伸二』今、日本で一番旬で有名な人ではなかろうか?

 

 安芸高田市長時代の奮闘ぶりをYouTubeで目の当たりにした人も多いと思うが、来る7月7日の東京都知事選投票日に向けて、選挙戦を繰り広げている「時の人」となっていて、私の人生史上初めて心の底から応援したいと思う人物だ。

 

 小池百合子と蓮舫、女帝どうしの一騎打ちだと誰もが思っていたのだろうが、ここにきて、『まさか』が起きそうな気配になってきた。

 

 公開討論会、著名人との対談、街頭演説等、毎夜YouTubeにくぎ付けになっている私は、東京都民でもないくせに、「奇跡よ起きてくれ!!!」と絶叫している。

 

 「石丸伸二を選ばない理由」は? 私にはそれが見当たらない。そして、7月7日の奇跡を願ってやまないのだが、世間のみんなはどう考えているのだろう??

 

 何かが変わる予感、必ず変えてくれるという期待はあるが、簡単に変わるはずがない。

 

 世の中そういうもんだとあきらめていた時、石丸伸二ならもしかしたら変えてくれるんじゃないかと感じた。私だけでなく、すべての日本国民がそう思っているはずだ。であって欲しい!!

 

 久しぶりに期待に胸が躍り、熱い思いが沸き上がっている。

 

 東京都民よ、石丸伸二を選んでくれ!!!!

 

 

 

 

 

 

 英訳すると、There is a god who picks things up, and there is a God who throws them away. になるが、英訳した意味は特にない。

 

 「見限られて相手にもしてくれない人がいるかと思えば、一方では助けてくれようとする人もいる」という意味で、ようするに『だから、くよくよ心配することはない!』ということ。らしい。

 

 もちろん、誠実で勤勉に生きていることが前提なんだろうが、そうは言ってもやっぱり私のような並の人間はくよくよもするし心配もする。

 

 起業して36年、強欲に、また勤勉に働いてきたが、振り返ればくよくよ心配する毎日だった。絶好調の時は「こんなにうまく行き続けるわけがない」と得体のしれない恐怖におののき心配し、悪くなれば「やっぱりああしておくべきだった」とくよくよした。

 

 とにかくスピード命で、やると決めたら今この瞬間から始めたくて居ても立っても居られない性分で、それゆえに早とちりな失敗ばかりで、周りを振り回して迷惑ばかりかけてきた「くよくよと心配の36年」だった。

 

 ただ、良くも悪くも私が決断しなければ何事も始まらないし、社員は私の判断と指示をいつでも待っているので決めないわけにはいかない。1日に何度も選択と決断を強いられので嫌気がさすこともあり、集中力が途切れればサイコロを振って決めるようないい加減な選択もした。それでも「決められない社長」よりはマシだと考え、スピードにこだわって来た。スピードこそが『数』だからだ。そして、数は成果であり、成果はやりがいとなって循環してきたのだ。

 

 先のブログでも書いたが、「圧倒的な量からしか良質なものは生まれない」、ようするに「質より量」という私のモットーにも繋がる。

 

 質より量となれば失敗や無駄もそれはそれは多いし迷惑も相当かけてきた。しかし「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」という精神で乗り切ってきた。

 

 たぶん私は強欲な人間だと思う。だから、次から次へと欲しいものが現れる。そして欲しいものの量や質が自分の実力を超えたときに大失敗し大火傷を負う。そう、『欲張れば得られず、欲張りすぎれば失う』羽目になってしまうのだ。

 

 なんとも脈絡のない文章で、我ながら情けないが、、、、。要約すると!!

 

 1.くよくよ心配するなら、やらずにするよりやってしたほうがいい。

 

 2.圧倒的な数からしか良質なものは生まれないとしたなら、スピードが命で、選択と決断はいつするの?「今でしょ!」

 

 3.欲しいものを手にするためには捨てる勇気が必要!

 

 4.世の中は理不尽で不誠実。必ずしも正義が勝つとは言えないが、正義でなければ神様は拾ってくれない。

 

 ってことが言いたかった!!!!

