06
朝に着いた教室と状況が変わらないまま
拘束時間だけが過ぎていった
5時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り
重苦しい教室から開放される
どのタイミングでどうやって帰ったのか、記憶はない
この日仕事だったはずの母が家で待っていた。
泣きもせず、何かを話すでもない娘の姿に
かける言葉は見つからなかったのだろう
母は無闇に話しかけては来なかった。
ただ、側に居てくれた。
『・・・今日、お通夜だって。行ける?』
あたしは黙って頷いた。
母の運転する車に乗せられて
お通夜の会場に着いた。
さっきまで一緒に居たクラスメイトの姿がいくつかあった。
同じ学校の制服を着た学年違いの生徒もいた。
中に入ると、お線香の香りがした
祖父の家の仏様の部屋の香りと同じだ
正面を向くと巧輔が笑っている写真が目に入った
人工的で不自然な背景の前に、少しボヤけた巧輔が笑っていた
ドク、ドク、ドク、ドク
自分の心臓から、血液が全身に送られていく音がする。
ゆっくり前に進むと
細長い木の箱の中に、静かに横たわる巧輔の姿が見えた
ドク、ドク、ドク、ドク
音が段々大きくなっていった
巧輔、なにしてんの?
あんたらしくないじゃん
寝てないでいつもみたいに馬鹿やってよ
心の中で何度も思った
無言の巧輔の隣には、巧輔の父親の姿があった
何度も何度も巧輔の頭を撫でては、小さくか細い声で話しかけ、泣いていた。
考えてみれば、あたしはこの時人生で初めて亡き骸というものを目の当たりにしていた。
まるで寝ているだけのような巧輔の顔
今にも『嘘でした!騙された!?(笑)』なんて言いながら起き上がってきそうな程
巧輔は綺麗な顔をしていた。
鼻に脱脂綿なんて詰めてちゃ、息できなかったでしょ?よく我慢したね(笑)
そう答える準備はいくらでも出来ていたのに
巧輔は最後まで起き上がって来なかった
帰りの車の中でも、実感は湧かなかった
むしろ、変わらない顔を見せられて
やっぱり嘘のような感覚さえ覚えていた
拘束時間だけが過ぎていった
5時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り
重苦しい教室から開放される
どのタイミングでどうやって帰ったのか、記憶はない
この日仕事だったはずの母が家で待っていた。
泣きもせず、何かを話すでもない娘の姿に
かける言葉は見つからなかったのだろう
母は無闇に話しかけては来なかった。
ただ、側に居てくれた。
『・・・今日、お通夜だって。行ける?』
あたしは黙って頷いた。
母の運転する車に乗せられて
お通夜の会場に着いた。
さっきまで一緒に居たクラスメイトの姿がいくつかあった。
同じ学校の制服を着た学年違いの生徒もいた。
中に入ると、お線香の香りがした
祖父の家の仏様の部屋の香りと同じだ
正面を向くと巧輔が笑っている写真が目に入った
人工的で不自然な背景の前に、少しボヤけた巧輔が笑っていた
ドク、ドク、ドク、ドク
自分の心臓から、血液が全身に送られていく音がする。
ゆっくり前に進むと
細長い木の箱の中に、静かに横たわる巧輔の姿が見えた
ドク、ドク、ドク、ドク
音が段々大きくなっていった
巧輔、なにしてんの?
