あなたの常識は私の非常識。

 

 まさにその通りだと思うことがだれにでもあると思うが、それはどんな時?

 

 初めての人と出会った時。

 

 初めてのところに行った時。

 

 初めての体験をした時。

 

 まぁ、たいていの場合、初めての時が多い。では、それはなぜか?と言えば、当たり前のことだけどいつも通りの日常には「新しい」も無ければ、「刺激」も」「変化」もないからだ。

 

 たとえば、日本の消費税が8%から10%に増税されようとしている今、世界のそれと比較したとこがある人とない人では消費税についての捉え方が全く違う。

 

 先日私が訪問したドイツでは19%。EU圏では29%なんて国もある。税の使い道の議論は置いとくとして、自分の老後や次の世代のことを考えれば、日本の消費税10%は単なる通過点であり、20%に向けての序章であることは間違いない。

 

 社会福祉先進国に住む国民に言わせれば、消費税10%はまさに非常識であり、10%なんであり得ないってことになってしまうのだ。

 

 日本では重婚は犯罪だが、国が違えば犯罪でも何でもないし、16歳の高校生がビールを飲んでいれば退学になるけど、ドイツではそんなものは常識だし、街を歩く素敵な女性に声を掛けないのは失礼だという常識を持つ国もある。

 

 車検さえ受けていれば多少の整備不良車でもお咎めはないが、車検がない国はヘッドライトが片方切れているだけで検挙される、だから自分の責任でしっかり整備をするようになる。

 日本では交通違反をしても自動車保険料は上がらないが、アメリカでは交通違反をすると自動車保険料が極端に上がる、だから安全運転は重要だという価値観になる。

 

 日本では車は左側通行、人は右側通行だが、世界のほとんどの国はその逆だし。

 

 だから常識というものは覆すものではなく、そもそもそんなものは無いもんだと考えるべきなのだ。

 

 特に経営者はそういう価値観でなければいけないと思う。

 

 

 と言うことで今日のひとこと!!

 

 

         『余の辞書には、「常識」という文字は無い』!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生いろいろ。男もいろいろ。もちろん女もいろいろだし、老いも若きもいろいろなのだ。

 

 生まれた国や地域、育った環境によって人生は大きく左右されるから不公平と言ったら不公平だが、虫や畜生に生まれるよりはマシだと思えば、人間様としてこの世に生まれたことに意義も感じるし感謝もできるというもの(実はそれが一番不幸だったりして)。

 

 50半ばにして人生は残酷で儚いものだとつくづく思う。

 

 父や母を見て、「もっと自分たちのことを優先すればいいのに」と感じたり、人目を気にして遠慮する日本人を外国で目にしたり、失敗を恐れて挑戦を諦める若人が意外に多かったり、夢をあきらめた理由を世間体や身内のせいにして飲み屋でくだをまくおじさんを見たりするととてもさみしい気持ちになってしまう。

 

 私の嫌いなアメリカ人は違う。いつも自分のことを最優先するし、失敗なんかまったく考えないし、いつも夢ばかり語っている。こいつら全員バカじゃねぇか?ってほどに自分勝手で楽観的なのだ。

 

 それは、前向きであるからで自分の人生を幸せにすることだけを考えているからだろう。そして、その幸せは他人に連鎖して結果的に周りをも幸せにするという理屈なんだと思う。

 

 そう思うと、やはり日本の文化は演歌に象徴され、欧米の文化はロックでありジャズなんだろうと思う。カントリーミュージックもあるが、やはり日本の演歌とは種類が違う。

 

 先日も、取引先(フランス)の担当者と話をしていたら、「ボスは7月から半年の休暇を取ってヨットで旅に出たんだ」、「ボスの評価は社内でもすこぶる高く、半年の休暇の後は本社に戻って役員の椅子が待っているんだ」なんて冗談みたいな話を聞いた。

 