 

 

 ところで話は変わるが、わたしは2024年1月に社長の座を追いやられ退任している。

 

 だから、ブログ名が「誰も知らない小さな会社の社長のアメブロ」じゃつじつまが合わなくなってしまった。

 

 社長じゃないなら何にしよう???? ( ̄ー ̄) ???? (#^^#)

 

 

 

 

 

 

 

 中国  青島(チンタオ)に行ってきた。久しぶりの海外出張で、さらに冬の青島ということもあって気乗りしなかったけど、他に行く者もいなかったので泣く泣くという気分で行ってきた。

 

 現在、経済制裁によってビザなしでの渡航はできない。渡航する者もいないのでセントレアからの直行便がなく、ウソだろ?っていうほどエアチケットが高い。

 

 要する時間が12時間以上で、エアチケットは50万円は当たり前だった昨年に比べればかなり行きやすくなったにせよ、マイナス10度の青島には行く前からテンションダダ下がりで、同行者にはかなり迷惑をかけてしまったと少しだけ反省している。

 

 仕事と言っても私にできることはほとんどなく、ただただブー垂れていただけだったので偉そうなことを言うつもりはないけど、今回の出張で大きな収穫が三つあった。

 

 一つは、写真の通り近未来都市青島と実際のギャップを目の当たりにしたこと。

 まあまあ有名な外資系ホテルに宿泊したのだが、たぶん稼働率は数パーセントで客に会うこともなく、フロントでさえ英語すら通じない。

 立ち並ぶ超高層マンションはどこまでも高く聳え立っているが人気は全くないし、そもそも果てしなく広がる有り余る土地があるのに高層マンションは必要なのかと感じるほど不自然で、中国最大手の不動産会社の破綻の理由を目の当たりにできた。

 

 二つ目は、ポケトークという翻訳機はとても素晴らしく、ポケトークさえあれば言葉の壁が超えられることが分かったこと。携帯アプリでもそれなりに役立つが、やっぱり端末は別にあったほうがいい。

 

 三つめは、コンビニもレストランもQRコード決済しか使えないことを知ったこと。クレジットカードが使えたのはホテルだけで、ホテルの外のショッピングモール内のすべてのショップで「アリPAY」と「ウィチャットPAY」しか使えなかった。レストランもコンビニもすべてのショップがクレジットカードが使えないのだ。

 

 中国当局の意図は想像に任せるが、計画経済の恐ろしさを目の当たりにして、マイナス10度の外で凍った背筋が砕けた。

 

知っての通り、アリペイはアリババでウィチャットPAYはウィチャットが運営会社なのだが、次に行くときには、「習近PAY」で一本化されているかもしれない。

 

 昨今では市場経済が計画経済にスピード面で圧倒されていて、市場原理に基づいた競争は計画経済に通用しないという経済評論家もいるが、私はもしそうでも日本人に生まれたことを後悔しない。これは、行って・見て・目の当たりにしなきゃわからないだろうし、行けば理屈じゃなく肌で(本能で)感じると思う。

 

 

 大きな収穫三つがこれで、よくもまぁ「出張」などと偉そうに言えるな? 無駄な出張だとお思いでしょうが、圧倒的な数の無駄の中からしか価値は生まれないんだよ・・・・・・・・。

 

 ( ̄ー ̄)ニヤリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生ながらプロ棋士となった藤井名人は、ほんの数か月の間に数々の金字塔を打ち立て、あっという間に時の人となり、高校進学前に6段まで一気に上り詰めた。

 

 まさに天才であり、スーパースターであり、日本の至宝だ。そして何よりうれしいのは愛知県出身。

 

 その至宝が指す将棋と言うのは、タイムを争うスポーツでもなく、身体をぶつけ合う格闘技でもなく・・・・・・・・。

 

 頭脳と頭脳をぶつけ合いながら、心理戦争を繰り広げる勝負。

 

 天才の脳みそのメモリーとCPUがどれほどなのかは計るすべもなく、それについては興味もさほどないが、対戦相手との「駆け引き」には、興味津々で、いったいどんな情報をもって勝負に臨むのか、本音トークを聞いてみたい。

 

 

 