あんたらしくないじゃん
寝てないでいつもみたいに馬鹿やってよ
心の中で何度も思った
無言の巧輔の隣には、巧輔の父親の姿があった
何度も何度も巧輔の頭を撫でては、小さくか細い声で話しかけ、泣いていた。
考えてみれば、あたしはこの時人生で初めて亡き骸というものを目の当たりにしていた。
まるで寝ているだけのような巧輔の顔
今にも『嘘でした!騙された!?(笑)』なんて言いながら起き上がってきそうな程
巧輔は綺麗な顔をしていた。
鼻に脱脂綿なんて詰めてちゃ、息できなかったでしょ?よく我慢したね(笑)
そう答える準備はいくらでも出来ていたのに
巧輔は最後まで起き上がって来なかった
帰りの車の中でも、実感は湧かなかった
むしろ、変わらない顔を見せられて
やっぱり嘘のような感覚さえ覚えていた
05
次に我に返った時には、もう教室だった
担任不在の生徒だけの教室を
ゆっくりと見渡してみた
殆どの女子が泣いていた
肩を抱き合って泣いている者も居れば
机に伏せて声を殺して泣いている者も居る
毎日のようにつるんでいた男子達も
巧輔の席の周りに集まり静かに泣いていた
いつも次のターゲットを決めて
ハブる事に生き甲斐を感じているリーダー格の馬鹿女も泣いていた
こんな奴でも他人の事で泣くのな。
あたしはこの時、不思議と冷静だった
いつものつまらない教室が一変した月曜日
いつもと違う風景に戸惑っていたからだろうか
それとも、まだ現実として受け入れられていないからなのか
あたしは目に入ったモノから順に分析し、どうでもいい事を考え続けていた。
その日は授業は一切行われなかった
教室で、ただただ現実を受け止める為の時間を過ごす
クラスメイト一人ひとりが自分自身の心と戦っていた
でもあたしはそれすら出来ないでいた。
ガラガラッ
生徒だけの教室に、担任が他の教師に支えられながら入ってきた
担任は憔悴しきっていた
こいつは何を語るつもりなのだろう?
そう思いながら、黙ってその姿を眺めていた
『あの時こうしていれば・・・』
嗚咽しながら語る担任はまともに話が出来る状態では無かった
そして最後は巧輔の名前を叫びながら泣き崩れていた
それに荷担するように周りに居たクラスメイトの泣き声も一段と大きくなった
数人の女子が泣き崩れる担任に近寄り、泣いていた。
何コレ?
なんて安っぽい寸劇を見せられているんだろう。
巧輔を殺したの、お前じゃん
完全に冷えきった頭が
本来は悲しみになるはずの感情を
間違って全て憎しみに変換してしまったのか
あたしはその光景を目の当たりにしても
涙など一滴も零れなかった。
その代わりに、泣き崩れる担任を睨みつけ
その周りに集まる女子の顔を一人ずつ記憶していた。
担任不在の生徒だけの教室を
ゆっくりと見渡してみた
殆どの女子が泣いていた
肩を抱き合って泣いている者も居れば
机に伏せて声を殺して泣いている者も居る
毎日のようにつるんでいた男子達も
巧輔の席の周りに集まり静かに泣いていた
いつも次のターゲットを決めて
ハブる事に生き甲斐を感じているリーダー格の馬鹿女も泣いていた
こんな奴でも他人の事で泣くのな。
あたしはこの時、不思議と冷静だった
いつものつまらない教室が一変した月曜日
いつもと違う風景に戸惑っていたからだろうか
それとも、まだ現実として受け入れられていないからなのか
あたしは目に入ったモノから順に分析し、どうでもいい事を考え続けていた。
その日は授業は一切行われなかった
教室で、ただただ現実を受け止める為の時間を過ごす
クラスメイト一人ひとりが自分自身の心と戦っていた
でもあたしはそれすら出来ないでいた。
ガラガラッ
生徒だけの教室に、担任が他の教師に支えられながら入ってきた
担任は憔悴しきっていた
こいつは何を語るつもりなのだろう?
そう思いながら、黙ってその姿を眺めていた
『あの時こうしていれば・・・』
嗚咽しながら語る担任はまともに話が出来る状態では無かった
そして最後は巧輔の名前を叫びながら泣き崩れていた
それに荷担するように周りに居たクラスメイトの泣き声も一段と大きくなった
数人の女子が泣き崩れる担任に近寄り、泣いていた。
何コレ?