 いいか悪いかは私にはわからないが、常識も価値観も文化も我々日本人とは全く違う。我々と言うより私とは違う。だから嫌いで、その価値観や常識を認めたくないから嫌いでなければならないと思っているのか、はたまた嫌いであり続けることで自分を肯定しているのか? 本当のところはよくわからないが、もはや、「嫉妬」に近いものであることだけは薄々感じている。

 

 そして、常識や価値観、文化こそが本当は、「くそくらえ!」的に邪魔なものなのかもしれないと思い始めてきた。要するにそんなものにとらわれていたら仕事もプライベートも、人生そのものが無駄になってしまうし、結果的に不幸の連鎖を生んでしまうのではないかと感じている。

 

 『自由』になる勇気を持たなければいけないし、それこそが責任かもしれないと考え始めている。

 

 

 最近では日本人も自分流を貫くようになってきた。

 

 家を持たない。結婚しない。結婚はしないが子供は作る。コラボレーションが出来るようになってきた。離婚しても仲がいい関係でいる。学歴や仕事のキャリアを捨ててボランティア活動をしている。ペットが下痢なので有休休暇を取る、その理由をそのまま堂々と言ってのけて。彼女(彼氏)がいるのに1か月に一度も会わない。車も時計も高級レストランも洋服にも興味がない。もうすでにフェイスブックのアプリすら知らないし必要としない。「付き合い」って言葉は死語。

 

 など、とにかく常識にとらわれない。

 

 我々の世代は古き良き時代の日本の価値観の中で育てられ教えられてきた。そして今、わけのわからない価値観を持つニュージェネレーションを部下に持ち、外国語より難しい価値観を受け入れずとも認めなければならない中途半端な世代でそれなりのストレスと闘いながら生きているのだ。 零細企業の社長となればなおさらだ。

 

 

 

 前置きが長くなったが、ある朝目が覚めたらスキンヘッドになってしまうことだってあるのだ。原因不明で、心因性のストレスのせいではないかもしれないしそうかもしれないけど、そういうことだってある。 

 

 電話の向こうで、『先輩、僕のスキンヘッドを見に来てください』、って明るく元気な声でカミングアウトされたときは、さすがに涙が出た。

 

 

 自由になる勇気を持とう。さもなくば、人生をも棒に振ってしまう・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 テレビを見ていて思った。

 

 天皇陛下って本当に可哀想だと思う。と思う私は本当の凡人だと思うし、そんなおせっかいや心配など天皇陛下ほどの人物になれば必要ないと思うが、凡人も時には天皇陛下を見て心を痛めることがある。

 

 国民を想い、慰労のために全国を飛び回り、皇室行事に明け暮れ、日本の象徴として世界各国との懸け橋となり、人生のほとんどの時間を人のために費やすなんて、人間に出来るはずがない。

 

 約1年後に、元号が平成から何かに変わる、天皇陛下存命中に「改元」が行われるが、残り少ない余生を天皇陛下はどう過ごそうとしているのだろうか?

 

 芸能人もスポーツ選手も政治家も、どいつもこいつも、不倫、セクハラ、パワハラ、淫行という欲望にまみれた好き勝手な人生を謳歌しているというのに、天皇陛下は煩悩すべてを理性でねじ伏せ、ただただ国民を想いながら生きている。

 

 もはや人間を超越した生物と化している。と言うか、そうとしか思えないし、不憫でならない。いっそのこと、皇室制度なんか無くしてしまえばいいとさえ思う。あまりに残酷すぎて。

 

 私の人生も半世紀を超え、後半に差し掛かっているせいか、幸せな人生とは何か?について考えることが多く、そのたびに、「これからは自分のために時間もお金も使おう」という結論に至るのだ。

 

 自分のために生きようとする私と、国民のために生きる天皇陛下とどちらが幸せなのだろうか?