 例えば、「今日の相手は下痢だから長期戦に持ち込もう!」 とか。

 

 「昨夜、夫婦げんかをしてイライラしているから、じらす作戦で行こうか?」とか。

 

 「今晩キャバ嬢と同伴するというからキャバ嬢の写真の入った扇子を使おう!」とか。

 

 こんな下衆なことしか思いつかない私はどうかと思うが、勝負前の情報収集に抜かりはないはず。

 

 

 先を読むということは先回りするということで、先回りして待ち受ける。そして一網打尽にする。それはいわば、兵法。

 

 多少強引なこじつけだが、兵法はまさに『忖度』と言っていいと私は思う。

 

 秀吉が信長の草履を自分の懐で温め、出かける際はいつも温められているという話は有名だが、それは決してへりくだっているわけではなく、愛する信長が何を求めているかを考えた上で忖度した行動で、その忖度は自身の行動に見返りを求めていたのではないのだと私は思う。愛するが故の忖度。そういう意味で秀吉は忖度の天才なのだ。

 

 その後の秀吉の立身出世は知っての通りで、ようするに忖度は出世、成功の必須条件なのだ。

 

 きっと藤井名人も忖度することで勝利を重ね、勝利する自分を妄想しながら勝負を楽しんでいるのだと思う。その妄想が楽しいから飽きずに続けられているんだと思う。

 

 「忖度」にして成功イメージを「妄想」する。

 

 

 私も「妄想」が大好きだ。ということで、わが社の社員にはその『忖度力』と『妄想力』に磨きをかけて欲しい!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2年前に我社で事件が起きた。

 

 2年の時間を経ても思い出したくもないが、私は一人の男性社員を懲戒解雇した。もちろん相応の事件を起こしたのだから処分に迷いはなかったが、唯一迷ったのは刑事告訴をするかしないか?

 

 その事件も忘れかけていた昨日、私の耳に入ったニュースは衝撃的だった。

 

 その元男性社員が昨年末に西尾市内の会社倉庫に侵入して発電機を窃盗したとして逮捕された!と。近隣で多数の被害届が出されており、余罪を追及中とのこと。

 

 私が刑事告訴するまでもなく逮捕されるとはマヌケにもほどがあるが、償いの範囲は自分だけにとどまらないはず。

 

 理由はどうあれ犯罪は犯罪だ。悲しませる人も迷惑を掛ける人も居るだろうに。その人たちのためにも、そして支えてくれる人がいるならその人のためにも立ち直らなければならない。

 

 ただ、私はもう顔すら思い出したくないし、過去に関わったことすら記憶から消し去りたい。

 

 

 それにしてもうんざりすることが多過ぎる。


 ギャグであってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 新年あけましておめでとうございます。1年半ぶりの投稿となります。今年はよろしくお願いします。

 

 私がアメブロで初めてブログを投稿したのが2010年1月8日。14年前にさかのぼれば、まさにブログはSNSの先頭を走っており、インターネットビジネスに無くてはならない存在だった。

 

 キーワード検索順位を上げるためにSEO対策に励む一方でブログやFBでメッセージを発信したり、ファン(フォロワー)を増やして拡散力をつけるために本を読んだり、氾濫する情報に翻弄されたことを鮮明に覚えている。

 

 新幹線を使って東京に出向いてありがたい講義を受けたりして情報操作を試みた。情報を制する者のみが経済を制すると信じ、常にその最先端にいなければならないと本気で思っていた。

 

 多少うさん臭いにおいがするコンサルでも有効なテクニックだと思えばその手ほどきを受けたりもした。それほど経済を制して成功したいと思っていたんだろう、きっと。

 

 テレビやラジオ、新聞や書籍にスポンサーする巨大企業だけが情報をコントロールしていた時代が終わり、知恵を使い手間さえかければ誰にでも情報を拡散できる時代が幕開けしたのだから、我々零細企業はみな狂喜乱舞していたのだ。

 

 その後のSNSの進化と発展は知っての通りで、その影響力は人ひとりを簡単に抹殺出来るほど得体が知れないほど巨大化したのだ。

 