なんて安っぽい寸劇を見せられているんだろう。
巧輔を殺したの、お前じゃん
完全に冷えきった頭が
本来は悲しみになるはずの感情を
間違って全て憎しみに変換してしまったのか
あたしはその光景を目の当たりにしても
涙など一滴も零れなかった。
その代わりに、泣き崩れる担任を睨みつけ
その周りに集まる女子の顔を一人ずつ記憶していた。
04
自分の感情は分からなかった。
悲しいとか寂しいとか
そういう類の言葉とは違っていた
現実味が無い。
あたしは無言で自分の席に座った
すすり泣く声だけが聞こえる中
どれくらい時間が経ったのだろう
ふと気付くと校内放送が流れていた
《 臨時の全校集会を行います。生徒は体育館に集合して下さい》
嫌だ、行きたくない
そう思った
話す内容は分かっていた
現実味の無い今ならどうにか気持ちを保つ事が出来る
今現実を突き付けられるのはキツイ
受け止めきれる自信が無い
行きたくない
気分が悪い・・・
クラスメイトが静かに動き出す
あたしはその場を動けなかった
何を見るでもなく、ただ座って
朝に聞いた母の言葉を頭の中で確かめるように繰り返し
重い空気の渦の中で
なんとも言えない気持ち悪さに襲われていた。
・・・さん、高橋さん
気付くと隣のクラスの担任があたしの目の前に立っていた
教室にいたクラスメイトはみんな体育館へ移動したらしい
行きますよ
そう促されて、何も言葉を返せず
ただ隣のクラスの担任について行くしか出来なかった
怖い。
行きたくない。
何も聞きたくない。
皆に言わないで・・・
体育館にはすでに全校生徒が集められていて
違う学年の生徒達が臨時集会の理由を
あーだこーだと噂している様子だった
同学年の生徒の列は
ただただ静かだった。
校長が静かに登壇した
ザワついていた体育館が、スッと静かになる。
『2年生の宮本巧輔君が、昨日亡くなりました・・・。』
近くのクラスメイトから、わっと泣き声が漏れた
そこからは覚えていない
あぁ・・・言われてしまった。
これで嘘でも冗談でも無いことがハッキリしてしまった。
こんな大規模な嘘は誰にも得がない
本当なんだ
現実なんだ
こんな大勢の前で、校長がそんな事言うなんて。
全校生徒がその事を知る事で
その事実を聞いた生徒の数だけ
巧輔がいなくなってしまったという現実が増えて行く。
《 巧輔が死んだ》という確定ボタンが体育館中のあちらこちらでどんどん押されて
本当はどこかに隠れているだけだった巧輔の姿が
確定ボタンの数に反比例して
少しずつ消されていく
綺麗な温かい赤色が、少しずつ無色透明になっていく
そんなイメージが、頭の中でずっとループしていた。
悲しいとか寂しいとか
そういう類の言葉とは違っていた
現実味が無い。
あたしは無言で自分の席に座った
すすり泣く声だけが聞こえる中
どれくらい時間が経ったのだろう
ふと気付くと校内放送が流れていた
《 臨時の全校集会を行います。生徒は体育館に集合して下さい》
嫌だ、行きたくない
そう思った
話す内容は分かっていた
現実味の無い今ならどうにか気持ちを保つ事が出来る
今現実を突き付けられるのはキツイ
受け止めきれる自信が無い
行きたくない
気分が悪い・・・
クラスメイトが静かに動き出す
あたしはその場を動けなかった
何を見るでもなく、ただ座って
朝に聞いた母の言葉を頭の中で確かめるように繰り返し
重い空気の渦の中で
なんとも言えない気持ち悪さに襲われていた。
・・・さん、高橋さん
気付くと隣のクラスの担任があたしの目の前に立っていた
教室にいたクラスメイトはみんな体育館へ移動したらしい
行きますよ
そう促されて、何も言葉を返せず
ただ隣のクラスの担任について行くしか出来なかった
怖い。
行きたくない。
何も聞きたくない。
皆に言わないで・・・
体育館にはすでに全校生徒が集められていて
違う学年の生徒達が臨時集会の理由を
あーだこーだと噂している様子だった
同学年の生徒の列は
ただただ静かだった。
校長が静かに登壇した
ザワついていた体育館が、スッと静かになる。
『2年生の宮本巧輔君が、昨日亡くなりました・・・。』
近くのクラスメイトから、わっと泣き声が漏れた
そこからは覚えていない
あぁ・・・言われてしまった。
これで嘘でも冗談でも無いことがハッキリしてしまった。
こんな大規模な嘘は誰にも得がない
本当なんだ
現実なんだ
こんな大勢の前で、校長がそんな事言うなんて。
全校生徒がその事を知る事で
その事実を聞いた生徒の数だけ
巧輔がいなくなってしまったという現実が増えて行く。
《 巧輔が死んだ》という確定ボタンが体育館中のあちらこちらでどんどん押されて
本当はどこかに隠れているだけだった巧輔の姿が
確定ボタンの数に反比例して
少しずつ消されていく
綺麗な温かい赤色が、少しずつ無色透明になっていく
そんなイメージが、頭の中でずっとループしていた。