 

 

 私の中で、いま最も関心がある人物で、心の底から本音で話をしてみたいと思う。

 

 死ぬまでに一度でいいからお会いして、一緒に酒を飲んで本音トークをしたい。

 

 

 

 だれか紹介してくれ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

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 「手、縛ってもいい? おっぱい触っていい?? キスしていい???」

 

 これを言ったか言わないかで大騒ぎしている日本は、見ようによってはとても平和で素敵な国だが、事務次官の首が飛ぶとなると話はちょっと違ってくる。

 

 私の周りでは、こんなの飲み屋でみんな普通に言ってるし、私に言わせればセクハラでも何でもない。なにがペケなのかわからないし、わかろうとも思わない。

 この程度の発言で事務次官の首が飛ぶなら、私の友達のジャックとチャーリーは逮捕されている。

 

 仮にこの発言がセクハラだというなら、本人がセクハラで訴えればいいだけで、他人がとやかく言うことではない。セクハラは受けた当事者が決めればいいのだ。

 

 ゲスなメディアにはうんざりだが、この問題にコメントするコメンテーターも自分の間抜けぶりを自覚する必要がある。

 

 

 そして次は、新潟県知事が女性問題で辞職するとかしないとか?

 

 いったい日本はどうなってしまったんだろうか?

 

 この知事、東京大学医学部を卒業して、医師の資格を持ち、さらに弁護士の資格も有している、これからの新潟になくてはならない逸材のはずで、この人に代わる人はそうそう見つからない。

 

 普通に仕事をしていれば、数千万円から1億円の年収を稼ぐ10万人に一人ほどのセレブリティのはず。

 

 その収入を投げうって、粉骨砕身わが身を捧げているのだ。

 

 スズメの涙ほどの給料もらって、1年365日24時間働いているんだよ?

 

 あんたに出来る?  私は絶対に出来ない!!

 

 そんな志高い人をこき下ろして何が面白いんだろう? 神経疑うよ。

 

 「それとこれとは別」っていう意味知らないんだろうな、きっと。

 

 やることやって、足して引いて余るものがあれば、引かれる部分は見て見ぬ振りするのもありでしょ?

 

 

 情けは無いのか?


    ほんと、情けない。

 

 

 

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 巷では、金正恩が己の保身のために中国を訪問したと大騒ぎしている。

 

 国賓として最高の警備ともてなしを受け、朝鮮半島の非核化に向けて歴史的な第一歩を踏み出したと評価しているが、なにが評価できるのだろうか?

 

 ニュースは多くの子供たちも見ていると思うが、この茶番を大人は子供たちにどう説明するのだろうか?

 

 何の罪もない日本人をさらい、拉致をして、自分の兄貴を殺して、国民を餓死させ、自分にとって不利益な側近を惨殺し、国際社会に何度も嘘をつき金を巻き上げ、麻薬を資金源にし、ハッキングで人の金を盗むような奴がなんであんなに堂々とお天道様の下を平気でのさばれるんだ?

 

 おまけに、そのだれがどう見てもこの世のどの犯罪者よりも悪いとわかる奴を国をあげて警護しもてなしている。

 

 さらに、見ようによっては平和の使者のような扱いをしをしているようにすら見える報道がなされている。

 

 そういうのをきっと、『大人の事情』と言うんだろうけど、そういう大人の事情など知らない純真無垢な子供たちの多くは、報道されている絵面を見て、なにがなんだかさっぱりわからずパニックを起こしていると思う。

 

 「なんで悪い奴なのにお巡りさんは捕まえないの?」

 

 「あの人は人を殺しても許される人なんだ。」

 

 「お金盗んでも麻薬売っても、お兄さんを殺しても死刑にならないの?」

 

 「あんな奴、だれか早く殺しちぁえばいいのに」

 

 って、私が子供だったら思うはず。

 

 一方日本の国会議員は、日本の将来そっちのけで、安倍政権を転覆させるための茶番劇に夢中になっている。

 

 

 北朝鮮が、瀕死の重傷を負って死ぬ寸前で中国とアメリカに泣きつくことしか選択肢が残されていない今こそ、アメリカをはじめとする諸外国と連携して、一気に拉致問題解決に向けた圧力をかけ、交渉に臨まなきゃいけないでしょ??

 

 

 いったい日本は何やっているんだ????

 

 年端もいかない子供でもわかるぞ!!!!

 

 しっかりしろよ、ニッポン!!!!!!!!