 まさに正真正銘の市場原理に基づいた経済が始まったのだが、今に思えばさらに巨大な力を持った数社と数人の圧倒的な支配下で操られるだけの不自由で窮屈な時代になってしまったようにも感じる。

 

 地球の裏側で戦争が起こるのも、自動車が電気化するのも世界を支配する化け物の陰謀で、ロシアも中国もユーロも化け物が描く脚本に出演する役者のようにさえ思えてしまう。どこの世界にもそういう化け物は居るのかもしれないが。

 

 お茶の間ではダウンタウンの松ちゃんがやり玉に挙げられているが、芸能界のドンとまで言われるあの「松ちゃん」でさえ、SNSの前ではお手上げなのだ。

 

 日本は誰が支配しているのか?私ごときが知る由もないが、踏んではいけないトラの尾っぽを踏んでしまったんだろう????

 

 SNSは自由であり平等であり、夢と希望が溢れかえっているように見えるけど、その姿は無色透明で決して見えないが化け物であることに間違えはない。

 

 すでにAI時代は幕開けしているが、AIによって化け物はさらに巨大化して我々をもて遊ぶだろう。

 

 あ~、怖い怖い。

 

 そう思うと夜もオチオチと寝ていられない。

 

 だから夜な夜な飲みに出る。私は14年経っても何にも変わっていない。これじゃ儲かるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 「ゆでガエル理論」とか「ゆでガエルの法則」とか、一度は聞いたことがあるのでは?

 

 カエルは、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出してしまうが、常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと温度の変化に慣れてしまい生命の危機に気づかず、最後には死んでしまう…」という理論だ。

 

 理論と言うより一つの教訓として、対策が後手後手になり手遅れになってしまうことへの警告として語り継がれている。

 

 デジタルカメラの普及により2001年にポラロイド社が倒産。そして、2012年にコダック社が倒産。これらは典型的な例として記憶に古くない。

 

 一方で、富士フイルムは社名には「フイルム」の言葉が残っているものの、その技術開発力、ノウハウを医療分野、高機能素材、光学デバイスなど多岐に展開し、今も規模の大きさを誇っているし、化粧品事業への転換も世の中を驚かせ、今もなお健在だ。

 

 かの有名な「エルメス」は、創業当時は高級馬具のメーカーで、世界的な馬車商へと発展していくのだが、交通手段が馬から自動車へ変わる中、高級な革素材を入手するルートや技術力を生かしファッションの世界へ移行して、現在では高級ブランドとして君臨している。

 

 我が社にはオリジナルブランドも主力商品も多数存在するが、それらはいつまでもある(売れ続ける)とは思ってはいけない。私は自らにそう言い聞かせ、商品開拓にも仕組みの構築にも挑戦をして来た。

 

 現状に甘んずることなく挑戦をし続けた結果、会社の存続が許されているのだと信じている。澱めば水は腐るし、空気も悪くなる。コロナもそういうところに蔓延るのだ。

 

 『いつまでもあると思うな親と金』とは本当によく言ったもので、いろんな場面でそのことわざは通用する。金はあるうちに生きた使い方をしなければならないし、売れている商品があるうちに次に売れる商品開発・開拓をしなければならない。好調に驕らず、謙虚に『次の仕込み』をしなければならないということだ。

 

 我が社はすでに世代交代の時期に差し掛かった。私の唯一の心配は、次の世代が「途切れなく次の仕込み」をすることができるかどうか? 存続するための、歴史が示す法則を理解しているか?だ。

 

 ゆでガエルになる前に、いい湯加減を満喫することなく、冷たい水に飛び込み続けて欲しい。

 

 冷たい水は居心地は悪いが、刺激的でゾクゾクする!!??

