ミンボーの女 | PRAINSのブログ

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伊丹十三監督作品「ミンボーの女」は、ある意味異色のヤクザ映画だと思う。

当作品が公開された1992年(平成4年)に暴力団対策法、通称「暴対法」が

施行されており、世間の注目を浴びて大ヒットを記録した。

 

現代では暴力団という言葉は反社会的勢力と名を変えたし

暴対法もあり反社の有り様も随分変わったように思う。

更に言えば、この物語はバブル期の話であり今ではこんな

あからさまな事もそうそうないし、どこか懐かしささえ感じる。

公開時も面白いと思ったが今見ても変わらず面白いと思った。

 

 

<あらすじ>

 

ヤクザにゆすられ続けるホテル・ヨーロッパはこの状況を打開すべく

総支配人の小林は経理部の鈴木勇気、ベルボーイの若杉太郎の

2人をヤクザへの対応役として任命。

しかし、何の知識もない2人はヤクザを追い出すどころか

火に油を注ぐ結果となりますますヤクザの恐喝を悪化させてしまう。

見かねたホテルの幹部はついに外部から民事介入暴力ら(民暴)を

専門とする弁護士の井上まひるを雇う事になった。

 

まひるはヤクザは相手に経験と法律の知識を武器に堂々と立ち向かい

港町警察署刑事課暴力犯係長の明智刑事に協力してもらいながら

鈴木と若杉に「ヤクザを怖がらない」ことを教え

2人は徐々に勇気を持つようになった・・・

 

 

実はミンボーの女公開直後に伊丹監督は自宅近くで刃物を持った

ヤクザ五人に襲撃され顔などに全治3ヶ月の重傷を負う事件が起きた。

これまで日本映画ではヤクザをヒーロー?として扱い礼賛していた

作品が多かったが、ミンボーの女はヤクザは市民が勇気を持って

賢く行動すれば引き下がる事が描かれた異色作だ。

 

映画監督の五社英雄さんはミンボーの女の製作段階から

本作が公開されたら伊丹監督にヤクザ関係の事件が起きる事を危惧し

「伊丹はヤクザの世界を知らなすぎる。

世の中にはきちんと筋を通さない限り

絶対に触れる事が出来ない闇の部分があるんだ」

と指摘していたそうだ。

 

 

伊丹監督は顔や両腕などに全治3ヶ月の重傷を負うが

「私はくじけない。映画で自由をつらぬく」と宣言し

病院に搬送された際に取材陣から「大丈夫ですか!?」と声をかけられ

声こそ出なかったもののピースサインで応えた。

 

僕は縁あって「孤狼の血」の白石監督や東映社員、制作スタッフと

懇意にさせていただいているが彼らと話す中で彼らは常に

表現の自由を実行する為に戦うという意識を持っていると感じる。

孤狼の血も、ある意味ヤクザ映画ではあるが彼らが戦う相手はヤクザとは限らない。

今の映画人は、北野武監督のアウトレイジなどもそうだが

最大の敵はコンプライアンスという言葉を振り回す世論なんじゃなかろうか。

世の中全てにおいて誰かが何かを表現すれば少なからず影響される人が出る。

影響には好影響と悪影響があるとは思うが

あくまで映画はエンターテイメントなのだ。

 

人間という生き物は常に感動を含めた刺激を求め

興味あるけど怖いもの見たさに惹かれ刺激される部分がある。

そこを表現されたら困る人が居るという事も確かだろうが

当時の伊丹監督は、そこに着眼して勇気をもってチャレンジした。

葬式、税務署、国税、政治家、銀行、ゼネコン、ヤクザ、新興宗教・・・

だからこそ伊丹監督作品は大ヒットを連発したんだと思う。

僕は個人的に白石監督に、伊丹監督を感じるのである。

ジャンジャン!