 

 

 って、私以外にもたくさんの人が思っているはず。そして怒っているはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『不倫、離婚、確執、セクハラ、パワハラ』 まさにゴシップの5段活用なのだ。

 

 ゴシップとは、『世間に伝えられる興味本位のうわさ話』 とあるが、やはり噂の基本は、『人の不幸は蜜の味』 と言うだけあって、その手の話題ばかり。

 

 例えば誰かが、高価な車を買った。高価なマンションを買った。仕事で大成功して一躍時の人になった時、人は心の底からおめでとうと言えるのだろうか?

 

 おめでとうとは言うが、たぶんほとんどの日本人は、あまり面白くは思わない。

 

 だから、その逆の現象が起きた時には、こぞって面白がって批判する。

 

 「あいつ、調子に乗っていたからいずれそうなると思っていたよ、俺は」とか。

 

 「世の中そんなに甘くないわなぁ~」 とか言って、失敗や失脚、いわゆる不幸になった原因を、あ~でもない、こ~でもないと、いかにも自分が正しいという顔をして誇らしげに評論するのだ。 間抜け面して!!

 

 欧米人は、例えば高級な時計の商談が成立した時、マイホームを契約した時、高級車を契約した時など、特別な買い物をしたときは、まずは売り手側から握手を求められ・・・・・・・・。

 

 そして第一声は、『コングラチュレーション~!!』と発せられる。

 

 欧米人は、けっして、「ありがとうございました」とは言わないし、客は買ってやったとか儲けさせてやったとは言わないし思わない。

 

 等価交換の国らしいと言えばそうだが、まずは特別なものを手にしたことに対する祝福の意が伝えられるのだ。

 

 

 人の幸せを祝福する者としない者、どちらに幸せの女神は微笑むと思う?

 

 そんなのは、火を見るよりも明らかで、人の幸せを祝福する者に女神は微笑むに決まっている。

 

 その価値観が日本人と欧米人とは全く違う。

 

 いつまでたってもアメリカのデカいケツを追いかけることしかできない理由はそこにあるんだと思う。

 

 

 だから日本人も、人が不倫しようが、横領して捕まろうが、破産しようが、セクハラしようが、そんなくだらないことに唾を飛ばしあいながら激論なんかしない方がいい。

 

 そんなパワーがあったら、自分が、みんなが、周りが幸せになることを考えて楽しい議論をするべきなのだ。

 

 政治も組織も同じで、人を引っ張り上げずに潰す。押し上げるのではなく引きずりおろすような料簡の狭いことをやってはいけない。

 

 国会中継で野党が、麻生大臣や安倍総理を追求するさまを見てつくづく思う。

 

 それどころか、「こいつ、ブーメランが戻ってきたらどうするんだろう?」と心配になるほどだ。

 

 国会を見ればくだらない組織力に翻弄され、金より高価な時間を無駄にしていることが手に取るようによくわかる。

 レベルの低い足の引っ張り合いには反吐が出るほど辟易する。

 

 ワイドショー見れば人の卑しさと料簡の狭さが他人事ながら見て取れる。

 

  目先の利益に目がくらめば、隠れた大きな利益を見失ってしまい、いつまでたって幸せの女神は微笑んでくれない。

 

 そういう日本の日常を見て、私は常々思う・・・・・・・・・・。

 

 わが社は、社員の成功を褒め称え、価値観を共有しながら力強く前に向いて進んで行こうとする者を公平に評価し、決して足の引っ張り合いをせず、しがらみのない自由闊達で躍動感あふれる組織を構築するのだ!!!!

 

 

 

 最近暇なのか、こんなことばかりブツブツ言ってる。周りから見たら、たぶん気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 森友問題をめぐり、国会もメディアもお祭り騒ぎになっているが、国民はほとんど関心を持っていない!

 

 と私は思うのだが、私は世間ズレしているのだろうか?

 

 森友劇場の主役は、なんといっても籠池理事長とその奥様であって、その主役二人を抜きにして語れもしないし、面白くもないのだ。

 

 だから、そんなネタでは視聴率は稼げない。メディアも早く気付くべきで違うネタで勝負した方がいい。

 

 それとも、世論を巻き込みコントロールしなければならない何かがそこにはあるんだろうか?