 

 

 

 

 

 種がまかれて芽が出て、成長して実が実る。何度も繰り返され、永遠にその繰り返しは続くはずだが朽ち果てる種もある。また、延々と生き残る種もある。

 

 チャールズダーウィンの「種の起源」によれば、『生き残る種とは、最も強いものではなく、最も知的なものでもない。最もよく変化に適応したものである』

 

 とあるように、変化に適応出来れば生き残ることはできる。

 

 私は、継続に勝るものはないと信じて会社経営に努め、存続することが成功だと信じてやってきた。「残ったもん勝ち」の精神で。

 

 優れていても強くても、変化に適応できなければ生き残れないなら、優れていなくても強くなくても「適応力」を磨けば生き残れるということになる。

 

 ならば、優れていることや強いことにはそれほどの価値はないと信じ、開き直って劣等感を捨てる。そして、『適応力』を磨くこと、すなわち変化に順応するにはどうすればいいかを考えて生きればいいのだ。

 

 零細企業の社長なんかは、その「適応力」が優れているだけで、秀でたスキルや建設的な理論やビジョンなど持ち合わせていないのではないかと思う。そういう社長はたくさんいるのだと思う。

 

 私の周りを見渡しても、特別に勉強ができるわけ(どちらかと言えば出来ない)でも身体能力がずば抜けているわけでもなく、とてつもなく喧嘩が強いわけでもないのに、適当に儲けて羽振りを効かせている社長が結構いる。という事実がそれを証明している。

 

 ただし、調子がいいとか場当たり的と言うのとは違うので履き違えてはいけないが。

 

 とは言え、変化に順応するというのもそんなに簡単ではないし、変化に順応するために自分が変化するのも勇気がいるし努力も必要だ。と言うより、適当に「バカ」のほうがいいのかもしれない。

 

 「どうすればいい?」と考えてもわからない。だからやってみる。失敗したら違うやり方でまたやってみる。そうこうするうちにあたることがある。そういう奇跡は起きるものだ。バカは往々にして痛みを感じない。だから何度も何度も挑戦する。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とはよく言ったもので、思いついたら考える前にやってみる。

 

 そして、「スケベ」も重要な条件だと思う。スケベは妄想力を養うから成功イメージだけは人一倍豊富で、やってもやってもやりたいことは底を尽きないというものだ。心が折れないというより、心が折れる暇すらないから永遠に挑戦し続けることができる。

 

 私もきっと、スケベで適当なバカなんだと思う。バカでよかった。そしてスケベでよかった。

 

 いずれにしても、勉強もスポーツも歌もダンスも出来なくても生き残ることはできるのだ。変化を嫌わず自分の得意分野で勝負に挑み続ける。短所を嘆くのではなく長所を磨く。

 

 そうすれば必ず成功をつかむことができる!!

 

 

 そして生き残る『種』になれる!!!!

 

 のだ!!!!!!!!

 

 

 

 

「人生は選択の連続である」(シェイクスピア)

 

「選択とは、つまるところ責任なのです」(フランクリン・ルーズベルト大統領の妻)

 

「決断しないことは、時として間違った行動よりたちが悪い」(アメリカの実業家、フォード・モーター創設者)

 

 

 まさにその通りだと私も思う。選択によって成功する者も失敗する者も居るが、成功も失敗も自分が選択した結果にすぎず、人生においても仕事においても選択しなければ結果は伴わない。失敗する可能性があるからと言って選択しないというのも「選択」のひとつだが、私に言わせれば愚の骨頂で、それは人生を、または仕事を放棄することを意味する。

 

 選択によって次の選択が生まれ、選択しなければ次の選択はない。つまり、人生も仕事も展開しないのだ。展開が無ければ人生も仕事もつまらない。それどころか後悔することになる。

 

 シェイクスピアはそういうことを言っているのだと思う。

 

 人生や仕事を放棄した者や、選択しない選択をした者、また選択してもらう者も居るだろうが、人の上に立つ者やリーダーと言われる者、またはそれらを目指す者には、選択できる勇気を持った者でなければならない。

 

 私は日々選択をしてきた。それが仕事だから仕方ないが、選択することはとても怖い。即決即断することもあれば何日も悩んで選択することもある。また、それを撤回したり、またそれを撤回することもある。

 

 選択が結果の分かれ道なら怖いのは当然だし、社員を道ずれにするのだから慎重になるのも当然で、悩んでも悩んでも選択しきれないのも当然だ。

 

 選択をすれば、何かを選択しないということになる。だから、もし選択しなかったものを選択していたらと考えると夜も眠れなくなる。「二兎追う者は一兎をも獲ず」と言うように、多くの選択肢の多くを選んで、すべてを手にすることは不可能だ。だから選択には犠牲もリスクも伴う。だから、慎重になって当たり前だし怖くても当然なのだ。だから相当の『覚悟』も必要となる。

 

 34年間もの長きに渡り会社が存続しているのは、私の選択に大きな誤りがなかったからだと自負しているが、その代わりに家族には多大な迷惑と犠牲を強いてきた。仕方なかったと言えば言い訳になるが、自分の選択だから後悔はしていない。いろんな意味でもう少し豊かであったなら二兎追うという選択もあったかもしれないが、私にその余裕がなかったし、今はそれでよかったと思っている。それほど会社経営と言うのはヘビーなんだと思う。

 

 だからこそ、選択した側で成果を出さなければならない。

 

 リタイヤする時が来たら選択の基準が180度変わるかもしれないが、今はまだその見通しが立たない。1日も早く、会社経営という重責を負う覚悟を持つ「次の経営陣」を育てなければならないし、まだしばらくはそのための選択をし続けることになるだろう。

 

 

 話がそれてしまったが、甘んじてその状況を受け入れる選択をする(選択しないという選択をする)のか? または状況を変えるための責任を受け入れる(リスクを負い犠牲を覚悟の上で選択する選択をする)のか?

 

 時間は待ってくれないし、見て見ぬふりをして無駄に時間を費やすほど無駄なことはない。選択をしない「選択」と、選択する「選択」。

 

 選択する覚悟を持つ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クマのプーさんみたいに名前は可愛いのに、やることがエグい。

 

 

 聞くところによれば、個人資産が12兆円を超えると言う。ロシアに頂点に立って23年余。途中、メドベージェフを大統領に挟むが実質ロシアを支配していたのはプーチンただ一人だから、国を支配してから1年に5千億円(500,000,000,000円)以上の資産を貯めこんできた計算になる。

 

 毎月400億円以上、毎日14億円ほどを蓄財してきたことになる。間違えてはいけないのは、毎日14億円「稼いだ」のではなく、「残した」ということ。

 

 我々庶民は、12兆円と聞いてもピンとこないが、「毎日14億円」と聞けば12兆円よりは実感がわくと思う。毎日、ドリームジャンボ宝くじが3回も当たるのだ。

 

 いったい、何をどうすれば、毎日14億円を残すことができるのだろうか?

 

 ロシア国民の平均年収は77万円。ルーブルの暴落により今やその価値は半分ほど? ロシアのGDPは韓国に及ばないほど経済小国でなのに軍事力だけは大国。

 

 まさに「大きな北朝鮮」だ。

 

 また、人口が1億4千万人だから、一人当たり10万円を搾取したことになり、乱暴な計算だが、毎年国民一人当たり4,500円ほどを搾取してきたのだ。

 

 逆にそう聞くとたいしたことないなとも思ってしまうが、いずれにしても悪いことをしなければそんな途方もない資産をを蓄財できるわけがない。普通に考えればおバカな私でもわかるし、プーチンは極悪人なんだろう?くらいは想像がつく。

 

 それでも、ロシア国民はプーチンを支持(すべての国民がそうではないと思うが)するのだから不思議だ。

 

 数字はウソをつかないしわかりやすい。

 

 が、人間の思考はわからない。てか、また私の「不思議」がひとつ増えた。

 

 自分の家族、わが子が傷つけられたり殺されたら?と思うだけで気が狂いそうになるのが人だと思うが、我が子を持つプーチンは何にも感じないのだろうか?

 

 「普通」とは、「広く通用する状態」のことを言うが、『世の中、普通じゃないのが普通』なのかもしれない。

 

 プーチンもそうだし、ロシアも北朝鮮も金正恩も普通じゃないから、「普通」なのか?

 

 まぁ、社会主義国の人口を足せば世界の人口の過半数を超えるらしいので、民主主義の原理に基づいて決を取れば、ロシアとか中国が「普通」になる??

 

 やっぱり、プーチンが普通なのか????