 

 だったら、そこまで掘り下げた方がきっと面白い。

 

 そして政治では、野党が鬼の首を取ったかのように吠えまくっているが、人のアラ探ししかできない無能ぶりをアピールしているだけのようで、情けないったらない。

 

 血液ともいえる予算問題、外交問題、少子高齢化問題など、予断を許さないもっともっと大きな問題に直面していることを本当にわかっているんだろうか?

 

 交通事故にあって頭が割れているというのに、足の切り傷の縫合を優先しているような間抜けな状態なのだ。

 

 これこそを、木を見て森を見ないというのではなかろうか?

 

 まず、時間は限られていることを知るべきだ!!!!

 

 そして次に、生死にかかわる問題を優先するべきなのだ。

 

 経済と政治を同じ土俵に上げるのはどうかと思うが、こんな間抜けな状態が続けば、民間企業だったらとっくに潰れている。

 

 スケールは小さいし、正義の視点はズレてるし、使命も忘れている。いったい何のために政治家になったんだ?

 

 

 我が国の政治を見て、得体のしれない恐怖を感じた。でも、世の中そんなもんかも??

 

 

追伸 : 森友問題は大問題で究明は必須だと考えていますよ。

 

 

 

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 親バカという言葉があるが、親心というのは本当に厄介なものだ。

 

 自分の子が可愛くない親はいないと思うが、可愛いがあまりどうしても甘やかしてしまう。

 

 もちろん私も例外ではないが、幸い若くしてできた長男長女とは幼少期の接点が極めて少なく(理由はともかくとして)、物心つく頃には私の手の届かないところで生活していたので、人格形成、生活習慣、価値観においてはほとんど私の影響を受けていない。

 

 『可愛い子には旅をさせよ』 という言葉があるが、経験上、私は心からそう思う。

 

 当然ながら、影響を受けていいこともあるし、親元において親の背中を見てまっとうに育つケースも少なくないと思うが、目の届くところにおけば否が応でも心配になるし、心配になれば転ばぬ先の杖を差し出してしまうのが心情というもので、裕福である家庭ほど度が過ぎてバカ息子に育ってしまうのだと私は思っている。

 

 

 先日テレビのワイドショーを見ていたら、久しぶりに貴乃花親方が出ていた。なんと隣には弟子の貴ノ岩がいて、満面の笑みで、「何でも聞いてくれ」みたいなことを言っていた。

 

 約2分後に、日馬富士の事件のことを聞かれると、血相を変えて質問を遮りインタビューは打ち切られた。

 

 貴乃花は常々、「子を守るのが親の務め、だから私は全力で貴ノ岩を守る」と言っていたが、こいつやっぱり親じゃねぇな?と直感的に感じた。

 

 必死で子を守ろうとする親の目でもなければ立ち振る舞いでもない。

 

 そもそも、20代も後半にもなろう本来いっぱしでなければならない男と、二つ三つ先輩の間で起きた、たまたま頭を切っただけのくだらない喧嘩に親がここまでしゃしゃり出るもんじゃないと私は思う。

 

 傷害で訴えるなら本人が勝手にやればいい。やり方を知らなければ聞けばいいし、聞かれれば教えてやるだけでいい。

 

 

 そして貴乃花は、協会と対立したければ自分の信念を貫き喧嘩を売ればいいんだ。

 

 自分の喧嘩に他人を利用しちゃいかんでしょ? ましてや自分の子を利用するなんて。

 

 そんなのは親心でも何でもない。

 

 世間を騒がせた、貴ノ岩事件には教育についていろいろと考えさせられた。

 

 

 誤解されては困るので付け足すが、子供のいじめ問題とか、未成年が被害者の事件とは話が違うという前提での私見で、決してそれらと混同しているわけではないのでご注意を。

 

 

 ライオンは自分の子をがけから突き落とすというが、突き落とす勇気こそが親心なのだ。

 

            親心は、切ない・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

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 すごい絵だと思うが、これがベトナムの日常なのだ。ベトナムやタイなどでは極めて日常的で珍しくもないし、日本でもほんの少し前まではその辺で見かける光景だったのだ。

 

 若いもんは信じられないだろうが。

 

 日本は奇跡的な高度成長を遂げ、今では先進国気分でお高くとまり、毎日食卓に出てくる霜降りの切り身しか見てないからこういうのを見るとグロいとか気持ち悪いと反応してしまうだろう。

 

 そのせいか、汚いもの、グロいものや見たくないものから目をそらす傾向にある。

 

 そして、きれいごとしか言わず、物事の本質から目をそらしてしまう。

 

 最近の日本人は、本音を言わない。

 

 建前しか言わないし、決断しないし責任を取らない。うそを言わない代わりに本音も言わない。口は達者だが言い訳ばかり。

 

 それはまさに、責任を取りたくないからであり、損したくないからなのだ。

 

 だから、「なんで俺だけ?」

 

 「あいつがやるから俺もやる、やらないから俺もやらない」

 

 「○○の権利がある」

 

 どいつもこいつもこんな感じなのだ。

 

 または、何でもかんでも法律やルールのせいにする。

 

 ようするに、自分で考えて判断して実行して責任を取るってことをしない。

 

 そんなんじゃ刺激がなさ過ぎて面白くないと私は思うんだけど、そうやって目先の損得ばかりを考えている。

 

 

 若者よ、損得勘定は人と比較してするもんじゃないぞ!!!!????

 

 

 リスクを恐れず、もっともっとデカい大志を抱こうよ !!!!

 

 

 こうして私は今日も自分を奮い立たせている!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 昨年末に第29期が終了し、昨日決算がまとまり、納税も済ませ、ようやくスッキリした気持ちで朝を迎えた。

 

 インターネットの普及により、経済の構造が一新され、工業から流通やサービス業界に主役が変わってきた。

 

 わが社は愛知県の片田舎にありながら、インターネット環境の普及により商圏が格段に広がり、事業規模も比例して拡大してきた。

 

 インターネットの恩恵を受ける一方で競争は激化して、その分ストレスも増すばかりなのだが、フェアな自由競争による 「アリが象を倒す」現象をあちらこちらで目の当たりにすることでストレスにめげずに頑張っていくことが出来ている。

 

 事業を拡大し大成功することは至難の業なのだと思うが、成功に導く計画を立てることはさほど難しくはないと私は思っている。

 

 計画だけなら・・・・・・・・。

 

 それでは、計画を実現するために大きく立ちはだかる壁は何なんだ?

 

 それはズバリ、『人』、 その次に『金』

 

 

 景気回復とともに求人倍率が急上昇する今、わが社のような零細企業にそうやすやすと人は回ってこない。

 

 人は誰でも、「安定」、「給料」、「休日」、「福利厚生」等のより充実している就業環境を求める。

 

 だから、だれもが大企業、銀行、公務員を目指す。まあ、それがセオリーなんだから仕方ないと思うが、本当にその手の会社には安定があり、やりがいもあり、給料が高くて、休みもたくさんあって残業もないのか?

 

 中小零細企業はおおむねその逆か?

 

 いや、実態はそうじゃないと私は思う。

 

 じゃあ、実態は違うとしたら・・・・・・・・。

 

 実態が違っても有名企業を選んでしまう理由はどこにあるのか????

 

 それは、『ブランド』のちから!!

 

 金は、企画力と情熱さえあればなんとかなる。多分・・・・・・・。

 

 でも、人は企画力があっても情熱があっても金があっても簡単には集まらない。

 

 これからの中小零細企業は、会社のブランディングに取り組まなければならないし、そうしないと人は集まらない。

 

 気の遠くなる先を見据えて地道にブランディングに取り組んでいく会社だけに人が集まり、はじめて存続が可能になる。

 

 第30期を迎え、次の30年のためのブランディングに力をいれようと、気持を引き締めた朝だった。